第223話 絶望
前回のあらすじ
お茶会を開いただけなのに。
「し、シェスカさん…… 何故ここに……」
信じられない事が起きたのだ、呆然とするのも無理はない。
すぐ間近にいるから分かるが、本物の実体だ。
まだ夜も暑いものの、冷や汗が流れる。
「イシュトがね。最後の力を振り絞って、私だけ異空間転送してくれたんだ。座標軸はこの城に設定したけど、この部屋に来たのは偶然さ。良い仕事してくれたよ」
シェスカは笑っているが、誰も無言だ。
リーンリーンと外で鳴く虫の声だけが、冷たく響く。
「そう言えばあんたらジクリードも殺したんだって? イシュトが千里眼で確認してくれたよ。死ぬ間際、『必ず復讐を頼みます』って言ってたわ。自分の命を犠牲にして私を助けてくれるなんて、漢だね。泣けるじゃないか」
にこやかな表情で平然と喋るシェスカの姿は恐怖でしかない。
流石に皇子は何食わぬ顔をしているが、ラドルはカップを持つ手が震えカタカタと鳴り、ミリナは前を向けない。フィカやキアナは咄嗟に剣を取ろうとしたものの、腰帯に剣をさしてないことに気づく。
(油断した……)
(ヤバい!)
そう、みな丸腰だ。もう戦争は終わったし、武具をつける必要がなかった。
一方のシェスカはフル装備のままでやって来た。
戦闘になったらどちらが勝つかは、火を見るよりも明らかだ。
逃げられる間合いでもなく、8人は席にいるより他はない。
「し、シェスカさん。話し合おうぜ。今までそんな機会すら無かったじゃないか」
「そ、そうですニャ。人類みな兄弟ニャ」
キャフはこの場を取り繕うために、必死で呼び掛けた。
ラドルも精一杯の声をだして同調する。
「あら、客人を立たせるのがアルジェオン式かい? 無粋だね〜」
しかしシェスカは全く聞いてない。
それどころか挑発するかのように、ルーラ女王を見る。
「失礼しました。席を一つ用意しなさい」
ルーラ女王が侍女に命じ、他の部屋から椅子を持って来させる。
侍女達は内心怯えながらも、努めて冷静を装い食器を準備した。
ルーラ女王も平静を装っているが、体の動きは硬い。
キャフの隣に作られた席に、シェスカは満足そうに座る。
優雅な動作は、王族と対等のクムール皇帝一族である事実を現していた。
「こうやって一緒にお茶をするのも久しぶりね、坊や。私は会いたかったのに、つれないんだもん」
「そ、そうか」
「ギムは、今も元気かい?」
「ああ、彼が率いたサローヌ自治軍は大活躍だったよ」
「そうらしいね。坊やは残念ね」
「いや、オレはこの方が性に合ってるさ」
キャフは、生きた心地がしない。単なる冒険者の同窓会なら会話も弾んだだろう。だが今さら昔話をする雰囲気でもない。ここまで来た道のりで、払った犠牲はあまりに大きい。
「何だい、誰も私に話しかけてないのかい? 聞きたいことあるんじゃないの?」
キャフとの会話も途絶えたシェスカは、一同を見渡す。
だが誰も反応しない。
「つまんないね。どこでこうなっちまったのかね?」
シェスカは、独り言のように呟いた。
誰も喋らないので良く聞こえる。
「温室育ちの女王陛下はご存知ないと思うけど、貧しいは罰なのよ。誰が与えている罰か知らないけどさ。心も貧しくなって、誰かのせいにしなければやってられない。それが国全体に三百年以上積もってるんだから、誰かが何とかしなきゃね。それが私に課せられた使命なのよ」
「《幸運の精霊》は、ルーラ様もご存じないそうです」
マドレーの言葉を聞いて初めて、シェスカは違う顔を見せた。
「おや、変態さんか。それが素顔かい。この前は拷問して済まなかったね。こちらも、ただでは終われないもんでね。で、なんだって? あんた女王のくせに《幸運の精霊》を知らないのかい? 知らないのは男だけにしときな!」
マドレーには詫びを入れるくらいの、常識はあるらしい。
だが《幸運の精霊》に関してはどうしても譲れないようだ。
悪意に満ちた顔でルーラ女王を見る。
「はい。一体それは何でしょう?」
ルーラはつとめて無表情に答える。
やはり女王だけあって、動揺は見せない。
「何でしょう? か、はっ」
シェスカは、苦笑いする。
他の7人にはともかく、ルーラには悪い感情しかないようだ。
恨みの対象として見ている。
「いい身分だね。こっちは苦労してここまで来たのに知らぬ存ぜぬか。最後の1人になったら話す気になるかい?」
「シェスカさん、そんな物騒なことを言うなよ。もう終わったじゃないか」
キャフが宥めても、反応は芳しくない。
心ここにあらずといった風に、シェスカは遠い目をしている。
いくら会話を重ねても、交わることは無いだろう。
「終わった、か。そうだね、坊や。こうやって仲直りも出来るもんかね」
突如シェスカは、隣にいるキャフの手を握り締めた。
予期せぬ行動にキャフは動揺する。
「え? し、シェスカさん……」
ルーラ女王の顔が険しくなり、残りの女子達の視線も痛い。ただそれは好きな相手が奪われるというより、キャフの不甲斐なさに腹を立てているようだ。
キャフは手を握られたまま、何もできない。
だがそれは、単なる握手ではなかった。
「し、シェスカさん、手を離してくれ」
キャフは異変に気付いた。体の調子がおかしい。
(魔素が減ってる?)
何かを吸い取られているようだ。
初め気付かなかったが、段々と自分の魔素がなくなっている。
手を離そうとしても強く握られ、離せない。シェスカはにこやかな笑みを返すだけで、手を離すつもりは毛頭なさそうだ。一層強く握りしめる。
「シェスカさん、止めてくれ!」
ここに至ってキャフは、シェスカの企みを知った。
「イシュトが残した魔具さ。悪魔の指輪と言って、相手の魔素を吸い込むのさ。もう、遅いんだ。『仕方なかった』ってやつだよ」
確かに、右手薬指に真っ黒な指輪がはめられていた。
今まで全く気づかなかった。
「何だって? シェスカさん、止めてくれ〜〜!! うわぁああ!!!」
魔素をどんどん吸い取られたキャフは絶叫すると、急激に痩せ細り骨と皮だけになって、床に倒れ込んだ。
「キャフ様!」
「師匠!!」
「キャフ師!!」
「キャフ!」
みな席を立ち、口々にキャフの名を呼んで側に行く。
だが既に息絶え絶えで、キャフの命は風前の灯火であった。
やがてウウっと呻くと、それっきり動かなくなる。
ミリナが回復魔法を使おうとしても、魔法杖を持ってないので発動できない。
一方、魔導師キャフの魔素を手に入れたシェスカはご満悦であった。
肌年齢も若くなり、青黒い不吉な炎がシェスカの身を包み始める。
「こいつめ!」
フィカが素手で飛びかかる。
「うゎああ!!」
が、ドラゴンスレイヤーで瞬殺された。、
「キャァああ!!」
ミリナの叫び声は、シェスカの魔法攻撃で消えてなくなる。
「あんたは、お家に戻りな」
続けてシェスカは皇子に異空間転送をかけると、皇子は姿を消した。
「くそっ!」
キアナも果敢に挑んだが、最後は呆気なく死ぬ。
「も、モブキャラで良いから許してニャ……」
足をガクガク震わせ必死に命乞いするラドルにも、シェスカは容赦なかった。
「ふニャァあ!!」
……
全滅だ。
既に侍女達は逃げ、部屋にはルーラ女王しかいない。
「ふう。お姫様、どうする?」
一仕事終えて満足そうなシェスカに対し、ルーラは怯えずきっと睨み付ける。
「私が死んでもアルジェオンは滅びません。あなた達には屈しません!」
「いいねえ、その心意気。《幸運の精霊》って、案外あんたに流れるその血かもね」
悪魔のように、残忍な笑みを浮かべている。
だがルーラ女王も、決して後に退かなかった。
「どこまで強気でいられるかな!」
シェスカはドラゴンスレイヤーを振りかざし、ルーラ女王の心臓めがけ突き刺した。
ルーラは全く動けない。
もう最後かと思われた時、
プスッ!
「ん?」
シェスカが突き刺したドラゴンスレイヤーの感触は軽かった。
人を切った感覚ではない。
「愚か者め」
突然、また違う声が部屋中に響き渡った。




