第217話 マドレーの受難
前回のあらすじ
メインヒロイン、まさかのマドレー?
「……すっぴんも綺麗だな」
「な、何を言ってるんですか! 恥ずかしいです……」
キャフの何気ない一言にルーラ女王は顔が赤くなり、下を向く。
取り巻きの4人は、別の意味で顔が赤くなる。
(冒険中わたしらのスッピン見てるのに、全然褒めたことないですニャ!!)
(キャフ師、がっかりです)
(こいつも、ただのおっさんだったか)
(キャフ、あとで覚えてろ。亀甲縛りしてやる)
もちろん声には出さないが、4人の思いは同じようだ。
男子たるもの言葉使いには気をつけよう。
「何で、マドレーさんが女王してたんですかニャ?」
5人が思っていた質問を、ラドルがした。
「あ、いえ、私がここに来ることになって、マドレーさんを辺境の地から呼び戻したのですが…… 『分かってますよ、女王陛下。僕が身代わりになるんですよね? ちゃんと衣装は用意してきました。大丈夫です、女王陛下は黙ってついてきて下さい』って、勝手に言い始めたんです。私そのつもりじゃ無かったのに…… 気付いたら、私と瓜二つなほど完璧に着こなしていました……」
……
「スタイルも女っぽくて、見間違えちまったけど?」
「はい、詰め物入れたりウェスト細くしたりと、頑張ってましたから……」
「自業自得じゃねえか? これ、助けにいかなくても良いんじゃね?」
キアナが、吐き捨てるように言う。
さっきのスッピン発言も癪に障ったようだ。
「死んだら終わりですものね……」
「そう言うなよ。あいつも任務と思ったんじゃないのか?」
フィカは冷静にマドレーのフォローをする。
だがフィカも、テンションは上がっていない。
「おい仲間だろ!! そんな事言ってんじゃねえ!! 助けに行くぞ!」
キャフは4人の冷たい態度に業を煮やし、浮遊魔法を発動させた。
一人だけでも行きそうな勢いだ。
「私も行きます」
ルーラ女王が、真っ先に乗り込む。
「どうする?」
「ここで行くのを期待はされてるんだよなあ」
「でも死ぬのは嫌ですよねえ」
「気持ちは分かるニャ」
4人は、まだ躊躇している。
「どうすんだ? 早く乗れ!」
「はぁ〜い」
「はいはい」
「分かった」
「はいですニャ」
キャフに怒鳴られ、ようやく乗り込んだ。どうも空気が悪い。
だがその理由を知らないのは、キャフとルーラ女王だけだった。
「よし、行くぞ!」
キャフの操る雲は勢いよく上昇して、《雷の方舟》を追いかけて行った。
* * *
一方、ここは《雷の方舟》の中。
(うわ、何で僕が?)
途中までは無難な会話に終始していた。
声を出したらバレるので、侍女役のルーラ女王に通訳をお願いした。
完璧な語学力は、さすが女王様だ。
しかし何杯目かのお茶を飲んだとき、頭がクラクラし始める。
何か毒を盛られたようだ。
それが合図だったらしい。
兵士達が素早く女王姿のマドレーを取り囲み、ここまで連行した。
捕獲はあっという間で、マドレーにまともな抵抗はできなかった。
気づくとここに連れてこられ、鎖に繋がれた手錠をはめられた。
(こ、これから何が始まるんですかね……)
ここは窓もなく、カビ臭く血の匂いが漂う狭く薄暗い部屋——
マドレーは分かっていた。敵に捕まったら拷問で自白がお約束だ。
両国間に捕虜に関する規定はない。死も覚悟せねばならない。
(女王の代わりは大変ですね……)
女の子が欲しかった母親に育てられたマドレーは、生まれる前に大量に買っていた女の子用の服を着させられた。近所のお姉さん達にも可愛がられ、いつもママゴトではお人形か妹役だった。男女の区別がなかった幼少期、それが普通と思っていた。学校に行って初めて性別で分けられて、自分が男だと自覚する。だがスポーツが苦手なマドレーは女の子と一緒の方が心地よく、彼女たちが着る可愛い衣装への憧れは消えなかった。
この前は会議があまりに下らなかっただけで、女王の変装は嫌じゃなかった。だから本音を言えば楽しみにしている自分がいた。自業自得といえばそうだが、後悔はしていない。
ギギィイーー
眼前にある重い扉が開く。マドレーは奥で縛られているので動くことができない。やってきたのは妙齢の女性と、魔導師だった。
「あ〜、疲れた。皇帝の真似するの、大変だったわ。背も高くしなきゃだったし」
「お疲れ様です、シャルロッタ様」
「イシュト、あんたも起動準備ありがと。あの子達がいるからイデュワまで行けるわ」
「いえいえ」
「さぁてと、女王様、ご機嫌はいかがでしょうか?」
それは、シェスカとイシュトだった。マドレーとは初対面だ。
声を出すとバレるので、マドレーは黙っていた。
「おやおや、強情な姫様ですこと。こちらの問いかけには無視ですか。じゃあ、これを見ても黙っていられますかね、女王様?」
シェスカが手にしていたのは、バリバリの拷問用鞭である。残念ながら、美味しいもので陥落させようなんて策略は微塵もないようだ。マドレーはその触れると痛そうな鞭の外見に戦慄する。
(うわ、あれが僕に当たるんですか…… 嫌だな……)
パシッパシッと準備運動のように鞭を床に当てると、乾いた音がした。
「《幸運の妖精》は、どこにいる?」
(え?)
マドレーは初めて聞く言葉であった。聞かれても、本気で答えようがない。
(これは、どうしますかね……)
マドレーは目を見開くだけで、何も言えなかった。
「王家の人間なんだろ? あのドラ息子の第三皇子には見えないようだし、跡継ぎにしか見せないのか? さあ、何でも良いから教えてよ?」
……
「また無視かい。じゃあそろそろお仕置きだよ!」
ガラガラガラと手動ウィンチが巻き上げられ、腕にはめられた鎖が上がる。マドレーは万歳した格好で立ち上がるしかなかった。爪先立ちするくらいまで持ち上げられたので、足元が不安定だ。
ピシィッ!!!
うっ……
激痛が腹部に走る。幸い胸部は詰め物で、ダメージが軽い。
だが痛いことには変わらない。
「ほら、早く言っちゃえば楽になるよ!」
ピシッ!! ピシィッ!!!
拷問はしばらく続いた。純白のドレスが血で滲み始める。ここにきて、マドレーはルーラ女王の代役になったことを後悔し始めた。




