第216話 人質
前回のあらすじ
皇帝陛下と女王陛下、ご対面〜
「あ、クムールの船からも人が出てきた。一番デカくて立派な衣装を着てるのが皇帝かな? この暑いのに真っ黒っすよ。皇帝やるのも大変っすね〜 それに対しルーラ女王の純白ドレスは映えますな。まさにメインヒロインかぁ?」
木のてっぺんで双眼鏡を覗き込みながら、キアナが実況する。キャフ達もハグーダ島は見えるものの、細かい様子は分からない。キアナの情報が頼りだが、その口ぶりはどこか面白がっているようだ。
「相変わらず綺麗っすよ、ルーラ様。スタイルも良いっすね〜 見ますか? キャフ大将?」
「いや、いい」
「そうっすか。お付きの侍女は見たことないな。清楚系かな? ルーラ様はいつもお綺麗に厚化粧してるから対象的っすよ。フィカ姐さん、確認お願いします」
と言って双眼鏡を直ぐ下にいたフィカに手渡す。
フィカが覗き込んだが、「いや、私も記憶に無い。どこかで見たようにも思うが……」との答えだった。多分、新入りなのだろう。双眼鏡をキアナに返す。
「どうする? 島に接近するか?」
「いや、クムールの船の周りを見ろ。明らかに兵士達が待機している。アルジェオンの船も同じだ。今のタイミングでは無理だな。ここで様子を見よう」
キャフの判断の通り、いま敵陣に乗り込んでも勝ち目は薄かった。
「じゃあ実況を続けます〜 どうやら外で会談のようですね。自分達が破壊の限りを尽くして兵舎はボロボロだから、当然っすね」
「まあ、そうだろう。皇帝は何人で来てる?」
「この位置からは背中しか見えませんが、皇帝の側にいるのは男一人です。通訳かな? あ、真ん中にある長テーブルに給仕達がお茶の用意をし始めました。向かい合う形のようです。それほど近くで喋るわけじゃなさそうですね。立派な椅子や日差しよけの傘も持って来ています。今日は天気もいいから、外でこういうのも気持ち良さそうっすね」
「キャフ師も、あそこでルーラ女王とお茶したいですか?」
「……バカ言え、あれは仕事だ」
ミリナの挑発的な質問に、キャフはどもりながら答えた。
本音は行きたいのだろう。嫉妬も混じってそうだ。
「あ、会談が始まるみたいっすよ! 2人がテーブルに付きました。あ、皇帝の顔見えた。めじイケメンっすよ、イケメン! 若くて背も高いし。なんだかお見合いみたいかも」
「もしかして、その為の会談?」
5人は皇帝が既婚者であることを知らない。
キャフの顔が少し歪む。それにラドルだけが気付き、面白がっていた。
「ルーラ女王の代わりに隣に立つ侍女が喋ってるようです。やっぱり通訳ですかね? ルーラ女王、どことなく楽しげですね〜 自分らの時と顔つき違うかも。やっぱイケメンは得だわ」
「そんな事は良いから、何を話している?」
キアナの実況解説に、キャフは苛立っていた。
「そこまでは分かりませんよ。ご趣味は? とかですかね?」
「ルーラ女王の趣味って何だろう? キャフ師、ご存知ないんですか?」
「聞いたことねえな」
「あんなに一緒にいたのに、師匠、信頼されてないんだニャ」
「うるせえ」
言われてみると、プライベートのルーラをあまり知らない。
公務で多忙なので、自分の時間が無さそうにもみえる。
しかしメインヒロインを奪われる恐れからなのか、ラドルの言葉にも棘がある。
「表情は?」
「いつも通り。ちゅうか、ルーラ女王、公務の時は表情を崩さないでしょ」
「まあ、そうだな」
さっきの言葉との矛盾を問い詰めたいが、それより偵察が大事だ。
しばらく、キアナは静かになった。
対談しているだけで読唇術をできる距離でもないから、実況しづらいようだ。
だが、沈黙は突然破られた。
「あ、ルーラ女王がヤバい!!」
「どうした?」
「クムール兵が取り囲んで、連れ去ろうとしている! 行かなきゃまずいっすよ!」
「よし、飛ぶぞ! 乗れ!」
瞬時にキャフが浮遊魔法を発動し、4人が乗り込む。
いつもより倍のスピードで飛び、ぐんぐんハグーダ島が近づいてくる。
確かにルーラ女王が4人の兵士どもに取り囲まれ、抵抗虚しく連れて行かれようとしていた。純白のドレスが泥で汚れている。魔法を使いたいけれど、ルーラ女王に当てないようにするのが難しい。
アルジェオン兵も慌てて船から大砲を撃とうとするものの、準備に戸惑う間ルーラ女王を連れ去った一行は焼け焦げた兵舎跡に入る。船からでは見づらく、下手に撃てなくなった。
「お、ここでヒーロー、キャフ師が登場ですね!」
「まったく、嫌になるニャ。わたしらモブみたいですニャ」
「あ、ルーラ女王こっちに気づいた? 『ルーラぁあああ!!!』と『キャフぅうう〜!!!』ってな感じ?」
「あ、シ◯タとパズ◯みたいで、語呂いいな」
「偶々っしょ」
だがキャフとルーラ女王が叫び合う前に、上空の異変に気づいた皇帝がキャフ達目掛け剣を振りかざした。剣は赤く光り、衝撃波がキャフ達に向け飛んでくる。
ガッガーーン!!
「うわっ!!」
「雲、壊れる!!」
衝撃波の威力は凄まじく、ミリナが防御を発動しなければ真っ二つになっていた。
キャフ達は皇帝のいるそばに降り立つ。兵士も数人やって来る。
長テーブルの反対側では、さっきの侍女がオタオタしていた。
「ルーラ女王をどこに連れて行く!」
初めて対峙する皇帝に、キャフは声を荒げる。
だが皇帝は威圧感を出すだけで、無言だった。
「無礼者!! このお方をどなたと心得る!!」
「皇帝陛下だろ? オレ達の敵だ」
キャフが挨拶がわりに電撃剣を繰り出すが、皇帝はいともたやすく剣で吸収する。キャフは皇帝の持つ剣に見覚えがあった。
「なぜお前が、ドラゴンスレーヤーを持ってるんだ?」
今はシェスカの剣であるから、皇帝が持っていても不思議ではない。
だが、その理由は謎だ。皇帝は無言を貫く。
そのうち、兵士たちが集まってきて、キャフ達を取り囲み始める。
皇帝はキャフ達に目もくれず、剣を大地に突き刺す。
すると赤い光が地面一面に広がり、異変が起こった。
ゴゴゴゴゴーーーー
「え、これ何?」
「地面が揺れてる!」
急激な地震に見舞われ、5人は狼狽する。
すると兵舎跡地が崩れ、何か巨大な物体が地下から出てきた。
「こ、ここにあったのか……」
「地下じゃ、あの時でも無傷だったですね」
それは、《雷の方舟》であった。
ハッチが開き、中に連れ去られて行くルーラ女王が、遠くに見えた。
皇帝もキャフ達を無視して、舟の中へと歩いて行く。
「待て!」
キャフが魔法をかけるが、あっさり防御される。キャフ達は何もできずに皇帝とルーラ女王達を乗せた《雷の方舟》はハッチを閉じ、上昇を始めた。
「さようなら〜 ルーラ女王〜」
「ミリナちゃん、他人事みたいに言わないニャ」
「あ〜、これ、拷問か何かにかけられるやつじゃねえか? 拷問部屋に連れて行かれて服はビリビリに引っ剥がされて、素っ裸だな」
「ありえるな」
「フィカ姉さん、よだれ出てるニャ」
4人は、上昇する《雷の方舟》を見て好き勝手に喋っていた。
「いや〜、メインヒロインの王道っすよ。囚われのルーラ女王を救い出す、我らがキャフ! 待て次号!」
「どうする? 私らも行かなきゃまずいのか? 本当に殺されそうな気がしてきた」
「そ、そうですニャ。きっとあの中には魔導将軍や美魔女BBAがいて、私らの誰かが……」
4人はすっかり、殺されることを警戒している。
「いやぁ、割りに合わねえな。もうキャフ大将だけに行ってもらうのはどうだ?」
「でもルーラさんには沢山お茶やお菓子もらったからニャ」
「それで死んでたら意味ねえぞ?」
「そうですよね、私一番運動能力ないから、真っ先に死にそうですよね……」
「どうするか、悩むな……」
4人がワイワイ騒ぐ間に、キャフは側で佇んでいた侍女の方に「大丈夫か」と声をかけた。突然の出来事で、憔悴しているようだ。顔色が悪く、今にも倒れそうである。
「あ、はい……」
侍女は5人を、複雑な目で見ている。
「マドレーさん、すいません……」
侍女は《雷の方舟》を見上げながら、呟いた。
「え?」
「ち、ちょっと待った。あの《女王》って?」
「はい、マドレーさんが身代わりに……」
その言葉に5人は驚愕した。だがその内情を知る侍女も不思議な存在だ。
「で、あんたは? というかよく見たら、もしかして……?」
侍女と思って気にとめていなかったが、化粧が薄いものの、どこか見覚えのある顔だ。5人は何というか、何度も会った気がしてきた。
「はい、ルーラです」
その言葉で、さっきまで散々好き勝手言っていた4人は凍りついた。




