第215話 皇帝の御幸
前回のあらすじ
フィカの剣は、強かった。
盾が破壊されても、ジクリードの攻撃力はまだ高い。
今度は両手で剣を持ち振りかざす。
「うぉりゃぁああ!!!」
スピードはやや鈍ったものの、両手で振るから威力は増している。
5人ともジクリードの攻撃を避けつつ、魔法や銃で応戦する。
ジクリードも反撃するが、キャフ達に傾いた流れは戻らなかった。
ダーーン!!
「うぐっ!!!」
キアナの放った銃弾が、左足に命中する。
更にラドルのファイアーボールも腹に当たった。
思った以上のダメージに、ジクリードの動きが鈍る。
(ここで死ぬのか?)
数多の死線を潜り抜けてきたジクリードは、自分が死ぬなど思った事がない。初陣の時からそう信じて疑わなかった。
こいつらとは一度戦っているが、あの時も負けていない。魔法攻撃は上位だけれど、物理攻撃は弱いことも見抜いていた。一人で来たのも下手に大勢で混戦になるよりもやり易いからで、十分に勝算がある筈だった。
だが今や予定が狂い、明らかに分が悪い。
(俺も、焼きが回ったか……)
新大陸から傭兵としてやってきた理由は、高額報酬とやりがいに尽きた。幸い、魔導将軍イシュトや皇帝達とも相性が良く、ここまでは順調であった。歴史は古くとも新しい波を取り入れようとするクムールは2人にとっても理想郷であり、これからの国造りを熱く語る時もあった。やりがいのある仕事で不満は全くなかった。
「ぐほぉ!!」
だが5人の攻撃を受け始め、ジクリードは己が敗北しつつあることを悟った。今度は青き炎に包まれたフィカの剣が、ジクリードの右肩に突き刺さる。
「これで終わりだぁあ!!」
「小娘よ、お前だけでも道連れにしてやるぅう!!」
もはやこれまでと、ジクリードは腰の帯に付けていた自決用の爆弾を取り出し、起爆装置を点火した。
「危ない!! 電撃砲!!!」
キャフが最後の一撃を喰らわせたのと、ジクリードの爆弾が爆発したのはほぼ同時であった。
ドガッアアアアンンン!!!!
鼓膜が破れるかと思うほどの、派手な爆発音が鳴り響いた。
「フィカ、大丈夫か?」
「……あ、ああ」
爆煙の中からフィカの声がする。どうやら無事のようだ。
残りの3人も安堵する。
「ふう、やっと終わったか」
キャフもかなり魔法を消費した。
鬼武将軍の名だけあり、5人の力でやっと倒せた。
力を出し切ったので、皆しばらくその場から動けない。
そんな中、キャフは爆煙が晴れて現れたフィカの傍に向かった。
鎧のおかげで、直撃は免れたらしい。だが間近で爆発の衝撃を受けたせいか、外傷はないものの剣を支えにして立つのがやっとで、足元がおぼつかない。
「キャフ、大変だったな」
それでもフィカは強がっていた。
「おい、フィカ。あんまり無茶するんじゃない。まだ先はあるんだ。自分を大事にしろ」
「……すまない」
俯きながら恥ずかしそうにボソッと謝るフィカの頭を、キャフは軽く撫でた。フィカの顔は真っ赤になり、目を瞑ってされるがままになっている。
嫌そうな素振りも見せず、いつものフィカと違って素直だ。
5人の中では頼られる立場だから、偶には甘えたいのかも知れない。
だがこんな2人だけの世界になっている姿を、見逃す3人ではなかった。
(あ〜 頭なでなでしてるニャ!)
(これ、フィカさん狙ってる? ツンデレ?)
(マジっすか? 姐さん! キュンキュンしちゃってますよ!!)
キャフの下に血相変えたラドルがやってきて、2人を引き離す。
「師匠、私も頑張ったニャ♡」
この時ばかりは猫のように可愛く甘えてくるラドルに、キャフも思わず「よしよし」と言って、頭を撫でた。ラドルは気持ちよさそうに目を瞑って、ゴロゴロ喉を鳴らしている。こんなラドルを見たことないキャフは、少し照れ臭い。
すると「キャフ師、フィカさんを回復させたのは私ですよ! ご褒美ください!」と言って、ミリナも近寄ってきて、ちょうどなでやすい位置に頭を向けてくる。こうなるとキャフも拒否する理由がないので「ご苦労さん」と、頭を撫でた。毒舌を言わず「えへへ」とはにかむミリナも新鮮だ。
そうなれば「自分の援護射撃も効いたっす!」とキアナもやってきた。
(なんか何時もと違うな……)と思いつつ、キアナにも頭をなでてやる。
みんな満足顔だから、ま、良いかと、何も知らないキャフは気にしなかった。
* * *
敬意を込め、ジクリードの遺体を清めて軍施設跡に収める。
単独行動であったから、彼の死が明らかになるのはもう少し後だ。
いずれにせよ、早くこの地を立ち去るべきだろう。
「これからどうする?」
4人を取り巻く妙な空気を変える意味でも、キャフが聞いた。
「帝都に行きますか?」
「面白そうですニャ」
「私も行ってみたい〜」
「じゃあアジトを変えるために、荷物を取ってきましょう」
5人は同意したので、キャフとミリナが浮遊魔法を発動させた。
キャフもミリナも魔素が五割程度だが、合わせれば飛ぶことができる。
チグリット河一帯を眺望できるまで上昇し、アジトへ戻ろうとする。
その時、キアナが何かを見つけたようだ。
持ってきた双眼鏡を使い、ずっと遠くを観察している。
「何か凄い行列があるぜ。まるで大名行列だ、大人数がゆっくり行進してるぞ」
「良く気付いたな。どの辺だ?」
「川沿いで、ハグータ島方面だ。軍じゃないな。真ん中の一番大きな輿、鳳凰が飾られてる。祭りでもなさそうだ。もしかして皇帝関係か?」
「じゃあ、荷物とってきたら追いかけてみますか?」
「そうしよう」
アジトに戻り、荷物をまとめて持って行く。
戦闘が起きる可能性もあるから、最小限にした。
再び浮遊魔法で、先ほど見つけた行列を追いかける。
行列の歩みは遅かったから気付かれずに追いつけた。
「どこまで行くんだろう?」
「川沿いに辿ってみるか」
一行は途中休憩もいれながら、川沿いの街道を進んでいく。
そしてハグーダ島あたりに近づくと、そこには大きな船があった。
やはり皇帝の印である鳳凰が船首に飾られている。
「ハグーダ島に行くのかニャ?」
「あそこ、オレ達が壊したから何も無いはずだが」
「でもやっぱりそこに行くようだぞ」
フィカの指摘通り、船はハグーダ島へ向かっていく。
森で一番高い木に上り、様子を窺う。
双眼鏡を持っているキアナがてっぺんにいる。
「反対側からも船が来たぜ。ありゃアルジェオンのだ。国旗が掲げられてるぞ。お、しかも第一師団だ! 陸路でここまで持って来たのか? 珍しいな〜」
キアナの言う通り、反対側の岸からも船がやってきた。
ハグーダ島に上陸し、2人が降りてくる。
「あ、ルーラ様だ!!」
「マジか!」
それは、ルーラ女王と侍女であった。




