第213話 消えた子供達
前回のあらすじ
真夏の夜の悪夢。
「あんたらいつまで居るんだい?」
「あ、もう少しです」
「こんな辺鄙な村より帝都に行ったらどうだい? あっちの方が面白い観光スポット沢山あるよ。他のアルジェオンの人も喜ぶよ」
「そうですね…… 私ここ好きなんです。故郷と似ていて」
「あら、そうかい。嬉しいこと言ってくれるじゃないか。じゃ、このパンはおまけだよ」
「ありがとうございます!」
なじみになった雑貨屋を営むエリザータおばさんの質問に、独りで来たミリナは答えに窮して誤魔化した。彼女の齢は五十三、村から出たのは新婚旅行の一度きり。相手は幼なじみだったこの雑貨屋の後継ぎ息子で、それも二年前に病気で亡くなったそうだ。2人の息子と4人の娘を産んだものの、成人になったのは次男と三女の2人だけ。次男は一緒に働いていて三女はもう三軒隣の肉屋に嫁ぎ幸せに暮らしている。この村ではごくありふれた一家である。
村の名前はシュルアと言った。ここ数日通い続けている。近くに大きな街もなく人口は二百人程度だが、人々は仲良く助け合いの精神に溢れた良い村だった。殆どの人が村から出た経験を持たないので、アルジェオン人に興味津々らしい。帰り際にも顔馴染みになった子供や大人達とすれ違い、挨拶を交わす。
いつもよりまして、誰かに付けられていないか念入りに気をつけてキャフ達の元へ戻る。ここでは魔法も使わず、単なる観光客のフリをしていた。だが村の宿に泊まらず滞在しているのだから、疑問をもたれて当然だ。
この前来た時は冒険慣れしてなかったし急いで駆け抜けて行ったので、クムールの土地に対する印象は薄かった。こうして何日も落ち着いて過ごしてみると、素朴な感じがミリナの故郷フミ村を思い出させた。気候もフミ村と似ていて、ミリナが気に入っているのは本当だ。クムールで流行りの服も買ったがシンプルで縫いつけもしっかりしていて、どこか懐かしい感じがする。
(あの人達と、敵なんだな)
彼らと親密になるにつれ、複雑な感情がもたげていた。
もちろんモドナやモジャン地方などで沢山の人が死に、街も破壊された。だがそれらはクムール兵ではなく、大半がモンスターや動く石像によるものだ。クムール兵は戦闘より管理を主にしていたから、ミリナも直接殺めた機会は少ない。それに魔法で対処しているので、生身のクムール兵を間近で見たことは殆どなかった。だから民間のクムール人を憎むまではできない。
(おばさん、ゴメン)
帰り道、ミリナは心の中でエリザータおばさんに謝った。彼女をはじめ、あの村から大小様々な情報を得られた。立派な情報源だ。彼女達がそれと知ったらどう思うだろうか。
両国のわだかまりが消えた時、またこの村に訪れたいとミリナは思った。
でもその時が本当に来るのか、ミリナには分からなかった。
* * *
「……そろそろ潮時か」
夕食時、ミリナの報告を受けてキャフは決断する。
アルジェオン人である以上やはり存在は目立つ。
どこから情報が漏れるか分からないので、慎重になるに越したことはない。
だが何も目的を達しておらず、次の手を打ちかねていた。
「あの学校はどうする? 襲撃して子供達を解放するか?」
「ギムかマドレーと話を付けておけば保護できるんだけどな、失敗したな」
この状況で学校を破壊して子供達を解放しても、子供たちの行き先がない。
身寄りのない子供もいるだろうから、その方が気の毒だ。
「私とキャフ師の浮遊魔法で子供達を乗せて、ひとまずチグリット河を越えるのはどうですか?」
「それが一番かな。すまんが魔素を極力消費させないために、攻撃は3人で頼む」
「はいですニャ」
「ああ、もちろんだ」
「了解であります」
ひとまずやることは決まった。幸い今日は曇っていて月が見えない。
「では自分が今から偵察してきますよ」
「キアナ、頼む」
まるで近くのコンビニでタバコでも買いに行くような気安さで、キアナは出て行った。だが二時間後、通魔石から届いたキアナの言葉は予想外であった。
『もぬけの殻だ、誰もいねえよ』
『何だって?』
『えー、三日前はちゃんと居たのに!』
『もしかすると、オレ達が襲ったせいで別の場所に移送させられたのかな』
『残念ですが、その可能性が高そうです』
5人は落胆し、途方に暮れた。
このまま雷の方舟の在り処も見つからなければ、一度戻った方が良いかも知れない。
「キアナ。ご苦労。日中改めて行こう」
次の日、周りに注意しつつキャフ達はマルアの学校を訪れた。
軍の施設であるからシュルア村とは離れていて、行き来はない。今までは一回は軍の馬車が通り過ぎるのをやり過ごしていたが、誰にもあわず門まで到達した。やはり無人なのだろう。
門も開けっぱなしで、学校に行ってもキアナの報告通りだった。
持ち物がそのままの部屋もあり、急な避難であった様子が窺えた。
「何か、手がかりが無いか探そう」
5人バラバラになって、あちこち探し回る。
だが職員室も書類が散乱しているだけで、手がかりは無かった。
「駄目か」
徒労に終わり建物から出ると、ギィェエエエとモンスターの鳴き声がした。
「何だ?」
「あれ、ワイバーンだ!!」
キャフが言う通り、一匹のワイバーンが低空飛行で向かってくる。
すると、学校の門がゴゴゴゴゴゴと突然閉まり始めた。
駆け寄った時にはすでに遅く、堅く閉ざされていた。
「まずいぞ、敵の罠か?」
子供達がいない事実だけに気を取られ、油断していた。
すると学校上空に来たワイバーンの背中から、誰かが降下してくる。
着地した途端地面が揺れ、砂埃が巻き起こった。
5人はゲホゲホと砂を払いながら落ち着くのを待つと、砂塵の中から現れたのはモドナのカタコンベで見た鬼武将軍、ジクリードであった。
「やっぱり罠に引っ掛かったか」
降下用の装具を外しながら、ジクリードは不適な笑みを浮かべていた。




