第210話 女王陛下の決意
前回のあらすじ
派手にやってやったぜ!
その一報は、起きたばかりのレスタノイア城を慌てさせるのに十分な威力があった。
「女王陛下、ハグータ島に駐留するクムール軍が、魔導師キャフとその一味の攻撃により、ぜ、全滅しました! クムール帝国は下手人を即刻引き渡せと、い、怒り心頭であります!!」
興奮で、伝令兵の声も震えていた。
「なに!」
「あいつら、死んでなかったのか」
「あの時、さっさと追い出せば良かったものを」
「まったく疫病神だな……」
会議場は、ざわめき始める。
「そうですか……」
それに対し、ルーラ女王は素っ気なかった。
議場用の厚化粧で、表情も窺い知れない。
だが心の中では感情が爆発しそうであった。
(キャフ、何てことしているの?)
キャフが世界樹へ旅立った後、最近アルジェオンに帰っている事は知っていた。
夜中キャフからと分かる通魔石電話が二度ほどあった。
だがルーラは出なかった。
電話ではなく、直接イデュワに会いに来て欲しかったのだ。
あるいは三度目だったら出たかもしれない。
だが三度目はなかった。
自分からかける気にもなれず、それっきりだ。
そしてこの知らせ。無事を聞くのは嬉しいものの、彼の行為はアルジェオン王国を存亡の危機に陥れる危険性がある。
今ルーラが下手な表情を出せば、弟のリル皇子はじめ家臣達にあらぬ疑いを詮索されるだろう。事実、この騒ぎの中でも彼らは女王陛下の一挙一動に注目していた。
先代王からの教えを守り物心ついた頃から感情を堪えることに慣れているルーラは、いつも通り平静を装い議論を任せる。
既に議員達は、蜂の巣をつついたような騒ぎであった。
「このままじゃ、また戦争になるぞ。もっとクムール製品を買って許してもらおう」
「とにかくキャフ達を見つけて引き渡せ」
「いやその前にあいつらをアルジェオン国から追放処分にしよう。そうすればアルジェオン人じゃなくなるから、我々が責任を取らずに済む」
「そんな遡及処置をとったら今後まずいのではないか?」
「今をやり過ごせば良いんだ、かまわん」
「手っ取り早く殺せば良いんじゃないのか?」
「居場所は分かるのか? 誰が行く? 特殊部隊でもあるのか?」
「平和憲法を守るアルジェオンとしては、隣国へ恐怖を与えないよう最小限の軍備しかなく……」
様々な議論が交わされるが、『キャフ達を守り、クムールと一戦交えるも止む無し』という意見はついぞ出てこない。見殺し前提の議論だ。
(父上、祖先が何代にも渡って護り続けてきたアルジェオンはこんな国だったのでしょうか……)
いかに責任転嫁するかで白熱する議論は、聞いていて気分が良いものではない。
本来ハグータ島を共通開発区にする約束を反故にして自分勝手に軍事拠点としたのは、クムール帝国の方だ。彼らの非を追求し撤退を促すべきだが、急ピッチで軍事拠点が築き上げられた今、誰も報復を恐れて口に出さない。
それよりも、叩きやすい身内を叩いた方が安全だ。
加えて、リル皇子はじめクムールと通じている輩は多い。気付くとタージェ議長とマドレーのように、左遷の憂き目にあう。自分がスパイだと名乗り出るわけもないから誰もが疑心暗鬼で、国を想う議論はなされなかった。
(私が、いけなかったのですね……)
今でもあの時の判断を思い、迷う自分がいる。
徹底抗戦をしたらどうなったのか、女王にも誰にも分からない。
だが歴史の分岐点を超えた以上、先に進むしかなかった。
昼ごろ、クムールからの使節が登城する。
屈強な騎士達に囲まれながらやってきた大使は不機嫌であった。
「我が皇帝、ラインリッヒ三世のお言葉をお伝え申し上げます。『ハグータ島近くで、ルーラ女王と会談を開きたし。日時はアルジェオンの方で決めても良いが、早急の開催を望む』との事です。いかがでしょうか」
議会は、再びざわめく。
「罠だ! 女王陛下、行ってはなりませぬ!」
「だが向こうから話し合おうと言っているのだ。チャンスではないのか?」
「どうせなら政略結婚をしてもらっては?」
「あっちの皇帝陛下は、既婚者だって話だが」
「弟とか親戚とか、誰かいるだろう」
喧々諤々の議論が再び始まり、一向におさまる気配はない。
話好きが多い政治家達だけあって、明日まで続きそうだ。
頃合いをみてルーラ女王は退室し、部屋に戻る。
議論が終わったら、いつものように御璽を押せと執事が呼びにやってくるだろう。女王の仕事は所詮それだけである。
ルーラ女王は寝室に戻り、メイドに命じて紅茶をいれさせた。着ている服は簡単に脱げないので、そのままの姿勢で椅子にもたれかかる。
マドレーが開発した冷凍庫にある氷を加え、紅茶を冷たくして飲む。
最近のお気に入りだ。
(また皆とお茶したいな……)
彼らが、いつ、どんな形で戻ってくるのかは分からない。
することもないので、試しに通魔石電話をかけてみたが不通だった。
予想されたとはいえ、落胆した女王は静かに1人で読書を始める。
(クムール皇帝と会談か……)
仲良くお茶をしたいわけでもないだろう。一触即発になる。最悪の場合は殺されるかも知れない。誘いに乗るべきではないのは明らかであった。だが断った場合のデメリットもある。
(どうせ人身御供で行ってくれ、と言われるんでしょ)
議会がそう決めたのであれば受けるしかない。その事に恐怖も感情もなかった。国民を第一に思うルーラは、国民が悲惨な目にあわされる事は我慢できなかったが、自分が犠牲になることには無頓着な性格だ。自分1人の犠牲で終わるなら、喜んでその身を捧げるつもりであった。
だが自分が死んだ後の憂いはある。
(リルが跡を継ぐのも心配だけど……)
今の状況は、リルとその取り巻きが引き起こしたものだ。だが彼が主導で何かしているというより、誰かが裏で操っているようでもある。小さい頃からリルを知っているルーラは、彼がなんの思想もないことを理解していた。それが国を治めるのに最大の欠点であることを、彼は知らない。
コンコンと、ドアがノックされる。
「どうぞ」と言うと、扉を開けて入ってきたのは執事だった。
「女王陛下、議長がお呼びであります」
「分かりました、いま行きます」
議場はまだ興奮冷めやらぬ様子で、うるさかった。
議長が静粛にと声をかけ、静まったのを確認して話を始める。
「女王陛下。議論の結果、多数決にてラインリッヒ三世殿下との会談を望むことが決まりました。宜しいでしょうか」
「分かりました。幾つかの条件がありますが引き受けましょう」
女王の言葉に合わせ、万雷の拍手がなる。”女王陛下、ばんざーい”と、万歳三唱も始まった。その欺瞞的な茶番を、女王は冷たく受け止めていた。
数日後。女王陛下の寝室を1人の男が訪れる。
「こんにちは、女王陛下。お久しぶりです」
「ルーラで良いわ、マドレー。今回は戻ってきてくれてありがとう」
久しぶりに王都に戻ってきたマドレーは、少し日焼けして筋肉もついていた。
「ええ、辺境もなかなか面白かったんですけどね。しかし女王もバカなんですか? 死ににいくようなもんでしょ?」
「だから、あなたを呼んだのよ。キャフと皆さんも近くにいるようです」
「そうらしいですね。分かりました。私も一緒に行きましょう」
マドレーは笑っていた。




