第209話 ハグータ島襲撃
前回のあらすじ
久々の、クムール帝国だぜ!
「大丈夫か、キアナ。バレてないか?」
キャフ達は密林をガサガサと踏み分けながら、大きな葉っぱの影で待機中のキアナと合流した。鳥やカエル、虫や動物達の動く音が至る所から聞こえる。
「ああ、勿論バレてねえ。軍仕込みの偵察術だからな」
「それが一番、信用できねえ」
「そうかもな」
キャフの返しに苦笑いするキアナだが、敵に目立った動きはない。
クムール軍も、キャフ達の存在に気付いていないようだ。
眼前にある壁の中から、何やら作業をしている男達の声がする。
時折聞こえる”ギィイ”と鳴く声は、以前も遭遇した魔獣亀だ。
「積み込み作業か?」
「それっぽいと思うんだけど」
「出てきたら、どうする?」
「追いかける」
「あの亀、速いニャよ」
「まあな。陸路だろうが河だろうが、追いかけるさ」
だがキャフ達の予想に反し、積み込み作業に手間取ってるのか、門が開く気配はない。ジャングルだから日差しは届かないものの湿度は高く、怪しげな虫や動物たちがそこら中にウヨウヨいる。耐えるのも限界なので、ミリナがバリアをかけて一息つく。
やがて、夕暮れ時が近づいてきた。
門は開かないが、兵士達の声や魔獣亀の鳴き声はまだ聞こえる。
「見込み違いだったかな? アイツら何か喚いてるし、そうじゃないかと思ったんだけど」
「まあ、待とう」
5人とも、じっと身を潜めた。日も暮れてすっかり夜になる。
この季節は、夜でも暑い。ジャングルは熱帯夜で蒸し暑く、待機するのも一苦労であった。今日は月も出ておらず、真っ暗だ。夜行性の動物たちの鳴き声も聞こえ始めた。バリアの魔法が薄い光を放つ。
交代で眠りながら、フィカが番をしている時だった。
ギギィイーと、門が重い音を立てて開き始めた。
「みんな、起きろ。出発するぞ」
フィカが4人に声をかけると、モゾモゾと起き上がる。
その間に、門からは魔獣亀が三匹ほど現れた。
背中には荷物が沢山積まれており、兵士も数人ずつ乗り込んでいる。
「やっぱり、それっぽいな。追跡しよう」
キャフ達は魔獣亀の後を付いて行った。
予想外に魔獣亀達は学校の前を通る道からすぐに外れ、チグリット河に向かう。キャフは浮遊魔法を使い、4人を乗せた。
魔獣亀達はそのままチグリット河の岸辺まで来ると、ジャボンと入り悠々と泳ぎ始めた。真っ暗闇なので、泳ぐ音で確認するしかない。魔獣亀に驚いたのか、時折鯉のはねる音もする。闇夜のお陰で、クムール軍はこちらに気付かない。キャフ達は細心の注意を払い、低空飛行で追跡する。
魔獣亀達はチグリット河の上流に向け、器用に泳いでいた。この距離からは、荷物の中身は窺い知れない。夜の帳も下り村や町の明かりもほのかで、キャフ達を照らすまでには至らなかった。
「どこまで行くんだろ?」
「もしかして、あのハグータ島では?」
「その可能性は、あるな」
果たしてミリナの予想通り、魔獣亀達は中洲の大きな島に近づいていった。そこは軍の施設があるようで、松明が煌々と燃え盛っている。
キャフ達も近づこうとした時、ラドルが「何か来るニャ!」と叫んだ。
「え、何だ?」
「上昇するニャ!」
ラドルが必死に警告する中、真下の水面が隆起しザッパーンと水音を立てて、キャフ達を飲み込めるぐらい大きな口を開けた魔魚が飛び跳ねてきた。その高度でいたら食われてしまう。
「うわっ!!」
「危ねえ!!」
5人が口々に叫ぶ中キャフは急浮上して、間一髪魔魚の餌食になることは免れた。だがこれはハグータ島にいるクムール軍に、キャフ達の存在を知らしめる結果となった。
ドーーン!!
ドッドーーーン!
「大砲だニャ!!」
「おい、キャフ、避けろ!」
「やってる!!」
島から何発もの大砲がキャフ達目掛けて撃ち込まれる。
自在に空中を浮遊しながら、発射時に発する光を頼りになんとか避け続けた。
「どうする? このまま戻るか?」
フィカがキャフに尋ねた。ハグータ島に駐留するクムール軍は予想以上の規模で、次から次へと大砲を撃ち込んでくる。撤退を考えるのももっともであった。
だがキャフの考えは違っていたようだ。
「こう見えてオレは派手好きなんだ。ラドル、やれ!!」
「はいですニャ! ファイアビーム乱れ打ち!!」
反撃の狼煙として、ラドルの両手から繰り出される炎がハグータ島目掛け続々と放たれる。クムール軍の施設はあっという間に炎に包まれ、警報に叩き起こされた兵士たちは消化活動に大わらわだ。
「電撃放射!!」
ラドルの攻撃に続き、まるで天の怒りのようにキャフが放った幾重もの雷がハグータ島全面に直撃する。ガーン!と、更に大きな爆発音がした。火薬庫に引火したらしい。
闇夜に浮かぶ炎は残酷なほどに美しく、地獄の業火のようであった。
やがて大砲の攻撃が止んだ。
もうクムール軍には、反撃する力が残っていないようだ。
「《雷の方舟》は、無いのかニャ?」
「この様子じゃ、そのようだな。長居は無用だ。帰るぞ」
目的は果たせなかったものの、キャフ達は再びアジトへと戻って行った。
翌朝、丸焦げになったハグータ島に魔導将軍イシュトが降り立った。
すでに救護兵があちこちと駆け回り、生存兵の看護をしている。
「酷いものだな」
「はい、ほぼ全滅です。数ヶ月は使い物にならないでしょう」
案内役の兵士が答える。
「戦争に犠牲は付き物だが、例え陽動作戦とはいえ、我が兵の無様な姿を見るのは忍びないな。この借りは《雷の方舟》できっちり返してやろう。戻るぞ」
「はっ」
魔導将軍イシュトは空間魔法を使い、帝都へと戻って行った。




