第201話 交渉
前回のあらすじ
急募:真っ当な方法で稼いだ、大金持ちの実業家。
まともな人間、一人もいない説。
「う〜ん、どうしよっかな〜」
ジジェスは腕を組み、悩むそぶりをみせている。
その顔は少し意地悪な感じも受け、真意を計りかねた。
いずれにせよ、直ぐに援助はしてもらえそうにない。
「何とか、お願いしますニャ!」
「ここまで来たんだからさ! お願いだよ、王様!」
必死に懇願するが、ジジェスの心が動く気配は無かった。
「じゃあ、ゲームで勝ったらとか、どうですか?」
「悪いね、もう一通りやって飽きたんだ。デスゲームもギャンブルも全部僕が勝つから、つまんないし。もうそのレベルじゃ興奮もしないよ」
ミリナの提案も、そっけなく返される。
「珍しい品と交換はどうだ? 良いタバコあるぜ?」
「すべてを持つ僕が何を交換するんだい?」
「……」
予想はしていたが、一筋縄ではいかないようだ。
「何でも良いから、武器くれニャ!!!」
「おい!」
「止めろ、ラドル!」
業を煮やしたのか、突然ラドルが魔法杖から術式を起動し始めた。
天井まで届きそうなほどの火炎が現れる。
まともに受ければ、ジジェスと言えどもダメージは免れないだろう。
だが——
「はニャ?」
その炎はあっという間に霧散し消え去った。
ラドルは信じられないといった顔をして、魔法杖を見つめる。
「故障かニャ…… ほら、動くニャ!!」
魔法杖を何度振っても、起動しない。
「残念だね、魔法が使えなくて」
ジジェスは、軽く笑っている。
全てが彼の掌で踊っているようだ。
ラドルは悔しがりながら、未だしつこく術式を起動させようとする。
だが結果は同じだった。
「君達の魔法も、僕達が開発した技術なんだよ。特定の波長の脳波を魔素として術式を介し、現実化させているんだ。『魔法使い』と呼ばれる人種は、その脳波が一般人より強いってわけさ」
ジジェスの説明は初めて聞く内容であった。昔キャフが師匠だった大聖人グラファに魔素の源について質問した際も、明確な答えはもらえなかった。だから今はキャフの長年の疑問が氷解した瞬間である。彼らから譲り受けた技術であるなら、人間達の理解が不完全なのも納得がいく。
「因みにこの部屋には、僕以外の魔素を無効化する反魔素を張り巡らせているんだ。魔素を術式で変換しないと、魔法が使えないのは知ってるよね。だから魔法を使おうと思っても無駄だよ。僕と同じ脳波だったら魔法を使えるけれど、指紋と同じで共通の魔素を持つ人間は誰一人いないからね」
「ウググ……」
ラドルはこれっぽっちも理解できてないが、勝てない事だけは自覚する。
キャフも、最終手段として魔法の発動は考えていた。
だがジジェスの方が一枚上手だったようだ。
ジジェスはやれやれといったジェスチャーをして、話を続ける。
「今もそうだ。君達人間は血気盛んで、何でも暴力や嘘と謀略で解決しようとする。僕達はそういう世界にもう飽き飽きしたんだ。いつもいつも醜い闘いばかり。理由をつけては争い合う。争いが目的だから幾ら説得しても聞かないし、ウンザリさ」
ジジェスは、過去の様々な出来事を思い出しているようであった。
長い年月を経て辿り着いた結論に、キャフは反論できなかった。
「お前、オレ達に何も渡さない気か?」
「? そうだよ。気付かなかった?」
大事な点をさらっと言ったが、キャフ以外の4人はその言葉に硬直する。
それは、星船に来たのは無駄骨であると宣告されたも同然であった。
「だって、勝手に君らが此処に来ただけじゃないか? デュダリオーン達も同じ意見だよ。彼なんて、安眠妨害で散々迷惑を被ったから殺しておけって、何度も言われたよ。君たち、思ってるより敵を作ってるんだよ」
「まあ、あれは悪かったと思ってるけどな」
言葉では謝るものの、キャフは再び戦闘態勢をとる。
だがジジェスは何も構えず、5人を前に笑うだけであった。
「何をしてるんだい? 君達と僕とでは実力差があり過ぎるって分かったじゃないか。彼女達が持つ剣や銃も、僕たちの発明品さ。だから対処は簡単だよ。じゃあそろそろ、もう終わるで良いかい?」
「い、嫌ですニャ……」
ラドルが、うっすら涙目になる。苦労してここまで来たにも関わらず、何の収穫もないのであれば、ルーラ女王やマドレー達に会わせる顔がない。そしてあの忌々しい《雷の方舟》の存在で、アルジェオンは遠からずクムールに占拠される。それだけはどうしても避けたいものの、ジジェスの援助が得られないとキャフ達に打つ手は無かった。
「そんな悲しい顔されると、僕も困っちゃうな。国が占領されて滅びるなんて、良くあることだよ。せいぜい君達みたいな美女は占領軍の野郎共の慰み者になって、文化が消えて、今までの言葉が使えなくなるだけさ。あ、そうだ、この星船は衛星カメラと連動して、地上を常にモニターしてるんだ。今のクムールを見てみようか?」
まるで子供をあやすように、ジジェスは話題を変えた。そして何か操作をすると部屋に3Dモニターが現れ、上空から見たクムール帝国が映し出される。そしてクムール国内でも一番大きな都市がジジェスの操作でズームインされ、拡大図になっていった。
「ここが帝都シュトロバルだよ。君達はまだ行った事がないよね。黒が基調の歴史ある街で、僕達がいた痕跡を残す世界でも数少ない街の一つなんだよ。アースドラゴンと一緒に行った場所はこの辺りだね」
見覚えがある、チグリット河近くの駐屯地と学校が映し出された。
校庭に生徒たちが集合し、ノロノロと運動している。
「あ、マルアだ!」
「ほんとだニャ!!」
その中の一人に、キャフたちは見覚えがあった。
会った時よりも成長しているが、痩せ細って今にも倒れそうだ。
「ああ、彼らは《未来の子供》達だね。可愛そうだね。魔素を吸い取られて、輝かしい将来もなくなるんだから。まるで人材を使い捨てで勝手に自滅する、現代の日○みたいだ。慈善家の僕なら彼らに文句を言っても良いけど、どうせ内政干渉だと無視されるだけだし、意味ないね」
言葉とは裏腹に、ジジェスは全く何の情も湧いていないようだ。
「あ、ここに新大陸からの戦艦が泊まってるね。兵隊もいっぱい来てるよ」
ジジェスの言う通り、クムールの軍港に沢山の戦艦が停泊して物資を送り出している。多数の兵隊がいることから、アルジェオンとの戦争に備えた軍隊だろう。アルジェオンでは誰も知らない情報だ。
「どうせだから新大陸の街も見てみようか? ここが首都ニューシティだ」
映し出された画像は、王都イデュワや帝都シュトロバルが田舎町に思えるほどの巨大な都市だった。キャフも仕事で行ったことがあるが、何もかもスケールが違いすぎる。滞在した時も驚きの日々で、こうして客観的に比較すると改めて力の違いを見せつけられた。
「まあ、さっきああは言ったけど、僕たちもこの星船をメンテナンスするために地上との関係は保っておく必要があるんだ。だから最果ての地で戦争してくれるのは、悪いことばかりじゃ無いんだよね。経済も回りやすくなるし。どんな武器が欲しいんだい? 長距離核弾道ミサイルも装備しているから、帝都シュトロバルをピンポイントで消滅させることなんて簡単だよ?」
「いや、そんな物騒な兵器はいらない」
ジジェスは少し心変わりしたようだが、キャフはその申し出を断った。




