第002話 帰宅
前回のあらすじ
ジジイども、若い。
キャフはマジックタワーから、王都イデュワの中央を貫くエミュゼ通りに出た。
タワーの影が尾を引く黄昏時、背後にはレスタノイア城が控えている。
この城の東にマジックタワー、西には王国軍の統合参謀本部がそびえ立っている。大理石を基調として白く光輝を放つそれらは、別名王都の⦅三羽の白鳥⦆とも呼ばれていた。
白を基調とした美しい王都の街並も有名で、⦅白い都⦆の異名を持つ。
街の大通りは⦅三羽の白鳥⦆を中心に四方に巡らされ、街道として各都市と繋がる大動脈である。中でもエミュゼ通りは一番広い大通りだ。道幅は60メートルあり、馬車が車道をひっきりなしに通る。
今までのキャフなら、この通りは屋敷まで迎えに来る王立馬車で通り過ぎる風景だった。だが魔導師資格を失った今、乗合馬車をひろうか徒歩でしか帰宅手段の選択肢はない。
エミュゼ通りは行交う大勢の人々で賑わっている。今はちょうど仕事帰りの人々が多い。居酒屋が立ち並ぶ一画は、仕事終わりに飲んでいる人達で騒がしかった。
黒い魔導師の服は目立つが、人間も獣人も溢れかえるこの街では誰も目を止めない。見慣れない景色は新鮮だけれど、寄り道すら今のキャフはする気が起きなかった。
(どーすっかなあ……)
陰鬱な気持ちは晴れず、足取りは重い。
時折ふらつき、人にぶつかりかける。
この世界での魔法使いは、魔法使い、魔術師、魔導師、賢者の四段階にクラス分けされている。冒険者としてパーティーを組むのは、魔術師ぐらいまでだ。
冒険で実績を上げた者だけが、魔導師の資格を得る、
魔導師になれば、弟子を取れる。
弟子から受け取る授業料が、魔導師の収入になった。
そうやって悠々自適の生活を送るのが、一般的な魔法使いの道である。
キャフは魔導師の中でも一流で、数十人の弟子を従えていた。
だがそんな生活も、もう終わりだ。
(あいつか……)
キャフは、先代国王ロルの寵愛を受け、若くして魔導師へと出世した。だが今年始めに王が崩御し、第三皇子リルが魔法協会長になってから、急変する。
キャフのライバルとも言われる魔導師ファドが、キャフの発見に異議を唱えた。ただ彼の根拠は薄弱であり、専門家の間では議論の余地が多分にあった。
しかし噂は広まり、狙い撃ちのごとくキャフが誹謗中傷の対象となる。
第三皇子の命で調査委員会が開かれ、抗弁空しく本日の結論へと至った。
男の嫉妬は、ポジションもからむから執念深くて厄介だ。
初めて第三皇子に会った時、腹に一物ある蛇のような表情が印象的だった。
そういうタイプが苦手なキャフは、彼を軽くあしらってしまう。
思えばあれが、ターニングポイントだったのかもしれない。
だがいずれにせよ、後の祭りであった。
先代国王の死後、第一皇女ルーラがアルジェオン王国の女王として君臨している。だが王家の政情はまだ不安定との噂も聞く。現に、何人か処罰もあった。
キャフも政権中枢の噂は時折耳にするものの、聞き流していた。
それが良かったのか悪かったのか、今となっては分からない。
(これから、どうすっかな……)
政治より、当座の生活だ。
まだ蓄えはあるが一生暮らせるほどでは無い。
キャフの家は郊外の高級住宅地にある。一際広大な屋敷で研究棟も備えていた。これも、亡き先代国王より頂いた恩賞であった。だが維持費を考えると売却しかない。
ただそれも噂になるのが、今のキャフには耐えられなかった。
鉛のように重い足を無理に引きずり、ようやく帰宅の途についた。
既に空は黄昏から微かな星空へ変わり、夜泣き鳥が寂しく鳴いている。
見慣れた荘厳な門が、懐かしく思える。キャフは召使いに門を開けさせようと、呼び鈴を押した。だが、全く応答しない。仕方なく大きな門を手で押すと、無用心にあっけなく開く。
(ん?)
キャフは、そのまま敷地へと入った。玄関までの道も、いつもと見慣れた同じ景色の筈だ。でも違和感がある。いくら歩いても、人の気配が全然感じられない。
「誰かいるか?」
……
返事は無い。
確かに、二日ほど拘束され留守にしていた。
それでも、常駐する十人の召使いに加え、三十人以上の弟子達がいる。
全員が不在なのは、流石におかしい。
夜の帳が下りて久しいものの、明かりが点く様子はない。
周りも羨む華やかな御殿も、今ではまるで廃墟のようだ。
「おい、誰か?」
……
やはり、応える者はいない。
(あいつら、他所へ行ったのか……)
金の切れ目が、縁の切れ目——
今までなら、一流魔導師キャフの弟子であれば、冒険者のパーティーに入る時に優遇されていた。魔法学校の講師にも沢山送り込んでいる。だが魔導師どころかただの魔法使いですら無くなったキャフを慕う者など、今更いる筈も無い。
おぼろげながら、キャフもこうなると分かってはいた。
覚悟していたけれど彼等への情もあり、心の片隅で期待もしていた。
……
いざ現実に直面するとプライドをズタズタにされ、絶望がキャフを支配し始める。家に入るでも無く、夢遊病者かゾンビのようにキャフはあても無く庭をさまよった。
そして、本邸の裏側にまわった時だった。
?
仄かな希望のごとく、一つだけ明かりの点く部屋がある。
弟子達が活動する研究棟の一画だ。




