第189話 やっと入り口に
前回のあらすじ
自分と戦うなんて、やなこった。
「お前達の誤算は、オレ達に似せ過ぎた、てことだな」
「ミリナちゃん、ごめんニャ!」
今度は本物ラドルが黒いミリナに襲いかかる。回復魔法を持ち魔法レベルも高いミリナは、メンバーの中で厄介な存在だ。猫らしく俊敏な動きで撹乱する本物ラドルに運動能力で劣る黒いミリナは翻弄され、目がまわってる。
「じ、邪魔だ! この化け猫!!」
「偽ミリナちゃん、諦めるニャ〜! ファイアーボム!!」
本物ラドルの炎攻撃を防ごうと、防御魔法を発動するために少しの時間を要した。その隙を逃さず、猛スピードで本物フィカが駆け寄って一太刀を浴びせる。
キャァアア!!!
背中を切られて流血してよろめく黒いミリナに、本物ミリナがとどめに大技の超新星を発動する。
「紛い者め! お前なんかいなくなれ!」
バァアーーン!!!
直撃を受けて黒いミリナは動かなくなり勝負がつく。勢いそのまま本物ラドルは、回復途上の黒いキアナにも炎攻撃をしかけた。動きの鈍かった黒いキアナはまともに炎を受け、倒れ込む。
「次は?」
逆もまた真なりで、今度は黒いフィカとキャフが、本物ミリナに攻撃をし始める。黒いフィカの剣さばきは、本物に勝るとも劣らない無駄のない動きだ。剣術に不慣れな本物ミリナは対応できず、更に黒いキャフから光の矢も発せられ、防御だけで精一杯だった。
だがここは本物キアナが銃を構え、黒い2人に狙いを定める。
ダァーン!!
直撃はしなかったが、黒い2人は弾を避けるため本物ミリナから離れた。
そこを、本物ラドルは見逃さなかった。
「今だニャ! 氷柱!!」
黒い2人に放った魔法は黒いフィカに直撃し、氷の柱に閉じ込めた。
残るは、2人。
エルフが擬態しているので、黒いラドルの身体能力は本家に及ばない。黒いラドルには本物フィカとキアナが対峙し、再び黒いキャフには本物キャフが向き合う。
だがさっきまでと違い、本物キャフは攻撃よりも黒いキャフの足止めに徹する。無数の光の矢が、黒いキャフに降り注ぐ。
「くそ、なかなかやるな」
黒いラドルの援護ができず、黒いキャフも焦り始める。
「さすが私の偽物ニャ。褒めてあげるニャ!」
「うるさいニャ〜!」
黒いラドルにはさっきまでの余裕がなくなり、魔素も尽きて大技の魔法が使えなくなったようだ。そこをフィカが斬り込み、尻尾が切断された。
「はニャ! せっかくそっくりに似せたのに!!」
「隙あり! ファイアーボム!」
本物ラドルが打ち放った炎は焦る黒いラドルの土手っ腹に命中、黒いラドルは気絶する。
残るはとうとう、黒いキャフだけとなった。5人で取り囲む。
このキャフは一番油断ならない相手であり、強敵だ。
「……仕方ない、この辺にするか」
黒いキャフがそう言って、倒れた4人に回復魔法をかける。
すると4人は、即座に立ち上がった。
本物キャフ達は更なる攻撃を警戒して身構えたが、予想に反し黒い5人は擬態を解除し元の姿に戻り始めた。
やはり彼らはダークエルフだった。
肌の色は変わらず黒いが、エルフだけあっていずれも美男美女の顔立ちだ。
「あんたらダークエルフ? エルフ達の敵なのか?」
「いや、この世界でのダークエルフとエルフは敵対していない。単なる肌の色の違いだ。我々は《世界樹》の意思で動いているのだ」
「《世界樹》の意思?」
「ああ、そうだ」
(そんな話、前に来た時は聞いてねえぞ)
彼らの背後に高くそびえる世界樹の意思が何なのか、キャフも4人も検討がつかなかった。
「改めて、私の名はイルヴァナー。ダークエルフの長だ」
先ほどまでキャフであったダークウルフのイルヴァナーは、この中で最年長らしく威厳があった。本物キャフの威厳の無さは、今更言うまでもない。
「さて、世界樹に登ろうとしているお前達に、改めて聞きたい。お前らは、何のために闘ってるんだ?」
「何って、アルジェオンが存亡の危機に瀕しているからだ!」
キャフが当然のように答えるとイルヴァナーはため息をつき、哀れみの目でキャフを見つめた。
「陳腐だな」
「陳腐?」
意外な言葉に、キャフも相手の意図を測りかねる。
ルーラ女王をはじめ、アルジェオンの民がクムールに攻め込まれて困っている。ならば、強い人間が助けるのは当然だ。キャフ達は《雷の方舟》に対抗できる武器を求め、この《世界樹》に登ることが可能だ。救える可能性がある限り行くべきであろう。
それを当然と思っていたキャフには、キャフ達を「陳腐」と蔑み憐むイルヴァナーの真意が理解できなかった。
「お前、少し前に勇者サムエルと一緒にきた魔導師だろう?」
「いかにもそうだが」
「人間はあっという間に老けるんだな」
「あなた達に比べれば仕方ないだろう」
千年以上の長寿である彼等にとって、二十年前などほんの少し前の出来事だ。
「彼、サムエルは人間にしては未だマシだった。ドラゴンを倒すための大義名分を、自分なりに考えてきていた。それに飽き足らず人間とモンスターの関係性を合わせて、あいつなりに自分の言葉で考えていた。モンスターとどんな形で共存していくか、これからの人間はどうあるべきか、考えていた。エルフ族としても共感したから力を貸したのだ。ドラゴン討伐は我々にとっても問題になるからな。鍛冶師デュダリオーンの一存で、ドラゴンスレイヤーを作ったわけではないのだ」
「ああ、そうか……」
サムエルは語らなかったが、彼1人で行った場所でエルフ達と話し合いをしたのだろう。ドラゴンスレイヤーは、その対価として受け取った物だ。
「だがお前はどうだ? 『困ってます、助けてください』 それだけではないか? クムールとの闘いに、”義”はあるのか? 単にお前らが弱いだけじゃないのか? 弱かったら滅びれば良いだけだ」
(義、か……)
そこまでは考えていなかったと思い知らされる。
……
言葉にならず沈黙が続いた時、話を始めたのはイルヴァナーの方からだった。
「まあ、良い。恐らくお前達が会うべきエルフはデュダリオーンではない」
「そうなのか? じゃあ誰に会えば解決できる?」
「エルフの王、ジジェス」
「ジジェス?」
初めて聞く名だ。
「左様。この世界樹の一番頂上に住むと言われている。鍛冶師デュダリオーンがいる場所は知っての通り、ここからも見えるあの広場近くの祠だ、もっと上に王は居る」
「どうやれば、会えるんだ?」
「知らん。我々も直接会ったことはない。とにかく行ってみろ。行けば何かが起こるだろう。あと忠告しておくが、《世界樹》は全てを見ている。誤魔化そうとくれぐれも思わぬことだ。ではさらばだ」
そう言い残すと、イルヴァナー達5人は消え失せた。
「え? 幽霊だったのかニャ?」
「いや、異空間移動だろう。気配がない」
「どうすんだ、これから? 戦う意味、自分にも分かんなくなってきたな」
キアナはさっきの言葉を聞いて混乱している。他の3人も元気がない。ダークエルフ達の言葉に加え、これから《世界樹》で待ち構える一筋縄ではいかないモンスター達を想像して、やる気が削がれているようだ。
「祖国を助けるだけで大義は十分だ。とにかく行くぞ」
先ほどの言葉を振り切るように、キャフは世界樹へと向かった。
その姿を見て、4人もキャフの後について行った。




