第181話 潜伏
前回のあらすじ
え? 戦争終わったの?
『止めようとしたんですけどね…… クムールの使節団は狡猾で、入る隙がありませんでした。リル皇子達と予め結託していた可能性もあります。すいません、僕が近くにいながら……』
通魔石を通じて話すマドレーの声は、落胆していた。
『マドレーさん、気にしないニャ』
『そうだ、お前さんのせいじゃない。女王がそう決心した。それだけだ。彼女は女王だ。その重さは彼女にしか分からんよ』
『そうですね。また何かあったら連絡をください。ただ……』
『ただ?』
『僕の嫌な予感が当たらなければ、良いのですが』
『ああ。多分そうだろう。こっちもバカじゃない。安心しろ』
『分かりました。では何かあったら。今日はタージェ評議員長に呼ばれているのです』
『元気でな』
『キャフ少将もお元気で』
そう言って、マドレーは通魔石を解除した。
慰められて少しは元気を取り戻したようだ。
ここは、キャフ邸。昼の講和受諾からキャフ達はそのまま帰ってきて、夕食を取り終え一休みをしている。だがその場所は普段使う部屋や食堂ではなく地下室だった。
キアナも含め5人がいる。地下室は十分に広く、キャフはソファに寝そべり4人はテーブルを囲む椅子に座って食後のお茶を飲んでいた。少しカビ臭いが保存食もあり、一日ぐらいなら十分住める。
5人はリラックスしてお茶、ではなく床の様子を気にしていた。
「来ると思うか?」
ランプの明かりも暗い中、フィカがキャフに訊ねる。
「恐らく。まあ、静かに待とう」
そう言うと、キャフは横になった。
4人も話をしたり時折上を見たり部屋を探索したりと、思い思いに過ごす。
ドタドタドタ……
しばらくして、大勢の兵士達が入ってくる音が上から響いた。
玄関の方角だ。いかつい怒鳴り声も聞こえる。
「やっぱりか」
「どうなるかな?」
「見つかりますかね?」
「きっと、シーマがうまくやるさ」
ギムが派遣してくれた執事とあって、キャフは彼の仕事ぶりを信頼していた。相変わらず高圧的な口調の声が聞こえる、いくつかやり取りをした後、兵士たちが無礼に歩く靴音が響き渡った。ギシギシと軋む音が、キャフ達の真上の床からもする。
探せぇ!! 必ず見つけ出せとの命令だ!!
部屋中探しているらしく、ドサドサと何かが落ちる音や、バタン、ガシャンと倒れて派手に壊れた音もする。出て行って文句を言いたい誘惑にも駆られるが、5人は大人しくじっとしていた。ここで見つかれば、全てが水の泡だ。仮に彼らを追い払っても、アルジェオンから反逆者の烙印を押されるのは確実になる。それだけは避けたい。幸い、兵士達が地下室に気づく気配はなかった。
……
どれくらい経っただろうか。業を煮やしたのか、隊長らしき男が「覚えていろ! また来るぞ!」と捨て台詞を残し、行きと同様バタバタと何人もの兵士達の引き揚げていく足音がした。
……ギィイイーー
地下室の扉が開く。顔を出してきたのはシーマだった。
「ご安心ください、もう行かれました」
「良かったニャ〜」
5人は地下室から出て、広間のソファーに座る。かなり荒らされたようだ。
棚が幾つか倒され、食器も割れていた。本も散乱している。
召使達が掃除中だが、床のあちこちにある靴の泥が忌々しかった。
「ありがとう、助かった」
「ええ、これしき。それより、これからどうしますか?」
「ああ、そうだな。どうせまた来るだろう。シーマ、留守を頼んでも良いか?」
「ええ勿論です。ギム様にもご連絡をなさってはいかがですか?」
手際良く、シーマはキャフに通魔石電話を差し出した。
「ありがとう」
そう言って、キャフはギムに連絡を取る。
『おう、元気か? 講和を受諾したって噂を聞いたんだけど、本当か?』
『ああ、そうだ。あんたはまだモドナか?』
『いや、サローヌに戻っている。だが講和を受託したなら、俺達も引かざるを得ないだろう』
『そうだろうな』
ギムも、アルジェオンの今後を不安に感じているようだ。
『お前は、どうするんだ?』
『今、憲兵隊がうちに来た。シーマのおかげで、ことなきを得たがな』
『あいつはサローヌ城の執事でも優秀だったからな』
『そうか、やっぱりな。こっちでも助かってるぜ』
『それは良かった。だが今後はどうする?』
『そうだな。とりあえずまた冒険者でもやるか』
『本気か?』
ギムの声は、キャフを心配しているようだ。
『とりあえず家はシーマに任せる。済まんが資金面の調達は頼む』
『ああ、任せとけ。しかし本気か? 今更モンスターを倒しても金なんて稼げないし、意味ないぞ?』
『《世界樹》さ』
その一言に、ギムの反応が変わる。
『……あ、あそこに行くのか? 1人で? 確かにエルフ達が協力してくれれば、《雷の方舟》に対抗できそうだが…… 俺は、もう二度とあそこに行くのはごめんだ』
『オレもだけどな。仕方あるまい。1人かどうかは、今から決める』
キャフは、既に決心しているようだ。
ギムは、キャフを止めることは出来ないと悟る。
『とにかく、無事に帰ってこい』
『ああ。その間、ルーラ女王達を頼む』
『もちろんだ』
こうしてギムとの通魔石電話は終わり、改めて4人と話をし始める。4人もギムとの会話を聞いていたから、事情は分かったようだ。
「今聞いたようにオレは《世界樹》に上る。お前達はどうする?」
急に聞かれても、4人は直ぐに答えられない。
少しの沈黙の後、フィカが尋ねた。
「昼間っから《世界樹》って言ってるが、あそこに何があるんだ?」
「そうそう、師匠、ちゃんと教えてニャ」
「そうですよ、キャフ師。じゃないと一緒に行くかどうか答えられません」
「軍にいるより、面白そうだけどな」
「分からん」
キャフの答えに、4人は呆気にとられる。
「そんな所に私達を連れて行くのか? 怠慢じゃないか?」
代表して意見するフィカは、保護者役のようだ。
3人もフィカの言葉に同意して、うんうんと肯いていた。
「何があるかは、知ってる。だがどんな結末になるか分からんのだ」
「どう言う意味ですニャ?」
「恐らくだが、あれを倒す武器が《世界樹》にある」
「ドラゴン・スレイヤーか? あれはあのババアが……」
トゲのあるフィカの言葉に、キャフは一瞬ムッとした。
だがキャフの心情は、ラドルしか気付いていない。
「あの剣じゃない。そもそも、あそこに住むエルフ達は世界で一番の長寿だ。だから、《雷の方舟》が使われた時代を、知ってるはずだ」
「それなら、弱点も分かると?」
「恐らく」
「じゃあ、私達も一緒に行くニャ!!」
「だが、問題が一つあってな……」
キャフは、言いづらそうだった。
しばらく躊躇った後、決心したように話を続ける。
「……体力に加えてメンタルが強くないと、あそこには辿り着けない」
「どう言う意味ニャ?」
「……行けば分かる。オレは部屋に戻る。結論が出たら教えてくれ」
二階に上がるとき、振り返ると4人はまだ真剣な顔で相談をしていた。
(どっちでも文句は言えねえしな…… あいつらの好きにさせよう)
キャフが少しウトウトし始めた頃に部屋の扉がノックされ、4人が入ってきた。
「みんなで行くって、決めたニャ」
「国の一大事だしな」
その言葉に、キャフは救われる思いだった。
1人でも行くと決心していたが、やはり仲間がいると心強い。
「そうか、ありがとう。じゃあ今晩出発する。支度をしてくれ」
「分かった」
こうしてキャフ達一行は、再び冒険の旅へ出発することとなった。




