第179話 女王陛下の悲哀
前回のあらすじ
シリアス展開で、冗談言う雰囲気じゃねえ……
もう初冬になり、細雪が降り始めた。モドナの復興もひと段落付き、キャフ達にもイデュワへの帰還命令が出る。キャフ達の代わりに来たのはナゴタ大将であった。
第七師団長自らがやって来ると思わなかったキャフは、彼が部屋に入って来ると慌てて椅子から立って直立不動で敬礼する。
「いい軍人になったな。だが腐るなよ」
「はい」
「長い間ご苦労だった。女王陛下もお待ちしておる。早く帰ってやれ」
その時だけ、ナゴタ大将は親が息子を見るような優しい眼差しであった。
深く礼をし、引き継ぎを行ったあと退室する。
道中クムール兵との戦闘はなかった。
時折単発的にモンスターの襲撃があったものの追従するクムール兵はおらず、単独行動なのかクムール軍に操られているのか判別つかない。
モンスター生息域まで出向き、オークとコボルト達とも状況確認を行なう。
やはりピラミッドを壊滅して以来、チグリット河から上陸する気配は無いらしい。どうやらクムール軍はモンスター生息域内を撤退しているようだ。
「チャンスのはずなのに、何故だろう?」
ある宿営地での夜、会議でキャフはこの話題を出した。
「恐らくですが、クムール軍も一気に攻め込む戦力が無いと思われます」
マドレーが発言する。
「『雷の方舟』も、欠点があるのでしょう。話を聞く限り、キャフ少将の魔法が鉄の棒を直撃してから動き始めて、浮上したんですよね?」
「そうだ」
「じゃあ恐らく起動には、大量の魔素が必要と思われます。戦艦大○みたいにデカいし、メンテも大変なんでしょう」
マドレーの説明に、一同は納得した。
「ではいつ頃攻め込んでくると思う?」
中隊長の1人が、質問する。
「そこが正直分かりません。クムールの冬は厳しく彼の地が貧しいことを考えると、種まきの終わる春以降かも知れません。今の時期に再び《雷の方舟》を動かして、停戦に持ち込む戦法も考えられます。ただ残念ながら、アルジェオンが現時点で攻め込む余裕が無いのも事実です。そもそも我が軍に、多数の兵や資材を載せての渡河能力はありません」
「そうだな。こちらからは打つ手なしか……」
マドレーも戦略は見出せないようだ。
とにかくチグリット河からこちらの防御を万全にすることで、会議は終わった。
そこから数日経ち、イデュワへ戻る。モドナと違い街並みは変わっていない。
以前のようなサプライズもなく、人々が歓声をあげるでもなく、静かな帰還であった。気のせいか人々は軍を見かけると目を伏せて、いない事にしているようだ。
やはり、人々の反応が今の状況を一番良く写し出している。
城前の広場で簡単な解散式をして、皆家や宿舎に戻る。
忙しいのか女王や評議員長達の出席は無かった。
「あ〜 疲れたニャ」
「そうだな、久々に、3人でゆっくりするか」
「買い物にも、行きたいですね」
4人で馬車に乗り、久しぶりにキャフ邸へと帰る。シーマ執事も他の召使いも変わらぬ様子であった。だがやはり今回は、精神的にも肉体的にも疲れてヘトヘトだ。夕飯前、キャフは自室のソファに横になってのんびりしているとシーマ執事がやってくる。
「女王様から茶会のお誘いが来ています。いかが致しますか?」
「行くに決まってるだろ」
「そう言うと思い、既に手筈は整えてあります」
疲れていても即決だった。おそらく自分より大変であろう彼女に、疲れたなどとは言えない。それに通魔石電話を使ってこなかった事から、心情はうかがえる。食事中3人に聞くと、予想通り行くと即答だった。どうせだからと通魔石を使い、キアナとマドレーも呼び出す。
* * *
「お久しぶりです。皆さん、お元気で何よりです。あら、初めての方もいらっしゃるのね」
「じ、自分はキアナ少佐です! こんな間近で女王陛下とお会いできて、こ、光栄であります!!」
「ここでは、ルーラで大丈夫ですよ。気楽にして下さいな」
「ありがとうございます!!」
緊張して噛みまくるキアナをルーラ女王は微笑みながら見ているが、目の下にクマが少しできていた。メイド達が用意してくれた紅茶が、温かくて美味しい。
久しぶりのお茶会は心を休めるには良いものの、やはり国の実情を思うとそれぞれ口には出せない思いがあった。
「いや〜、ルーラさん、良い人じゃねえか。お菓子も美味しいし」
最初の緊張もほぐれ、キアナはすっかり打ち解けたようだ。今はキアナの明るさが助かる。彼女のエリート兄弟をディスったりモドナでの昔話をして、場を盛り上げてくれた。
「で、今はどうなってる?」
軽い話もひとしきり終わり、頃合いを見計らってキャフが聞いた。
マドレーもキャフも、議会の様子が一番の関心事である。
「……皆さん、意気消沈しております。率直に言えば思考停止です。モドナ消滅の事実が衝撃的過ぎて、何も考えられないのです。最近の議会は時間ばかり長くて何も進みません」
「そうか……」
予想してはいたものの、キャフ達も手立てはなかった。
「実は数日後、クムールから使節がやってくるとの連絡が入りました。皆さんが戻って来てくれて助かります」
「国民には、今の状態を知らせているのですが?」
今日見た街の様子が気になって、マドレーは聞いた。
「それが…… 議会は自分達の責任追及を恐れ、モドナの件も公式報道はしないと議決されました。新聞も作戦は成功とか、都合のいい記事だけが並んでいます」
「やっぱりバカですね。正直に言わないから国民も不安に感じるのです。国民は思っているほどバカじゃありません。悪い情報も率直に出して協力を求めましょう」
「そうですね……そうできれば良いのですが……」
マドレーの意見に女王はうなずくものの、奥歯に物が挟まったような物言いだ。何かありそうである。誰もが次の話題を出せず無言でいると、女王が小さな声で俯きながら喋り始めた。
「こんなに犠牲が出てしまい、国民を悲しませる事になって…… 本当にこれで良かったのでしょうか。最近、夜も眠れないのです……」
俯いていて表情は見えないが、ぽたぽたと膝にしずくが落ちる。
「女王さんのためにも、頑張るニャ」
「そうだ、皆ついているから安心しろ」
側に座るラドルやフィカ達が、女王を慰めた。
「ありがとう……」
と言って女王は顔を上げ、目を晴らしつつ無理に笑顔を作った。
6人は女王を静かに見守る。夜更まで茶会は続いた。




