第175話 モドナの地下
前回のあらすじ
怪しそうな、地下へ繋がる通路を発見! キャフより前に、カメラマンさんや照明さんが入ることはない。
人気のない夜の公園では、フクロウが孤独に鳴いていた。
楠も昼とは違う趣を見せる。
地下に何があっても良いように、5人はフル装備でやってきた。この姿をクムール兵に見られたら直ぐ戦闘になるが、今日は月も出ておらずうまく闇夜に紛れて来たので、誰にも遭遇しなかった。
マスターとカロンも戦闘服姿だ。2人とも短剣に加えて、マスターはハンマー、カロンは斧を装備している。フィカやキアナとは違うタイプの武器だから、何かあったとき重宝しそうだ。
「ちょっと不気味だニャ〜」
「どうせ中は太古の死者達だ、我慢しろ」
「ふニャニャ〜」
「大丈夫ですよ、何かあったら僕が守ります」
「カロンさん、ありがとニャ♡」
文句を言いつつもラドルはちゃんと魔法の火をともし、先頭を行った。すぐ後ろにカロンがいるからテンションも高い。
カタコンベの通路は狭く、一人分の幅しかなかった。更にその後ろはラドルに対抗心を燃やすミリナで、キアナにフィカ、キャフと続き、しんがりはマスターだ、
久方ぶりに新鮮な空気を吸ったカタコンベは、7人の足音だけが不気味に響く。滑らないように間隔も十分開けて進んでいった。
「誰か来る気配はあるか?」
キャフがマスターに聞く。
「いや。俺達以外に誰かが来た形跡は、楠周辺も無かった。だが用心しておけ。密かに見られている可能性はある」
「そうだな」
通路は、硬い岩盤をくり抜いて造られたらしい。両脇には至るところに窪みが掘られ、一つ一つに頭蓋骨がこちらを向いて埋葬されている。
生前つけていた装飾物も、側に置かれていた。
輝くので見てみると、貴重な宝石もある。
良い値段で売れそうだが、キャフ達は一切興味がなかった。
文字が書かれた骸骨もあったものの、古代文字は判読不能だ。
一本道ではなく、迷路のように分岐している。
途中の祠にあった古代の神らしき石像は地上にあるのと良く似ている。
やはりあの石像はここを護る役目があったようだ。
しばらくすると、かなり開けた空間に出た。通路は長い下り坂だったから、これほど天井が高くてもかなり地下に潜っているのだろう。中央には、一際立派な棺が納められている。王かそれに準じた高貴な地位の遺体かも知れない。
更にさっき来た通路と似た入口が他にも五つあった。それぞれ確認するが、どれも真っ暗で先が見えない。魔法の灯火と言えども燃焼に酸素を使うから、これ以上火力を強くするわけにはいかなかった。
「どうする?」
フィカに尋ねられ、キャフは返答に窮する。ここに来るまで、《雷の方舟》に繋がるような手がかりはどこにもない。仕方なく棺の周りをウロウロしていると、キャフは何かにつまづいて転倒した。
ドスン!!
「大丈夫か?」
「いててて……」
よく見るとつまずいたのは、自然の石ではなく人工物だ。
一部が、地面にめり込んでいる。
「押してみるか?」
「おい、押すなよ! 押すなよ!」
ちょっと違うけれどダチ○ウ倶楽部のようなやり取りで、キャフは周りの制止も聞かずにその石を押した。石はすっと下に下がり、カチッと何かがハマる音がした。
ゴゴゴゴゴーー!!!
「やっぱり!」
「だから、言ったのにぃ!!」
大方の予想通り、棺が開いて化け物が出てきた。触手が現れる。
「墓の主か?」
「そうかもな」
「ずっとこの中で生きてたのか?」
「タコかイカ?」
だが伸びてきた触手は八本や十本どころではなく、数えきれないほど多い。
7人は、戦闘態勢をとる。
警戒する中棺から現れたのは、巨大なベニクラゲであった。
本体は透明な帽子のような覆いで囲われ、その中に赤く躍動する心臓がある。眼などはなく、生物とは言い難い外見で、宇宙船のように無機質的なモンスターだ。
「ファイア・ボール!!」
炎の玉が、巨大ベニクラゲを直撃する。
だが透明な覆いは炎を吸収し、ダメージは与えられない。
「じゃあ、アイス・ソード!!」
氷系の魔法に変えても効果はない。魔法攻撃を跳ね返す、特殊な材質のようだ。巨大ベニクラゲは棺から出ると、無数の触手を足のようにして迫ってきた。
「魔法はやめておけ、私がやる!」
フィカとキアナが、両脇から剣で斬り込んだ。だが先ほどの魔法攻撃と同じように、表面の覆いは柔らかく剣を受け止め斬り裂くことはできなかった。物理攻撃も効かないらしい。
「お嬢さん達、ちょっとどいてな」
マスターが、ハンマーを巨大ベニクラゲ に振り下ろした。マスターの力は初老とは思えないほど凄まじく、さすがの巨大ベニクラゲもぐにゃりと変形し、中の本体にもダメージが与えられた。
だが叩き潰すまでにはいかない。カロンの斧も同じだった。少しの間が空きダメージが回復すると、巨大ベニクラゲは再び襲いかかってくる。このままでは埒が明かない。
「ヤベえな……」
打つ手なしと思われたその時、ミリナが魔法杖を大きく掲げ巨大ベニクラゲ に向かって魔法を放った。
「老化!!」
真っ白な光が巨大ベニクラゲ を包み込むと、やがてベニクラゲは小さくしぼみ始め、遂には子供のような大きさになった。
「お前、何やったんだ?」
「ベニクラゲは、歳をとると、幼体に若返るんですよ」
「つまり、不死ってこと?」
「はい。何やっても死ななそうだから、寿命を進めて小さくさせました」
さっきまでキャフ達より遥かに大きかった巨大ベニクラゲは、今や足首ぐらいの大きさまで縮み、無害となる。また何百年後か巨大化するだろうが、今は先を急ぐことにした。
「周りに何かないか、調べてくれ」
7人は棺の周辺を捜索する。
すると、
「この棺も動きそうだぜ」
と、マスターが皆に言った。
「おい、カロン、手伝え」
「はい」
とカロンを呼び、2人で力を込めて棺を動かす。すると棺の下には更に大きな穴があり、そこには地下へと続く階段があった。
「行ってみるか」
「あいよ」
1人1人、慎重に入る。キアナが先頭だが問題ないようだ。
全員が中に入ると、マスターは棺を再び元の位置にずらして穴を封じた。
「大丈夫か?」
「いざとなれば、あんたらの力で開けられるだろ? 少しは隙間を作ってあるから酸素も大丈夫だ」
「分かった」
そして階段を降りる、最中のことであった。
ガタン!
突然、後ろの方で音がする。穴の外だ。
「ヤバイな……」
「どうした?」
キャフに聞かれたマスターは、眉間にシワを寄せていた。
「入口に仕掛けたトラップが作動した。ベニクラゲじゃねえ」
「つまり……?」
「誰かが入ってきた、ていうことだ」
一同、その言葉を聞いて緊張する。
「とにかく先を急ごう」
やや速度を上げて、先を急ぐ。
ここは自然にできた洞窟のようだ。遺骨は埋葬されていない。
キャフ達は《雷の方舟》を探しているものの、明確な道標はない。
だからここが正解かどうかも分からなかった。
引き返すか進むべきか、奥に行くにつれてキャフは迷い始めた。
そんなキャフを見て、マスターはアドバイスする。
「先に行った方が良い」
「何故だ?」
「お前、息苦しいか?」
「いや、全然気にならない」
「つまり、何処からか空気が流れてるって事さ。ここは密閉空間じゃねえ。出口がある」
マスターの指摘を受けて、キャフは理解する。
これだけの長い距離を移動しても、誰も息一つ切らしていない。
それは確かに、この洞窟がどこかに繋がっていることを意味していた。
どれくらい、経っただろうか——
ずっと闇の中なので、時間の感覚がなくなりそうだ。
ただ潮の香りが濃くなってきた。
マスターの言うとおり海に繋がっている可能性が高い。
「何かあるぜ」
キアナの声が聞こえるので行ってみると、広い空間に出た。
そこには、神殿のような建物があった。




