第174話 カタコンベ
前回のあらすじ
キアナの知り合いは、海賊だった。
それからは各々が単独で偵察に行っては戻り、日々気づいた内容を朝食や夕食で話し合う日々が続いた。マスターやカロンとも、開店前一緒に食べる時もあった。
彼らの家は、別にあるようだ。
どこで誰が見ているか分からないので、夜も家の明かりは最小限にする。
5人ともモドナがどれだけ変わったのか、手探りの潜行であった。だが思ったほど管理は厳しくなく、道中でクムール兵に捕まることもない。
乱暴なモンスターを見かけるが、その時はできる範囲で住民達を守った。ただマスターの言う通り、壁付近は守りが厳重で簡単には近づけない。
見る限りの範囲では、壁は隙間なくレンガが積まれて出来ている。無理に潜入したと仮定しても、破壊の突破口となる手段が思い浮かばない。
マドレーに現状を伝えるため、マスターに頼み伝書鳩を送ることにした。グリフォン達に食べられる可能性もあるが、そこは賭けだ。
朝、鳩の餌をまいて数十羽ほどの鳩を集めた。これに紛れさせて一緒に伝書鳩を飛ばす。鳩達は一度大きく旋回した後、壁の向こうへと飛び立っていった。
「うまくいくと、良いけどな」
「まあ、博打だろ」
そんな行為をしつつ数日経ったある日のことだ。いつものように夕飯を食べながら今日の成果を報告しあう。開店前なので、マスターやカロンも同席していた。
「そういえば道端でボロボロの石像をよく見かけるんですけど、あれって何ですか?」
ミリナが6人に聞いた。
「ああ、所々にあるよな」
キャフも、見覚えがある。
全員見てはいるが、起源は誰も知らなかった。
長年の風雪に耐えてきたらしく、多くは頭や腕が取れて書かれた文字も読めない。大人の膝くらいの高さがあるこの石像は、他の街には見られないものだ。キャフも初めて訪れた時に気になったが、土着の道祖神ぐらいにしか思っていなかった。
「モノによっては向きが道沿いじゃないんですよね。何だか不思議です」
「単に別なところから移動したんじゃないのか? 道の方が新しいとか」
「どうでしょう? 町並みと関係ない方角を向いているから、何だか不自然なんですよね……」
ミリナは、かなり気になっているようだ。
そう言われてみると、皆も石像が不思議に思えてきた。
「じゃあ、地図のどの辺にあるか分かるか? 皆、知ってる石像を書き込んでくれ」
手がかりが何もない状態であるし、どうせならとモドナの地図に7人が銘々書き込み始めた。向きの方角も思い出せる石像について書き込む。ミリナは記憶力が良いので、見た分の方角は全て覚えているようだ。
しばらく作業が続いたが、書き進むにつれ皆の表情が変わり始めた。
「ミリナの言う通り、何か意図がありそうだな」
「石像達が、ある一点を向いてるぞ」
その通りであった。地図に書き込んで分かったが、二十体ほどある石像は街のある箇所を見ている。
「そこには何があるんだ?」
「ここは公園だ。冒険者ギルドに近いから、時々昼寝しに行ってたよ。緑も沢山あって寝るのにちょうど気持ち良いんだ。ただ特別な建物はなかったと思うけど」
キアナが答えた。ここからは東に2.5キロといったところか。冒険者ギルド近辺はモンスターが多く徘徊しており、下手に戦闘を交えたくないキャフ達はあまり寄り付かなかった。
「偵察や壁の攻略なら分かるが、お前ら他に何か探しているのか?」
ここに至り、マスターが5人に聞く。
彼は余計な詮索をするタイプでは無いが、キャフ達の様子に興味を持ったようだ。
「『雷の方舟』って、知ってるか?」
その言葉を聞いてマスターの表情が一変し、無言になった。
「……俺が海賊で世界中を旅していた頃、その言葉は他の大陸でも聞いたことがある。伝説だな。世界を滅ぼす恐怖の兵器だ。モドナがそれと何か関係あるのか?」
「分からん。だがオレ達の知り合いのドラゴンによれば、どうもそうらしい」
「ドラゴンと知り合いなのか? 確かにあいつらは数千年生きてきたからな。歴史の証人だ。それなら信じられるか……」
マスターは、どこか遠い目をしていた。
海賊時代の過去の仲間達を、思い出しているのかも知れない。
「どうする?」
「行ってみるしかないだろう」
翌日5人は時間帯をずらして家を出て、異なる道を通りながら公園に合流する。この公園でもやはり、食料の配給があるらしい。
ちょうど昼時に来たため、沢山の《人畜》と化したアルジェオン人に会う。クムール兵が威張り腐って配給している脇を、忸怩たる思いで通り抜けるしかなかった。
公園は結構な広さで奥まで続く。以前は綺麗に手入れされていた芝生も、傍若無人なモンスターやクムール兵達のせいでボロボロになっていた。
木が生い茂り、日頃の喧騒から離れてのんびりするには良い場所だ。
昔だったら子供達が遊ぶ姿も見られたのだろう。
だが今のモドナに、そんな家族はいなかった。
「ここだけどな、何かあるのかな?」
案内役のキアナと一緒に散策するものの、目ぼしいものは見当たらないと思われた時だった。
「あ、あれ、凄いですね?」
ミリナが、奥の方に何かを見つける。
ミリナの指差す方を4人が見ると、彼女の言う意味が分かった。
「凄いニャ」
「神々しいな」
それは大きな楠だった。
少し草が生い茂っているが、5人は奥に進む。
行ってみると、周りの木々はその楠の家来の若く平伏すように立ち並んでいる。
一際背の高いその楠は至る所に苔が染み付き、樹齢はかなり古そうだ。
5人は楠に近づいて行った。
「でっかいニャ〜」
「あ、背後に祠があるぞ」
フィカの声に連れられ、4人は奥に行く。
フィカの言葉通り、確かに人目につかない裏側に空洞があり中に祠がある。道端に沢山ある石像と似ている。あれよりも大きく、やはり此処に何かあるのかも知れない。御供物も何もなく、最近は人の手入れが無さそうだった。
「何か、あるかニャ〜」
ラドルが祠の中に入り、ゴソゴソやる。
他の4人も周りに何かないか、探索した。
「あ、この石像、動くですニャ!」
ラドルの声で再び皆が集まる。見ると石像が少し横にずれていた。
思ったよりも重くないらしい。
5人が力を合わせて、更にずらす。その結果は予想以上であった。
「これ、穴が空いてるぞ」
「あ、階段だ」
石像の真下は穴があり、階段が下に続いていた。
「どうする?」
「ちょっと、オレが行ってみる。お前ら見張っとけ」
「気を付けろ」
キャフが慎重に、石段を降りる。空気がこもっていて、カビの匂いがした。おそらく長い時間、閉じ込められていたのだろう。魔法で灯火をかざし奥へ進むと、少し広い空間に出た。
(墓場か……)
そこにあったのは、無数の骸骨であった。一つの窪みに一体分だから、それぞれの墓のようだ。アルジェオンやクムール国でこのような風習はないので、クムール国以前の頃と思われる。路は奥へと続いている。キャフは軽く調べた後、地上に戻った。
「どうだった?」
「墓場だ。俗に言うカタコンベってやつだな」
夕方、2人も交えて7人で夕食をとる。
「カタコンベの奥に、何かありそうか?」
「恐らく。何処かに続いているかも知れない」
「行ってみるか?」
「ああ」
「俺達も行くぜ。本当に《雷の方舟》が絡んでいるなら、役に立つだろう」
「ありがとう、助かる」
善は急げということで今日は店を閉じ、7人で目的地の公園へと向かった。




