第172話 街の姿
前回のあらすじ
人は、いるみたいだ。街中は、どうなってるかな?
意外と大きな広場にいる人々の数は、100人ほどであろうか。次から次へとやってくる。みんな目的は同じようで、大人しく何かを待っているようだ。
さっきの男もその中に加わり、知り合いらしき男と世間話を始めた。
話す言葉がアルジェ語だから、みなアルジェオン人だ。
キャフは、少し離れた場所で観察することにした。
年齢層は老若男女さまざまで、どうやらこの地域一帯に住んでいるらしい。
少し高台に位置するこの公園から見下ろして、彼らの来る方を観察する。海辺にある彼らの家は、明るい色のレンガで統一された中心部の家よりも狭くみすぼらしかった。まちまちな身なりだが、高い服じゃないのは一目で分かる。
(?)
良く見ると、誰もが首筋に刺青が入っていた。
あの男だけかと思ったが、どうやら全員にある。
もしかすると、アルジェオン人を管理するために付けられた徴かも知れない。
ゴーン、ゴーン
突然、時を告げる鐘が鳴る。
すると人々は、何が来るかを知っているようでざわめき始めた。
しばらくすると軍用馬車がやってくる。下りてきたのはクムール兵だ。
大きな鍋が運び出されている。食料らしい。
人々は思い思いに群がり始め、我先に奪おうと殺到した。
「静かにしろぉお!!!!」
クムール語を発する軍人の一喝で、大人しくなる。
「お前らを食わせる量は十分にある! 大人しくここに一列に並べ!」
人々は軍人に従って一列に並び、静かに食料を受け取り始めた。
受け取るとまた家の方へと帰って行く。
恐らく、いつもこうなのだろう。飢えに苦しむ人々は、待てば貰えると分かっていても我慢できないのだ。配給はしばらく続いていた。兵士達の態度は不遜で、占領軍のそれだった。
『ミリナ、聞こえるか?』
キャフは、ミリナに連絡をとってみる。
『はい』
口調から察するに、問題は無いようだ。
『今、海辺近くの広場にいる。食事が配給制になってるようだ。そっちはどうだ?』
『え〜、そうなんですか。こちらは高級住宅地で、大きい家が沢山あります。道を歩く人はいません』
『キアナも聞こえるか? オレのいる風景、見えるか?』
キャフは、キアナにも連絡した。
『ああ、分かるよ。海辺の方か。あの辺、浮浪者とか多くて危ないんすよ」
『ふーん、そういうもんか』
『慈善事業みたいもんじゃないすかね?』
キアナの説明に、キャフは納得する。
『分かった。他の2人は? 異常ないか?』
『ええ、大丈夫っす。キャフさんの昔話で盛り上がってますよ』
『? いや、そんなのやめてくれ』
3人が何を喋ってるのか分からないが、ここから口止めはできない。
任務が大事なので、広場を離れ偵察を続けた。
前に来た記憶のある道を辿り、駅馬車のターミナルに到着する。
今は遠距離の駅馬車はなく、モドナ市内しか需要がないためか数が少ない。
それに乗客の半分くらいはクムール兵だ。
乗降口で観察すると、お金はアルジェオン通貨も通用することが分かった。
だが明らかに、レートはクムール貨幣の方が割が良い。
ターミナルを離れ、昔の繁華街に行ってみた。人の賑わいはそれなりにある。
(!)
予想はしていたが、モンスターも往来を闊歩している。
怯えた顔で、アルジェオン人は道を譲っていた。
「や、やめてください!」
突然、後ろの方で女性の叫び声がした。
見ると気の荒い一匹のゴブリンが、襲いかかっている。
その様子を見ても助ける人はおらず、震えているだけだった。
(どうすっかな……)
そうは思っても、やる事は決まっている。
キャフはゴブリンに気づかれないよう背後に近寄り、頭に《空気銃》を放った。
ドンッ!
油断していたゴブリンは頭に衝撃を受け、そのまま倒れ込む。
女性も周りも何が起きたのか全く分からず、目をパチクリしていた。
キャフは気付かれぬようその場を立ち去り、偵察を続ける。
(やっぱ、占領状態か……)
分かったことは、道ゆくアルジェオン人に同じ印の刺青があること。
身分証代わりに付ける必要がある。服装やその他は自由のようだ。
時間も経ってきたので、入江に戻った。
3人はちょうどお昼の支度をしているところだ。
魚や貝を取って煮込んだようで、良い匂いがする。
しばらくしてミリナも帰ってきた。
「どうだった?」
「高級住宅地は、どうもクムール兵の宿舎になっているようです。皇子の家は立ち入り禁止で、中は全然見えませんでした」
「占領軍なんて、そんなもんだよな。昔の日本とおんなじだ」
概ね予想された状況ではあった。アルジェオン人がいなかったら対処できなかったが、これなら5人で潜入しても、直ぐにはバレないだろう。
ただ壁に近い方が高級住宅地で、クムール兵が多い点は不利である。
壁に近寄ることができたら良いのだが、難しいかも知れない。
キャフは、先ほど見たことを話し始めた。
「オレの行ったところでは、アルジェオン人が半ば奴隷のような扱いだった。みんな首筋にこういう印の刺青を入れられていた。直接話をできなかったが、恐らく強制的にされたのだろう」
「私たちも付けた方が良いか?」
「ああ、魔法で付ければ、剥がれないから大丈夫だ。それよりもやはり生きた情報が欲しい。キアナ、何かないか?」
「そうっすね、自分のツレがやってる酒場に行ってみますか?」
「大丈夫か? クムール兵に売られたりしないか?」
「あいつらなら大丈夫っすよ」
「そうだな、他に案もないし、行ってみるか」
こうして夜を待ち、キャフ達はキアナに従って酒場へと向かった。




