第170話 作戦決行
前回のあらすじ
モドナ潜入は、いつものメンバーで!
早朝キャフ達は舟を大きな荷台に乗せ、壁から南に離れた浜まで森づたいに遠回りで運んで行く。運搬役は別の兵士達と馬である。
少数行動だから、敵に見つかると作戦遂行に支障が出る。
そのため森の中でも細心の注意を払って進んだ。
船は押送船のような形で櫓を備えている。
これなら風がなくても問題ない。
「おい、タバコ吸うな。敵がいたらどうする」
「いいじゃねえかよ〜 特攻兵が出撃前に吸う最後の一服みたいなもんよ」
フィカが咎めてもキアナは聞く耳を持たない。
キアナの言葉で、フィカもそれ以上何も言わなかった。
無事グリフォン達モンスターにも見つからず、夜には浜に到着した。モドナから少し離れており、『ぴちぴちビーチ』の案内板が虚しく立っている。
「マドレーには夜中まで待てと言われたんだが」
「満月が綺麗ですニャ〜」
食事をとり、船を海に浮かばせるために浜に木の棒を並べ準備をする。向こうで一ヶ月程度暮らせるよう、スーツケースに衣服や日曜雑貨なども最小限詰め込んだ。
ふとミリナが空を見上げると、変化に気が付く。
「月が欠けて来ました!」
「あいつが言っていたのは、これか?」
「確かに、これなら見つかりづらいニャ」
それは月食だった。みるみるうちに月に影が差す。
薄赤くなった月で辺りが暗くなる。
星明かりで、かろうじて見える程度だ。
「灰色狼みたいに、夜行性のモンスターは満月でエネルギーが最大になるんだ。だからそのエネルギーが急に切れると反動で動きが鈍ると聞く。あいつ、占星術にも詳しいんだな。よし、早く出よう」
キャフの命令で、兵士達が一所懸命に舟を押して海へと下ろしてく。その間に、5人は舟へと乗り込んだ。ゴロゴロと激しい揺れに耐えながら舟は海に無事浮かび、出航となる。振り返ると兵士達はまだ見えたが、直ぐに浜は遠くなって定かでは無くなった。
「ほいじゃ、自分が櫓を漕ぎますか」
キアナが立ち上がり、器用に漕ぎ始める。
「済まんな、色々と助かる」
「良いってことですよ。自分もアルジェオン軍人の端くれですから。それに、友達も沢山モドナに取り残されていて、どうなってるか早く知りたいんだ」
「大丈夫かニャ〜」
「いざとなったら魔法も使いますから大丈夫ですよ」
「ミリナちゃん、頼りにしてるニャ」
「おい、オレもいるぞ。そもそもお前も魔法使いだろ」
「あ、そうでしたニャ」
決死の侵入隊とは思えない、のんびりした会話である。
「沖に出ますか?」
「いや、海岸伝いで行く。離れすぎない方が良いだろう」
しばらくは、波と櫓を漕ぐ音だけが聞こえる静かな景色になった。岸辺に灯りがポツポツと見える。だがモドナにあるはずの灯台の明かりは点いていない。
「しっかし、あのパーティーがここまで出世するとは思わなかったよ。最初に見た時、他とは少し違うと思ったけどな」
キアナは感心したように4人を見て言った。
モドナに来て少し感傷的になったようだ。
「あの美少年もドラゴンだったんだろ? 最強パーティーだね〜 そりゃ強いわ」
「キアナさんも沢山の武勲を立てて、中隊長になったじゃないですか」
「まあな。でもあんたらに比べりゃ全然よ」
キアナはそう言いながら、タバコをふかして櫓を漕ぐ。だが上空を見上げた途端、思わず口からタバコを落とした。タバコはそのまま海の中へ消える。キアナは櫓を漕ぐのも止めた。
「マドレー大佐、これも見越してたのかな……」
「どうした?」
「死兆星だよ、あれ」
キアナの指差す先にあるのは、双子の星だった。
片割れが、普段よりも不吉に赤く輝いている。
「迷信だろ? そんなの」
キャフは、信じるそぶりを見せなかった。
「まあ、そうだけどさ。大きな戦で死人が出る時に現れるって言われてんだよ。オレ達は軍人だからよ、縁起担ぐんだ。だからあんま見たくねえのよ」
キアナはそれだけ言うと、黙って再び櫓を漕ぎ始める。
「このまま、上手く上陸できますかね?」
「どうだろうな」
フィカとミリナがそんな話をしていた時、キアナは櫓の手応えに違和感を感じていた。少し焦っている。
「キャフ少将、どうも、潮の流れが強くなってる。逆らえねえ」
「本当か? 岸辺に近づけないのか?」
「何というか…… 渦を巻いているみてえだ」
「それ、ヤバくニャい?」
皆が不安になり始めたのを嘲笑うかのように、舟はキアナの意思を裏切り一方的な流れに乗せられていく。そしてそのスピードはだんだん速くなって円を描き始め、ここに至って一同は渦潮に巻き込まれたことを知った。
「お前、魔法で何とかできないか?」
「魔法が発する光で見つからないか、不安だがやってみるか」
キャフは右手に力を込め、『雷撃弾!!』と、光の爆弾を渦潮の中心に投げ込んだ。暗闇の中に激しい光が取り込まれ、爆発する。
サーペントがいたようだ。敵は死んだらしく、それ以上の攻撃はない。魔法の効力は切れ渦潮の流れは穏やかになり、キアナが再び櫓を漕ぎ始めて浜へと近づいていく。
「今の攻撃でバレたかな?」
「分からん。なるようになるさ」
音を立てないように、ひっそりと陸地に近づける。
幸い兵士達や人は居ないようだ。
目立たない入江を見つけ、そこに舟をつけた。上陸に無事成功だ。
「私達が泊まってたホテルの近くかニャ?」
「おそらく、そうだな」
「今からどうする?」
「まずは夜明けまでこの辺で身を隠す。6時起床だ」
キャフの命令に従ってそれぞれ寝場所を確保し、侵入一日目が始まった。




