第165話 イデュワへの帰還
前回のあらすじ
逃げられたけど、何とか勝利!
「そういえば師匠、最近ルーラ女王から連絡あるニャんか?」
モンスター生息域での戦いも、一区切りついた。後はモジャール城から来た部隊に任せ、キャフ達は久々にイデュワへ帰還となる。ギム達は既にサローヌへ戻って行った。
旧道は安全となったので隊列も緩く、いつものメンバーがキャフの周りにやって来た。そんな時に発せられたラドルの何気ない質問に、キャフは困惑の表情を見せる。
「いや、無いんだ」
事実だった。あの怒声が怖くてキャフも時間をみて通魔石電話で連絡したが、応答がない。『おかけになった通魔石は、現在使われておりません……』なんてメッセージは出ないものの、そんな感じだ。とにかく梨の礫であった。
「あ、もしかして女王、浮気してるかも。今頃イケメンの護衛に手ごめにされてますよ。ああ言うタイプは、ハマると簡単にハマりますからね。きっと護衛なんて体力有り余った絶倫ですから、もう凄くてメロメロかも」
「ミリナ、お前薄い本とか読んでないか?」
「え、フィカさん、そんな事ないですよ。やだなあ……」
フィカに指摘され、ミリナは話題をはぐらかす。
「だが確かに変だな。お前、心当たりは無いのか?」
改めてフィカはキャフに問いかけた。
「別に、何かした覚えはねえが……」
通魔石電話が圏外でも無いから、彼女の性格を思うと不自然だ。
「姉さん、あれでも嫉妬深いんだよ」
「ああ、それは分かってる。なんか彼女の好物とか無いのか?」
まるで浮気を疑われた亭主が嫁の機嫌をとる為に、アドバイスを皇子に求める。だが皇子は「さあ。姉さんは我儘言わないし、大して一緒に暮らしてないから知らないよ」と、つれない返事であった。
仕事に熱中し過ぎて家庭を疎かにするのも、よくある話だ。
男女に関わらず、気をつけた方が良いだろう。
やがてアトンの街へ到着する。堅牢な城壁は防御を完璧にしていた。
聞いたところ、東端のスノ村まで遠征する計画も目処がついたらしい。
「モンスター達が以前より遥かに減ったのです」
「そうか。恐らくクムール軍もコントロール出来なくなったんだろう」
「確実に、我が勢力が盛り返していますね」
マドレーの言う通りだった。刑務所から脱出した時に見たあの無残な街の光景は、もう無い。負傷した人達はいるものの街ゆく人々の顔は明るく、子供達にも笑顔が戻ってきた。ここはもう前線では無くなった。
「じゃあ、僕はこの辺で戻るよ。ちなみにキャフくん、《雷の方舟》って、聞いたことあるかい?」
「? 何だそれ?」
ここは皇子の住むペリン山脈に近いから、予め帰りはこの場所と考えていたのだろう。だがそれよりも、初めて聞く言葉がキャフの注意を引いた。
「クムールがモドナに執着する理由は、多分それなんだ。僕がモドナにいたのも、あれの所在を確認する意味もあったんだ。結局、見つからなかったけどね。何度も転生したから記憶も少しあやふやだけれど、まだ僕は、あれに対抗できる力は無いんだ」
「お前でも勝てない相手がいるのか?」
キャフは、驚く。皇子の力が敵わないなんて想像できない。
「うん。だからクムールには逆転のチャンスが未だあるんだよ。恐らくキャフくんなら、どうすれば良いか分かると思う。健闘を祈るよ」
そう言い残すと皇子は光に包まれ、宙に浮き始めた。
「じゃあね」
そしてペリン山脈の方へと飛んで行き、やがて見えなくなる。
「ああ、行っちゃいましたね……」
「また、寂しくなるニャ……」
「マドレー、さっきの《雷の方舟》って聞いたことはあるか?」
キャフは、皇子の言葉が気になっていた。
「いえ、無いですね。王立図書館で調べてみますか」
「頼む」
今は気にしても仕方ない。アトンで休息を取った後、いよいよイデュワへと向かう。
……
「変ですニャ」
「ええ。誰もいませんね」
「平日とは言え、妙だな」
キャフ達が感じたように、旧道からエミュゼ通りに入ったものの、人っ子一人居なかった。両脇に並ぶ店やアパートも全ての窓という窓が閉められ、まるでゴーストタウンだ。人がいないため、イデュワに何があったのかを聞くことすら出来ない。キャフは隊に警戒態勢を取らせ慎重に城へ急いだ。
(女王から連絡が来なかったのは、これか……)
「敵襲ですかね」
マドレーがキャフに聞く。
「分からん。だが敵がいると思った方が良い。気を付けろ」
「ゾンビ化しちゃったりしてたら、嫌ですニャ〜」
全ての可能性を考え、四方を警戒しながらキャフ達は行軍する。
せっかくリラックスできると思ったのに、これでは戦場だ。
緊張の中、ようやくレスタノイア城が見えてきた時であった。
ヒュ〜〜 ドーーーン!!
ドドーン!!
急にレスタノイア城の背後から、大きな花火が何発も派手に打ちあがる。
それを合図にエミュゼ通り沿いにある建物の窓が一斉に開かれ、バルコニーに出てきた市民達が、笑顔を振りまきながら沢山の紙吹雪や紙テープをキャフ達のいる道路に向かって投げつけた。
色とりどりの綺麗な紙吹雪に驚いていると、キャフ達を迎え入れるパレードの音楽も始まる。道端にも大勢の市民が集まり、キャフ達に労いの言葉をかけた。
「お疲れさま!!」
「ありがとう、キャフ様!!」
「アルジェオン、万歳!」
さっきまでの静けさが嘘のように、人々の歓声がこだまする。無人の街からの華々しい変貌にキャフは戸惑いつつも、温かい人々の笑顔に癒され、今まで苦労が報われたように感じた。
「これ、仕掛けてたんですニャ?」
「女王様が考えたんですかね?」
「……あの女なら、あり得るな」
レスタノイア城に近づくと、城の手前には舞台が設えてあり、その中央には高く大きな台らしき物が白い布で覆われている。既に女王が召使達と共に舞台の上で待っていた。
キャフ達の軍は想像以上の大歓声に戸惑いつつも手を振って応え、列を組みながら舞台の前までたどり着く。ルーラ女王に促され、キャフは壇上へと上がった。十分に告知されていたようで、人々も広場にどんどん集まってくる。
そして召使い達が白い布を下ろすと、現れたのはキャフ達の銅像であった。
一層の歓声が、沸き起こる。
現実より三割増しぐらい凛々しいキャフと、フィカやラドル、ミリナにマドレーや他の兵達10人ほどがいる。素晴らしい芸術品だ。
「驚きましたか? サプライズをしてみました!」
ニコニコしながら、ルーラ女王はキャフに聞いた。
「そうか。いや、驚いた」
銅像や演出よりも、ルーラ女王のご機嫌な顔を見てホッとするキャフである。
会った時から深刻な顔ばかりだったので、こんな表情は初めてだ。
ルーラ女王は慣れた様子でマイクを握り、話を始めた。
スピーカーの音量は大きく、良く聞こえる。
「皆さん、我が国を大勝利に導いた魔導師キャフが、戦地から戻って来ました!!」
ウォオーー!!!
ルーラ女王の喋りも上手くなり、観衆達が盛り上がる。
再び花火が、何発も上がった。
「今回はモンスター生息域にいたクムール軍を壊滅し、アルジェオンが再び領地を取り返しました!! 私たちの国からクムール軍を追い出すのも、あと少しの辛抱です。皆さんも大変でしょうが、頑張りましょう!!」
女王様、万歳〜!!
頑張るぞ〜!!
あちこちから歓声が上がり、キャフも熱くなる。
女王にマイクを渡され、キャフも何か喋るよう言われた。
「あ、今日は私達の為に来てくれて、ありがとう。だが、この場にいない295名の戦死者にも、祈りを捧げてくれ。彼ら彼女らの活躍がなければ、オレ達もここには居なかった」
観衆の声が段々と小さくなり、皆キャフの言葉に耳を傾ける。
黙祷して祈りを捧げたあと、再びキャフが話を続けた。
「女王様がああ言ってくれたが、今回の戦いも危なかった。相手も十分に強い。だがオレ達は、みんなの為にも最善を尽くす。オレ達を信じて、みんなも頑張ってくれ。よろしく頼む」
三たび花火が打ち上げられ、皆が国歌を歌う。
そのまま城で行われた宴は、夜まで続いた。




