第016話 若い冒険者に会う
前回のあらすじ
無事オークの村を出発
「あ、標識見っけ! 旧道まであと四十キロニャ〜!」
オークの村を出て一時間ほど経ったとき、アルジェ語の標識があった。森の中でかろうじて道と言えそうな道を進み、やっと森を抜けて草原になった場所だ。
幸い、ここまでモンスターには遭遇しなかった。この辺りは生息域だが、冒険者達もやってくるので、人間の手による標識があってもおかしくはない。だがトラップの可能性は常に考えないといけない。
「あの標識は本物なのか?」
「鑑定能力は持ってないが、単なる木の札だ。魔法や呪いを使った形跡はないよ」
「じゃあ安心だな」
今日も天気は良く、青い空と白く輝いた雲が一面に広がっている。何も無ければ草叢に寝転んで、ゴロゴロと昼寝でもしたい陽気だ。だがいつモンスターが出てくるか分からないし、無事に帰る方が先決である。3人は休まずにそのまま歩いて進んだ。
「そう言えばフィカ、あんたは冒険者パーティーに参加した事は無いのか?」
キャフが聞いた。
「なぜだ?」
何故そんなことを聞くのかと、怪訝そうにフィカが聞き返す。
「あんたの腕なら、引く手数多だと思ってな」
「いや、その頃の私には違う役目があった」
「そうだったか」
冒険者になるのは、普通十代から二十代前半だ。フィカの年齢は怖くて聞けないが、何か事情があるのだろう。それ以上聞くのは差し控えた。
「それより、どうする?」
「帰り道か? とにかく、迷わないようにするしかねえな」
「いや,もっと深刻な事態だ。お前も分かっているだろう」
「ああ」
キャフは生返事で返したが、フィカの言わんとする事は分かっていた。
「クムール帝国か」
「そうだ。いくらモンスター生息域といっても、河を渡って此処まで来ているとは初耳だ。上は知ってるのか?」
モンスター生息域の真ん中にはウルノ山脈とペリン山脈から流れ込む チグリット河がある。その支流はモドナに流れ込んでいるが、クムール帝国とアルジェオン王国の国境はそのチグリット河だとされている。
厳密に両国で領土境界を決めた訳では無い。モンスター生息域だから人間の手が及ばぬ場所と言う事で、そんな取り決めがされているというのが一般の認識だった。
だからクムール人がここまで来ても、厳密には領土侵入と言えない。ややこしいが、アルジェオン王国人に関しても同様だ。ただそんな越境侵入の報告自体が今まで無かった。
「さあな。オークさんの話じゃ、アルジェ人とは取引してなさそうだったな」
そもそもモンスターの居留地まで行って取引をする人間の話なんて、聞いた事も無い。オークの村を見る限り彼ら自身の努力もあるだろうが、インフラや調度品は恐らく大半がクムール製だ。
それがどんな意味を持つのか、キャフも分かっていた。
だが同時に、面倒事になるのは目に見えている。
正直、あまり首を突っ込みたくないのも事実だ。
のんびり海で保養をしたいキャフは関わりたくない気持ちが勝っていた。
「このままにしていても、まずいと思うのだが」
フィカは、真面目に考えているようだ。
彼女の立場として、当然だろう。
「じゃあ、あんたが捜索隊の上部に進言すれば?」
「今はそれしか無さそうだな」
キャフの態度を見て、フィカは半ば諦めたようだった。
* * *
ひらけた草原を進むと、ちょうど行く先に何やら騒がしい音がする。更に近づいて分かったが、それはバトルをしているパーティーだった。男女2人ずつの4人だ。男2人が前衛で、女2人が後衛のフォーメーションをとっている。
ピョーン! ピョンピョーン!!
そして草叢から飛び跳ねて出て来た姿で、モンスターは人食いウサギと分かる。巻き込まれない程度の距離で観察すると、後衛の女の子達の防御と回復呪文が絶妙で、男達も安心して任せて戦闘に専念しているようだ。
特に男1人は派手な色の甲冑で剣も大きい。実践向きではない格好だが、後方支援のおかげで俊敏な人食いウサギの群れを確実に仕留めて行った。
「懐かしいなあ」
昔を思い出し、キャフは思わず言った。
彼も若い頃、経験値積みを兼ねて人食いウサギと闘ったことがある。あの頃は雷撃系の魔法で動きを封じ、サムエル達に仕留めてもらっていた。一週間ほどで次のレベルに上がったが、あの肉は唐揚げにすると美味しい。野営でのご馳走の一つだった。
「助けに行くか?」
「いや、あの様子なら大丈夫だろう。終わるのを待つとしよう」
「そうか」
小一時間ほど続いただろうか。最後の人食いウサギを仕留め終えた冒険者達は、魔法石の回収に勤しんでいた。
近くまで来て容姿をみると、派手な色の甲冑をした男は髪を染めたりして渋谷でナンパに励むチャラ男みたいな軽い雰囲気だ。
もう1人の男は対照的に、体格が良いが大人しそうだ。黙々と作業をこなしている。そして女の子2人は魔法使いだが、1人は活発な体育会系女子、もう1人は眼鏡をかけた大人しい文化系の容姿であった。
「やあ、お疲れさん」
「あぁあ? おっさん誰? そんな格好でここ舐めてんの?」
気軽に声をかけたキャフであったが、彼らからは露骨に警戒された。
思わず身なりを見返すと、彼らの警戒は当然かもしれない。甲冑のフィカと魔導服のラドルはともかく、完全に私服のキャフはモンスター生息域では余りに場違いだ。
「ああ、すまん。ちょっと迷って来てだな。旧道に戻る途中なんだ」
「あ、そう。こっから遠いから、多分まだかかるよ」
「そうか。それより、さっきの戦いは見事だったな」
キャフは、相手を褒める作戦にでた。
するとその派手な男は、とたんに上機嫌な顔になった。
「ったりめーじゃん。オレのオヤジ、アースドラゴン倒したんだぜ! これぐらい、朝飯前よ!」
思わぬ言葉がでてきて、キャフは驚いて聞き返した。
「あんたの父さん、何て名前だ?」
「ギムって言うんだよ。覚えとけ、おっさん」