第157話 キャフの苦悩
前回のあらすじ
変わり果てた姿になった、グタフを倒す。
「キャフ中佐、大丈夫ですか?」
「あ、ああ…… すまない。ちょっとウトウトしてたな」
「お疲れですね」
作戦会議中、キャフはうたた寝をしていた。今までなかった事だ。
グタフの件以来、心ここにあらずという時が多くなった。
誰もが気づいていたが、その原因もわかっていたので声をかけずらい。
そんな夜キャフがテントに一人でいると、マドレーとムナ皇子がやってきた。
「大丈夫ですか?」
「元気ないね、キャフくん」
「ああ、まあ、ちょっとな。済まないな」
2人は葡萄ジュースをキャフに渡す。
クムール兵やモンスターがいつ出てくるか分からないのでワインとはいかないが、キャフの気を和らげるには十分だった。キャフも2人の意気を感じ、テーブルを囲んで少し話をする。
「やはりグタフさんの件ですか?」
「……まあ、そうだな。申し訳ない」
「いえ、事情が事情ですから、辛いのは分かります」
マドレーは、キャフを気遣う。
キャフは遠い目をして軽く笑った。
「あの後よく、夢に出てくるんだ。オレの家で魔法使いの修行に励んでいた頃だな。まあ楽しかったよ。あいつも純粋に魔法を楽しんでいた。術式の改良も沢山したし、畜魔石が動いた時は興奮した。あいつ、面倒見よくてな。いつも弟子の取りまとめをやってくれたんだ。皆で遊んだりもした。あいつも良い奴だった」
2人に語るでもなく、キャフは独り言のように話していた。
当時を思い返しているのか、少し言葉に詰まる。
「魔法使いの世界も案外人間臭くてな、誰の弟子だったか、誰に気に入られたかで出世コースが決まんだよ。倒したモンスターの数と質じゃねえんだ。幾ら冒険でAランクをもらっても、賢者達から資格を貰えねえと魔導師以上にはなれねえしな。魔法研究の成果もほとんどが師匠の成果の受け売りさ。昔はアルジェオン独自の技術もあったが、いつの間にか新大陸の魔法使いの流れが出来ちまってる」
「まあ、そうですね」
「つまん無い事やってるんだね、人間って」
軍学校出身で事情を知るマドレーに対し、アースドラゴンであるムナ皇子は本当に興味のなさそうな顔をしていた。キャフはもらった葡萄ジュースを一口飲み、話を続けた。
「人間なんてそんなもんよ。勝ち馬に群がるだけの奴なんてザラにいる」
「モンスターも同じかな。僕の命令をクソ真面目に聞くモンスターは多いしね。ちょっと気まぐれに言った言葉も真に受けられて、大騒ぎになった経験もあるよ」
「お前、それ下が迷惑するから止めとけよ。そうだな、元々オレは上に立つタイプじゃない。単純に魔法が好きで魔法を極めたかったからこの道に入った。グラファ師匠も出世とは無縁だったからな。たまたま冒険で上手くいっただけなんだ」
「そうなんですか」
「でもそれで、僕が死んでるんだけど」
「ああ、それは悪い」
「別に良いよ、君達の実力だからね」
「まあでも、大半の人間はそんなに純粋に魔法を楽しんじゃいない。お前も軍学校を出てるから分かるだろ? 魔法使いだったら王立魔法学校卒でなければ賢者になれない。だからオレなんて絶対無理なんだ。冒険やってた頃、オレより才能のある奴もいた。でもそいつらは世の中の仕組みを知って、フェードアウトしていっちまったよ」
同意を求められたマドレーは、大きく頷く。
「まあ、そうですね。僕の家族は両親や祖父母も皆どれかの王立学校を出ていました。弟も軍学校です。同級生達も大方似た環境です。小さい頃から親の指南で受験勉強する癖が自然に身につくんですよ。そして優秀な塾仲間も多くいたので、そんなもんだと思ってましたが。ただ彼らが才能が特別にあったかは、疑問ですね」
「お前は、そうなのか。オレは全く知らずにこの世界に入ったんだよ。だから良く分からずに周りの秩序を掻き乱し、その結果、オレ自身でグタフを不幸にしてしまった…… 他の弟子達も多分路頭に迷ってんだろうな……」
キャフは黙った。今までを思いだし、後悔しているようだ。
「案外、キャフ中佐はナイーブなんですね」
慰めに来たはずだが、マドレーはそこまで同情的ではなかった。
「別にアルジェオンに限らず、出世の仕組みは多かれ少なかれどこの国でも一緒ですよ。小さい頃から才能ある子を集めて自分好みに育てる。良いも悪いもありません。才能ある人間はやっかまれて粗探しをされ、枠から外れた人間は追い出されるのです。グタフさんが死んだのは、あなたのせいじゃ無い。彼自身の弱さです」
「正論だな。それで割り切れたら良いんだけどな」
……
「人間って、ずっと変わらないんだね」
今度は、皇子が話を始めた。
「僕達、じゃないな、僕はドラゴンだから良くわからないよ。ずっと今までも一人だし、これからも一人だ。もちろん、他の大陸に別なドラゴンはいるよ。でも関わりを持たないからね。孤独だから、相手に対する気持ちなんて結構いい加減かな」
皇子の言葉は、別な意味で重かった。
「昔も今も、あんな人間はいるし、キャフくんみたいな人間もいる。そうやって君達人間はやって来たんだ。これからも同じだよ」
「……そうだな。お前の方が良く知ってるか」
キャフは再び軽く笑い、3人で最後の葡萄ジュースを飲み干す。
話終えると、マドレーと皇子はテントを離れた。
その日のキャフは、久しぶりによく眠れた。
キャフ達の部隊はその後も壁を補強しながら、旧道沿いを進軍し続ける。
建築現場を見回りしていると、獣人達と一緒に壁のレンガを積み上げるラドルの姿があった。中隊長の立場であれば見回りするだけで良いのだが、一緒に楽しく作業をしている。
「おう、ラドル」
「あ、師匠! 元気かニャ?」
「お陰様でな。しかし、あの頃にはこんな壁は無かったんだな」
「そうですニャ。あっという間ですニャ」
「頑張ってくれ」
「はいニャ!」
数日後、モジャン地方に到着する。
オークとコボルトの使者達が、キャフを訪ねてきた。




