第152話 キャフ大隊長 出陣
前回のあらすじ
タージェ評議員長は、味方になってくれそうだ。
「えー、第七師団付第五大隊隊長のキャフ中佐だ。こちらは、副隊長および第五中隊隊長のマドレー少佐である」
「あ、皆さんどうも」
きちんと 整列した部隊を前にするキャフの演説は、相変わらず締まらない出だしだった。マドレーもそれほど頓着しないのか下手なのか分からないが、簡便に済ませる。
ただ兵士達は2人の活躍を知っているので、直立不動ではないもののみな真剣に耳を傾けていた。
あっという間の出世である。他の士官達からやっかみもあったと聞く。だがモジャン地域での戦闘で大隊長の席が空いていたので、表立って異論を挟む者はいなかった。
「この度の作戦で、我々はまずアトン方面に向かい防御を強靭にする。その後は旧道を北上し、モジャン地方に巣食う敵どもを殲滅するつもりだ。工作兵が多い編成はそのためである。だがクムール軍の支配地域も未だ多い。モンスターも出てくるだろう。戦局次第で行き先も変わると思うが、心してくれ」
キャフの挨拶に対し、兵士達は引き締まった顔で敬礼する。
大隊となり、兵士数も多くなった。
今回は食糧備品に加え、防御壁作成のための資材も多く積み込まれている。
約六百人ほどの大所帯、かつ旧道沿いにある防御壁の補修を行いつつの移動だから、モジャン地方まで三週間以上かかる見込みだ。
「悪いが、これ以外の詳細は明かせない。ただ我々がアルジェオンの命運を握っている。それだけは肝に銘じてくれ。だからお前達精鋭を選んだんだ。活躍を期待しているぞ」
「はい!!」
皆元気よく返事をした後、やがて第五大隊は出発となった。
イデュワの民も以前の出征時とは打って変わり、期待の顔でキャフ達を見送る。先頭で挨拶しながら進む馬上のキャフとマドレーの姿は、イデュワ市民も誇らしく感じた。
「まあこうやって期待されるのも、良いもんだな」
「そうですね。いずれにせよ、これからです」
「ああ、分かってる。作戦通りやるだけだ」
この作戦立案は、マドレーによるものだ。
話は、数日前に遡る。
* * *
その日、5人は女王に呼び出され寝室へとやってきた。
いつものように、お茶とお菓子が用意されている。
やっぱりここのお茶が一番だと思うマドレーだった。名工の調度品に囲まれて座る熊の藁人形も、心なしか微笑んでいる。
タージェ評議員長と意気投合したものの、流通や広報に関する法整備は遅々として進んでいない。恐らく抵抗勢力がいるのだろう。それに制度変更に伴う摺り寄せも必要だ。いずれにせよ国家という巨大組織では、辛抱が求められる。
一方でキャフも回復したし、そろそろ戦線に戻る時期でもあった。ちょうど良いので、最新情報を記した地図情報を元に、いつもの6人で話し合うことにする。
今までの記録と地図を改めて見直し、マドレーは唸った。
「いや〜 バカじゃ無いから大変ですね。クムール軍は身の丈を知って行動しています。どっかの帝国陸軍と海軍のように、仲が悪くて無駄に戦線拡大して自滅するようなことは無さそうです。すっきりしていて複数の思惑も入ってない。キャフさんが会ったイシュトという魔導将軍あたりが作戦立案係かな?」
まるでシミュレーションゲームを楽しむかのごとく、テーブルに置かれた地図にクムールとアルジェオンの駒を動かしている。マドレーの頭の中では、高速計算がなされているようだ。
「モジャン城から西へ進撃しなかったのも、それ以上は兵站の確保が無理だったのでしょう。逆に言えば、今いる範囲は確実に死守可能と思っている」
「そうなのか? 大丈夫か?」
マドレーの言葉を聞いて、キャフは不安になった。
だがマドレーの顔には、まだ余裕がある。
「はい。軍の統率も良く取れているし、これに勝つのは簡単じゃ無いですよ。ただそうは言っても、幾つかミスはしています。大きなミス、不可逆的ミスもあった。その一つは、オーク達を懐柔できなかったことです」
「何でですニャ?」
ラドルが、質問した。
「だって、元々クムールと取引があったじゃ無いですか? それならクムールに取り込めた筈です。最悪でも中立になれば良い。それを失敗したんです。これは戦略的にも大きなミスだった。少なくとも現場のクムール人は、モンスター達をなめてたんでしょう」
「確かに、そうだな」
キャフも同意した。単なる偶然ではあるが、あの時キャフ達がオークの村へ行かなければ、オーク達はクムール側についただろう。いくら村長が聡明でもアルジェオン側に信用できる人間がいなければ、こうはならない。キャフ達が遭遇した時も動く石像で脅そうとしたのかも知れないが、逆効果になった。これはクムールが犯したミスと言える。
「他にもキャフ中佐がいたことは、彼らのミスでしょう。イデュワ攻略を考えていたけれど、あなたの活躍で阻止できました。これも予想外のはずです」
「そ、そうか」
キャフは少し照れた。確かにあの時キャフの魔法がなければ、イデュワ陥落は現実のものになっていただろう。だがキャフにとっては、単にやれる事をやったまでだ。
「私はどうすれば良いのでしょうか?」
「女王様は、そのままで良いんです。あなたのお人柄も、武器の一つです。恐怖で支配するのではなく、信頼で共闘する。これはアルジェオンが掲げる方向です」
オークやコボルト達と信頼で結ばれた関係のほうが脅迫や暴力で支配される関係より強いのは、ブラック企業とホワイト企業を比べるまでもなく自明である。国民にも自発的に協力してもらえなければ、国を挙げての戦争など勝てる訳がない。
「そうかしら。私は怖くないと、リルに時々バカにされるのだけれど……」
ルーラ女王は、まだ自信が無さそうだ。幼い頃から時期国王として育てられたものの、やはり現実になると大変なのだろう。
「大丈夫だ、国民はあんたについて来ている」
「あ、ありがとうございます」
キャフの言葉に、嬉しくて頰を赤らめながら感謝する女王であった。
「話は戻って、作戦はどうするんだ?」
フィカはあくまで冷静だ。キャフと女王のいちゃつきにムカついたからでは無い。他の2人もフィカに同意見である。
「ああ、そうですね。自分としては旧道沿いに一個大隊を北上させ、モンスター・サローヌ連合軍およびモジャン城と一緒に挟み撃ちにしたいと考えています。ただこの手は敵も当然考えてると思うんですよね。だからどう出るか、幾つかのシナリオも考えておきます。とにかく心してかからねばなりません。」
「そうすると、俺の役割は?」
「アトンから旧道に北上する一個大隊をお願いしましょう。工作兵も連れて行き、壁を強固にする必要があります。夏場で作業も大変ですが、これをやらないとモジャナ地域の旧道を奪回しても、崩れてしまいます」
「分かった」
「議題に出したいと思うのですが良いでしょうか? ルーラ女王」
「ええ、もちろんです」
こうして作り上げられたマドレーの発案は、ようやく順番がまわってきた議会での演説を通って今に至る。今度は五中隊からなる大隊の長だから兵士集めが大変であった。だがキャフとマドレーの戦績のおかげで、有能な兵士達がこぞって集まってきた。
フィカやミリナ達の訓練教育を経て練度も高まり、準備万端で今日を迎えている。フィカやケニダ、ミリナとラドルは、中隊長としてまとめ役もこなしていた。
* * *
夏の入り口に入り、両脇にある山々は緑に萌えていた。キャフ達が通った山道も今では動物や虫達が闊歩して、通り抜けすら大変かも知れない。
以前の戦闘を乗り越え元通りに整備された旧道を、キャフ達は威風堂々と行軍する。清々しく透き通った青空で、遠征にはいい日和だ。
夕方、アトンに到着する。戦争初期の激戦地の一つも今は復興に忙しい。思い出の刑務所もすっかり塀が作り直されていた。恐らく脱獄囚も、何人かは連れ戻されたことだろう。念のためだがムナ皇子の証言で、もうキャフは無罪放免と確約されている。
久々のアトンに、懐かしく思うキャフであった。




