第146話 護衛兵
前回のあらすじ
オーク達と一緒に、出発!
『こうしてみると人間も、我々とあまり変わらないのだな』
『どうやらそうみたいですね』
オーク5人も含めた混成軍でクムール軍秘密基地へ向かう途中、マドレー達とオーク達は翻訳魔法を込めた通魔石を介し、いろいろな話をした。通訳よりも伝達量が多く、相互理解に大いに役立つ。
『我々も、意味なく人間を襲う訳じゃない。特にあのキャフには、我々の村を助けてくれた恩があるからな。協力は惜しまんよ』
『ありがとうございます』
オークも協力的な態度で助かる。
やがて岩山を抜け、風景が変わってきた。
『ここからは沼地なんだ。そろそろ奴らが出るぜ』
『奴らとは?』
マドレーの疑問にオーク達が答えるよりも早く、沼地の水面が盛り上がり、ブクブクと泡が出てきたかと思うとモンスターが地上へ現れた。
それは、巨大な蟹であった。
鬼蟹と呼ばれ高さ3メートル以上で腕を伸ばすと40メートルはあり、オーク達が子供に見える。冒険者ギルドの登録ではAランクのモンスターだ。
「臨戦態勢へ!」
「ラジャー!」
マドレー達はフィカとケニダの剣士が前方を務め、後方はラドルとキアナが守りを果たす。万が一の回復魔法が必要だから、ミリナはマドレーと同じ中心部で全体の位置把握を行った。
ゴブリン達はフォーメーションをとる人間達を他所に、5人で鬼蟹目掛け突っ込んで行く。マドレー達には無謀に思えたが、弱点である関節部に攻撃を集中して十本ある脚のうち数本もぎ取ると、鬼蟹は歩けなくなる。その後も鬼蟹が現れたが、オーク達の力によってあっという間に始末された。このタイプは狩り慣れているようだ。
『かなりやりますね』
『ああ。我々はあの村でも戦闘が得意な者ばかりだ』
『そうですか、村長さんに感謝します』
『それよりも、次が来るぞ』
オークの言うように、次から次へとモンスター達が現れる。
「ラドルがやるニャ! ファイアビーム!!」
ラドルの繰り出す炎の壁はたちまちモンスターを焼き尽くした。
その威力に今度はオーク達が驚いていた。
『やっぱり魔法の威力はすごいな。こんな事も出来るんだ』
『うちのモナメも少しずつ魔法の数が増えているけど、あんたみたいには出来ないな』
『いやあ、それほどでもないニャ』
オーク達に褒められ、ラドルは満更でもない顔をしていた。
『そう言えばさっき言ってなかったけど、あの二人結婚するんだぞ』
『二人って、シューミとモナメのことか?』
『ああ』
『ふニャ! さっきは一言も言ってなかったニャ!』
『恥ずかしかったんだろ。お似合いだな』
ラドルとフィカは2人を祝福する。モンスターと戦いながらそんな話をしつつ進んで行くと、開けた土地が現れ、何かの施設が見えてきた。高い塀で囲まれており中を伺うことは出来ない。手前の方には護衛兵と思しきモンスター達が、甲冑姿で槍を携えながらうろうろしていた。ひとまず体を隠せる草むらに潜んだ。
『ああ、やはり一杯いるな。我々も、あれと戦うのは厳しいんだ』
『コボルトですね』
マドレーが言うように、クムールの秘密基地と思しき箇所を護るのはコボルト達だ。オーク達より俊敏であり頭脳レベルも高く、集団攻撃が得意である。個体でも十分強いから厄介な相手だ。これ以上進めないとオーク達が判断したのも、妥当だろう。
『どうします?』
『正面突破は、厳しいぞ……』
『あの〜 この通魔石ブレスレットを渡して私の翻訳魔法を使い、彼らとコミュニケーションをとるっていうのはどうでしょう?』
ミリナが、提案した。
『バカなんですか? 殺されに行くようなもんですよ』
真っ先にマドレーが反対する。他も賛成はしない。
『まず相手の事情を聞いてみてれば、打開策が生まれるかも知れませんよ』
ミリナの意志は固かった。
『でも誰が付けに行くんだ?』
『わ、獣人でも私はダメニャ! 無理無理!』
『リホも、犬さんは苦手ですぅ』
良い提案だがいざ実行となると誰もが躊躇する。
猫に鈴をつけようとするネズミ達みたいだ。
『何言ってるんですか、私が行きますよ』
ミリナは元からそのつもりだった。
『大丈夫ですか?』
『え、ミリナちゃんに万が一の事があったら困るニャ』
『大丈夫です。私は魔法で防御もできるし、1人で行った方が下手に複数で行くよりも警戒されないと思います』
ミリナの強い意志に、マドレーも承諾せざるを得なかった。
『分かりました。何かあったら駆けつけますので、くれぐれも注意してください』
『はい』
そうは言ったものの内心ミリナも怖い。コボルト達の身長は2メートル以上で、狼に近いその牙を見ると、あっという間に八つ裂きにされそうだ。魔法の発動タイミングを誤ると死につながる。
だが戦場では、イレギュラーな行為の方が相手も虚を突かれて動けない時がある。普通にやっても難しいなら、誰かがやるしかない。ミリナは決心して用意を始めた。
そして隠れていた草叢から出て、被っていたフードを外し顔を見せる。魔法杖を見せずに極力コボルト達を警戒させないようにした。一歩一歩冷静に歩いて向かう。
「ワウン? ワォオオンンンン!!!」
ミリナに気づいた兵士が警戒音を発する。途端に何匹もの武装したコボルトがミリナに取り囲んだ。上から見下ろされるので威圧感が半端ない。だがここで怯むと、更に事態が悪くなる。ミリナは冷静な顔で言った。
「これ、受け取ってください」
当然、アルジェ語を知らないはずだ。
ミリナの言葉を理解せず、コボルト達は顔を見合わせる。
確かに、急に現れた来訪者に戸惑っているようだ。
ミリナは一番立派なコボルトに向かって、通魔石ブレスレットを差し出す。案の定彼が隊長であるらしく、他のコボルトは彼の挙動を見ている。
その隊長コボルトは不思議なものを見る目でじっと通魔石ブレスレットを見た後、顔を近づけクンクンと匂いを嗅いだ。
子供が大型犬の目の前にいるのと同じ状況だ。逃げたくなるのを必死に我慢するミリナは、じっと手を差し出し相手の目を見る。ミリナが攻撃する気がないと悟った隊長コボルトは、しばらく眺めた後、そのブレスレットを恐る恐る手にとった。
ミリナはジェスチャーで手首に巻くよう指示した。訝しげな顔をしながらもミリナの指示に従い、そのコボルトは通魔石ブレスレットを手首に巻いた。
『聞こえますか?』
ミリナが呼びかけた途端、隊長コボルトは声が聞こえた事実に驚き、キョロキョロとあたりを見回す。だがコボルト達ではないと知り、不思議な顔をする。
『私です。目の前にいますよ』
ミリナの呼びかけで、隊長コボルトは驚いた。
『あ、あんたが喋ってるのか? 意味が分かるぞ?』
『はい。今お渡ししたブレスレットは心の声を伝えるように出来ているのです。私は翻訳魔法もできるので、それを介してあなたとお話をできるようにしました』
『ほお、珍しいものもあるもんだ』
この道具を初めて見て使った今までの人達と同じように、隊長コボルトはいたく感心していた。
『それで改めてですが、お聞きしたい事があるのです』
ミリナは、話を続けた。




