第140話 マドレーの意見
前回のあらすじ
あ〜あ、やっぱりやっちゃった。
無様な負け戦であった。モジャン地方は再びクムール軍の手に落ちる。
モジャール城が陥落しモンスターの住処となった今、もはや彼らを止める術はない。幸い、キャフ達も通ったモジャンから王都イデュワへ続く道は細く険しい。その為アルジェオン兵でも彼らの進撃を防御でき、王都陥落の最悪事態は免れている。だがダナン総司令官の死は軍の指揮系統を麻痺させ、弱体化を招いていた。
「どうしますか?」
ここ数日の女王陛下御前会議は、退屈であった。
議論はしても結論が出ず、時間超過で散会となる。
こうしてみると、何らかの方策を立て実行に移していたダナン司令官の方がまだマシに思える。カジャーリー司令官は人柄は良いものの、それだけだ。リーダーの資質に不可欠な決断力がない。だが既に彼はいない。何もしないまま時間だけが過ぎていった。
特に最近は、『クムール軍は、どう動くか?』が議題であった。
アトン地方、モジャン地方、そしてモドナ。
旧道沿いで守り切ったのは、ギム率いるサローヌ自治領のみ。
クムールの兵力は不明であり、モンスターの動きも不透明だ。
そのためクムール軍の次の手が予測できない。
盤上の地図を見ながら、ああでもないこうでもないと勝手な意見が飛び交うばかり。今日も、昨日までと変わらぬ喧々諤々の議論が延々と続く。会議でのヤジも汚く反対のための反対ばかりで、何のためにやっているのか誰も分からなくなっていた。
一旦休止の時、マドレーは会議場から少し離れた庭園に行った。補佐官と言ってもルーラ女王は発言しないので、前日に徹夜で原稿作りをするような作業はない。ただ自分から進んで発言できる身分でもない為、もどかしい気分でもあった。
草木に囲まれ鳥たちを眺めて疲れを癒していたその時、タージェ評議員長がやってくる。議場内では何度も顔をあわせているが、込み入った話をする機会は無い。だが珍しく、タージェ評議員長はマドレーに話しかけてきた。偶々来たのではなくマドレーに用があったらしい。
「どうですかな? 会議に参加して」
「ええ、なかなか大変ではありますね。この戦争の行方がどうなるのか…… アルジェオンの将来が不安になります」
マドレーの言葉に、タージェ評議員長は同感のようであった。
「若い人達には大変すまなく思いますよ。軍があれでは…… あ、あなたも軍属ですな。失礼しました」
「いえいえ、実情は皆知ってますから」
マドレーは、苦笑した。
「女王陛下からの信頼が篤いようですが、あなた自身に何かご意見はありますか?」
「え? まあ、ない事はないですが……」
マドレーは少し躊躇する。相手の意図が読めなかった。
「若い人の意見も聞きたいんだ。一度、みんなの前で喋ってくれませんか?」
丁寧な言葉使いであるものの、急な無茶振りである。が、誰も打開策を決断できない以上、広く意見を募ろうと、タージェ評議員長が個人的に思ったらしい。会議場に戻ってルーラ女王に先ほどの話をすると、同意してくれた。
(ま、良い機会ですかね……)
特に原稿も用意せず、マドレーは壇上に上がる。出たとこ勝負だ。女王の後ろに控える若者が壇上に上がったので、どよめきが起こる。普段の会議と空気が多少変わり始めた。
「皆様、マドレー大尉です。女王陛下補佐官の身分でありながら、発言の機会を設けてくださりありがとうございます。タージェ評議員長に感謝申し上げます。この危機の最中、私の意見が何らかのお役に立てれば幸いです」
マドレーの言葉に、出席者は肯定も否定もしなかった。
「まず現状のおさらいから。現在イデュワから旧道沿いに五十キロ西のアトン地域北東部から二百キロ北のモジャナ地域まで、クムール軍の支配下です。モジャナの更に北のサローヌ地方は、自治軍の活躍によって占領を免れております。兵数は総勢五万。アルジェオン唯一の希望と言っても良いかも知れない」
みなマドレーの言葉に耳を傾け、私語はなくなった。
「そして更に北にあるモドナ。第七師団駐屯地と近接するにも関わらず、陥落後未だ状況が把握できません。偵察部隊を派遣しても梨の礫。高い壁が築きあげられ、ネズミ一匹入れない有様のようです。正直、最悪の状況を覚悟した方が良いでしょう。これが共通認識と思いますが、宜しいでしょうか?」
野次も質問も特に出ないので、マドレーは話を続けた。
「私は、現在魔導師キャフの部下として隊を率いております。現在キャフ中佐は隠密行動のため、皆様の前に出らるのはもう少し後となります。また女王陛下の補佐官でもありますので、この戦争の経緯は聞いております。
講和条件に、『モンスター生息域の共同管理、及び無断で越境した魔導師キャフの引き渡し』と。
ヤクザの因縁と同じレベルですね。ただ私が戦闘で遭遇したモンスターの九尾狐によれば、クムール側の環境悪化は事実で、モンスター生息域が減少しているようです。だから共同管理と言いつつ、実質はクムールに住むモンスターの移住でしょう。
しかもこれは大事な点ですが、キャフ中佐の情報によれば、オーク達はクムールと貿易をしています。つまり、彼らは既に共存関係にある訳です。これを知らずに相手の条件を受け入れたら、クムール経済圏がモンスター内に広がるのは確実です」
会議場内で多少のざわめきが起こる。マドレーの話は続く。
「魔導師キャフ中佐の引き渡しも彼らの戦略の一部です。少し前なら、アルジェオンの魔法使いといえば世界最先端の技術を持つ誇るべき存在でした。ですが代替わりに失敗し、今では、新大陸の魔法使い達の、単なる弟子に成り下がっています。現代戦争では有能な魔法使い一人で戦局を左右できる。彼を引き渡せば、講和どころか更に侵攻してくるでしょう」
リル皇子と魔導師ファドが苦々しい顔をする。
マドレーは一息つくために、置かれていたコップの水を飲んだ。
「で、問題の、彼らの次の手です。
僕は個人的に、彼らがなぜアトンを攻め込まずモジャナに執着するのか、考えていました。本来イデュワを陥落させれば、クムールの望み通りになる訳です。下手するとアルジェオンを併合できるかもしれない。何故やらないか?
おそらく一つは魔導師キャフの存在が大きいと言える。あの隕石雨はかなり高位の魔法です。魔導将軍イシュトと名乗っていたそうですが、彼でもそんなに頻繁には使えないのでしょう。
そしてクムール軍もそこまで盤石では無い。
既にモドナを占領していますが、モドナと同等、いやそれ以上の大都市イデュワの占領までは手が回らないものと思えます。それはアトンへの攻撃からもうかがえます。
ダナン司令官暗殺も兼ねていたとは言え、モジャナ襲撃が大規模な戦力投入であったのに対し、アトンへの攻撃は開戦当初だけで、明らかに優先順位が低い。
そうなると、彼らの戦略目的だ。
モジャナ地方を占領した後、どちらに行くのか?
南のイデュワか? 北のモドナか?
ここまで聞けば、一目瞭然と思われます。彼らはかなりの確率で、北上してサローヌ軍を叩きに行くでしょう。そしてモドナにいるクムール軍と挟み撃ちにするでしょう。そうなればイデュワ攻めに専念でき、アルジェオンの全面降伏は免れません」
会議場がざわめく。
「じゃあ、どうすれば良いんだ?」
議員の一人が問いただした。
「おっしゃる通り、問題はそこです。アルジェオン軍の動きを悟られると、相手も作戦を変更する可能性があります。幸いにして我がアルジェオン軍第七師団には、選りすぐりの精鋭たちが未だいます。彼らに任せて下さるなら、アルジェオン軍の戦線は劇的に変わると約束いたします……」
* * *
「ええ〜!! 私達がやるって勝手に決めないでニャ!!」
会議終了後マドレーがキャフ邸に赴いて説明すると、ラドルは烈火の如く怒り狂った。フィカも同席しているが、表情はそこまで怒ってはない。ミリナはまだキャフの回復中で城内だ。
「まあそうなんですが。現実、他に頼れないのも事実なんですよ……」
「勝つ見込みは?」
「多少は」
マドレーは自信ありげに言った。




