第128話 幻想のモジャナ
前回のあらすじ
戦場は、霧の中。
何が起こるかと恐れつつ慎重に足を踏み出すと、あっけなく霧の中へと入れた。乗り越えるとき刺激で軽くしびれたような気もするが、判然としない。
だが霧は相変わらず濃い。微かに見える風景から、草地から森の中へ入っているのが分かる。視界を奪われているので5人とも警戒し、足取りも慎重になる。
足元の小枝を踏む些細な音でさえ細心の注意を払う。遠くでする鳥の鳴き声も不気味だ。段々と心細くなり、不安が増大する。皆周りを何度も何度も振り返りつつ、ゆっくりと進んだ。
「バカなんですか? 古来弱小軍が勝つには騙し討ちが基本ですよ? ハンニバルのアルプス越えとか、ひよどりごえの逆落としとか、桶狭間とか、真珠湾とか。こんな真正面から飛び込むなんて死にに行くようなもんですよ!」
「すまんな、性分でな」
詫びを言うキャフだが、後悔はしていないようで迷いなく奥へ進む。
マドレーもブツブツ文句を言いつつ、逃げようとはしない。
どれくらい進んだろう。
キャフは、グラファの元での修行時代を思い出していた。大自然の中での修行は、キャフの五感を研ぎ澄ますのに大いに役立った。視覚に頼りすぎては常の戦闘でも勝てない。勝つためには先に気配を感じ取り、状況把握を心がけるのが必須だ。幸い、まだモンスターが出現する気配はない。
霧の中から、高い杉の木が至る所に現れる。道らしきものは無いものの、杉林だから下まで光が届かないので草も少なく歩きやすいのは助かる。
しばらく進み、気が付くと小道に出た。
獣道のように淋しい道を5人で歩いて行く。
モンスターの出現に備え、話し声も極力小さくなった。
「フィカ、兄さんに連絡取れるか?」
「やってみる」
『兄者、聞こえるか?』
『……フィ、……』
『ダメだな、距離が遠いか遮断されているか分かんないけど、使えない』
(やはり、な……)
予想していたとは言え、外部への連絡手段が断たれた事実は重い。
だが今はこの霧を晴らす方法を探すのが先決だ。
「お腹がすいたニャ〜」
「歩きながら、携帯食でも食べていろ」
「分かったニャ……」
トラップがあるかも知れない。とにかく注意が必要だ。恐怖や焦りも積み重なってくる。こんな時は小さなミスが大きな厄災をもたらすから、慎重に慎重を重ねて進んでいった。
そんなときだ。動く人影が幽かに見えた。小さい。子供のようだ。
「あれ見ろ、人いるぞ」
「はニャ? ホントだ。なんか見たことあるような……」
その影が間近になり実体が現れた時、ラドルは目を見開き、興奮を隠せず大声を上げた。
「お、皇子だニャぁああ〜!!」
「え、本当ですか? あ、本当だ、きゃーー!!」
ミリナも叫んで後を追いかける。2人はアイドルの追っかけよろしく凄まじい速さでその影目がけて走って行った。抱きついたのはラドルの方が早かった。スリスリして愉悦の表情だ。
「皇子! なんでここにいるニャ? ドラゴンから戻ったのかニャ?」
「きゃ〜 やっぱり可愛い!! 癒されるぅ〜♡」
おもちゃを取り合うかのようにミリナも子供に抱きついた。
確かにそれは、ムナ第四皇子にそっくりの美少年であった。
スリスリ撫で撫でをしまくる2人に無反応なのも、皇子を彷彿とさせる。だが明らかに着ている服はこの辺りの村の衣装で、粗末な格好だ。それに彼は2人を全然知らないらしく、無反応というより戸惑っている態度であった。顔付きはよく似ているものの、どうも他人である。
「あんた、どこに住んでんだ? 名前は?」
まだ触りたがる2人を引き剥がし、キャフは尋ねた。
その子は怯えるふうでもなく冷静に答える。
「モーラ村の、ケニー」
「ケニー、村はここから近いのか?」
「近い」
「一緒に戻るか?」
「道、分からない」
「迷子なのか?」
「多分、そう」
ぶっきらぼうな物言いだが、つまりは迷子らしい。恐らく急に霧が出てきたせいだろう。ムナ皇子に似ていると言っても、良く見ると未だ十歳ぐらいのようだ。親の手伝いでもしていたのだろうか。
「この道を辿れば戻れるのか?」
「多分」
甚だ不安ではあるが一緒に道を進む。幸運なことに村が見えてきた。規模は小さく、柵で囲われている。
「シ、シェスカさん??」
今度はキャフが驚く番であった。
入り口の前で待っていたのは、シェスカそっくりの美人な母親だった。
「ケニー!」
「ママ!!」
抱き合い、無事を喜び合う。ケニーも母親と再会できて、今まで我慢していた感情が爆発したように泣いている。感動的な場面であるが、マドレー以外どうも気が落ち着かない。
『みんな不思議な顔をしていますが、どうしたんですか?』
『ああ。子供がムナ第四皇子、母親が俺の昔のパーティー仲間にそっくりなんだ』
『そうですか。ま、他人の空似でしょう』
興味がないのか、マドレーは素っ気ない。
やがて入り口の門が開き、村人がやってきた。
その中でも長老と思われる老人が、キャフに話しかけてくる。
「よくぞケニーを連れてきてくれた。ありがとう。モーラ村の長として礼を言う。大した物は出せぬが、村で皆様の歓迎の宴を開きたい。どうだろう」
「それより、今の状況を理解しているのか?」
「ああ。霧か。この辺では良くあることだ。いずれは晴れる。それこそ、今ここから出ると迷ってしまうぞ。モンスターもいる事だし、しばらく待っては見ぬか?」
「どうする?」
「行くあても無いのは確かですけどね……」
曲がりなりにも今は戦時で、任務遂行中だ。
軍に所属するキャフ達が、おいそれと休むわけには行かない。
「そ、それよりも旅のお方、じ、実はお願いしたい事があるのです……」
決めあぐねているキャフ達に、ケニーの母と思しき女性が言いづらそうに口を開く。
「私の夫、つまりケニーの父が、モジャナの城を占領したモンスター達に連れ去られたのです」
「こら、ジョセフィン。お客様にいきなりそんな事言うな」
村長が嗜めるが、彼女の目は必死であった。
「お願いです旅の方。私の夫を助け出して欲しいのです!」
「分かった。近いんだろ? 宴はその後で良いだろう」
涙を潤ませる悲しげなジョセフィンの顔を見て、キャフは即断した。




