第125話 難民達
前回のあらすじ
兵士達も集まり、やっと出発。
キャフ率いる第五中隊はエミュゼ通りを進み、旧道方面の東側へ向かう。
各自が重い荷物を背負っての徒歩移動だ。イデュワを出るにも時間がかかる。
戦争とは無縁の道ゆく人々は、季節外れのハロウィンパレードを見ているような顔をして見送っていた。遭遇した子供達が喜んで歓声をあげるぐらいだ。少し前にあった最初の出征時に散々応援したから、もう興味が薄れたのかも知れない。隕石攻撃からの復興で手一杯であり、それどころじゃない人達も多い。
キャフとマドレーは先頭で馬に乗っているので、声をかけられる度に隊を代表して挨拶する。やがて途中にある分かれ道から、旧道を離れて北に続く道へと向かった。
キャフとマドレーに続く隊列は魔法部隊で、次が歩兵部隊だ。
最後に備蓄品などを詰め込んだフィカが操る貨物馬車を、弓兵部隊が取り囲む形で行軍している。
小隊長は、魔法部隊はミリナ、歩兵部隊がケニダで弓兵部隊がフィカに決めた。
昨日の実技で思い知ったせいか、誰も異論はなかった。ケニダも人望があるらしい。
「キャフ師の家ともしばらくお別れですね」
「いつ迄かニャ?」
「三ヶ月か半年ですかね?」
疲労をため込まないためにも、ゆっくり一定の速度で進んでいく。
「あ、そうだ。マドレー、これ付けておいてくれ」
キャフは、通魔石のブレスレットをマドレーに投げ渡した。
マドレーは受け取ると不思議そうに見る。
「何ですか? これ?」
「通魔石と言って、ミリナの村で採れた石を使った通信装置だ。身につけると、お互いの魔素を介して会話が出来る。腕にでも付けておいてくれ」
キャフの指示通りに付けると、『どうですか?』とミリナの声が聞こえた。
『わ、本当だ! 面白いですね』
『これがあれば、戦闘時にも遠隔で会話できるんだ』
『便利ですね。これ、もっとあるんですか?』
『兵隊さん全員には渡せないけど、予備はありますよ』
『ちょっと実験したいから、分けて下さい』
『はい』
とても興味を惹いたらしく、マドレーは時折腕につけた通魔石を見ている。
やがて道は山道となった。整備されているので馬車も問題なく通れる。森を通った時ガサガサと音がするから緊張したが、ウサギや狐の家族達だった。
「何でこの辺は普通の動物なのに、モンスターになると凶暴化するんですかね?」
誰に言うともなく、マドレーが呟いた。
「魔法石が入ってるからだろ」
「そもそも魔法石って、何ですかね?」
「さあな」
キャフも、マドレーの問いには答えられない。
冒険慣れしているので、その疑問を持った時期もある。
グラファや冒険者仲間に問いただした事もあった。
だが誰の答えも、「知らない」である。
生命の営みを完全に解明できないように、世の中に存在するものを理解し尽くすのは難しいのだと、年をとってキャフは割り切るようにした。
「着いたな。今日はここに泊まる」
日も沈みかけたころ、予定通りの駐屯地に到着し宿泊する。
「今日は風呂もあるけど明日からは野宿だからな。存分に入っとけ」
キャフの解散の命で、それぞれ部屋に行く。五人一部屋なので布団を敷いた後、風呂へ行ったり、食堂で夕食をとったりする。娯楽設備もあり、ダーツで遊ぶもの、魔法ゲームをするもの、酒を飲むものと様々だ。部屋はできるだけ知り合いを減らし、コミュニケーションを深めるようにさせた。
キャフは、駐屯地代表のグート大佐の部屋に挨拶に赴く。
ノックすると「入れ」との声がしたので、入室した。
「キャフ大尉です。本日はありがとうございます」
「ああ」
顔を合わせようもせず書類仕事をするグート大佐は、素っ気無い態度だ。
キャフの噂を聞いて、面白く思ってないのかも知れない。
「戦線の状況はいかがでしょうか」
「昨日今日では何も変わらん。お前は命令通り明日の朝出発すれば良い」
「は、ありがとうございます」
あまり話をしたくなさそうなので、直ぐに部屋を出た。
隊長は個室をあてがわれたので、1人でのんびりする。
個室に風呂もあるし食事も持って来てくれるなど、至れり尽くせりだ。
夜もまだ早い。魔法杖の術式をバージョンアップしていたら、通魔石電話から声がした。
『キャフ殿、今良いですか?』
ルーラ女王だ。
『おお、女王陛下。大丈夫です』
『ルーラで結構ですよ』
笑っているような口調だ。
『じゃあ、オレもキャフ殿じゃなくて、キャフで良い』
『そうですね。じゃあ、キャフ、さん、そちらの様子はどうですか?』
『万事予定通りだ。もっとも、後二日はかかりそうだがな』
『それは良かったです。レスタノイア城も人が減って寂しくなりました』
さっきとは変わって、少し静かな口調になる。
またお茶会に誘いたそうな口ぶりだが、さすがにそれは我慢しているようだ。
『仕方ないだろうな』
『いつ頃、帰れますか?』
『任務としては三ヶ月とか言ってたが、どうなるかな』
『長いですね…… とにかく無事で帰って来て下さい』
『分かったよ』
しばらく雑談をしたのち、通魔石電話は切れた。
特に問題なく一晩を過ごし、夜明けと共に行軍を開始する。
しばらく行くと、ボロきれ同然の服を纏った農民達が向こうからやって来た。家族連れで、年寄りも杖をつきながら同伴している。赤ん坊を含め子供も5人いた。
「難民ですね」
マドレー中尉が言う。
「どうやらそのようだな」
キャフは一時停止を命令し、馬から下りてその農民に話しかけた。
「どうした? モジャナから来たのか?」
「ああ、そんだ」
「向こうの様子は、どうだ?」
「どうも何も、無茶苦茶だ。城壁の周りにはでっかいモンスターが沢山来て、中の人は逃げられねえんだ。俺っちは町外れの山ん中だから、それを見て慌てて逃げて来たところよ」
訛りがひどくて所々聞きづらかったが、やはりモジャナの状況は厳しいようだ。
「そうか。食糧や金は持って来たか?」
「いや、なんせ急なことで、丸一日ろくなもん食べてねえ」
「じゃあ、これ持ってけ。イデュワでの足しにしろ」
そう言うと、キャフは農民に食糧と金貨二ガルデと銀貨五百シルボを渡した。
一ガルデが千シルボで、日本円なら大体五百シルボが五千円、つまり二万五千円に相当する。
「ありがとよ」
その農民家族は何度も礼を言い、イデュワへと向かって行った。
「こりゃ、大変だな」
「バカ……ではないですね。普通の軍ならやりませんけど」
「オレの幼馴染でも農民はいたし、状況次第ではオレがああなってもおかしくない。同じ国民だ。できるだけ今後の暮らしもうまくいって欲しい」
「分かりました。命令に従います」
キャフの予想通り、向こうから来る難民は増え続けた。重傷者もいる。逃げられただけ幸運かもしれない。キャフは難民を極力助けるように指示し、ミリナ達の回復魔法も使わせ、食糧と多少の賃金を与えた。
「じゃあ、今日はここに宿泊する」
難民の手当てにかなり時間を割かれたが、予定通りの野営地に到着する。
ここも既に前の部隊が立ち寄った所で、開かれた場所だ。テントを作り夕飯を作る。敵に備え弓兵、歩兵、魔法使いが三人で一チームとなり、夜を徹して交替で警備に努めた。
『ああ、ルーラか? 今大丈夫か?』
『はい、良いですよ、キャフさん 何かあったのですか?』
キャフの方から連絡をしたので、ルーラ女王は嬉しそうな口調だ。
『いやオレ達に問題はないのだが、難民が出ている。あてもなくイデュワの方へ向かっている』
『それは…… 至急、避難所を作らせます』
即断だ。話が早くて助かる。
『ありがとう、頼むよ』
『いいえ。私にできることなら何でも言ってください』
その後は眠りにつき、何事もなく夜が明ける。
三日目。いよいよ戦場へと近づく。兵士達も緊張し始めてきたようだ。




