第117話 お忍び
前回のあらすじ
再びアトンの街へ出発!
「ルーラ様、じゃあ変装のお化粧ニャ!」
「はい、分かりました」
鏡の前で座るルーラに、ラドルは化粧を施す。ラドルの方が楽しそうだ。
「できた! パンダみたいで可愛いニャ!」
「……止めておけ」
フィカがダメ出しをした。流石に目のフチが黒すぎる。
「じゃあ、これは?」
「……付けまつ毛が長すぎで不自然です。それにほっぺた赤すぎ」
やったラドルも、お気に召さないようだ。それなら止めとけというものだが、他人の顔で遊ぶのは面白いらしい。素材が良いから、余計に創作欲が湧くのかも知れない。
「どうせなら、これ付けて私のお姉さん役はどうニャ?」
そういってラドルは、猫耳をルーラの頭に付けた。
「可愛い♡」
「おはようニャンって言ってニャ!」
「……お、おはようニャン」
戸惑いながらも、ルーラは言われた通りにする。
女王様、大切に育てられたせいか素直である。
この場合、それが悪い方向にいってるのは仕方ない。
「きゃー!! 可愛い〜!! 似合ぅう〜!!」
「おい遊ぶな。変に目立つだろ」
好評ではあるが、やはりダメらしい。
「ふニャ〜 難しいニャ…… お肌が綺麗だからスッピンでも変わらないし、髪の毛切ろうかニャ?」
「さすがに、それは……」
あーでもない、こーでもないと、時間が過ぎる。
キャフはする事もなく、自室でのんびりしていた。
やっと4人が出てきたのは、二時間ほど経ってからだった。
「まあ、良いか」
服は召使いの青いワンピースを借りているから、それだけでも雰囲気は変わる。髪の毛は縛ってストローハットの中に入れ、顔を隠し気味に目深に被る。化粧は最低限であるものの、女王を直接見た人も少ないしこれで大丈夫だろう。
「じゃ、行くか。浮遊魔法使ってこの前と同じコースで行くぞ」
再び雲に乗って移動する。
今日は雲も殆どなく、青空が広がっていた。澄んだ空気が美味しい。
夜とは違う昼の風景に、相変わらず女王は好奇心を持って眺めていた。
前回と同じ農園の近くに降りて、山道を進む。
旧道でも良いのだがやはり人目にあまり付きたくない。
山道の出口に、この前のようなアルジェオン兵は見当たらなかった。
ここまでは、遠足気分のルーラ女王であった。
だがアトンの街に近づくにつれ、戦争の現実を直視する。
昨日のキャフの活躍で奪還した旧道の領地には、キャフ達がいる山麓からも視認できるほど高い壁が作りあげられた。工兵が徹夜でやったのだろう。そして壁の側には簡単な砦も築かれている。
今日は、まだクムール軍の攻撃は無いようだ。
その点は安心だが、街は略奪と破壊の限りを尽くされ、残りかすしか無かった。多数の建物が燃えて未だ焦げ臭く、所々に煙が上がっている。道端には回収しきれない遺体やモンスターの死体が無残に打ち捨てられいてる。
母親だろうか、黒焦げになった死体の前でずっと泣いている小さな男の子がいた。ルーラ女王はたまらず目を伏せる。だが行く先々で似た光景に出会い、様々な悲劇が否が応でも女王の目に留まった。
「ちょっと、すいません」
気分が悪くなったのかルーラ女王の足取りは重くなり、キャフ達から遠ざかる。
「フィカ、付いてやってくれ」
「分かった」
2人分の通魔石ブレスレッドをフィカに渡し、キャフとミリナ、ラドルは先を急ぐ。今はクムール軍は攻め込んでこないが、いつ来るとも分からない。砦の状況は把握しておきたかった。
『フィカ、どうだ?』
『ああ、やはり気分が優れないようで休ませている。近くに野戦病院があったから、少し薬でも貰ってくる』
『……申し訳ありません。ご面倒ばかりおかけして』
『いや、初めて来たのだし仕方ないだろう。ただ、お前さんの国だ。皆が精一杯生きている様をしっかり見てやってくれ』
『……はい』
『じゃあフィカ、何かあったら連絡を。オレ達は砦に向かう』
『了解』
旧道の砦に到着すると、弓兵達が壁の外を警戒していた。
昨日の活躍を知る兵士に通してもらうと、中隊長らしき人物がキャフに話しかけてきた。
「魔導師キャフとお見受けするが?」
「いかにも」
「初めまして。私は本日よりこの砦の責任者になったゴント大佐だ」
「それはお疲れ様です」
「そちらは助手か? それとも奴隷? 女だから頼りなさそうだが」
失礼な物言いは軍人の常らしい。
「大丈夫ですニャ! 立派な魔法使いですニャ!」
「私達、こう見えてもAランクいってますので」
「それは凄いな。でも実戦は違う。前任のガジュ隊長は軍学校でも落ちこぼれだったからな。それに引き換え俺はずっと50番台をキープしていた。あいつとは違う。貴公は我が軍の偉大さを知る証人になりたまえ」
どことなく不快感を感じさせる中隊長が、自信満々に言った時であった。
「モンスター達が来ます!」
砦の一番上にいる偵察隊が叫ぶとまもなく、遠くから巻き上がる砂埃が見えてきた。
だんだんと大きくなり、正体が判明する。
中心にいるのは、巨大トカゲ。人肉も食す厄介な相手だ。




