第107話 講和条件
前回のあらすじ
あれ? ここはご褒美もらってレアアイテムゲットじゃないの?
石垣も含め百メートルほどの高さを持つこのレスタノイア城は、マジックタワーと参謀本部より高い。8人の兵士達に囲まれながら、4人は言われるがままに進む。8人とも背が高く屈強な男達で、フィカでも叶いそうにない。
キャフの記憶では,パーティ等が行われる大広間の奥に謁見の場がある。これだけの兵士に取り囲まれると逃げ出すのは難しい。キャフは大人しく彼らについて行った。
やはり昨日の隕石による損壊は酷くて、白く華麗な城を醜く変貌させている。あちこち修繕の音で騒がしく、ここも焦げた臭いが残っていた。
『どうなるんですか? これ?』
通魔石ごしに、ミリナが尋ねる。
『分からん。緊急時にはオレが何とかする』
キャフは念のため、小型の簡易魔法杖を魔導服に仕込んでいる。
大型魔法は使えなくても、城から脱出ぐらいは可能だろう。
『見る限り、敵意まではないようだ』
フィカがなだめる。
『そうだな、向こうも何か戸惑っているような気がする』
「ここだ」
先頭の隊長に促され、王室の間に通される。
赤く長い絨毯の先にある玉座に、鮮やかな青いドレスを纏ったルーラ女王がいた。小柄でも、ドレスがその身を大きく見せている。二重のくりっとした眼は愛らしく、長い金髪は優雅で光り輝いていた。ただ白く塗られた厚化粧からは表情が読み取れない。
まだ即位して一年に満たないものの背後に国の護り神であるアール神をいだく姿は、既に女王としての威厳を備ていた。
(オヤジさんとは、また違うな……)
同じこの部屋で先代の王に謁見した時を思い出す。アースドラゴン征伐で知己を得たが、親子のような関係と言うか馬が合った。別に今の彼女が悪い訳ではない。そのいった仲は、時間と共に醸造されていくものだろう。
『うわ〜 ゆるふわ女子ですね。髪の手入れ完璧だ。こりゃ男にウケますね』
『化粧のせいか、ロリババアに見えるニャ。フィカ姉さんの方が勝てるニャよ?』
『どっちが年上でしょう?』
『きっと、あっちだニャ』
『こら、お前ら! 変な事言うな』
通魔石ごしとは言え、下手にバレたら不敬罪だ。これ以上の罪は重ねたくない。
その罪の元凶も、女王の右側に座っている。リル第三皇子だ。
(あいつめ……)
気のせいか、キャフを見てニヤニヤ笑っている。やはり何か入れ知恵をしたのかも知れない。他に両脇に座るのは、総軍司令官と評議員長か。どこかの会で見覚えがある。リル皇子以外に魔法協会関係者がいないのは、昨日死んで空席なのだろう。
「魔導師キャフ、この度はご苦労でした」
女王が話を始めた。よく通る綺麗な声だ。
「はっ」
「王都イデュワを救った件、褒美を取らせよう……と思い、使いの者を送ったのですが、実は、困った事が起きました」
表情を変えずに話すものの、実際困っている口調であった。
「いかが致しましたか?」
キャフには何が女王を困らせているのか、皆目見当がつかない。
またリル第三皇子の差し金かも知れないと思うと、ゲンナリする。
「クムール帝国大使が、今朝参ったのじゃ」
評議員長が、代わりに答える。
「はい?」
戦争を仕掛けて来たのだから、確かに大使が来ても不思議ではない。
既に始まっているので、形ばかりの宣戦布告だ。
どっかの国と同じである。
「先ほどの文書、もう一度読んでみせよ」
ルーラ女王は、傍らにいる部下の1人に命じ音読させた。
「はい……
『二千年の伝統と歴史を持つクムール帝国は、ここにアルジェオン王国へ宣戦を布告する。
戦争終結の条件は、二つである。
一つ。近年の貴国によるモンスター管理は杜撰極まりなく、我が国にも害が及んでいる。
貴国で増え過ぎたモンスターが我が国を侵害しており、その責はアルジェオン王国にある。
幸い我が国の先端技術で、モンスターを意に操る術ができた。
そのためチグリット河西部のモンスター生息域も、今後我がクムール帝国が管理する。
本来両国は一緒の国であったから、その権利は我が国にもあるのは自明である。
二つ。クムール帝国における近年の技術流出は、大きな国内問題である。
特に魔法技術に関し、多数のスパイ活動が認められ処罰してきた。
ここに容疑者の1人である、魔導師キャフの引き渡しを要求する。
以上の条件を受諾するまで、戦闘行為は継続する。 』
後はラインリッヒ三世の署名で、これが、全てです」
「へ? オレ?」
「正直に答えて下さい。クムール帝国に行かれたのですか?」
「あ、ああ……確かに行ったが。スパイ行為ではない」
キャフの弁明は、その部屋の空気を重くさせた。
無断渡航の事実がある以上、いかなる弁明も難しい。
「そうですか……」
「姉さん、やつは僕達の弟ムナをさらって行ったんだ」
追い討ちをかけるように、リル第三皇子が言う。
「その件も聞きました。本当ですか?」
「ムナ皇子と一緒に旅をしたのは事実だ。だが彼はアースドラゴンの生れ変わりで、既に転移している。もう人間の姿には戻れない」
その言葉に、場内がざわめく。
「証明できるのか? できないだろう? 嘘つきが! インチキ魔法使いのくせに!」
確証をもった意地の悪い顔をする。
小物臭が漂うリル第三皇子だが、キャフは反論できない。
「そもそも、お前は罰を受け刑務所に居たはずだ。脱獄囚は更に重罪だぞ、ひっ捕えろ!」
既にその予定であったのだろう、リル第三皇子はまくしたてる。
そしてリル第三皇子の言葉を待っていたかのように、奥から兵士達が続々と出てきた。
ここで暴れても次は無い。取り囲まれた中、キャフは攻撃を躊躇した。
(やはり、駄目か……)
『これ、どうすんだ? キャフ?』
『すまん、逃げても、追ってくるだろうな。穏便には済ませそうにない』
『また牢屋ニャんか?』
ラドルの耳が垂れる。
絶望的な状況の中、ミリナ一人だけ別な意味で違っていた。
『バカ皇子ぃいいい!!!! 早くこぉおおおーーーーい!!!!!!』
居ても立っても居られなくなったミリナが、通魔石に強い念を送る。
…………!
すると、その想いは遠くペリン山脈まで伝わり、ペリスカ山が胎動した。
その震動は翻って、王都へと伝わる。
ゴゴゴゴゴォオオオーーーー!!!
「地震です!」
「冷静に!」
城内もかなり揺れた。昨日と良い今日と良い、城内が騒然となる。
「ペリン山脈で火山活動だそうです!」
最上階にいた見張り兵からの情報だった。
まだ細かい揺れが続く。先ほどの話が一時中断となった時だった。
「あ、あれは何だ?」
誰かが叫ぶと同じタイミングで、空から大きな飛翔体が城内の庭園に降り立った。
ガタガタガタガタ!!
「きゃー!!」
「ひぇえーー!!」
着地の衝撃で城は再び大きく揺れ、砂埃が舞う。
修繕中の職人達は慌てふためく。気の毒に梯子から落ちた人もいた。
現れたのは、アースドラゴンだ。高さが城と同じぐらいある。




