第105話 ルーラ女王
前回のあらすじ
とりあえず、一仕事終わり!
さて、時間は少し前に遡る。
ここはレスタノイア城。マジックタワーと同じく、ここも隕石雨によって甚大な被害を受けた。
早朝どす黒い雲が城の真上に現れるや否や見る間に大きくなり、隕石の雨が降って来た。緊急事態で《三羽の白鳥》近くにある第一師団駐屯地から兵隊が派遣されて来たが、隕石になど全く手も足も出なかった。せいぜい一般市民を入らせない為の道路閉鎖が関の山である。
だが先ほどマジックタワーから出てきた魔法使いらしき人物の攻撃により、隕石降雨が止む。空が一面晴れて、城の者達は安堵する。
「早く、水を頼む」
「こっちも燃えているぞ!」
だがこれで終わりでは無い。城内では未だ火の手が上がり、負傷者もいる。消火作業やけが人の手当で、何時もは優雅な城内も慌てふためいている。水系の魔法使い達がイデュワを流れるソム川からホウキの召使いを使って水をくみ消火活動に励むが、ポンコツで効率が悪い。
とにかく初めての体験でオタオタするだけの者も多かったが、最大の危機は去った。作業は未だ半ばであるものの長い一日も終わり、静かな夜を過ごせそうだと城の者達は安堵していた。
そんな中、最高責任者であるルーラ女王は最深部の緊急司令室にいる。この部屋は非常事態に備えており、アルジェオンの歴史の中でも滅多に使われない場所だ。
イデュワは内陸にある都市なので、攻め込まれた経験はない。
自然災害や暴動以外でこの部屋を使うのは初めてだ。
即位して間もないルーラ女王は、戸惑いながらも毅然としていた。
服装も、観兵式でしか使わない軍服姿だ。長く綺麗な金髪も動きやすく結ばれている。王族らしい綺麗な顔立ちは緊張に強ばり、時折来る伝令にも無言でうなずくだけであった。
他の王族はおらず、同席しているのはお付きの者達とダナン軍総司令官、タージェ評議員長のみ。この2人は初老である分、彼女よりは落ち着いている。だが少なくとも評議員長の内心は彼女と同じで、混乱していた。
(これから、どうなるのか……)
報告を受け、タージェ評議員長は想像以上の事態に驚愕した。
既に伝令から隕石は自然災害等では無く、クムール帝国の攻撃と報告されている。更に矢継ぎ早に来る伝令達の情報によって、この戦火がイデュワだけではなくアルジェオンの東部全体に広がっていると知る。
つまりは戦争だ。
今までの情報を元に3人が囲むテーブルにはアルジェオン王国の拡大地図が敷かれ、現状が各種の駒で表示されていた。東側のモンスター生息域から旧道を越えた場所まで進軍している。
信じられないが、向こうはモンスターや動く石像もいるらしい。伝令に何度も聞き直すものの、彼らは受けた報告を繰り返すだけだた。とにかく確認できる兵力を随時記載する。不幸にもモドナとの連絡は完全に遮断されたらしい。不完全な情報も多く錯綜していた。
まずは占拠された旧道沿いの街からの進軍を防ぐため、第一師団の主力を東部に派遣した。投石器に加え、攻城戦に使う大砲を急遽倉庫から引っ張り出してきた。使った経験など誰もない。しかも相手はモンスターだ。本気を出せば簡単にひねり潰されるだろう。
考えれば考えるほど、不安ばかりだ。
(大丈夫なのか?)
タージェ評議員長は、今から始まる国難の予感に胃が痛かった。
評議員長は、ギムのような領地を治める首長や魔法協会、その他モドナやイデュワ等大都市の市長等で構成された評議員の長である。アルジェオンは評議員を中心にした政治形態で、法律や条例など何かあったら彼らの多数決か話合いで決まる仕組みだ。
いま評議員長を務めるタージェは西のサランダ地方を治める首長であり、齢六十三。背は低くコロコロしておっきなお腹が特徴的で、国民にも評判が良い。
ナジェ国と国境を接する西のサランダ地方は、ヒポナス休火山を越えた先にあった。アルジェオンの穀倉地帯であり、肥沃な黒土で沢山の農作物が栽培されている。彼の手腕でナジェ国とも友好関係を結んでおり、守りは万全だ。
(ダナン殿は、どうなさるおつもりか……)
反対側に座るダナン軍総司令官を見たが、何の表情も伺えない。
彼は軍学校を首席で卒業した、超エリートだ。
十年に一人の逸材だと言われている。
だが実戦経験に乏しい。そもそもアルジェオンは久しく戦争をしていなかった。だから軍での出世は軍学校の成績で決まる。たかだか二十歳前後の成績でその後の人生が決まるのも馬鹿らしいが、そのような仕組みで動いているから仕方がない。
闘わない軍隊が何をやってるか? 国民にはあまり知られていないが、流通や武器・工作道具類の開発販売、また冒険者ギルドの管理を牛耳っているのだ。魔法に関しても魔法協会とグルになって利益を吸い上げている。
更に受験戦争を勝ち抜いて来たエリートなので、事務方の官僚にも多数人材を送り込んでいる。そのためイデュワ大学や魔法学校と同様、学閥を形成していた。
その利権構造をタージェを初め首長達は苦々しく思っている。
だが彼らは謀略知略に長けており、表立っては言えない。
「ダナン殿、軍の状況はいかがですか?」
「ああ、イデュワに関しては第一師団、旧道沿いは第七師団、モドナ周辺はそれに加え海軍の第二師団がいる。じきに朗報が聞けるだろう」
「ですが、旧道は分断されておりますぞ」
「なあに、第一師団の精鋭です。たかがクムール、二日もあれば落せますよ」
「それなら良いのですが」
精鋭と言うが、所詮アルジェオン軍内での武道会などの優勝チームなだけだ。第一師団と言えどもはなはだ不安である。本当に使えるのかはやってみないと分からない。
「しかし世界樹とペリン山脈の間を抜けてくるとは。あのドラゴン討伐が響いたようですな。アースドラゴンがいれば恐れて来なかったも知れない」
ダナン総司令官は、ちくりと嫌味を言う。
「あれは先代王のたっての望みでしたから。村が丸ごと焼き尽され、王としては黙認できなかったのです」
突然扉が開き、伝令の兵士がやってきた。
「女王陛下、イデュワを救った魔導師の素性が分かりました!」
「誰じゃ?」
「『キャフ』、と言うそうです」
その名を聞いた瞬間、女王の頬が少し引きつったのを誰も気付かなかった。
平然と女王は2人に尋ねる。
「そち達、ご存知か?」
「ええ、アースドラゴンを倒した冒険者パーティーの1人です。先代の王様が寵愛しておりました」
タージェは当時もサランダ地方の領主だったので覚えている。こんな貧弱な体格で良く倒せたなと思って見ていたが、魔法実技を演じさせると世界でも稀な高レベルの魔法をいとも容易く操っていた。あれなら確かにやれるだろう。
「ああ、あやつか。小さい頃、父と一緒に一度か二度見かけたことがある」
女王も思い出したようだ。ちょうどあのアースドラゴン騒ぎの時、女王は幼女であった。だから彼女の記憶の片隅にもあるのだろう。
「存じております。ただ術式の違法改造で懲罰中とも聞きますが」
ダナンも存在を知っているようだ。だがタージェはキャフの近況を知らなかった。どうも魔法協会の件は内々に処理されていたらしい。
ルーラ女王はその情報を聞いても、意に介さなかったようだ。
「その者に、褒美を授けるとしよう。明日、連れて参れ」
「はっ!」




