第104話 闘いの後
前回のあらすじ
敵の魔導師、かなり手強い。
『ギム、聞こえるか?』
キャフは家に帰って着替えると、通魔石でギムに連絡をとった。
『キャフか? ああ、今大丈夫だ。イデュワはどうだ?』
ギムは、普段と変わらず平然としている。
経験の多さからか、これしきでは全く動じていない。
緊急時では親しみ慣れた戦友の声が、心を和らげてくれる。
『大変だったぞ。あっちの魔導将軍とやらが隕石降らせてきやがった』
『それはすげえな。お前、大丈夫か?』
言葉ではそう言っているが、お前なら大丈夫だろ?、とも言いたそうな口調だ。あの冒険を潜り抜けた仲だ。お互いのレベルは分かっている。キャフなら何とかすると、信頼しているのだろう。
『ああ、魔法が使えるようになったからな。しかしあの魔導将軍、かなり強いぞ』
『お、封印解除されたのか。良かったな。魔法協会の爺さんども良く許したな』
『あいつら、隕石に潰されて死んだよ』
『……そうか』
少し、声のトーンが落ちる。心中、複雑なようだ。キャフに取っては嫌な相手だったとはいえ、国の中枢を担う人物達だ。ギムも多少の面識はあるのだろう。
『それより、そっちの様子は?』
『ああ、サローヌ自治軍は予め準備していたからな、領内には入らせなかったぞ。だが第七師団をはじめ、アルジェオン軍は駄目だな。モンスターが来たら即退散。逃げ足だけは早いぞ、あいつら』
キャフの助言を聞き闘いに備えていたのは、ギムらしい的確な判断だ。アルジェオンにもギムのような人材がいて良かった。しかし予想通り軍は役に立たない。モドナや他の地域の状況がかなり気になる。
『分かる範囲で良いが、他はどうだ? 諜報部隊から情報は?』
『ああ、もちろん。やはりモドナへの道路は閉鎖された。俺達もそこまでは無理だった。残りは旧道沿いに展開しているようだな。一部は旧道を越えた地域まで占領されたようだ』
『そうか』
予想されたとは言え、完全に先手を取られている。
相手の目的が何処にあるのか分からないし、これは長引きそうだ。
『しかも、モンスター混成軍だな。あんなこと出来るのか?』
『こっちにも来てたよ。デカい亀に乗ってた』
『ああ、いたいた。他にも凶暴猿人とかいたぜ。あいつら、いつの間に仲良くなったんだ?』
『さあな』
キャフも気になっていた。モンスターと人間が一緒に闘うなんて聞いた事がない。グタフがそんな装置を作れるとは思わない。あの魔導将軍の仕業か? 疑問は残る。
『とりあえずこんなもんだ。俺の部下も、何人か行方不明になっている』
『分かった。そうなんだ。あいつらモンスターを使っている。モンスター生息域にも少し踏み込んだが動く石像は沢山あったぜ。まだ全貌が掴めない。で、イデュワへの報告は?』
『もちろん、今の時点で伝令を出している今日の夜中か明日の朝には着くだろう』
『それなら良いな』
これで、城にも状況が伝わるだろう。だが今日のイデュワの様子を見るにつけ甚だ不安である。軍も頼りにならなさそうだ。
『それより、お前はどうするんだ? 魔法使えるなら、お前1人で戦局をひっくり返せるだろう?』
『どうすっかな。まだ、分からん』
正直、キャフは国への関与をはかりかねていた。
愛国心もあるし、気持ち的には助けたい。だが目立ち過ぎると、自分を好ましくなく思う人間は追い落とそうとする。更に今は脱獄囚だ。下手をすると訴追される。
本当に面倒なことばかりだ。今あえて表に出る必要は無いかも知れない。
『サローヌに来てくれるなら、それなりの待遇で迎えるぞ。俺の補佐でどうだ』
『がらじゃねえよ』
『いや、お前ならできる』
『考えておこう。じゃあ、また』
『ああ。あ、そうだ。あの息子のシドムがイデュワ大学に合格したんだ』
唐突に、ギムが言う。一緒に旅した、あのシドムか。懐かしくなる。
『おう、良かったな』
『それで、お前んとこで住まわせてもらえんか? 金は心配しなくて良い』
『まあ、戦況が良くなればな』
『そうだな。じゃ』
『ああ』
通魔石を切ると、ドアがノックされた。シーマだ。
「キャフ様、食事の用意ができました。皆様も食堂にいます」
「ああ、分かった」
シーマに促され食堂に向かう。そこでは3人が仲良く話をしていた。
「キャフ師、ここ『陰謀の間』って呼ばれてたんですか?」
「こら、ラドル!」
「だって、こうやってここで食べるの、初めてですニャ」
「まあ、そうだな」
確かに、そんな名で呼ばれていると聞いたことがある。キャフの家にあるこの食堂は、主に来客の接待やグタフら高位の弟子達と食事するのに使う特別な場所だ。
だから下っ端のラドル達には縁遠い。ここで各弟子の評価や他の魔導師達の動向を情報交換し、研究を勧めていた。その点では、陰謀と言われても仕方ないかも知れない。
言われてみれば男ばかり出入りしていたこの食堂で、この3人と食べるのは違和感がある。
やがて給仕達によって、豪勢な食事と飲み物が揃えられた。食器も贈答品でこの地域では珍しい、白地を基調にした磁器だ。鮮やかな紋様や絵が描かれ、結構な値打物と聞く。
キャフによる乾杯の音頭で、飲み食いが始まる。
いつもの弟子達だったらキャフにおもねた魔法学関連の話題をしていたが、彼女達は好き勝手に話が弾み、キャフは蚊帳の外だった。イデュワの観光に行きたいらしい。
「やっぱりスイーツだよね」
「芸能人、御用達の店、知ってルニャ!」
「あ、行きた行きたい〜」
これからどうなるか分からないのに気楽なものだ。
「シーマさん、ワインセラーの保存状態は?」
「万全です」
「やったニャ! ミリナちゃんも飲もうニャ!」
「はい!」
まるでこの家の主かのようにラドルは手慣れている。
「おい、ラドル。あれ高いんだぞ。それに、これで終わりじゃないぞ」
「分かってますニャ。ただ今日ぐらいお祝いしないと、疲れますニャ」
「……そうか」
確かに彼女達も、大変な目に会った。
だから今日ぐらいは良いかと思うキャフであった。
「それで、あの時のキャフ師、どうだったんですか?」
「いや〜、私だけ残ってあげたんですけどニャ、それを知って子供みたいに泣いてましたニャ」
「おい、それ言うな!」
ラドルが酔っ払い始め、旅のきっかけを暴露する。
せっかく魔法使いに戻ったのにこれ以上威厳を落としたくない。
「良いじゃないですか、おかげで私はここに来れたんです」
「そうだぞ、キャフ。私達に会えた方が、あんな裏切る弟子よりよっぽど良かった筈だ」
「……そ、そうだな。あ、ありがとう」
「よっしゃ! ワインきたニャ! 今日は飲むニャ〜!!」
キャフは、この3人に心から感謝した。
こうして、キャフ達の夜はふけていった。
* * *
ここはクムール帝国の帝都シュトロバル宮殿、玉座の間。
魔導将軍イシュトがラインリッヒ三世と謁見している。
「ご苦労。イデュワへの攻撃は成功したかい?」
「それが、残念ながら邪魔が入りました。ダメージは与えたものの壊滅とはいきません」
「君が失敗したのかい、珍しいね。何故?」
「魔導師キャフとやらに、妨害を受けました。なかなかの手練です」
「そうか。鬼武将軍の方は順調らしい。君の作ってくれたモンスター操作器と動く石像で、兵士の被害はほぼ皆無だ。これからの活躍も期待しているよ」
「はっ ありがとうございます」
そう言うと、ラインリッヒ三世は退室した。




