第103話 クムールの魔導将軍
前回のあらすじ
合コンは、始まる前から闘いだ。
(ふう、久々の感覚だな……)
空中浮遊の術で上昇しながらキャフは魔法杖を握りしめ、魔素の充填と術式作動の確認をした。今までの不作動が噓のように、魔法杖は正常に作動している。封印は完全に解除された。過去に取得した術式が全て発動可能だ。不謹慎だが隕石に感謝する。
火、風、空、水、地の魔法五要素に関した高位魔法を、キャフは一通り会得済だ。更に上位の空間魔法もグタフ程では無いが使える。体に蓄えられた魔素も十分みなぎっており、この調子なら大型魔法を何度繰り出しても大丈夫。
(良い眺めだな〜)
浮遊魔法も久しぶりで、緊急事態にも関わらず空の旅を楽しむ余裕もあった。新人訓練は弟子達に任せていたから、最近は魔法発動の機会もない。ラドルに自分の魔法を見せるのも、初めてかも知れない。
浮遊できたばかりの子供の頃はバランスを保つのが難しかった。けれど今ではすっかり体が覚え、自然と浮かび上がれる。風力も持続できるし、この威力なら雲の上まで飛んでいけそうだ。
(それに……)
最近の冒険で体が絞れ、魔法の発動も調子が良い。充実感が違う。やはり人間、適度な有酸素運動が生きるうえで必須である。筋肉は裏切らない。技のかけ方もスマートに効率良くなった。これも怪我の功名と言うやつか。
とにかく今は鬱憤を晴らし、思いっきり暴れてスカッとしたい。
そして目の前には十分過ぎるほどの相手がいた。
(さて、)
準備万端と言ったところで、仕事に取りかかる。まずは、隕石と暗黒雲の除去だ。幾らキャフとはいえ、これだけの大魔法を発動させるのは手間がかかる。魔法杖に魔素を最大限に充填し術式を唱え始めた。
「超防御!!」
するとイデュワの街全体、雲よりも広範囲に、透明な虹色のシールドが屋根のように張られた。イデュワの民目がけて落下する隕石群は、シールドに衝突して粉々に砕け散る。これでひとまず、街の人々の安全は確保できた。
「これ、キャフの魔法か?」
「どうもそうみたいだニャ」
「こりゃ、イキりますわ〜」
3人ともキャフを見上げている。繰り出された魔法の威力に驚くばかりだ。王都全体にシールドをかける魔法なんて聞き覚えが無い。先ほどまで隕石の落下に怯えていた人々も、災難が止んだことに気付き始めた。
「な、何だ? どうした?」
「空を見ろ!」
「屋根が出来ているぞ!」
「助かったぁああ!!」
歓喜の声があちこちから上がる。キャフの光る球体を見て「神様だ!」と崇め祈りを捧げる者もいた。混乱がおさまり秩序を戻し始めた様子が上空にいるキャフからも分かり、ホッとする。
だがキャフの仕事はこれで終わらない。
「超電撃!」
かつてアースドラゴンを倒した大技で、竜の如く空を駆ける幾千もの雷の矢がまだ落ちてくる隕石群を全て消滅させる。空一面に激しい光が乱舞し、3人を含め見上げていた人達は眼が眩んだ。
弓兵を経験して命中率も向上し、百発百中。これも冒険のおかげだ。
「暴風嵐!!」
そして今度は、王都イデュワを包む黒く厚い雲目がけ、台風並みに威力がある嵐をぶつけて雲散霧消させる。相手の分厚い雲は手強いが、今のキャフには敵じゃない。暴風嵐の破壊力の前に黒雲はあっけなく飛び散った。これで青い空が王都に戻った。
「おぉおおお!!!!」
歓喜の輪が一層広がる。
兵士達も包囲を解き喜んでいた。感動で抱き合っている者達もいた。
だが、まだ終わっていなかった。
全てを薙ぎ払うと、上空に魔導師が1人浮かんでいた。
キャフと同様に黒衣の魔導服に身を包み、顔はフードに隠され、表情はようとして知れない。青空に浮かんでいるのに、その魔導師の周辺は闇のような黒さであった。
(こいつか)
ここまでの魔法を繰り出せるのだから、ただ者では無い。
魔導服からは魔素が溢れ出ていて、オーラのごとく光り輝いている。
そしてキャフの魔法を見ても、全く動揺していなかった。
「やるな。わたしの隕石流星雨を止める者がいるとは。アルジェオンにも骨のある奴がいたのだな」
「お前は誰だ!」
「我が名を広める為に、教えてやろう。クムールの魔導将軍、イシュト。そちの名は?」
「アルジェオンの魔導師、キャフ」
「キャフか、じゃあこれはどうかな?」
イシュトの纏う光が強くなり、魔法が発動される。
「多重剣!!」
まるで中国の特撮映画のように、幾万もの無数の刃があらゆる方向からキャフを狙って襲いかかってきた。こんなのを喰らったら確実に死ぬ。
「電撃!」
キャフも負けじと、刀剣にあわせた無数に細い雷撃で全て打ち砕いた。
能力は互角だ。
「何か、凄い闘いしてるニャな?」
「私達とレベルが違い過ぎますね」
上空を見上げ、ラドルとミリナが感心して呟く。
キャフが攻撃をやめると、イシュト周辺の空間が歪み始めた。
「このままやっても決着つかないな。キャフか。覚えておこう。また会おうぞ」
「待て!」
キャフがイシュト目がけ追加攻撃を仕掛けようとしたが、既に彼が消え去った後であった。
(瞬間移動か……)
とにかく戦いは終わり、危機は去った。
キャフは下降して、マジックタワーの前に降り立つ。
喜びに溢れた人々がキャフに周りに集まってくる。
「ありがとうございます!!」
「助かりました!」
人々が、口々にキャフに感謝の言葉を捧げた。
もう完全に、神様扱いだ。跪き祈りを捧げる人もいる。
3人もキャフのもとにやってきた。
「良くやってくれた、キャフ」
「師匠、格好良かったニャ!!」
「イキり師匠なんて言ってすいません。これから存分にイキって下さい」
「いや、まあそんなのは良い」
誰かに感謝されるのは苦手なキャフだ。とりあえず目立たないように家路の地に着こうとする。だが王都を救った英雄を人々が見逃す筈も無く、皆からもみくちゃにされて全く動けない。
「ニャ! ちょっと通してニャ!」
「すいません、触らないで!」
「おい、お前ら、私にくっつくな!」
別な混乱が4人を襲う。
祭りの騒ぎでは無いが、ギュウギュウ詰めは結構キツい。
「悪いな、早く帰るぞ。空中浮遊!」
そう言ってキャフは魔法杖を作動させると、辺り一面に竜巻が生じた。
うろたえる人々をよそに、3人も含めキャフは空を飛んで家に帰っていった。




