第101話 マジックタワー
前回のあらすじ
久々の我が家だ〜 魔導服も懐かしい! と、言ってる場合じゃない!
「こりゃ駄目だな。馬は置いていくか」
「そうだな」
キャフの家を出て分かったが、逃げ惑う人達は予想以上に多い。しかもどんどん増え続けている。普段は人通りが少ない高級住宅地なので、余計に目立つ。でも緊急時なのだから当然だろう。
馬をシーマに任せて再び4人は家を出た。今回は、荷物も最小限で身軽だ。冒険に費やした今までの数ヶ月が、如何に大変であったかを実感する。
マジックタワーは三キロほど先だから、通常なら徒歩でも一時間もかからない。しかしどの道も押し合いへし合いでごった返し、しかも行く先が逆方向のため、道ゆく人達とぶつかりそうになりながら進まねばならない。警察や軍隊は交通整理をしておらず、正にカオスであった。
予想外なことに、クムール兵はいなかった。攻撃はあの黒い雲と隕石だけらしい。そのせいか道ゆく人々の話しぶりを聞くと、天変地異の災害と勘違いしているようだ。
ヒューー、ドッガァアアアンンン!!!
「キャー!!!」
「ウワァアア!!
キャフ達がゆく道の前方に隕石が落ちた。沢山の人が直撃を受け、逃げようとした人達も将棋倒しとなる。人の波に飲まれて悲鳴と怒号が響く。
あちこちに血まみれで倒れている人もいる。助けてやりたいが、ここでミリナが治療魔法を使うと殺到して混乱に拍車がかかるだけだ。何も出来ず忸怩たる思いのキャフ達であったが、心を鬼にして先を急いだ。
「こっちに裏道あるニャよ!」
ラドルが目ざとく小道を見つけ、大通りから離れた。人一人がすれ違えるかどうかの道幅で曲がりくねっているが、確かにこちらの方が混雑が少ない。先ほどよりも遥かに早く辿り着けそうだ。
「お前、こんな道良く知ってるな」
「そりゃ、時々研究棟から抜け出して合コンしてたから…… はニャ!」
師匠であるキャフに思わず口を滑らせたラドルだが、キャフは頓着していないようだ。ただ耳聡いミリナは不敵な笑みを浮かべている。
やや減ったとはい避難する人は多いし、いつ隕石が来るとも分からない。4人とも、はぐれないように注意して歩いて行った。
ようやく、マジックタワーが間近に見え始めた。
やはり幾つか隕石が衝突したようで、壁の一部が崩れボヤ程度の煙が出ている。向こうに見える二羽の白鳥も状況は同じだ。
ただ意外なことに、この三羽の周辺だけは軍隊が警護し、門が固く閉ざされている。
他の場所には軍の展開がないのに、である。
「こいつら、何やってるんだ?」
いぶかしげに、フィカがキャフに尋ねる。
「オレも分からん。王族か司令官の命令かも知れん」
「お前たちはこの辺りで待機していろ。通魔石で連絡をとる」
キャフの指示に従い、ミリナが2人に通魔石を渡す。
「何者だ!」
当然ながら,マジックタワーに入ろうとすると兵士達に止められた。
弓兵や剣士が大勢いる。
「見ての通り、魔導師である。関係者だ」
そう言ってキャフは身分証を見せる。それは実際に本物であり、魔法が使える使えないに関わらず魔法協会に属する人間として、今でもキャフは出入りが可能だ。
「は、どうぞ」
兵士は確認をしてキャフを通した。正面玄関には受付もおらず、上階へ上がる魔素を使ったエレベーターも使用停止であった。仕方なく階段で上がる。あの《賢者の間》の奥に、術式封印を解除する装置がある。この封印を解除させればこの隕石攻撃に対抗できる。
はやる気持ちを抑え、階段を上がる。行交う人はいない。
途中にある窓から見える眼下の街並は、昼間にも関わらず暗い闇の中で浮かび上がる炎が次々と広がり、絶望的で悲惨な光景であった。息切れしそうになるほどに急いで、やっと《賢者の間》がある階に着き重い扉を開ける。
(?)
そこではあの賢者トシェ代表をはじめ、魔法協会の中枢を担う面々が広い会議テーブルを囲って会議をしていた。外の騒ぎと真逆な世界で、まるでここだけあの時に戻ったようだ。
「あんたら、一体何やってるんだ?」
「君こそ何故ここへ? 魔法を剥奪されたのではないか?」
賢者の1人が言う。
「そんな事より一大事だろ! 民への対応はしているのか?」
「当然だ。いま緊急召集して会議中だ」
「だが情報が全く少ない。この現象が魔法であるのか自然現象であるのか、ずっと議論を闘わせていたのだ。過去にこのような魔法が存在したか、文献を調べさせている。自然現象であるかも同様だ」
「バカ、そんな事してる間に皆死んでるんだぞ!」
「我々は高尚な知識人だ。下々の民とは違う」
前からそうだが、とにかく埒があかない。
頭が良いのか悪いのか分からない。
「そんな事よりオレの術式を解除してくれ。あの隕石を止める」
「は? 出来る訳ないだろ」
賢者トシェが、相変わらず人を小馬鹿にした口ぶりで言う。
「この奥に解除装置がある筈だ。国家の危機だ。オレの魔法が役立つならその方が良いだろう?」
「我々だけで可能だよ。君の手を借りるに及ばん」
「既に奴らは、旧道とモンスター生息域を抑えているぞ」
「奴らとは? はて?」
「クムール軍だ」
賢者達がざわつく。
「そんな情報は入っておらん」
「オレが見てきたんだ。魔獣亀の軍団が旧道を封鎖している」
「怪しいな。証拠はあるのかね?」
全く信じてもらえない。何の為に来たのか分からなくなる。キャフも生来短気なところがあり、このような相手に説得できるほど弁が立たない。焦燥する気持ちだけが空回りした。
「では先ほどの続きを始めますか。キャフ導師あなたは退室いた……」
それは賢者の1人が言い終えないうちだった。
ヒューーン ドッガァアアアーーーーンンンンン!!!!!!
ガッシャァアアアーーンンン!!!
眩い光が《賢者の間》に直撃した。隕石だ。
キャフは瞬時に伏せた。冷気を感じて立上がったとき、窓ガラスは粉々に割れ、賢者達は隕石の下敷きになり、全員死亡していた。
(へ?)
この光景も、俄には信じ難かった。
あの死んでも死ななさそうな年寄り達が、今はいない。
ガタガタガタ……
そんな事より床が揺れている。ここも崩れそうだ。
このままでは、キャフの身も危ない。
キャフは試しに、魔法杖を発動させてみる。
魔法杖は久々に輝き、術式が始動した。
(お、できるか?)
長らく待っていた瞬間だ。




