第100話 我が家
前回のあらすじ
やっと脱獄。ヒャッハー!
フィカとミリナの操る馬は、刑務所を抜けて街に出た。
若くて健脚のきれいな栗毛の馬だ。長距離でも問題ないだろう。
刑務所の高い壁では分からなかったが、外に出てみるとイデュワから少し離れた郊外の一画だった。いま馬が走っている先の一山を越えたら、じきイデュワに着く。標高二百メートルも無いなだらかな山だ。この街を訪れた経験はないが、あの山はキャフの家からも見えるのでほどほどに土地勘はある。
街でも魔獣亀やクムール兵達が、破壊と略奪の限りを尽くしていた。
レストランに押し入り、むさぼりくってるクムール兵もいる。
放火されたのか、あちこちで煙が上がっている。
無惨に切り刻まれた死体も、道路に多数打ち捨てられていた。
とにかく無茶苦茶で、一瞬にして無政府状態と化したようだ。
住民達はされるがままで、商店がぶち破られて嘆く店主に同情しても止める輩はいない。
日頃は威張り散らす男達がクムール兵にヘコヘコしてすり寄る様子をみると、生き延びる為にやむを得ないとはいえ、暗讃たる気持ちになる。抵抗勢力もないこの街に留まっても、無駄だろう。二頭は先を急いだ。
「旧道から行くのか?」
一緒に乗るフィカに聞く。
彼女の腰に手を回せるのは役得だが、固い甲冑で何の感触も無いのはお約束である。ただ良い香りがして髪が時々顔にかかり、年甲斐も無くドキドキする。
「いや、既にクムール兵に占拠・閉鎖されて通行止めだ。草原から一山越えるぞ」
「おまえらの宿から、とってくる物はないのか?」
「もう無理だよ。この荷物に入る分だけ持って来て、後は全部捨てた」
確かに旧道の方を見ると、魔獣亀の他に動く石像や他のモンスターも見える。思ったより大人数だ。街を蹂躙する兵士達とあわせると一個大隊分かもしれない。恐らくチグリット河からここまでを占領域にするつもりだろう。
幾らランクが上がったとはいえ、あれだけの人数は相手にできない。
それにモンスターと人間が一緒に闘うなんて聞いた事も無い。
一体どんな仕組みなのか、キャフは疑問に思った。
飛ぶように駆けながら街を出て、馬は草原に入る。
道を走るよりも、生き生きしている。
羊が放し飼いになっているが、世話する人はいない。
駆ける馬を見て、羊達は逃げ惑い避けていた。
3人で予め調べていたのか、特に立ち止まりもせずに小さな山道に入っていった。ここまで逃げて来る人はいないようだ。先ほどまで耳にした犠牲者達の悲鳴や爆発音も聞こえなくなった。
「追っ手はいなさそうだな」
しばらく進み、フィカが馬を止めた。
「どうもクムール軍は、この街より先には行かないようです」
ミリナも馬を止める。
「そのようだな。それより空の様子がおかしくないか?」
キャフは気になっていた。未だ昼間なのに、行く先の方が暗い。
「そうだ。イデュワの方にかかる雲が変なんだ」
「だから行くんだニャ」
当然クムールが何か仕掛けているのだろう。困っている人達もいるだろうし、少しでも戦力の足しになるなら助けに行くべきだ。
「じゃあ、まずオレん家によってくか?」
「え? 未成年を家に連れ込むって犯罪ですよ? 覚悟と準備はしてますけど」
ミリナは、思いっきり誤解している。
「いや、師匠の家、これでも広いから。ミリナちゃんもビックリするニャよ」
「また刑務所は嫌だからな。安心しろ。この山を越えれば近い。ギムに手紙を書いたから、誰かが管理してくれている筈だ」
「じゃあ、そうするか」
フィカも同意する。
話がまとまり、山越えのため再び馬を歩かせる。
道幅は細いが、馬が通れる広さであった。
「私、イデュワは初めてです」
「そうニャんか? とっても綺麗な街ニャよ! ミリナちゃんにお似合いの服も沢山売ってるニャ!」
「楽しみですね」
「しかしアルジェオン軍は、どうした? 助けに来ないのか?」
「分からん。あの街に軍隊は常駐していないから、連絡係が行ってる最中かもな。だがイデュワもどうなっているのか分からんぞ」
「あそこにいるのは精鋭の第一師団だろ? やられはしないだろ」
「まあな。そうすると、イデュワで足止めされているか、あるいは——」
やがて山を越えて下り坂になる。それほど時間はかからないようだ。
ちょうど森の切れ目からイデュワを見下ろせる位置に来た時だった。
「何だ? あれは?」
「白い都が、真っ黒黒すけニャ!」
「ショッピング、無理そうですね……」
ラドルが言うように、王都上空には漆黒の雲が覆い被さり、街は闇に沈んでいる。暗い空の正体だ。
あの雲に何かあるのかも知れない。
そして遠くからでも、光る何かがイデュワに降り注ぎあちこちから火の手が上がっている様子が見えた。
「こりゃ、ヤバそうだな……」
「どうする?」
「いや、どっちにしろ行くしか無いだろう」
馬は、一目散に山を下っていく。
キャフがこの地域に住んで,十年ほど経つだろうか。
もう両親と交流はないし、風の便りで生家から引っ越したと聞く。
だから故郷と呼べる場所はここかもしれない。
たった数ヶ月離れただけではあるが見慣れた風景や空気はキャフの頭に刷り込まれていて、家がある場所までの道筋を簡単に指示できた。
だが予想通り、行く先には障害が多数あった。
漆黒の雲はイデュワに近づくにつれどんどん黒くなり,密度も濃くなっていく。
(?)
ヒューー ドカーーンン!!!
ゴォオオオン!!!
突如、近くに隕石が落下する。
落下地点では爆発が起き、爆風で色んな物が飛んできた。
慌てて馬に鞭を入れ避けるが、隕石は次から次へと降り注いでくる。
「何だ? あれ?」
「クムールの攻撃か?」
「《三羽の白鳥》が、燃えているニャ……」
ラドルの言う通り、未だ遠いから詳細は不明だが、《白い都》の象徴、レスタノイア城とマジックタワー、王国軍参謀本部も隕石の被害を受け赤い炎と煙が見える。王都の人達もあっちの方から逃げて来る人が増え、逆行するキャフ達は通行に難儀した。
とにかく今はまずキャフの家へ急ぐのが先決だ。普段の倍以上の時間がかかり漸く到着してみると、久しぶりに見た我が家にも、隕石が落下したようだ。だが庭先に落ちたので、幸い建物には被害が無い。
「キャフ師、ホントに豪邸ですね」
後からついてきたミリナも、キャフ邸を見て感心した。
キャフは、恐る恐る呼び鈴を押してみた。
まだ隕石は断続的に落下している。
暫くして、通用門がギィイーっと開く。
現れたのは、初老の老人だった。
「どちら様で?」
「ここの主の、魔導師キャフだ」
「ああ、キャフ様ですか。はじめまして。ギム様から管理を仰せつかったシーマと言います。馬もいれますか。さ、どうぞどうぞ」
シーマと言う老人は、正門を開けてくれた。馬に乗って中に入る。隕石の落下箇所をのぞいては、庭も建物も手入れが行き届いていた。
「留守中ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
「着替えて来るから、そっちも用意してまたこの玄関に来てくれ」
「分かった」
キャフは本宅に入る。ラドルの案内で、3人は研究棟へ向かった。
自室に入ると、クローゼットには魔導服が洗濯された状態で置かれていた。
寝ゲロも、綺麗になっている。キャフ特注の魔法杖もその傍らに置かれている。
「キャフ様」
ノックしてシーマが入って来た。
「どうした?」
「ギム様から、これを預かっております。使い方は分かるだろうとの事でした」
そう言われて差し出されたのは、やや大きな通魔石が入った掌大の物だった。
試しに握って、魔素をこめる。
『ギム?』
『お、キャフか? 戻って来たのか?』
『ああ。シーマという執事から、これを貰ったよ』
『おお、そうか。これは通魔石電話と言って、フミ村の発明だ』
『凄いな。因みにそっちはどうだ? イデュワはクムール軍の攻撃を受けている』
『やっぱりそうか! こっちも大変だぜ。モンスターが押し寄せて来た。サローヌは旧街道を境にして何とか護り切れたが、モドナが囲まれたらしい。第七師団も壊滅との情報がある』
やはりクムール軍は、一気に仕掛けたようだ。
モドナが占領され第七師団が壊滅なら、かなりの打撃である。
『まじか。お前はこれからどうする?』
『もちろん援軍に行くところさ。この通魔石電話は、サローヌの諜報部隊にも渡してある。追って連絡する』
『分かった、また何かあったら頼む』
通魔石電話を置き、キャフは久しぶりに魔導師の格好をし、魔法杖を握って魔法の発動を試みた。
「……駄目か」
やはり、封印は解除されず、発動しない。この特注の魔法杖はキャフの能力を最大限に発揮する。弓兵では出来る事が少ない。これが無いとクムール軍に立ち向かえないだろう。とにかく、何とかしなければならない。
「お、師匠、やっぱりこっちが似合うニャンな」
「確かに、格好いいです、あの本にあった通りです」
「ショボい弓兵より、様になってるぞ」
玄関に戻って来た時、既に3人も準備万端で待機していた。
ゴゴーンンン!!!
ドカァアアーン!!!
こうしている中でも、黒雲から隕石が絶え間なく落下している。
「どこへいく?」
「マジックタワーだ」
そうしてキャフ達は《三羽の白鳥》目指し、馬を走らせた。




