意識組み替え遊戯 7
トキオ・シティの大騒動が現実に波及したのは、俺が隠れ家に戻った直後で、事の次第をテレビでよくよく見ることができた。コーラ片手に、リラックスしてだ。
意識麻薬の密売の怒りに燃えるイタリア・マフィアの皆さんが、徹底的に暴力を持って生命倫理援助会を壊滅させた。
俺が提供した情報が反企業勢力の方々の隠れ家、逃走経路、偽装している身分、全てをマフィアに筒抜けにしたので、実に機能的に、処理は行われた。
もちろん、私警の連中も黙っちゃいないが、マフィアの怒りは想像を絶していて、私警もすぐに手出しをやめて、傍観する姿勢になった。メンツよりも命が大事なのは当たり前だ。それにメンツは後からでも整えられるし。
夜明け頃にイタリア・マフィアの活動は収束し、こうして「烈火の夜」とか「怒りの夜」と呼ばれる夜は終わり、トキオ・シティには平和が戻った。
夜明けと同時に、俺を訪ねてきた男がいた。
初めて見る顔だが、ユーリ有機治安警察の警視だと名乗り、連れらしい若者が控えている。俺は平静を装ったが、ユーリがこの隠れ家をどうやって知ったのだろう?
「狭い部屋ですが、どうぞ」
若者は外に残して、男が一人で中に入ってくる。さりげなく様子を見たが、レーザー銃はちゃんと持っている。
メインは外出している。使えない相棒だ。
二人で椅子に座って、向き合った。
「マフィアに渡した情報に、奇妙な点がありますね」
相手はいきなりそう切り出してきた。なるほど、目敏い奴はちゃんといるものだ。
それも織り込み済みではあるが。
「意識麻薬の密造、密売、その管理、その手の奴かな?」
「そうです」男が真面目な顔で頷いた。「あれはシイナ警部補と、取締官として雇用された技術者しか知らない、と我々の調査ではっきりしている。そしてシイナ警部補は死亡して、取締官は意識が混濁して何も覚えていない。あなたはどこでそれを?」
「これですよ」
ぽいっと彼にポケットから取り出した有機記憶装置を放り渡す。彼は素早くそれを掴んだ。
「生命倫理援助会に脅されて、例の取締官の意識を複製したのさ。これはその原本」
「原本?」
「複製の複製を、彼らに渡しておいたんだ。何も渡さないわけにいかなくてね。こうして完全版があるわけで、その中身を取締官へ戻せば、彼の意識は元通りになるはず」
男の顔が強張っているのは、俺の行動が違法づくしだからだろう。
「人が一人救われる、良いじゃないか、それで」
無理矢理に押し切るつもりでそういうと、男が顎を引いた。
「しかし、彼は全てを思い出せば、逮捕される」
「じゃあ、今のままにしておけば良い。お任せするよ、俺はこれでもう関係ない、としよう。あとは彼を煮るなり焼くなり、ご自由に」
男は軽く頭を下げて、有機記憶装置をポケットに入れた。
「これは、私どもの話ではないのですが」
真面目な顔、というより、ほとんど悲愴という顔でその言葉は放たれた。
「あなたのことを、厚生省は保留するそうです」
……やれやれ、ホッとするよ。
「確かに聞いた。チャンネルを用意してもらえるのかな」
「それは彼ら次第ですよ、私どもも知ることはないのです」
立ち上がって、男は頭を下げて部屋を出て行った。俺は玄関まで見送る。と、ちょうどメインが戻ってきて、すれ違った。
「私警だな。逮捕されていないということは、お咎めなしか?」
部屋に入ってメインがそう言ってくるのを、俺は手振りで黙らせ、椅子に座り込んだ。
とりあえず、ユーリは俺を攻撃しないし、生命倫理援助会も壊滅した。イタリア・マフィアには貸しを作れた。
しかし、不自然な点もある。逃がし屋はどういう仕事をしているんだ? この部屋をどうしてユーリに伝える?
いや、違う、ユーリじゃんないんだ。
そうか、逃がし屋は国と関係があるんだな。厚生省の影響で、あの警官の男をメッセンジャーとしてここに入れざるをえなかった。
まったく、複雑なことで。
「安全確認中だが、近いうちに元の生活に戻れるはずだ」
メインが俺の前にコーラの瓶を差し出してくるので、受け取って、栓を抜く。
「生きているっていいなぁ」
思わず呟きつつ、コーラを一口飲む。
瞬間、ガラスが割れて何かが飛び込んでくる。
振り返るより先に、反射的に倒れ込む。
何も起こらない。
顔を上げると、床に野球のボールが転がっていた。
怒りに駆られてボールを掴んで窓際に駆け寄って、下を見る。
二階にある部屋で、地上はすぐそこだ。
しかし誰もいない。
なんだ? 逃げた?
何かがチカッと光った。
見下ろした胸に、赤い小さな光の点。
やられた。
死んだ。
そう思ったが、光が消えて、結局、俺の胸が撃ち抜かれることはなかった。
窓の外をぐるりと見回すが、おかしなところはない。
普通のトキオ・シティの昼前である。
これは警告なのか、それとも別の何かなのか。
どうやら落ち着いて生活できるのは幻想らしい。
「ふざけやがって」
メインがすぐ横に並んでくる。
「刺激的だな」
「他人事だと思っているな?」
俺はボールを彼に押し付け、椅子に戻る途中で、床に転がっているコーラの瓶を拾い上げた。乱暴に腰掛け、瓶に残っていたコーラを飲み干す。
「誰だか知らないが、後悔させてやる」
俺は激しく空き瓶を机に叩きつけるように置いた。
割れた窓から、風が吹き込んできた。
(了)