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意識組み替え遊戯 2

 食事会ははっきり言って、味気なかった。

 トキオ・シティの中心街にあるショッピングモールの中の、「沈黙食堂」で食事をした。この食堂は意識通信に偏ったコンセプトの店で、つまり、誰も口を開かない。いや、食べ物を口に入れる時だけ、開く。

(彼はどうなったのか、気になるね)

(心識は無事だし、意識は今、再構築が進んでいるようよ。助かるでしょ)

(ドライだね)

 シイナが俺の向かいの席で、眉を持ち上げる。しかし無言。

 誰だよ、この店を考えた奴。

 目配せもなく食事が再開され、会話も再開。

(彼とは個人的に関係があった?)

(私の管理下の取締官よ。それだけの関係。しかしどうも、私は失敗したわね)

(失敗?)

 彼女はやっぱりこちらを見ずに、グラタンをやっつけている。俺はといえば、ハンバーグだった。別にこの店が子ども舌を標榜しているわけではない。

(どうも暴走していたみたいね)

 暴走。

(君とは別の二股、三股をかけていた?)

 睨まれた。おぉ、怖い。でもここでは怒鳴れない。

(冗談だよ。職権乱用、ってことでいいか?)

(私もよくは把握していない。これから時間をかけて調べるわ。こちらが彼の銀行口座)

 さっとシイナが手を振ると、俺の意識に情報が流れてきた。彼女の手の動きは特に意味はない、イメージだ。

 ハンバーグを切り分けながら、情報を確認。

(特に変わったところのない金の出入りだけど?)

(こちらが彼の裏口座)

 やれやれ。裏口座がそうあっさりバレていたら、裏口座も何もない。どうも私警の皆さんは、プライバシーがないか、そうでなければ権力か財力で何でも知ることができるようだ。

 念入りにハンバーグを噛みながら、ざっと帳簿を見た。

(ふむ、かなりの額が貯まっている。私警も、もっと休暇や趣味を見つけたらどうだろう?)

(上層部に進言しておくわ。市民からの意見として)

(匿名で頼むよ。それで、この六桁を超える入金の相手は?)

 シイナはこちらを見ずに黙り込んだ。何だ?

 彼女はグラタンの中から小エビを脇へ寄せている。演技だろうけど、本当に真剣な表情なので俺に気づいていない可能性もある。いや、あるか? ないだろう。

(秘密、かな?)

(私は何も言っていないし、聞かなかった)

 そっけないお言葉だこと。ここが分水嶺らしい。

 それ以降は適当な会話に終始して、店の前で別れた。メインはタクシーで送ってやれと言っていたが、その必要はなかった。

 単純な理由で、店の外で体格のいい男が待ち構えていて、その横にはスポーツカーがあった。液体燃料時代の外観だが、電気駆動に改造してあるのだろう。

「またね、アスカ」

 俺は軽く手を振って、その場を離れた。これ見よがしに、スポーツカーが俺の横を走り抜けていった。

 一人でトキオ・シティの夜の街を歩きつつ、考えた。

 ユーリ有機治安警察は、意識麻薬を取り締まろうとしている。これは逆説的に考えれば、意識麻薬に対するアドバンテージを取ろうとしている、とも言える。

 どんな要素があるだろう。ざっくり考えれば、開発、製造、流通、販売、それで一から十までフォローできるはずだ。

 いったい、どこまで噛んでいるんだろう?

 現時点では完璧ではないようだが、かといって、もう無関係ではないのは確定している。取締官が焼却防壁で死にかけたわけで、どこかの誰かは警官を殺すつもりだったことになる。

 今の時代も、警官は身内を殺されるのを激しく嫌う。嫌うというか、許さない。

 私警もその傾向が強い。その上、私警が林立するこのトキオ・シティでは、他の私警より先に下手人を確保したい、という考えが強く働く。

 今頃、シイナの部下たちは駆けずり回っているだろう。

 彼女から直接に聞ければよかったけど、こうなっては実力行使もやむをえない。

 タバコの自販機の前で選ぶふりをしつつ、意識を飛ばす。共有領域に満ち満ちている意思、感情、それらの波の間を高速で走り抜け、ユーリ有機治安警察の捜査員の一人の意識に飛び込んでいた。

 普通の人間の意識に侵入するのはテクニックが必要だし、その上で警官が甘い防壁で自身を守っているわけもない。それは個人的な事情というより、私警のメンツに関わるからだ。

 でも俺はもうその捜査員の意識に潜むことができている。

 その捜査員は、つい昼間に、意識防壁のレクチャーをした相手だった。俺が破壊した意識防壁を改良はしたようだが、俺だったら即座にまるっと別のものにしただろう。

 すでに一度、破った防壁なので、勝手知ったる我が家という感じになった。

 その捜査員が自身の意識の中に溜め込んでいる情報をチェックする。

 半死半生の捜査員の個人情報が出てくるが、軽く流す。誰がやったのかが、今は気になる。私警にも、マスコミにも、意識の共有領域にも、犯行声明はないようだ。

 意識を読み取るのは一瞬で、俺は自分の体を意識した。

 タバコはやめよう。というか、元から吸わない。

 自動販売機の前を離れ、通りを進む。仕方ない、名簿屋に行くことにしよう。

 掠め取った情報によると、反企業勢力が動いているらしい。現代のマフィア、と呼べばいいだろうか。それもトキオ・シティ特有の、実に不自然な集団である。

 街を六企業が仕切り始め、その傘下の私警が治安を守るようになると、それらに縛られることを嫌う武装集団が登場した。いつからか、反企業勢力と呼ばれた彼らは、その背景が俺にはよく理解できない。

 彼らは利益を追求している、とも思えない。そもそも利益を破壊することが目的にも見える。

 ではどこから活動資金が入ってくるか。噂はいろいろあるが、どうやらどこかの国家、もしくは政府関係の団体が、暗躍しているという。

 トキオ・シティは世界最先端に近い高度な意識関連技術の粋が結集した街だ。

 それが日本にありながら、日本政府がほとんど介入できていない。警察権力が及ばないのがそれを如実に証明している。その宙ぶらりんな街を支配したい連中は、さぞかし大勢いることだろう。

 しかし、反企業勢力か。俺もあまり関わりたくはないが……。

 何かが足元に転がってきたのは、その時だった。

 無意識に視線を向けると、サッカーボールほどの球体だ。青い光がチカチカと瞬く。

 青が、赤に変わる。

 はっきり言って、自分の瞬発力にこの時ほど感謝したことはない。

 俺は即座に適当な方向にその球体を蹴り飛ばした。かなりの勢いで飛んだそれが通りに面したブティックの窓をぶち割って、中に飛び込む。

 爆発、轟音、振動。

 もちろん俺は地面に伏せている。

 埃と煙が立ち込める中、起き上がって逃げる。煙から脱して、思わず咳き込みつつ、服の埃を払う。

 くそ、酷いことをする奴がいるな。

 自走式爆弾のカタログで見たことがあったので、瞬間的に意識を割り込ませ、爆発を遅らせることができた。それが爆弾だとわからなかったら、今頃、俺はバラバラの挽肉になって地面に散らばっていただろう。

(運が良い奴だな)

 意識に通信が割り込んだ。メインの声だ。

(見ていたのか?)

(いや、後から防犯カメラをチェックした。その情報は破損させてある)

 とりあえず、俺が生きているということを、正体不明の相手はすぐには把握できないらしい。

(どこで俺は網に引っかかった?)

(例の警官に監視が付いていたようだ。あの店から出た後、お前を追尾したものがいる)

 シイナか、彼女は無事なのだろうか?

(あの女は無事だよ。安心しろ)

(ホッとしたよ。俺が彼女をタクシーで送って行ったら、こんなこともなかった)

(どうかな、二人同時に消し飛んだかもしれない)

 どういうことだ?

(彼女も攻撃された?)

(つい数分前に、対戦車ロケット砲が打ち込まれたな)

 おいおい、穏やかじゃないな。

(車は横転したが、死人はない。彼女も運転手も病院だが、命に別条はない)

(あの車はボンドカーか何かだったのか?)

(あの車の出処は、今、調べている。普通の車じゃないな)

 当たり前だ。対戦車ロケットの攻撃に耐える車なんて、世界を探しても極めて珍しい。

 こうなってはシイナの立場が気になる。私警の警部補が乗る車ではない。あの男が重要人物なのか? 自分で車を運転する要人なんて、いるのか?

 救急車のサイレン、パトカーのサイレンから遠ざかるように、俺は通りを進み、そのまま本来の目的地にたどり着いた。インディアンストリート、と呼ばれる、インド系の住民が密集している地帯だ。

 時間は深夜なので、ほとんど人通りはないが、開いている店もある。二十四時間営業の食料品店。詳しくは知らないが、ヒンズー教徒が利用するんだろう。

 その店に入り、店員に向けてこめかみを人差し指で叩いてみせる。彼が頷いて、複雑な身振りをする。インド系の技術者が扱う符丁。それが示すパスワードで、意識を閉鎖領域にログインさせた。

 前方にさっきの店員の巨大な頭が浮かぶ。そんなものは見ていたくないので、二重思考モードに切り替え、現実の俺は店舗の食料品を眺める。未だに、ヒンズー教徒が牛を食べないのか、豚を食べないのか、わからない。

(こんな時間に何の用だい?)

(名簿業者をやっている奴がいたよな。名前は、シヴァ)

(それは通り名だが、確かに、いる)

 棚にあったクッキーを手に取る。

(すぐに接触したい)

(時間がわかっているのか? もう寝る時間だよ。子どもじゃなくてもな)

(急ぎだよ。早くしないと、この店に自走式爆弾が押し寄せるぜ)

 レジに行くと、店員が無表情にこちらを見てくる。

(私も事情には通じている。あの騒動は旦那が原因か)

(巻き込まれただけさ)

(私も巻き込まれるのかな)

 会計を済ませて、クッキーをそのまま受け取り、店員がレシートを渡してきて、それも受け取る。

「毎度あり」

 外に出て、インディアンストリートをさらに奥へ。

 目当ての店は雑居ビルの二階だ。インド人とは縁もゆかりもないような、ダーツバーだ。だけど、今は開いていない。営業意欲は皆無である。

 階段を上った先のドアは、もちろん、閉まっている。

 インターホンは最新型の接触式端末で、会員制であることを示している。俺は会員にはなっていない。以前、断られた。余計な接点は持ちたくない、という意図だろうし、結構、いろんな店でそういう態度を取られる。

 因果な商売だ。

 その端末に、俺はレシートを押し付けた。

 小さな電子音がして、ドアが開く。やれやれ。

 中に入ると、若い男が一人でダーツに興じていた。こちらを見もせず、矢を投げている。

(騒がしい夜だな)

 低い声が意識に飛び込んでくる。俺はカウンターの席に座る。

(その騒がしさの中心がやってきたんだよ)

(お前はいつもそうだよ。何が欲しい?)

(反企業勢力の名簿)

 素早く矢を投げる男は、わずかに動揺したのが、矢が刺さった場所でわかる。

(連中の名簿は高いぜ)

(月賦で払うよ)

 男がダーツを中断し、こちらへやってくる。

 男の頬に深い傷跡があるのが見えた。腕まくりしているその腕には銃槍の痕跡がいくつか見える。ただ、雰囲気は柔らかいし、穏やかだ。

(名簿は膨大だ。少し的を絞ってくれ)

 なるほど。

 俺が黙っているうちに、男がカウンターの内側に入り、俺の前にウイスキーを注いだグラスを差し出す。

(俺は酒はやらない)

(脳みそが破壊されると思っているのか?)

(未成年だ)

 男が口笛を吹き、グラスを自分で持ち上げると優雅ともいえる動作で口をつけた。

 俺は二つの組織の名前を挙げ、男はどこかを見据えた後、頷いた。

(用意に時間がかかりそうだ。明日、また来てくれ)

(この時間帯か?)

(早朝でもいいさ。伝手はあるが、手元にないんでね)

 よし、これで一歩、先へ進めそうだ。

(手付金を払っておく)

 意識の通信で仮想通貨で支払いをして、外へ出ようとすると男が呼び止めてきた。

(もらいすぎだよ。これをおまけで渡しておく)

 投げ渡されたのは棚から取り出したウイスキーの瓶だった。それも日本で国産のウイスキーが底をついた時期に作られた、希少な銘柄だ。

(こんなものを渡されると、不安になるな。転売もできない)

(部屋に飾っておけよ)

 俺は頷いて、店を出た。

(私警の動きを把握しておいた)

 メインからの通信。意識にトキオ・シティの俯瞰した地図が浮かび、すぐに全てを把握できた。メインも俺のやり口をよくわかっている。ちょうど、警察の検問をすべてすり抜けて帰る道筋を知りたかったところだ。

(自走式爆弾の情報を渡しておく。明日までに調べてくれ)

 俺は瞬間的に記憶していた視覚映像の静止画を作り、メインに送り返す。

(とりあえず、お前を追っているものはいないようだ。迎えに行ったほうがいいか?)

(いや、大丈夫さ。少し考え事をしたい。明日の朝、来てくれよ)

(気をつけろよ。言ってみれば、お前はキルゾーンに入っているぞ)

 そうかい。まぁ、初めてじゃないし、珍しくもない。

 そのまま俺は夜の街を歩き回って、私警が総出でやっている検問を次々と回避し、監視ドロイドさえもやり過ごし、部屋を取っているホテルに戻った。偽名で登録しているので、追跡もないだろうが、ここで部屋を借りるのも今日までだ。

 受付に声をかけると、訝しげな目で見られた。それもそうか、俺はボロボロに汚れているわけだし。

 適当にごまかして部屋に帰り、シャワーを浴びて、やっと一息ついた。

 しげしげともらったウイスキーの瓶を眺め、それとなく机の上に置いて、また眺めた。

 はてさて、この事態を、どう収めていくべきか。

 ベッドに横になると、意外に早く眠れた。





(続く)

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