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意識組み替え遊戯 1

 意識と呼ばれる、精神の一部に情報が干渉する技術は、もう誰も手放せるものではない。

 外部の装置との連結による超高速の計算力、記憶の外部化がもたらす無限に近い記憶容量。

 そして、精神の共有による音声、映像以上の、意思疎通。

(諸君も大学くらいは出ているだろうから、ある程度の意識言語を把握していると思う)

 今、俺の意識が滞在している共有領域には、四人の男女がいた。全員が私服だが、ここは現実ではないので、自在に服装なんて変えられる。腕がある奴は、顔や体格さえも変えるが、今はその必要もない。

(まずは自分の意識防壁を外部展開してみようか。つまり、閉鎖モードにしろ、ってことだ)

 四人がわずかに身じろぎしたり、腕を上げたりして、直後、それぞれの周囲にぐるりと光の輪ができあがった。よく見なくても、その光の輪になっているのは、無数の言語の羅列である。

 人間が精神を、共有可能な「意識」と、絶対不可侵の「心識」に分離した時、自然と意識、そして心識を守る必要が生じた。

 なにせ、人間は罪の意識とやらを持っているはずが、罪を犯さない奴はいない。

 そんな経緯で、結局、精神の一部を他人と共有できる一方で、他人から守る必要がある、というお約束の、逆転現象的な展開になったのだが、意識の研究の中で意識言語、そして意識防壁が生まれていったのだった。

 今、四人の周囲にあるのは、意識防壁を、意識共有領域の中で、視覚化しているわけで、この意識防壁は現実では見ることはできない。意識をモニターすれば、文字、数字、記号の羅列で読み取れるが。

(あんたたち、それでもトキオ・シティの私警か?)

 俺は一人に歩み寄り、軽く意識防壁に触れてやる。

 一ナノセカンドで解読、破壊。光の輪が粉々になって消えた。

 相手は驚いているから、俺は丁寧に指示してやる。

(俺の防壁に同じことをやってみな)

 俺も意識防壁を視覚化した。俺の周りを一つの輪が回る。

 意識防壁を破壊された男性が、鬼の形相で俺の防壁に触れる。

 ピタリ、と相手が動きを止めてしまい、彼の仲間の三人が不審げな顔になる。

 その三人が見ている前で、彼が掴んでいる俺の意識言語が解け、するすると男に巻きつき、完全に俺から分離した。

(これが意識支配のお手本。見たことないか? まぁ、ないか)

 瞠目した三人は言葉を失っているので、俺はパチンと指を鳴らす。

 男を取り巻いていた光の羅列が消失、がくりと男が崩れ落ちそうになり、持ちこたえる。ガッツは認めるが、お前はもう死んでいる、って感じかな。

(意識支配はマインド・ハッカーの常套手段だが、もちろん、こんなにうまくいかない。こいつは先に俺が意識防壁を破壊していたから、痴態を晒したわけだ。ではみなさんに、巧妙な意識防壁を教えることにしましょう)

(アスカ)

 空間に声が響いた。四人の生徒たちではない。女性の声、ちょっと魅惑的な口調だが、どこか切羽詰まっている。

(お客さんだ。諸君、自分たちで試行錯誤して時間を潰してくれ)

 一瞬で意識を共有領域から離脱させ、現実に戻る。

 目を開くと、少し明りが眩しい。意識領域に全意識を振り向けると、この現実の光を一時的に、強すぎるほどに強く感じる。

 小さな会議室で、円卓に俺を含めて五人が向かっている。俺以外の四人は、今もこの部屋に設置された意識加速装置の中で、意識防壁をいじっているはずだ。

 部屋のドアの方を見ると、女性が立っていた。背広を着ている。古風なメガネをかけていて、その向こうの瞳に、警戒の色。

 別に俺もそんな強面じゃないけど。

「なんですか? シイナさん」

 女性、ユーリ有機治安警察の警部補であり、今の俺の雇い主のシイナが、身振りで外を示す。仕方ないので席を立つと、俺を待たずにシイナが通路へ行ってしまう。ついてこいってことか。

 ずんずん先へ行ってしまうので、小走りで横に並ぶ。

「どうしたんです? 食事なら仕事の後にしてくださいよ」

「うちの捜査員が意識不明になった」

 それはまた、穏やかじゃないな。

「現場はどこです? というより、俺とどういう関係が?」

「あなたを雇う時、履歴書を見たことを思い出してね。えっと、意識把握特別技能者証、持っているわよね」

 その長ったらしい名前の資格は、確かに取得していた。

 仕事に必要というより、箔をつけるため、もしくは言い訳のためだ。その資格試験を通る程度の技は、とっくの昔に身につけていて、実際に使ってもいた。

 違法だったけど。

「確かに持ってますよ。でもどういう資格だったかな、思い出せない」

 厄介ごとの匂いがプンプンするので、俺としては知らん顔をして逃げたかった。

 当然、シイナがそうはさせない。

「あの資格は意識喪失者のサルベージが許されるはず。そうよね?」

「そんな気もしますね、記憶が曖昧ですが」

「現場に着けばそうも言えないわよ」

 通路の先のエレベータで一つ上の階、地下二階へ移動。

 ドアが開くと、複数の捜査員、警官たちがウロウロしている。シイナに連れられて、その間を抜けると、開けっ放しのドアの奥へ。

 白衣を着た男女が、床に寝かされた男性に声かけをしているが、何の反応もない。

「専門家を連れてきたから、場所を空けて」

 俺も専門家じゃないけど、言い訳をしている場合でもない。

 白衣の女性が立ち上がったので、入れ替わりに俺が屈み込んだ。

 意識不明の男性。年齢は三十代だろう。中肉中背。口に少し泡が残っている。体は突っ張った状態のままで、触らなくても強張っているのがわかる。

「意識が共有領域から切断不能だ」医者だろう白衣の男性が教えてくれる。「何者かの意識防壁が現在進行形で、彼の意識を焼き払っている。その防壁のために、切断手続きが取れない」

 さっきレクチャーしていたようなことを、実演するしかないらしい。

 俺は男性の瞳を覗き込む。焦点が合っていない。時折、ピクピクと眼球が動く。

 死にはしないだろう、今なら。

「やりますよ、やれば良いんでしょ。まったく」

 俺は立ち上がり、男性が座っていただろう椅子が倒れているのをまたいで、デスクの上の端末の接触型端子に手を置いた。

 意識に何かが触れてくる。チリチリするような感覚。

 意識の中に巨大な情報体が感じ取れる。いや、情報体ではなく、焼却防壁と呼ばれる、意識攻撃用の意識構造物だった。

(メイン、聞こえているか?)

(なんだ?)

 相棒の声が俺の意識に流れ込んでくる。

(意識上記憶体の三番を、公共端末でこちらに転送してくれ)

(三番? 「獄の炎」をか?)

(なるべく早く頼む)

 俺は端子から手を離し、シイナに声をかける。

「人間の意識を保存できる有機記憶装置が欲しい。急いだ方がいいぜ」

 シイナが医者を見ると、医者が駆け足で外へ出て行った。

「コーラ、ある?」

 誰にともなく聞いてみたけど、返事はない。なんだ、冗談くらい、良いじゃないか。

(アスカ)相棒のメインの意識が届く。(準備ができた。そちらは?)

(今、到着さ)

 医者が汗をかきながら走って戻ってくる。その手には、ガラスの容器に入った脳みそのようなものがある。上等、上等。

 受け取って、その容器の端子と有線で、デスクの端末を繋げる。

(いいぞ、メイン。送ってくれ)

 俺はもう一度、接触型端子に手を触れる。

(三、二、一、今)

 首筋に熱を感じると同時に、意識に巨大な情報構造体が転送されてきた。

 それを意識の目の前にある焼却防壁に叩きつける。

 一瞬だった。意識構造物は、俺がぶつけた破壊防壁の強力な一撃で、崩壊した。

 ただ、同時に卒倒している男の意識も、輪郭を失い、崩壊を始める。

 すでに焼却防壁に半ば取り込まれ、破壊されていたところへ、俺がトドメを刺したようなものだ。

 これでは俺が殺人犯になってしまう。

 俺の意識が消え行く男の意識の中枢に接続、強引に俺の個人的な共有領域へ取り込む。

 心識はどうやら無事で、意識の損傷が重大だな、と見て取りつつ、休む間もなく崩壊していく焼却防壁の残骸の中から、男の意識の断片を次々とピックアップ。

 人間の精神の情報量は、人間の創作物である映像などとは比べ物にならないほど巨大だ。

 その莫大な情報を俺の設定した共有領域から、今度は医者が用意した有機記憶装置へ流し込むことで、共有領域のパンクを回避。くそ、有線のケーブルが安物で、速度が出ないな。

 即座に予備の共有領域も起動し、そこも使う。そんなことをしながらも、意識の断片が今は無造作に蓄積され、結局は情報は雪崩のように増えていく。

「ケーブル、もっとマシな奴、ないのか?」

 現実に注意を向けてみると、その場の全員がこちらを見ている。

 いや、見続けていたわけではなく、俺の意識が超高速で回転しているために時間の感覚がずれていて、彼らからすればほんの一瞬だろう。

 俺の言葉に、医者と看護師が部屋を飛び出していく。

 もう一度、意識に集中。

 おおよその情報のサルベージは終わりつつあるが、予備の共有領域も埋まりそうで、今度は仕方ないので、民間の仮想共有領域提供サービスを、上得意へのサービスで即座に借り受け、そこも利用。

 現実では看護師がケーブルを持ってきた。

 有機記憶装置もよく考えられたもので、使用中にケーブルを切り替えられるように、端子が同じ規格のものが四つも付いている。

 こうして超高速通信ケーブルで、端末と繋ぎ合わせる。よしよし、共有領域からの受け渡しがスムーズになった。仮想共有領域は解除し、予備の共有領域も余裕ができた。

「とりあえず」シイナを見る。「おおよそはサルベージしたけど、意識の再構築も俺がやるってこと?」

「いえ、それは、専門のものがやります」

 かすかにシイナが笑みを見せる。やれやれ、俺だってこれが専門じゃないけどな。

 俺の共有領域から男の意識の断片情報をすべて有機記憶装置に移して、やっと俺は接触型端子から手を離した。時間にして、最初から最後までで、五分程度だろう。

 倒れたままの男を見ると、こわばりは解けて、見開かれていた瞼も閉じている。呼吸も正常に見えた。死なないとは、運が良い奴だ。

 自分の仕事の出来栄えを見るために有機記憶装置に接続。男の心識から意識のかけらまで、全てここにあるわけで、つまり男の体は抜け殻だが、現代科学では、もう一度、男の精神を戻せる。今の肉体は、脳死に近いかもしれないけど。

 有機記憶装置と男の肉体のリンク状態に問題がないのを二回、三回と確認し、やっと安心できる。

 医者に記憶装置を渡して、その時にはストレッチャーが来たので、男の体がそこへ持ち上げられ、どこかへ運ばれていった。

「ありがとう、アスカ、助かったわ」

「報酬に上乗せしてもらいますよ」

 わざと大仰に、周囲を見回してみせる。

「ここは何の部屋? 彼一人しかいないようだけど」

「他言無用よ」

 俺も信用されたものだ。信用を無下にするのも、挑戦的だろうか。

「良いだろう、黙っている」

「ここは意識麻薬課の詰所よ」

「意識麻薬? なんだ、私警の連中は興味がないと思っていた」

 ここ半年ほど、世間を賑わせているものが、意識麻薬だった。

 意識の開発と発展により、意識に作用する麻薬が登場したのは、もう何年も前のものだ。ただし、その麻薬は、現実世界で肉体で摂取し、肉体に影響を与えることでその肉体に宿る精神に変容をもたらす、という形だった。つまり、普通の麻薬に近い。

 今の意識麻薬は、驚くべきことに、肉体で摂取するのではなく、情報として意識に刷り込み、意識を直接、改変する。

 なので通常の麻薬が肉体を破壊するのに対し、新型の意識麻薬は一切、肉体を傷つけないらしい。

 俺もちょっと調べたことがあるが、精神と肉体は絶対に切り離せない性質上、その相関関係から、意識麻薬も肉体へ副作用をわずかに起こす、というのが俺の見解だ。複数の研究資料などを当たって、そう考えるのが妥当ということ。

「意識麻薬課はまだ試運転よ」

 シイナが笑みを見せる。もう部屋からは医者も看護師も、他の警官たちもいなくなっていた。

「試運転で、一人が半殺しにされている」

「耳に痛いわね。さっき、食事の話をしていたけど、あれ、本気?」

 急な話題の転換だが、ついていくのもやぶさかではない。

「本気も本気。俺は二人きりでも、三人でも良いよ」

「三人?」

「俺の相棒がいる」

 シイナが顔をしかめる。

「なら二人がいいわね」

「メインはいい奴だよ」

「好き嫌いじゃなくて、機密保持の問題」

 なんだ、そういうことか。ビジネスなんだろう。

 こうして俺はシイナと今夜、会う約束をして、その部屋を出た。シイナがどうするかと思ったら、端末の接触型端子に触れていたので、事態を把握しようとしているんだろう。

 俺は例の会議室へ戻ったが、すでに誰もいなかった。時計を見ると、決められた時間を過ぎている。なんとなく共有領域を確認したら、意識防壁の罠があって、平然と中和させたが、素人なら無事じゃない激しさだった。

 私警の連中め、法律を知らないのか?

 仕方なく一人で地上へ戻り、受付で入館証を返却し、外へ出た。

「面倒ごとに首を突っ込んでいる?」

 ユーリ有機保安警察の建物の前に、自転車にまたがって相棒のメインが待っていた。

「首を突っ込んだというより、巻き込まれた感じだな」

「楽しそうだね」

「美人と食事の約束ができてね。お前は蚊帳の外だ」

「私警と親しくする気にはなれないよ。食事に行くなら、着替えた方がいい」

 俺はメインの自転車の後ろに飛び乗り、メインは素早く漕ぎ始めた。

「ユーリには意識麻薬を取り締まる部署があるらしい」

 メインに話してみると、彼はそれほど驚いてない。

「いずれはきっちり規制すると思っているが、どれほどの力の入れようだった?」

「それを食事で聞いてみるんだ」

「きっちり情報を集めてくるといい」

 自転車は大きな建物の前で停車した。トキオ・シティは地震対策で高層ビルは極めて少ない。目の前にある建物は八階建てくらいだが、ランドマークとも言える。

 有名ホテルのトキオ・シティの旗艦店だ。

「帰りは迎えに来なくていいぞ」

 中に入る前にメインに声をかけると、

「彼女を送ってやればいい」

 と、言われてしまった。

「お前がそういう男気を持っているとは、初めて知ったよ」

「常識だ」

 なるほどね。






(続く)

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