File1―7 暴龍を飼う少女 〜死闘と死逃〜
〜レフト・ジョーカー〜
俺達は洞窟の近くにまで辿り着いた。
俺は探偵道具『普通の双眼鏡』を用いて洞窟の周辺を覗き見る。
この双眼鏡、ちょっとアンティークっぽくてデザインが超イカすのだ。ハードボイルドな俺に似合った渋くてカッコいい双眼鏡だ。ちなみにお値段二万ウィル。高かった。
「……おいおい、多すぎだろ」
俺は双眼鏡から見える景色に舌打ちした。
数えた所、モヒカン九人、黒ローブ一〇人に鎧を纏った奴らが九人。その内、強そうなのがモヒカン、黒ローブ、鎧にそれぞれ一人ずつ。
「……しゃーねぇ。アレ使うか」
俺は懐から青いシェイクボトルを取り出し、振った。
イラはそのボトルを見て聞いてきた。
「そのボトル、何の効果があるんです?」
俺はその問いに笑って答えた。
「ドッゴーン、ってブッ飛ぶぜ」
****
〜『魔王の道』モヒカン部リーダー ガガール〜
俺はモヒカン部のリーダー、ガガール。
ボスでありカシラであるニュエルに恐れ、強制的に従わせられている。
だが、俺は今の自分の境遇を哀れんだりはしていない。案外、強い誰かの下っ端ってのも悪くない。
それに俺は半端者、と唾棄される事もある人間族だ。人間族は基本的に一部のバケモン以外は戦闘とかには向いてないのさ。
俺は自慢のパリッと仕上げたモヒカンを整えながら口笛を吹いた。
すると。
「やぁ、モヒカンボーイ共に黒ローブさん共に鎧ピッグ共。ブッ飛ばされたくなけりゃ、その道開けな」
と、ソフト帽を眼深に被る若い男の声が響いた。
どこかカッコつけているような鼻につく声音は、タダでさえ低い俺達の沸点に火をつけた。
俺達総勢二八名は揃いも揃って現れた男に罵声を浴びせた。
「お前がカシラの言ってた探偵か!?」
「カッコつけてんじゃねーよ!」
「お前みたいなガキが、お門違いなんだよ!」
「ママのおっぱいでもしゃぶって寝てやがれ!」
「殺すぞゴラァ!?」
「オデ……オマエ……クウ……」
……一人変なのが混じっていたが気にしない。
その変なのは鎧部のリーダー、グズリーンだろう。人の肉が大好物という珍しい地人族。気が狂っている、と言い替えてもいい。
「ま、そーいう訳だ。アンタ、まだこれから先が長いんだ。ここに近づくんじゃねぇぞ」
俺は皆の罵声が止む頃を見計らい、締めるようにそう探偵に言った。同じ人間族のよしみだ。忠告して素直に帰ってくれれば、俺も探偵の命は取らないつもりだった。
だがしかし、探偵は不敵に笑い。
「……忠告してやったのに、馬鹿な奴らだ」
そう言うと、探偵は手に持っていた青いボトルのキャップを回した。
血の気の盛んな俺達は、探偵のその言葉ですぐにブチ切れた。もちろん、俺もだ。
「よし……こっちこそ、忠告はしてやったんだ……。殺れぇ! 殺して晒して剥ぎ取るぞテメェらァ!!!」
俺は部下の皆の者に号令をかけた。
その発破を合図に皆が一斉に探偵に飛びかかる。
だが、探偵は笑ったまま持っていた青いボトルを地面に叩きつけて、割った。
「『シェイクボトルシリーズ002︰戦車ボトル』」
すると――割れたボトルから、青い大きな戦車が現れた。
戦車。それは【機人族】の国『機械帝国』の特産品でもある兵器だ。俺も実物を目にするのは初めて。
キャタピラで走行するその兵器は、どんな悪路も乗り越えて破壊力抜群の砲弾を敵目掛けて撃ち込んでくるらしい。
そんなモンを何故、一介の私立探偵が持ってやがる――!?
「ブッ飛べ」
探偵はそう笑いながら俺達に開いた手を伸ばす。
それを合図に、青い戦車は真っ直ぐ俺達に走行してきて――そして、一発の砲弾を撃ってきた。
「――逃げろ」
俺はそう叫んだ。
だが、それを言い終える前に砲弾が俺達近くの地面に着弾し――大爆発が起こった。
――俺達総勢二八名は、探偵の宣言通りに高く高くブッ飛んだ。
****
〜レフト・ジョーカー〜
「だから忠告してやったのに」
俺はそう笑う。
俺が使ったのは『シェイクボトルシリーズ002︰戦車ボトル』だ。
青色のそのボトルは、性能と威力とお手軽さ故にかなり高価で希少品。ぶっちゃけ使いたくなかった。
しかし、いくら世界一のハードボイルド探偵な俺でも二八人の男共を纏めて相手するのは骨が折れる。だから、纏めてブッ飛ばしたってわけだ。
「……あらら、もう時間切れか」
青い戦車は俺の真横で、氷が溶けるように融解し地面に染み込んでいった。ちなみに、効果が切れてこのようにして溶けてしまえばもうただの水なので、環境に特に害はない。環境の事もよく考えて作られている、素晴らしい魔法道具である。コストに目を瞑れば、の話だが。
タダでさえ高いコストに加え、戦車ボトルは効果時間が短いのだ。ぶっちゃけコスパ悪い。
「さて……洞窟入るぞ、イラ」
「……は、はい」
俺はイラを背で庇うようにしながら洞窟の中に足を踏み入れた。
中にはロウソクや松明が何本も灯してあり、とても明るい。だが、この明るさではここに生息するコウモリとかは大変な目にあっているのだろう。
しばらく歩くと、カツン、カツン……と足音が響いてきた。
その数、二人分。
「……わざわざお出迎えありがとさん」
俺はソフト帽を被り直し、そう微笑を浮かべながら言った。
イラはガチガチに緊張していて、会話どころじゃなさそうだ。
目の前には、白髪碧眼の俺と同じくらいの背の種族不明の男が一人と、緑色の長い髪と尖った耳を持つ、整った容貌のスレンダーな森人族の女が一人。
女の首には首輪が巻きついており、男との主従関係を感じさせる。
「お待ちしておりました、探偵様」
女の方が礼儀正しくぺこり、と頭を下げる。
俺とイラもそれに倣って会釈した。……会釈する必要ねーけど。
「なぁ、探偵共。アンタが俺の子分共、全員殺ったのか?」
男の方が俺にそう聞いてきた。
だが、その声音は怒りに震えているという風ではなく、何かを楽しむようなそんな声音だった。
「……殺しちゃいねぇよ。気絶してるだけだ」
戦車の砲撃を食らわせたと言っても、爆風で吹き飛ばしただけだ。酷くても精々骨折や火傷を負ったくらいだろう。
「……あらそう。つまんねぇ」
だが、目の前の男はそれを聞くとつまらなさそうに目の前にあった小石を俺に向けて蹴飛ばした。
俺はその小石を払い除けながら、顔を顰めた。
そして俺は苦言を呈す。
「おい。仲間じゃねーのかよ」
「お前はチェスで歩兵一つの犠牲を嘆くのか?」
……しかし。男は、さも当然のようにそう言い放った。
コイツ……自分の仲間を、チェスのコマと同義にしか見てないのか?
「……人とチェスのコマは違ぇだろ?」
「同じなんだよ、俺にとっちゃ。この世界は、俺とウィンニュイ以外は皆チェスのコマと変わらない」
そう言うと男はウィンニュイ、と呼ばれた森人族の女の肩に手を乗せた。
そして、男は懐からどろりとした真っ赤な液体が入った瓶を取り出した。
男はその瓶の栓を抜き、中身を全て飲み干す。
「……何だよそれ。酒か?」
俺はブドウなどから作る酒を思い出した。
……だが、多分違う。ワインにしては、粘っこく赤すぎる。
……何となく、わかっていた。
「……ワイン、じゃねぇよな」
「何だよ、わかってんじゃん。正解だ。コイツは血だ。『洞窟猿』の生き血。今朝絞りたてのフレッシュな生き血だ」
男は瓶の中の生き血を全て飲み干した。
生き血を新鮮な状態でストックできる特性から見て、あの瓶は恐らく、俺の探偵道具の一部と同じ魔法道具なのだろう。
「生き血を啜る悪魔……お前の種族は【吸血族】だな?」
俺は男を指してそう言った。
男は正解だ、と告げる代わりに頷いた。
……【吸血族】。固形物は基本的に食わず、生物の生き血のみで生きる種族。鋭い牙が特徴的で、基本的に吸血族はどいつもこいつも太陽光は苦手。己の中の魔力と太陽光の相性が悪いためだ。
「さ、やるか?」
男はそう言うと、己の牙で右の手を傷つけ、血を溢れ出させた。ダクダクと溶岩のように流れ出る己の血を、男はその碧眼で睨みつけた。睨みつけたその時、男の碧眼が一瞬、赤絵の具を水面に一滴落とした時のように赤く染まった。
すると、男の手から溢れ出した血が男の手の中に収束していき――やがて一振りの真っ赤な血のナイフになった。
【血操】。
森人族の【魔法】、地人族の【超怪力】を例にする種族固有能力だが……吸血族が持つのは、【血操】と呼ばれる能力だ。
文字通り、血を意のままに操り、武器にしたり鎧にしたりと自由自在に操れる。それは自分の血だけに限らず、訓練次第ではどんな生物の血でも操れるらしい。
悪趣味な能力だ。
「俺達は戦いに来たんじゃねぇ。この女の子のペットを取り戻しに来たのさ」
俺は相手を刺激しないようにそうなだめるように言った。
男は血のナイフをクルクルと回しながら聞いてきた。
「へぇ〜。どんなの?」
「……暴龍。タイラントの幼体だ」
俺はソフト帽を眼深に被りながら、男を睨みつけた。
男はその俺の目を見て、口が裂けるのではないかと思う程に口角を上げ、笑う。
「ははははは! 確かに最近、小っちぇータイラント捕まえたなぁ! 高く売れると思ってまだ奥の檻の中だ!」
「……返せよ。俺の後ろにいる女のペットなんだよ」
「じゃあ取引。その女とタイラントを交換しよう」
「は? ふざけんな」
「だよなぁ! その女の方が、付加価値でもでっち上げれば稼げそうだったのに! 残念だ残念だ……」
「……返す気は無い、ってか?」
「流石は探偵。推理力高いね」
「なら……お前らブッ飛ばしてでも取り返す……!」
俺はボールケンを取り出し、芯――刀身を出して構えた。
男は言う。
「暴れる前に、自己紹介がマナーだろ? 俺の名は『ニュエル・ボルゴス』。この荒くれ者集団『魔王の道』のリーダーだ」
男が――ニュエルが自己紹介を終えると、森人族の女も前に出て名を名乗った。
「そして私がニュエルの奴隷、『ウィンニュイ・ヴェーラ』と申します。以後よろしく……って、もう以後は無いかもしれませんけれど」
その女――ウィンニュイの言葉を最後に、戦火の火蓋は落とされた。
ニュエルが俺に向かってナイフを掲げて飛び込んでくる。
俺はニュエルの斬撃をボールケンでいなしつつ、イラを突き飛ばした。
「イラ! 進むか逃げるか選べ!」
俺はニュエルと剣を交えながら、イラにそう叫んだ。
意味が伝わらないかもしれないと危惧したものの、イラはちゃんと理解してくれたようだ。
そう、俺が示した選択肢は二つ。
洞窟の奥に『進む』か、この洞窟から『逃げる』か。
イラが選択した答えは――
「ッ、探偵さん! 私――ミーコを助けてきます!」
――イラは俺にそう告げると、俺とニュエルの剣戟の間を潜り抜け、洞窟の奥の方に走っていった。『進む』選択肢をイラは選んだのだ。
俺はイラとすれ違った際に、手元にあるシェイクボトルを適当に数本イラに手渡した。本当は持ってきたボトル全部渡してやりたかったが、すれ違った一瞬の間に手渡すには余りにも量が多かったのだ。
「なっ、行かせるかよ!」
ニュエルは俺を無視してイラの方を追いかけようとするが――俺がそれを許さない。
俺は懐から手榴弾のような物を取り出し、ピンを抜く。そして、ニュエルに放り投げた。
「探偵道具『イタズラ手榴弾in小麦粉』!」
ニュエルの眼前で、俺の投げた手榴弾は爆発し――白い粉塵を辺りに散らした。
その白い粉塵はニュエルの視界を覆い隠してしまう。
また、粉塵をモロに吸い込んだのか、ニュエルは咳き込み始めた。
「っ、ゲホッごホッ!? 何だよこれェ!?」
「安心しろ――ただの小麦粉だ!」
俺は咳き込み、粉塵――小麦粉で視界が閉ざされたニュエルにボールケンで斬りかかる。
ニュエルはその俺の斬撃を条件反射のように血のナイフで防御し、斬り返した。
「っ……探偵、テメェ……小癪なマネを……」
「イラの元には行かせねぇよ。俺はお前の足止めに全力を注ぐ」
「……チィっ。ウィンニュイ! 頼む!」
こめかみに青筋を浮かべるニュエルは、ウィンニュイに声をかける。
ニュエルの思惑を理解したウィンニュイは、すぐに洞窟の奥の方に走り出し、イラの後を追いかけた。
「なっ、行かせるかよ!」
俺はそう叫び、ウィンニュイに向けてボールケンを投擲したが――
「やらせねぇよッ!」
ニュエルの血のナイフが俺の投擲したボールケンに向けて投げられており、俺の投げたボールケンはあっさりと弾かれてしまった。
そうしている間に、ウィンニュイは洞窟の奥の方に消えていってしまった。
「畜生……!」
「探偵はここで俺の足止めするんだろぉ!?」
俺は悔しさで歯噛みするが、ニュエルは俺の隙を突き、俺の腹に蹴りを入れてきた。
俺は呻きながら後方によろめく。
「……うぐっ、あぁ!? ……ニュエル、テメェ」
ニュエルは自分の血で新たに血のナイフを作り上げた。
一方俺は、ボールケンを投擲してしまっている。
絶対的な不利だった。
「ほら探偵。俺の足止め、頑張れよ。その間にウィンニュイがあの女に追いついちまうだろうけどな!」
「二ュエル……この野郎」
「しかし……俺にはまだナイフがあるが、お前には何にもないな? はてさて、それでどんだけ保つかな?」
二ュエルは楽しそうに俺を見下す。
確かに、俺は今確実に不利だ。だが……まだ俺には、いくつかの探偵道具がある。それらでニュエルをブッ飛ばし、イラの後を追いかける……大丈夫、俺なら出来る。
俺はソフト帽を被り直し、ニュエルの前に対峙した。
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こうして、洞窟の中で。
探偵と主人の死闘、そして依頼人と奴隷の死逃が、それぞれ幕を開けた。
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【キャラクター設定】 〜ウィンニュイ・ヴェーラ〜
・身長……一六六センチ
・体重……三八キログラム
・種族……森人族(ハイエルフ)
・年齢……不明
・職業……二ュエルの奴隷
・誕生日……九月一七日(二ュエルと出会った日)
・両親……不明。生まれた時には既に奴隷として『ハイエルフ』になるための地獄のような調教を受ける。
・初めての相手……豚。『ハイエルフ』になるための調教の一環。
・初めて自分を『ウィンニュイ』として見てくれた相手……二ュエル・ボルゴス
・将来の夢……二ュエルが魔王になる夢を叶えた時にも隣にいること