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File4―35 怪力強盗と血色の悪魔 〜事件の終幕、そしてまた次の事件〜

 〜リナリア・ウィンダリア〜


 私は今、王城にいた時のドレスではなく、この喫茶店の制服を身に纏っている。安物だが丈夫な生地だ。少し胸がキツい。

 私はこの喫茶店で、周りの皆から色々な事を教えて貰っている。皿の洗い方とか、基礎の基礎から、しっかりと。

 初めて皿を割らずに綺麗に洗えた時は、凄く嬉しかった。このまま色々な事を覚えていきたい。

 そう思いながら、首から下げた私の存在を隠してくれるという、ジミーペンダントを撫でた。

 ふと、思い出す。私が王城から出ていったあの日……つまり、白い巨人と戦った翌日の事を。……ほんの一日前かそこらだけど。



 ****



 〜一、二日前 リナリア・ウィンダリア〜


 レフト達は白い巨人を倒した後、もう一晩この城で明かした。

 まぁ夜だったし、仕方がない。

 お父様とセルベールは、壊れた城を見回ってはため息を吐いていた。あちらこちらがバキバキに壊れており、修復費用がとてつもなくかかりそう、との事。

 一応タレイアには、レフトが壊した私の部屋の天井を直したように、修復能力はある。しかしこの被害度は、タレイア一人の手にはとても無理なものだった……。

 タレイアは『なるべく私も全力で国王様達のフォローはします』と言ってはいたが、その顔はこれからの激務を想像したのだろう、死にそうだった。

 タレイアがお父様達と王城の被害度の見回りに行っている間、私は一人だけで部屋にいた。

 レフト達は疲れて眠ってしまったし、いくら私でも眠った相手を起こしてまでわがままは言わない。

 一人で少し寂しい思いをしていると……。


「あ、リナリアちゃーん? 引きこもりやめたんだってー?」


 ……と、無神経な声と共に私の部屋の扉をノックする音が。

 この声は……お母様。この国の王妃であるアフロディーテのものだ。

 お母様は私の返事も待たずに躊躇なく私の部屋の扉を開けた。長い間引きこもっていた娘の部屋を、何も気にせずガチャリと開けた。この人にはデリカシーとかないのだろうか。


「おひさー、愛しのマイブラザー! また大きくなったわね、特におっぱい」


「……ブラザーは兄弟よ、お母様。後、そういう事言わないでくれる?」


「そんな事気にしてたらおっぱい縮むわよ」


「そんな事よりも、いつ帰ってきたの? 突然こんな所に来て……用事は何よ?」


 私はペースを取られないように気を張りながらお母様と話す。

 お母様と話す事自体結構久々だ。

 私が引きこもっていたのもあるが、それ以上にお母様は自由奔放なのだ。ふと目を離すと、自分の『使い』を引き連れて旅行に出たりしているような人なので、そもそもこの国にいない事が多い。

 お母様は私の問いに、顎に手を当てて答えた。


「いや……なんかここから匂いがしたので」


「何の匂いよ」


「初恋の匂い?」


「!?」


 私はズリッとベッドの上で後退る。

 そんな私の様子を見て、お母様はニヤリと笑った。


「ほっほーう我が娘。さては貴様恋をしたな?」


「な、何よその口調は……」


「で、リナリアちゃん、どんな人?」


「し、知らないから! 恋してないから!」


「神の前で嘘をつけるとでも?」


「元、神様でしょ!?」


「じゃあ変更。母の前で嘘をつけるとでも?」


「あう……それは……」


 私はたじたじになってしまう。

 この人と話すと、いつもこうなのだ。ペースを飲まれ、たじたじになる。

 私は迫ってくるお母様から目を逸らしながら、必死で平静を取り繕う。


「と、とにかく……私は恋とかしてないから」


「へー。ほー?」


「何よそれは」


「いや……わかりやすい嘘をつくなぁって」


「何よそれ!?」


「ほれ、言ってみ? お母様に言ってみ?」


「だから、別にそんなんじゃないって」


「どんな人?」


「知らない!」


 いつまでも平行線だった。

 しかし、徐々にその線の隙間は埋められていっている。

 こうなればもう、バレるのは時間の問題だった。

 焦る私を前に、突然お母様は、しんみりと語り始めた。


「私はね、リナリアちゃん。愛娘には、素敵な恋路を歩んで欲しいのね」


「は、はぁ」


「私もねぇ、長い事生きてきてねぇ、楽しい恋も悲しい恋も沢山したわけよ。そんな私の意見としてはね……出来れば、リナリアちゃんの初恋は素敵な恋であって欲しいわけ」


「……うん」


「だから……教えて欲しいなぁ。リナリアちゃんの恋バナ」


 そんな話をされたら……私の心に迷いが生まれる。

 どうしよう……話そうかな……この人には。

 私は逡巡し……そして、口を開いた。


「……探偵が来たでしょ?」


「ああ。来たわね。という事は、初恋相手はスカルくんのお弟子さん?」


「スカルくんは知らないけど……多分そう」


「へー。どっち?」


「レフト……レフト・ジョーカーって方」


「ああ、あの可愛い童顔の!」


 どんどん顔が熱くなるのがわかる。

 私は俯き気味に頷いた。

 お母様は少しだけ目を丸くして言った。


「いやー、まさかリナリアちゃんの好みがあんな感じとはね、お母さんビックリ」


「うう……もういいでしょ?」


 私はそう言ってベッドに寝っ転がった。

 しかし、寝っ転がった私を押し倒すような形で、お母様は目をランランと輝かせて乗っかってきた。


「まだまだ……恋バナはこれからでしょ?」


「……え?」


「まだまだ、洗いざらい全部吐かせるから。覚悟してね、リナリアちゃん?」


「もう許してお母様……」


「さて何から吐かせよう……とりあえず、馴れ初めから? それとも、レフトくんのどこが好きか、とか? 何もかも最終的には暴露してるんだから、早いうちに吐いちゃった方がいいわよ〜?」


「うう……もういやぁ……」


 結局この後私は、文字通り洗いざらい全て話させられたのだった。

 思い出すだけで恥ずかしくなる……死にたい……。

 私は散々レフトとの馴れ初めとかどこが好きかとか、最終的にはどうなりたいかとか、もしプロポーズされるならどんなシチュエーションがいいかとか、本当に何もかも全て話したのだ……。自分の性癖を全て母親に暴露した気分。死にたくなるのも当たり前だ。

 私は枕を抱いて顔を埋め、悶え苦しんだのだった。



 ****



 翌日。

 朝起きてきた私に、とんでもない事が告げられた。

 王の間で、レフト達とか憲兵達とかも皆いる中で。


「あ、リナリアちゃん。貴方、今日からスカルくんの喫茶店で住み込みバイト行ってらっしゃい♪」


 お母様は軽ーいノリでそう言った。

 そこから先の城内の混乱は、それはそれは混沌を窮めた。

 そもそも王女が街の片隅にある喫茶店で住み込みバイトをするなんて、前例のないことだ。

 だがしかし。誰もお母様の言う事には逆らえない。この国の王妃でありながら元天人族であるお母様に逆らえる者は、それこそお母様と同じ天人族の方々にしかいないのではないか、と思う。

 お母様が提示した命令は以下の通り。


 ・リナリアちゃんをレフトくん達のいる喫茶店で住み込みバイトさせる事

 ・警護は不要。レフトくんの師匠でありながら喫茶店の店主であるスカルくんが何とかするでしょ

 ・リナリアちゃんがこの王城から抜ける事で起こる混乱はまぁ何とかしなさい、(お母様)も手伝うから


「……いや無理だろう」


 お父様は国王の椅子に座りながら、首を振った。

 しかし、お母様はそんなお父様の膝の上に座り、そのままお父様の顎の下を撫でた。


「意地悪」


「やめろ、人前だぞ!?」


「いいじゃない別に……リナリアちゃんももう独り立ちできるわよ?」


「そういう問題ではない! もしリナリアに何かあってみろ、この国に激震が走るだろう。王族の立場は敵も多いし、何より……父親としても、心配だ」


「過保護ねぇ……王族はずーっと誰かに見られてなきゃいけないの?」


「そういうものだ」


 そのお父様の言葉に、私と弟のセルベールは目を伏せた。

 王族はずっと、監視下に置かれるもの。国の象徴として仕方の無い事……。

 頭ではわかっていても、ずっと人の目に晒されるのは、誰だって嫌だ。私もセルベールも、きっとそう。妹のアリアは……多分何も考えていない。今もぽけーっと窓の外を見ている。

 そう……何も考えていない、と思っていたのだけれど。


「……空、広いんだよ」


 突然、アリアが口を開く。

 私達は皆、突然口を開いた彼女に注目を集めた。

 アリアは話を続けた。


「窓から見る空は、青いだけ……だけどね。外に出たら、青いし、すっごい広いんだよ」


 そう語るアリアの目は、キラキラと輝いていた。

 その目を見たお母様は、お父様を肘でつつく。

 やがてお父様は唸り始め、そして、やれやれとため息を吐いた。


「……スカル。国王として、貴殿に命じる」


 スカル……レフトのお師匠さんは、無言で前に出た。そして、被っていたソフト帽を取り、胸に手を当てて軽く礼をする。

 そんなお師匠さんの頭に、お父様は手を掲げて命じた。


「ウィンダリア王国現第一王女、リナリア・ウィンダリアを……よろしく頼む」


 一瞬だけ、しん、と城内は静まり返った。しかしすぐに、その言葉にざわつき始める。

 どんどんそのざわつきは大きくなっていき、やがて音の洪水が生まれた。

 私はあまりのうるささに耳を塞ごうとした――その時。



「……お任せを、国王陛下!」



 一際大きな、ピンと張った凛々しい声が城内を静まらせた。

 スカルの声だ。

 普段の姿からは想像もつかないような大きな声に、皆驚いていた。特にレフト。

 ソフト帽を取ったまま、礼をしたポーズで固まる、そんな彼を見てお父様は笑った。

 そして、大きな声で宣言した。


「これより先は決定事項、もう覆る事は無い! リナリア・ウィンダリアをスカル・シーリング経営の喫茶店で住み込みでアルバイトをさせる! これは現国王である私直々の命令である!」


 そのお父様の言葉に、城内は静まり返り……やがて、パラパラと拍手が起こった。

 それは決して歓迎の拍手ではない。権力によって仕方がなくさせられるような、そんな拍手だ。

 だが、これで言質は取った……そう言えるのだろうか。

 こうして、晴れて私は喫茶店で住み込みバイトをする事になったのだった。

 最後にお父様は付け足した。


「スカル。最後に……お前の一人の友として命じる。――我が娘を、よろしく頼む」


 その言葉に、お師匠さんは礼をやめ、ソフト帽を被って、笑って答えた。


「頼まれた」


 私はその会話を聞きながら外を見た。

 すると、レフトが私の隣に来て、話しかけてきた。


「なんでこうなったのかはよくわからんけど……これからよろしくな。リナリア」


 そう言って差し出された彼の手を、私は握り返して、笑って答えた。


「ええ。これからよろしく」


 窓の外には、どこまでも広く続く青い空が広がっていた。



 ****



 〜???〜


 二〇五〇年の現代、日本。

 一人の少年が夜の街を走り回っていた。

 彼はネオン街を駆け抜け、思い当たる所を必死で当たる。

 彼は一人の女を探していた。

 幼馴染の少女だ。


「映瑠……どこだよ」


 彼の名は『出門イデカド 三太サンタ』。

 映瑠の幼馴染であり、映瑠にサンちゃんと呼ばれている同じ歳の少年だ。

 三太は地元でも有名な不良だった。喧嘩の腕は一流であり、彼の通う高校でもカーストのトップに上り詰めていた。

 そんな彼は今、必死で映瑠を探していた。

 幼馴染が行方不明になってから、そろそろ二、三週間くらい経つだろうか。

 彼は額を拭い、彼女が行きそうな所を何度も駆けずり回っていた。

 そんな彼を、数人の白衣を着た人物が取り囲んだ。


「何だ、お前ら?」


 三太は周りの人物を睨みつけながら、ファイティングポーズを構えた。

 右拳と左手の平を打ち付けた後、そのまま左手の平を右拳より前に突き出すファイティングポーズ。最後に彼は、右拳でスナップを効かせて手首を捻った。

 これは彼の戦闘に入る前のルーティーンだ。これをすると気が引き締まり、どんな相手でも負ける気がしなくなるのだ。

 だが、白衣の人物の一人が三太に手を差し伸べてきた。そして言った。


「園寺映瑠のいる場所に、連れて行ってあげよう」


 男の声。

 三太は眉をひそめて警戒心を高めた。

 そして、言った。


「お前らか? 映瑠を攫ったのは」


「少し実験に付き合ってもらっているだけさ」


「実験?」


「ああ。キミも……その実験に付き合ってもらおう」


 白衣の人物は袖をまくった。

 そこにはブレスレット型の小型麻酔銃が仕込まれていて……パシュ、と音もなく麻酔弾が三太に撃ち込まれた。


「がっ……テメ、ェ……」


 そして三太はその場に倒れた。

 彼はそのまま白衣の人物に担がれ、車に乗せられる。

 新たな事件の幕は、今開かれようとしていた……。



 ****



【小話】〜リナリア、出発前〜


「それじゃ、行ってらっしゃいリナリアちゃん。お父様(フーくん)とセルベールは、リナリアちゃんのバイトの件で仕事が増えちゃったから、送り迎えできないけどね」


「別に気にしてないわ。それよりお母様。最後に聞かせて」


「なぁに?」


「どうして、私を住み込みバイトさせようとしたの?」


「うーん、そうねぇ……昨日話したでしょ?」


「何を?」


「リナリアちゃんの初恋が素敵なものであって欲しいって」


「へ?」


「知ってる? レフトくん、あの喫茶店に住んでるのよ。そして、リナリアちゃんも今日からあの喫茶店に住み込み……つ、ま、り?」


「……初恋相手レフトと、一つ屋根の下……?」


「正解! リナリアちゃん、頑張って〜♪」


「ちょちょちょっ、お母様!? そっ、それだけのために!?」


「そうだけど?」


「ええ……」


「レフトくん、過去に何か女関係で痛い目見てるらしいから、あまり押せ押せで行っちゃうのは不得手よ。じわりじわりと誘い込みなさい」


「……し、知らない!」


「照れちゃって、も〜」


「照れてない! もう行くからね私! バイバイお母様!」


「うん、頑張ってね」


「バイバイ!」



「……行っちゃった。大きくなったわねぇ。……嬉しいけど、少し寂しくなるわ」

次回はbookendです。

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