File4―29 怪力強盗と血色の悪魔 〜その慟哭が轟く時〜
〜レフト・ジョーカー〜
俺は、考えていた。
刺された傷が痛む自分の左足よりも、目の前で焦るニュエルの事が心配だった。
「死ねっ、死ね死ね死ね死ねェェェ!」
動きが単調だから、左足を怪我してても避けやすかった。それに今は、イラ達が持ってきてくれたマギカデリンジャーもあるし。
……でも。何でこいつ、こんなに焦ってるんだ?
「……ニュエル」
「うるせぇっ!」
右足の回し蹴りが飛んできた。
クソッ、こちとらお前に刺された左足のせいでまともに蹴り技出来ねぇのに。
「……一か八かだ」
俺は、俺自身が今からやろうとしている事を考えて、アホな事するよな……と思う。
そう。今から俺がやることは、ライトが聞けば呆れ果てるし、イラが聞けば何考えてるんですか、と怒鳴ってくるだろう。
それでも……放っておけない。
だって……。
「目の前でそんな苦しそうにナイフ振るわれちゃ――気になって気が散るんだよ、ニュエル!」
――俺とお前は、似た者同士だから。
その言葉は、言わずに飲み込んだ。
俺はニュエルの突き出してきたナイフを右手ごと掴み、痛む左足を無視してニュエルの腹に蹴りを入れた。
崩れ込むニュエルの背中を見て、俺は懐から探偵道具を取り出した。
それは、一本のカーネーション。このカーネーションの名前は『リンクカーネーション』。
使い方は簡単。このカーネーションを使う者をAとする。Aがこのカーネーションを相手……Bの体に突き刺すと、突き刺したAと突き刺されたBの感覚や思いなどがリンクするのだ。ちなみに、何がリンクするかはカーネーションの色で決まる。俺が今から使うのは、『思い』をリンクさせる赤色のカーネーションだ。
「ニュエル――勝手に、覗かせてもらうぞ」
俺は体を丸めるニュエルの背中に、カーネーションを突き刺した。
****
〜ニュエル・ボルゴス〜
負けたくない。
最初は単純な殺意だった。
一回負けて……その殺意は、複雑に捻れた。
二回目は、勝てそうだったのに……逃げられた。また、捻れた。
そしてさっき、三回目……負けた。
四回目……もう、負ける訳にはいかなかった。
この捻れた殺意は、もう止まらない。止められない。探偵を殺すまで、絶対に止まることはない。
……もう嫌だ。
負けて……そのすぐ後には、ウィンニュイの慰めが待っているのは、もう嫌だ。
結局の所、俺はただ単にウィンニュイに情けない所を見られたくない――ただ、それだけだったのかもしれない。
――「うっせーな。探偵に逃げられちまったんで、その憂さ晴らしだよ」――「あれ。負けたんじゃないんですね」――「二度も負けてたまるか」――「ふふ、結構負けそうですけど」――「ああ!?」――「二ュエルの『大物ぶった小物』オーラは自然と私に『負けそう』という印象を与えてしまうのです。おいたわしや……」
あの時の会話が頭から離れない。
負けそう……そう言われた時のショックはかなり大きかった。
もう、そんな事思われたくない――思わせたくない。
だから俺は、必死でナイフを振るった……。
****
〜レフト・ジョーカー〜
「……マジか」
ニュエルと思いをリンクさせた俺は、開口一番そう呟いた。
お前……ウィンニュイの事、好きだったのか。へー。ほー。とりあえず今は無理だが、また今度何かしらで縁があったら絶対にイジってやろう。
今はそんな事どうでもいいか。
俺はやれやれとため息を吐いた。
何でこんなに焦ってるんだ……って思ってたけどさ。
まさか――惚れた女にカッコつけたいから――その一心だけだったとは思わなかった。
……もし、俺にもお前にとってのウィンニュイみたいな存在がいたら……俺も、お前みたいに焦ったんだろうか。なぁ、ニュエル。
俺が心の中でそう呼びかけると、ニュエルもやや遅れて目覚めた。
「……探偵」
「……よう、起きたか」
「今……何した?」
「お前と俺の思いをリンクさせた」
「……なぁ探偵、気づいてるよな? 俺とお前の思いをリンクさせたっつー事はさ。お前が俺の思いを覗けるように、俺もお前の思いを覗けるって事だぜ」
「覗いたのか?」
「……見るまでもねぇよ」
そう言うとニュエルは立ち上がった。
そして言葉を続ける。
「……っつーより、見ようとしたが……ごちゃ混ぜすぎんだよ。何だあれ。お前何考えてんだ」
俺は答えた。胸を張って、ニュエルを睨みつけて。
「最初から言ってる。世界一の探偵になる――ただそれだけ」
「……その夢はここで潰えるさ。お前は俺に殺されるから」
ニュエルの顔にも、何か憑き物が落ちたような表情が広がっていた。
……よく考えたら、何故俺は犯罪者のメンタルケアなんてしてしまったんだ。この辺が半熟とか言われるのかな……。……けど、仕方がない。似た者同士だったから、ほっとけなかった。多分理由はそれだけだ。
俺達が再び戦おうとした、その時。
『ウオオオオオオオオ……』
地響きと共に、何かの慟哭が轟いた。
****
〜ライト・マーロウ〜
怪盗ダッシュと僕は、力を溜めて合図と共に一気にそれを放出するという、一種の決闘の真似事を行っていた。
怪盗ダッシュの隆起した筋肉がピクピクと動く。
僕の体の周りにも、風が吹き荒れていた。
「……僕の方は溜まったよ、怪盗ダッシュ」
「……ちょうど俺も溜まった所だ」
ニヤリと笑う怪盗ダッシュ。ムカつく。
僕は奴のにやけ顔を睨みつけながら、瓦礫を一つ拾い上げた。
「こうしよう。僕がこの瓦礫を今から放り投げる。この瓦礫が地面に落ちた瞬間――それが、力を放出する合図だ」
「いいぜぇ……面白くなってきた」
僕は奴の戯言を無視し、瓦礫を前に投げた。落下点はちょうど、僕と奴との直線上の中心部だ。
集中する。景色がスローモーションに見える中――やがて、瓦礫が地に着き、その時は訪れた。
『はぁッ!』
僕と奴、どっちが掛け声を発したのか。またはどちらも……もしくはただの幻聴かもしれない。
極度の緊張と集中の中、僕と奴は力を振り絞った。
『必殺・オン』
電子音声と共に、僕は駆けながら叫んだ。それは奴も同様だった。
「あああああああああ!」
「うおおおおおおおお!」
僕の嵐が、奴の剛力が、中間点――瓦礫の真上で衝突した。
僕は風を纏わせた拳で。奴は極太の筋肉を纏わせた拳で。
拳と拳が接触し、多大な衝撃波を生んだ。辺りの瓦礫などがその波によって破壊、粉砕されていく。
そして――決着は、ついた。
『――がハッ』
結果は――引き分け。
互いが互いの衝撃波を浴び、その場に倒れた。
「ははは……クソッ、やるじゃねぇか……ヒョロガキ……」
「だから……僕は、ライト……マーロウ……」
……悔しい。
一度目、昨夜負けたから……今夜こそは。そう、思っていたのに……。
僕の中で、大きく何かが揺らめいていた。陽炎のような、微かなものだが……確かにそれは、ゆらりと燻っていた。
……その時だった。
『ウオオオオオオオオ……』
何かの慟哭が、轟いた。
****
〜タレイア〜
私は、化け物女に向けて拳を放つ。
例え相手が女であろうが容赦はしない。奴は確かに女であるが、その前に犯罪者。犯罪者を殴るのに、心を傷める必要は無い。
「『銀杏鯉昇掌』!」
私は奴の腹を目がけてアッパーカット気味に掌底を繰り出した。
私の掌底は、銀杏の葉のような鮮やかな黄色の軌跡を描きながら奴の腹へと突き進んでいく……が。奴は魔法をストックできるという石――マジックストックストーンだったか――を使い、腹の周りに魔法の盾を張った。
「ぬぅっ!」
私の掌底はその盾に阻まれてしまう。
……しかし。私の『銀杏鯉昇掌』の真価はここから――!
「――『滝昇り』」
私はスイッチとなる言葉を口にする。
それと共に、私の黄色に染まった腕から、一匹の魚が――鯉が現れた。まるで銀杏の滝を昇るかのように私の黄色く染まった腕を泳ぎ進む鯉は、やがて魔法の盾に辿り着いた。鯉がその盾に鼻の先をコツンとぶつけた瞬間――盾が霧散した。
「なっ!?」
突然盾が霧散して驚く奴の腹に、阻むものの無くなった私の掌底がめり込んだ。
目を大きく見開き、体をくの字に折るウィンニュイ・ヴェーラ。その姿を見て、少しだけ胸がすっとした。
「私のこの『銀杏鯉昇掌』には……森人族の魔法を無効化する力がある」
私は崩れ落ちた奴の頭にそう言葉を投げかけた。
「……なる、ほど。私の【ひっくり返した鍋の蓋】が破られた理由がよくわかりました」
ケホケホと咳き込みながら、奴はそう言った。
ふん、いい気味だ。私は奴の後頭部にかかとでも落としてやろうと、一歩近づいたその瞬間――私の影から、黒い茨が生えてきた。
「なっ……!?」
「――【闇に病み止まぬいばら姫】」
その茨は私の足に絡みつき、そのまま鋭い棘を私の足に突き刺して固定した。
私の足に痛みが走るが、これしきのこと……そう思っていたのだが。
「……!?」
突如、目の前がぐにゃりと歪む。茨が巻き付き棘を刺した辺りから、何か悪いものが体の中に入ってくるような感覚。
……もしやこの茨の棘、何かしらの毒が……!?
私の焦り驚く顔を見て、奴は笑っていた。
「ふふ……その魔法の茨の棘には、呪いが仕込まれてます。酩酊や吐き気や……まぁ、症状としては毒と同じですけど」
……呪い。
毒ならば解毒薬があれば簡単に治せるが、呪いはそう上手くはいかない。解呪に必要なものはその呪いによって左右される。解毒にはその毒に対応した薬や薬草が必要なように……。
しかし、呪いの場合に必要なものは薬や薬草なんかじゃない。……何が必要かもわからない。ある呪いAの解呪には溶岩に龍の生首を溶かし込むことが必要だが、呪いBの場合は溜めた雨水に適当な葉っぱを一枚浮かべるだけで良い――このように、方法が様々なのだ。果たして、私に今かけられた呪いはどうすれば解けるのか……?
「……貴様」
「あらあらどうしました?」
顔を上げると、奴はくすくすと笑っていた。
このままではジリ貧だ……どうする。使うか?
――最後の、切り札。
私がその行使を迷った、その一瞬。その時だった。
『ウオオオオオオオオ……』
何かの慟哭が、轟いた。
****
〜園寺映瑠〜
リナリアちゃんに手を引かれて……いや、違うか。初めの方は引かれてたけど、すぐにバテちゃってペースダウンしたリナリアちゃんの手を引きながら、私とイラちゃんはリナリアちゃんの道案内通りに道を進んでいた。
「ぜぇ……、そしたら、そこの階段を上って……そしたら、多分お父様もセルベールもいるわ」
息も絶え絶えなリナリアちゃんだが、もう少し頑張ってもらう。リナリアちゃんの手を引き、同時にイラちゃんに彼女の背中を後ろから押してもらいながら、私達は階段を上った。
「ちょっ……もっと、ペース落として……」
「何言ってんのリナリアちゃん、早く行かなきゃヤバいんでしょ!」
「そうだけど……そうだけど!」
「ほらファイトファイト!」
リナリアちゃんを元気づけながら、私達は階段を駆け上がる。
そして、彼女の示した扉をぶち破るようにして、その部屋の中に転がり込んだ。
「うわっ!?」
「なんだ!?」
そこにはリナリアちゃんの言う通りに、鋼の炎杖……らしきものと、国王様とセルベール王子様が。
流石家族。リナリアちゃんの予想は大当たりだ。
「……リナリア!?」
「え、姉様!?」
国王様とセルベール王子様は、リナリアちゃんの姿を見て二度目の驚きを見せた。まぁ、長いこと引きこもってたらしいし、引きこもりの家族が突然現れたら誰だって驚くだろう。
「どうして……ここに?」
国王様はリナリアちゃんを見て、少し瞳を潤ませながらも、それでも冷静に現状の謎を問いかけた。
その問いにリナリアちゃんは端的に答えた。
……久々の親子の会話だろうに、やけにあっさりした会話の応酬が繰り広げられた。
「鋼の炎杖、貸して」
「……それはできん」
「いいから貸してよ、お父様」
「……お前こそ何だ、突然部屋から出て」
「悪い?」
「いや、それはとても喜ばしいことだ。だが……突然部屋から出てきて、鋼の炎杖を貸せ、というのは筋が通らんだろう。どれだけお前が迷惑をかけてきたと思ってる」
「お母様よりはマシじゃない?」
「……まぁ、それはそうだが。アフロディーテの我儘よりはマシだが……じゃない! 鋼の炎杖は国宝だから、勝手には貸せぬ!」
「勝手には借りないわ。だからこうして許可取りに来てるのよ」
「だから貸せぬと言ってるだろ」
「……はぁ。仕方がないわねお父様。切り札を切らせてもらうわ」
リナリアちゃんはため息を吐き、そして……心底楽しそうな笑みを浮かべた。
「セルベール。この部屋の東側の本棚に、『学術本論』って本があるでしょう。そう、その分厚いやつ。それ、カバー外してみなさい」
セルベール王子様は首を傾げながらも、リナリアちゃんの言う通りにして――ピキッ、と固まった。
私とイラちゃんも王子様の後ろに周り、彼が何を見たのかを確認する……。
「……ひっ」
「これは……なんともまぁ……」
そして……悲鳴を上げるイラちゃん、ドン引きする私。固まった王子様、勝ち誇るリナリアちゃん、顔面蒼白になる国王様。
そこにあったのは……エロ本だった。それも、かなりマニアックなやつ。
「お、お父様……これは一体」
固まったまま、王子様が国王様に問いかける。
……正直これは、かなりキツい。もし、私のお父さんがこんな本を隠し持っていたと知ったら、多分もうまともに私はこれから先お父さんを父親として見る事は出来ないだろう……それくらい、このエロ本はキツい。
「……きゅう」
イラちゃんもその場にパタリと倒れてしまった。子供には刺激が強すぎる……なんて話ではない。これは、どんな年齢にも見せちゃダメだよ。
私も直視に耐えられず、ギュッと目をつむった。
目をつむったために真っ暗な視界の中で、リナリアちゃんと国王様の会話が聞こえてきた。
「セルベール、それで驚いてちゃ、まだ序の口よ。他にもいろんな所に隠してあるの私知ってるわ。例えば、礼拝堂の――」
「ちょっと待つんだ我が娘よ!?」
「待ってあげるから……鋼の炎杖、貸して?」
「それは……それは! むぅ……」
「礼拝堂のシャンデリア」
「うっ」
「厨房の上の棚の一番奥」
「そんな所までっ」
「私が把握している中で一番エグいのは、この部屋のカーペットの下にある隠し金庫――」
「持ってけ! もうわかったから、持ってけ!」
「ありがとう、お父様」
……中々エグい脅迫してるねリナリアちゃん。そして国王様はそれでいいの?
私は苦笑しながら目を開けた。
「それじゃあ、行きましょう二人共」
リナリアちゃんが自分から私とイラちゃんの手を取った。
その姿に、国王様と王子様が驚いているのが視界の端に映る。
私はなんだか嬉しくなって、リナリアちゃんの手を握り返した。
「初めてリナリアちゃんから手、繋いでくれたね」
「……何よ、悪い?」
リナリアちゃんは私のその言葉に顔をしかめながらも、ほっぺはほんのり赤かった。照れちゃって、可愛いんだから。
「それじゃあ、タレイアを助けに行くわよ――」
リナリアちゃんがそう言った、その瞬間。
『ウオオオオオオオオ……』
何かの慟哭が、轟いた。
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〜ジョケル・ルイシュミット〜
『ウオオオオオオオオ……』
慟哭が、轟いていた。
その慟哭の主は――先程からずっとバーン隊が相手している白い巨人……即ち、私が城に放った合成獣の成れの果てだ。
『ウオオオオオオオオ……』
慟哭を轟かせながらその白い巨人は王城を破壊しようと歩を進める。
既にこの白い巨人に気づいた者も、少なくはなかった。
そしてその光景をドローンの中継で見ながら、私は舌打ちをした。
「……失敗か」
途中までは、あの子のような奇跡が起きるかと胸を躍らせたのに……期待外れだ。
私はドローンに最後の指示を出した。
即ち、あの白い巨人への『完全生命体細胞分解酵素』の注射と、中継の打ち切り、そして証拠隠滅のための自爆。
「……後はキミ達王城の憲兵に任せよう。キミ達の未来に幸がありますように」
私はそう呟きながら、この場を後にした。
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【小物設定】〜鋼の炎杖〜
ウィンダリアに太古より伝わる国宝。魔法の杖である。
鋼製でありながらも、謎の技術でめちゃくちゃ軽い。
ちなみに太古では拷問器具として使われていたとか。




