File4―25 怪力強盗と血色の悪魔 〜信じ合える仲間〜
〜イラ・ペルト〜
「さっきぶりです、お二人さん」
目の前に立ちはだかるのは、ウィンニュイ・ヴェーラその人だ。
私は驚愕に目を見開き、苦虫を噛み潰したような気分に陥った。
「ウィンニュイさん……!」
ウィンニュイさんは右手を上げた。
すると、影の触手が捕まえていたエルさんをギリギリと締め付けた。
エルさんの表情が苦悶に歪む。呻き声が虚しく私達の間に響いた。
「エルさんを離してください」
「断る……そう言ったら、あなたはどうします?」
「……何をしてでも、離させます」
「やっぱり、イラ。あなたはとっても楽しいです」
ウィンニュイさんはそう微笑むと、私に向けて影の触手を打ち出した。
私はそれを避けようとはしなかった。いや、正確には、避ける前に事態が動いていた、と言う方が正しい。
何故なら……エルさんの守護獣が、私を守ってくれたからだ。
さっきまでは探偵さんの銃を探すためにあちこちに散らばっていたけれど、主人のピンチに我先にと駆けつけてくれたのだろう。デンデンちゃんもゴーグルになってたしね。
彼らはとても憤っている。それが動きだけでも伝わってくる。
彼らは恐らく、ウィンニュイさんにも怒ってるんだろうけど、それ以上に守護するべきだった主人を、その場から離れていたとはいえ、守りきれなかった自分達に腹を立てているんだろう。
ミーコとの触れ合いのおかげか、守護獣ちゃん達の考える事も何となくわかる。
「守護獣ですか。たった一夜で、随分と懐きましたね。主人以外の人物まで守護するようになるとは」
「名前を付けたのが聞いたのかも。その節はアドバイスありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」
ウィンニュイさんとエルさんが互いに頭を下げる。
……今、私達敵対してるんですよね? エルさんに至っては、触手に縛り上げられてるのに、そんなにこやかに対応してる場合なんですか?
そんな事を思っているうちに、ウィンニュイさんは再び私に目を向けた。
「さて、イラ。始めましょうか」
「……はい。エルさんを離してもらいます」
とは言ったものの、戦いに関しては私は何も出来ない。守護獣ちゃん達に任せるしかない。
だから、私は……!
私は、ウィンニュイさんから背を向けた。
「……逃げ出す気ですか?」
私はウィンニュイさんのその疑問には答えず、そのまま走り出した。
私と二人の距離は離れていく。ウィンニュイさんが私を引き止めようと触手を伸ばしても、守護獣ちゃん達が守ってくれる。
一瞬、エルさんが気になって後ろを振り向いた。一人取り残された、裏切られた、そんな顔をしてないか……それだけが気になった。
けど……大丈夫だった。エルさんの顔は晴れやかだった。でもそれは、諦めの表情なんかでもない。私を、信じてくれている……そんな表情。
(ありがとうございます――!)
私は心の中でエルさんにお礼を告げ、足の回転を早めた。
そして――
「取った!」
――私は落ちていた探偵さんの銃を掴み取った。
そう。ウィンニュイさんから背を向けたのは、逃げるためじゃない。探偵さんの銃を手に入れるため。
さっきまでの私は、守護獣ちゃん達に守られるだけのお荷物だけど……武器さえ、あれば! 私だって戦える!
そう、考えた!
私は無理やりその場をターンして、銃口をウィンニュイさんに向けた。
ウィンニュイさんは驚いたような表情で、その整った顔を震わせていた。
「イラ……なるほど。これが狙いですか」
「私……目がいいので、射的なんかも得意ですよ」
「射的と実戦は違いますよ」
「それでも、自信はあった方がいいでしょ?」
私は引き金を引いた。
構えた手の平から、エネルギーが吸われていくような独特の感覚と共に弾丸が放たれた。
その弾丸は見事にウィンニュイさんの足元に命中した。狙い通り。……本当はもう少し上狙ったんだけど、まぁ誤差の範囲。
ウィンニュイさんは少し意外そうにしていた。
「……躊躇なく、引き金を引くとは」
「この弾は殺すための弾じゃないです。探偵さんが言ってました」
「本当にあなた達は考えが甘い……」
「甘いのは嫌いですか?」
「いいえ。むしろ好物です」
そう言うとウィンニュイさんは、影の触手を全て霧散させた。
宙に締め上げられていたエルさんは、突然触手が消えた事により支えをなくし、お尻からズッテーンと落ちた。痛そう……。
「あなたの甘さに免じて、私も甘さを与えましょう」
……どうやらウィンニュイさんは、エルさんを解放してくれたようだ。
同性であるはずの私でもドキッとするような笑みで、ウィンニュイさんは敵意を剥き出した。
「この前と同じ……命は奪わないであげますから、あなた達は殺す気でかかってきなさい」
「……エルさん! 行きますよ!」
私も銃を構え、走り出した。
ただし行くのは、ウィンニュイさんとは逆側――元来た道を戻る。
「えっ、ちょっとイラ!?」
「どこ行くのイラちゃん!」
ウィンニュイさんとエルさんの声が背中にぶつけられる。
私は振り返って答えた。
「この銃を、探偵さんに渡しに行くんです! ほらエルさん、早く立って!」
「えっ、ちょっと待ってよまだお尻が痛いんだけどって聞いてないね、もう!」
エルさんの声はもう、銃を抱えて走る私には届いていなかった。
****
〜アウラ・ミルユーゼヴ〜
「うわっ、うわははっ!?」
バーン隊隊員である俺『アウラ・ミルユーゼヴ』は、絶賛キメラと戦闘中だった。
途中、幼馴染であり親友のガリウスが俺の避けきれなかった触手を弾いてくれた。
「大丈夫っスか!?」
「だいじょぶだいじょぶ。ありがとね」
俺は礼を言いながらキメラを睨みつける。
キメラは人の女のような美脚をジャッカーに向けて蹴り出していた。
「っ、ンの野郎!」
ジャッカーは電気をバチバチと走らせながら、電光石火と言わんばかりのスピードでその足を避けた。
ジャッカー・エレキズムはスピードとパワーに長ける。それにプラスして彼自身の能力である電気も合わさり、バーン隊の中では特攻役としても重宝される。とりあえずジャッカー、みたいな感じで敵陣に突っ込ませてみたり……と言うよりは、彼自身が率先して突っ込んでいくしね。
「俺を舐めてるとバチッとクルぞ!?」
ジャッカーは装備していた拳鎧にバチバチと電気を帯電させる。そして、キメラのコウモリ顔の鼻っ面目掛けて、その拳を打ち込んだ。
「実験動物の寄せ集めがァァァァァ!」
バリバリッ! と、雷鳴のような音が轟き、帯電していた電気は全てキメラに移っていく。
キメラは体を痙攣させながら、ゆっくりとその大きな図体を横に倒した。
そんなキメラの様子を見て、ネネリートが瞳を輝かせる。
「……殺ったか」
「ネネ、それフラグ〜」
「腹黒兎……立てるのはそのウサミミだけでいいんだよ」
「ネネ……本当に最悪なんだけど」
「そんなにボロクソ言わなくてもよくねぇか!?」
俺の軽口とキャシィのボヤきとミューくんの冷たい暴言に、ネネは女の子とは思えない口調で顔を真っ赤にしながら反論してきた。
黙ってりゃ可愛いのに……って、バーン隊の女勢はほとんどがそのタイプだけど。黙ってりゃ可愛い。特に副隊長。
「元気出してくださいネネ先輩! ファイトです!」
「あーもううっせーうっせー……」
フララの優しい声掛けも今のネネにとっては傷口に塩のようなものらしい。顔をしかめてフララの頭をポカリと殴った。
そして、そんなトンチキ漫才の傍らで、ネネの立てたフラグは着実に回収されようとしていた。
『……グオ、ギ、ゴ、ギ……』
ゆっくりと立ち上がろうとするキメラ。
そんな奴の様子を腕組みしながら眺めるアステロルは、ヒゲをさすった。
「……立ち上がっとるなぁ、あの化け物」
アステロルのそのボヤきに、我らが隊長バーン・アイシクルは言うが早いか、
「ならもっかい叩くだけだろ」
――立ち上がろうと藻掻くキメラの額に、物凄い轟音と一緒にかかと落としを食らわせた。
「……躊躇ないなぁ」
俺は苦笑した。
この隊長は、こういう時の決断が凄く早い。無情に、冷徹に感じる事もあるんだけど……でも、その隊長の決断があってこその今のバーン隊だとは思うし、特に文句はない。
「……悪いな」
隊長はそう言うと、手に持っていたうちわを構え、そのうちわでキメラの頭蓋を砕き割った。
隊長の持つうちわは手斧にもなる……けども。手斧であんな巨大な生物の頭蓋を肉ごと割るって、かなりの力が必要なのでは……?
隊長はそのままキメラに背を向け、何事も無かったかのようにまた、そのうちわで自分を扇ぎ始めた。
これで一件落着……かに、思われたが。
「っ、バーン先輩! アレ、アレ!」
副隊長がキメラの死体を指さして、普段以上の騒がしさで警告を発する。
俺達全員、何事かとそのキメラの方を見てみたら……。
「……うわ」
思わず声が漏れ出た。
そこに立っていたのは、キメラ――ではなく。
白い巨人だった。一〇メートルはあろうかというくらいにデカい、白い巨人。全体的にのっぺりしている。デッサン人形やマネキンなんかよりも、表面の凹凸は少ない。ただ単に表面を滑らかに整えられた粘土が人型をしているだけ。そんな感じに近い。
……でも、動き始める気配はない。何故だろう?
「……キメラの死体は残ってない。っつー事は、つまり……あの巨人はキメラの死体が変化したものか」
鳥肌が立ったのであろう、二の腕の辺りをさすりながら、リキラの後ろに隠れるキャシィがそう推測した。
そのキャシィの仮説に、リキラもメガネを光らせて同調する。
「……なるほど。そう言えばジョケル博士が言ってましたね。『完全生命体』の細胞をあのキメラにも利用している……と。その細胞によって、あんな巨体を楽々持ち運べたのだ、と。そして、あのキメラは元々は白色の液体でした」
「……えっと、つまり?」
「わかりませんか、ラヴィー。恐らく『完全生命体』の細胞、もしくはそれを埋め込んだものは、あのような白色の液体になる。そして後者の場合は、何らかの刺激によって元の姿に戻る……いや、違うか。その刺激を元に、新しく姿を構築していると言えばいいのか」
「わっかんないわよ! 簡潔にわかりやすく説明して!」
ラヴィーが真っ赤になってキレる。まぁ正直僕も同感だ。説明がわかりにくいよ、リキラ。
そんなリキラの代わりに、キャシィが答えてくれた。
「陰キャメガネの言いたい事を要するとだな、つまり……今あのキメラは、埋め込まれた完全生命体の細胞が暴走してるって感じなんだよ」
「暴……走?」
ラヴィーは眉をひそめてその言葉を口にした。
そんなラヴィーに、キャシィは更に付け足した。
「そ。……なぁマーメイド。予め言っとくけどさ、完全生命体なんて嘘っぱちだと私は思ってたから、知識なんて全然ない。だから……暴走した細胞がどうなるかは聞かれても困るから。……そんだけ」
少しだけ申し訳なさそうなイントネーションに、俺は少しだけ頬を緩ませた。
キャシィは普段はぶっきらぼうだけど、なんだかんだで優しいのだ。
ラヴィーはそんなキャシィの鼻の頭を指で小突いた。
「これだけ聞かせて。アレ、ヤバい? それとも、ヤバくない?」
キャシィはラヴィーの指を払い除けながら答えた。
「それも含めて、情報が足りないから『知るかバカ』としか言えない。……けど、何の根拠もない私の主観、感想だけで言うなら……多分ヤバいと思う」
「……わかった。ありがとね、キャシィ」
「あんま信用すんなよ、マーメイド」
「うん。信じてるよ」
「……はいはい」
キャシィは苦いものを噛み砕くような顔をしたが、それでもその表情のどこかにはくすぐったさに悶えるような、そんな羞恥が見て取れた。
「……っし。それじゃ、皆……総出であの巨人を叩くぞ。いいな」
『了解!』
隊長の号令で、俺達は白いのっぺり巨人に立ち向かっていった。
さて、俺達がこのデカブツ相手にどこまでやれるか……試してみようか!
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【アイテム設定】〜ボールケン〜
普段はボールペンのような外見・サイズであるが、ノックパーツをノックして芯を出すと、芯の代わりに鋭い刀身が出てくる。
この刀身は伸縮自在の希少金属『ゴミュール鉱石』から作られており、普段は空間歪曲装置とこの鉱石自体の伸縮性を利用して小さくボールペン部分の中に収納されているが、ノックをすれば装置が外れ元の大きさに戻る。
お値段はかなり高い。だが、結構丈夫かつ携帯しやすいなどの利点も多く、コスパ的に損はしないだろう。
ちなみに正式名称は『ボールペンに刀身を仕込んだボールペンっぽい剣』である。




