File4―23 怪力強盗と血色の悪魔 〜二人で一人の〜
評価や感想などよろしくお願いします。
〜ジョケル・ルイシュミット博士〜
私は、風にはためくコートを抑えながら眼下を睥睨していた。
そこには、私の最高傑作とも言えるキメラと戦う憲兵達の姿。
「……中々やるじゃないか」
鼻を軽くすする。
夜風は老いた体に堪える。そろそろ五〇代も後半になる、あまり無理はできないな。
「……ふむ」
私のキメラは確かに圧倒的に強い。事実、バーン隊……だったか、彼らもかなり苦戦している。
しかし。それでも、彼らはかなりのやり手であるようだ。
私のキメラが触手を伸ばせば、それを瞬時に破壊する。剛腕を振るえば身軽に避ける。尻尾の食人花の奇襲すらも上手くいなしていた。
『ギシャアアアアアオッ!』
キメラの頭部から超音波が発せられた。
それは周囲の生物皆に平等に耐え難い頭痛や目眩、耳痛などを引き起こす。
私はそれを防ぐためにコートを頭まで被った。このコートはありとあらゆる攻撃からある程度までなら身を守る事が出来る、私お手製の優れ物だ。
「クッ、うるせェなキメラ野郎ッ……!」
特にこの超音波攻撃に苦しんでいるのは、兎型獣人族の女性……確か、ネネリートだったか。前に念の為に憲兵内部の資料を漁り、ある程度の実力者の名前は覚えておいたのだが、それが役に立った。
「ガっ……ア!」
彼女は今にも眼球が零れ落ちそうな程に目を見開き、悶えていた。
考えてみれば当然だ。兎型獣人族は聴力に優れている。そんな優れた聴力でこの超音波を聞けば……その苦しみは常人のそれを遥かに凌駕するだろう。
更に厄介な事に、獣人族が音をシャットアウトするには、人間部分の耳と獣としての耳と、その両方を抑えねばならない。一応、種族固有能力である【獣化】を弱めれば獣耳を消す事は出来るが、超音波で撹乱され掻き乱された今の集中力では、能力の微調整は不可能だ。
「……ァ、ガ……ッ!」
ネネリートの口の端から唾液が零れ落ちた。
このまま気絶するまで超音波を……そう考えていたのだが。
スパァンッ、という痛快さすら覚えるような打撃音と共に、私のキメラは大きく横に吹き飛ばされた。
『キュキィッ!?』
甲高い悲鳴を上げるキメラは、己を吹き飛ばした者をその眼で睨みつけた。
その眼が睨む先にいるのは――バーン・アイシクル。彼は飛び蹴り直後の着地時の体勢のまま、キメラを睨み返していた。彼は恐らく、今この場にいる憲兵達の中で一番の実力者。彼ならば、超音波に苦を感じずに敵を蹴り飛ばす事も可能なのだろう。
バーンはうちわを扇ぎながら、気だるそうに首を鳴らした。
「とにかく……とっとと倒した方が良さそうだな」
あれだけの巨体を蹴り飛ばしておきながら、それをさも当然と言わんばかりのその態度は見ていていっそ清々しいものがある。
私はくくく、と半ばヤケに近い笑い声を上げた。
「やっぱり流石だなぁ、僕らの隊長は!」
「流石すぎて、ちょっと引きまぁす……」
目をキラキラと輝かせる少年……ミューに、森人族の衛生兵フララが引き攣った笑いを浮かべる。
私は少し思案し、そしてキメラに指示を出す。
「――暴れ回りなさい。この城が真っ平らになるくらい」
もう、いいや。帰ろう。さっさと帰ってコーヒー飲もう。
今の状況が物凄く億劫に感じたが故の判断であった。
このままキメラが暴れ回れば、憲兵は皆私よりもキメラの討伐を優先するだろう。その隙にとっとと帰る作戦だ。
キメラは私の指示通りにずったんばったんと暴れ始めた。
さて、念の為に中継カメラを内蔵した自律型飛行ラジコンを数体飛ばして……これでよし。
「それでは諸君、さようなら。生き残ってくれると嬉しいな」
私は最後にそう言い残し、煙幕を張ってこの場から退散したのだった。
****
〜レフト・ジョーカー〜
「……なんだ、こりゃ」
俺達四人は怪盗ダッシュが侵入した、と報告された大広間に辿り着いたのだが……そこに広がる光景は、なんとも現実感のないものだった。
「オラオラオラオラァ! まだまだ……まだまだ俺はやれるぞァ!」
大広間一面に、破壊の痕跡がくっきりと浮かんでいる。そしてその中心には高笑いしながら憲兵達と戦う怪盗ダッシュ。
大広間の破壊に破壊を重ねられた床の上には、大量の憲兵達が力無くぐったりと倒れていた。恐らく怪盗ダッシュにやられたのだろう。ライトの話だと怪盗ダッシュは不殺主義らしいから、気絶しているだけだろうが……。
「……ふむ。今残ってる憲兵や気絶している憲兵を数え上げてみたが……およそ一〇〇人は超えている」
ライトの声が背後から俺の心臓を打ち付けた。
なんじゃそりゃ……憲兵一〇〇人を相手に、ここまでやり合える奴なんて……化け物すぎるだろそりゃ。
「ライト、お前が負けたって聞いた時は、信じられなかったが……こりゃ無理だな」
「……む。次は勝つさ」
「いや何ふてくされてんだよ……。そんな所で負けん気出してんじゃねーよ」
俺達は物陰に隠れて憲兵達の戦闘の行く末を見守る。
今、下手に出てもやられるだけで、それは愚策だからだ。
ライトはふと、目を細めた。
「……しかし、気になるな」
「何がです?」
エルの膝の間にすっぽりと収まっていたイラが、ライトの言葉に反応した。小柄なイラとそれを抱えるエルの姿は傍から見たら姉妹のようだ。
「……憲兵達が弱すぎる」
「……確かに」
俺も、ライトの言おうとしている事に気がついた。
昨日、セルベールは確かこんな事を言っていた。
――『特に怪盗ダッシュが来る可能性が高いスポットは、大広間や礼拝堂などの広く開けた場所ですかね』――
事実、昨日は礼拝堂に。今日はこの大広間から怪盗ダッシュは侵入してきた。
予想出来ていたはずだ。ここに怪盗ダッシュが来るくらい。
だったら、どうして――ここに実力者を配置しなかった?
昨日、バーンの野郎はあの怪盗ダッシュに真っ向からぶつかって勝ったらしい。かなり癪だが、アイツは憲兵としては凄く優秀だ。アイツが隊長のバーン隊もまた然り。それは他の憲兵達の間でも知れ渡っている事だ。
だったら――バーン隊を、侵入が予想されるポイントに配置しない理由がない。
確か奴が今回配置された場所は、どっかの庭の見回り……全く侵入地点として予想されていないポイントだ。
更に奇妙な事に、バーン隊の連中に匹敵する実力を持つ憲兵も侵入予想地点には配置されておらず、バーン隊と同じように辺鄙な所へ飛ばされていたり、急に巻き起こった事件の処理の為に一時王城を離れていたりと、まるで警護意識が低い配置をされていた。
「……きな臭ぇな」
俺はすん、と鼻をすすった。
この大広間に配置されている憲兵の実力は皆、見る限り並よりは上という程度でしかなさそうだ。
見た目は大量に憲兵を配置しているが、しかしいざ真実を明かしてみれば、やる気のない配置である事は明らかだった。
俺はセルベールの言葉を思い出す。
――『ただ、僕は人員配置には全体的に撫でる程度にしか関わっていませんので』――
「……セルベールは、確か撫でる程度にしか関わってないって言ってたな」
俺の言葉にライトが同調した。
「ああ。僕もその話は聞こえていたよ。確か、今回人員配置に大々的に関わったのは……」
――『詳しい人員配置が知りたい場合は、憲兵隊全隊員を取り纏める憲兵長に聞いてください』――
俺達は声を揃えた。
「「憲兵長」」
それと同時に、怪盗ダッシュに立ち向かっていた最後の憲兵が、圧倒的な力に意識を刈り取られたのだった。
俺はそれを見ながら舌打ちをする。
「今、陰謀やらの推理してても無駄だな。まずはアイツをどう倒すか、だ」
「そうだね、レフト」
俺達は装備を整える――……あ。しまった。俺はヤバい事に気がついた。
「……ライト。俺、マギカデリンジャー忘れた」
「……え?」
「ほら、二ュエルに鞭で弾き飛ばされたマギカデリンジャー……アレ、回収し忘れてた」
「……他に武器は?」
「ボールケンは折られたしな……。なんかあったっけ」
ゴソゴソと、実は四次元空間になっているジャケットの内側をまさぐるが……。
「武器はねぇな」
ライトは天を仰いで嘆いた。その動作は状況さえ考えなければ、ショータイムだと宣言する魔法使いな何かのような優雅さがあった。
「マジか……マジで?」
「マジだ……」
俺はげんなりとしながら答えた。
そもそも普段俺が持ち歩く武器はボールケンとマギカデリンジャー、そしてデリンジャーのカスタムパーツのみ。探偵は人を傷つける職業じゃない。だから、最低限の装備しか持ち込まないのが俺の流儀……だったんだが。
「これからは、もう少し持ってきた方がいいな……」
でもな……他の俺の持ってる武器は、探偵が使うには強すぎる。少し間違えば、相手の命を奪ってしまう事も有り得るのだ。この世には様々な職業があるが……少なくとも探偵は、命を奪っても許される職業じゃない。
ライトも、そんな俺の考えに同調している。というか、これは俺とライトが共有しているものだ。探偵としてオーバーな装備はなるべく使わない、という流儀。
ライトは、やれやれと首を振りながら俺達に指示を出した。
「……わかった。それなら、こうしよう。僕が矢面に立って戦うから、レフトは他の探偵道具で僕の援護を。エルちゃんとイラちゃんは、レフトのマギカデリンジャーを探してきてくれ」
「了解!」
「おっ、同じくです!」
ライトの指示にビシッと敬礼を決めるエルと、そんなエルに倣ってたどたどしく敬礼をするイラ。
俺達四人は互いに目線を絡ませ、大丈夫だ、と頷いた。
「うっし……それじゃ、やりますか!」
俺の号令と共に、イラとエルは元来た道を駆け戻っていく。
イラ達から背を向けて、俺とライトは怪盗ダッシュの前に躍り出た。
怪盗ダッシュはゆっくりと俺達の方を向いた。
「やぁ、怪盗ダッシュ。僕の事、覚えているかい?」
ライトは敵意を滲ませた声音を振るわせながら、奴を睨みつけた。俺もライトの横で奴を睨みつける。
奴はゲラゲラと笑いながら、足元の瓦礫を足で踏み砕いた。瓦礫の破片が俺達の方にも飛んでくる。
「あぁ、覚えてるぜ……昨日、礼拝堂で倒したヒョロガキだ!」
舌を出してライトを煽る奴だったが、ライトはライトで何気に気性が荒い。
敵意をギラギラとヒリつかせながら、怪盗ダッシュに言い返す。
「へぇ……昨日の事、ちゃんと記憶できてるんだ。脳みそまで筋肉が詰まってると思ってたから、かなり意外だよ」
「その脳みそ筋肉野郎に昨日ぶっ倒されたのは誰だよ?」
「昨日の話をしに来た訳じゃないんだよ」
「なら、何しに来たのか――当ててやろうか!?」
瞬間。怪盗ダッシュは弾丸のように俺達二人の前まで跳んできた。地人族の種族固有能力【超怪力】がなせる技だ。
怪盗ダッシュは顔をライトの鼻先まで近づけて笑った。
「お前がここに来た理由。それは、誰かに頼まれたからでもなければ自分の正義感に突き動かされた訳でもねぇ。ただ単純に……自分のためだろ?」
その問いに対する答えの代わりに、ライトの右手から空気砲が放たれた。放たれた空気砲は怪盗ダッシュの胸の辺りにぶつかるが、強靭な筋肉の前には単なるそよ風に過ぎなかった。
ガシャン、と背後で大きな破砕音が鳴った。先程までの憲兵達との戦いの影響だろうか、さっきまで揺れていたシャンデリアが、ギギギと音を立てて落ちてきたのだ。
この広間の明るさが、少しだけ削がれた。
「……昨日やられたリベンジ。負けた自分が許せないし、負かせた俺が許せない。わかるぜ……お前のその情動」
「……はっ。何、一人で勝手に見当違いな事を」
ライトの顔に影が走ったのは、シャンデリアの明かりが削がれたからだろうか?
――俺にはわかる。俺はライトの相棒だから……今、奴がライトに言った事は全部、図星中の図星。
ライトは正義を愛し悪を憎む……そういう枠組みに囚われすぎる嫌いがある。そんなライトにとって、今自分が戦う理由が『依頼』のためでも『正義』のためでもなく、ただただ単純な『私怨』である事は決して認めてはいけないことなんだろう。
……俺は、別にどうでもいいと思うけどなぁ。どっちにしたって、怪盗ダッシュを倒すって目的は変わらねーし。
奴はライトを見据えながら、大袈裟に笑い続ける。
「初めて会った時から、ずっと思ってたんだ。ああ、コイツは正義が大好きで悪が大嫌いなんだなって。そういう奴ほど、でっけーエゴを抱えてるもんだ。自己中心的で、自分勝手で、他人の事なんて自分のためならどうでもいいと蹴落とせる。お前ももれなくその例だろ?」
――けど、それは違う。
俺は、目を見開いて固まるライトの代わりに、毅然として言い返してやる。
「違う。ライトはそんな奴じゃねーよ」
「……あ? なら、どんな奴だ?」
怪盗ダッシュは初めて俺に目を向けた。奴は俺を警戒しているのか、瞬時に距離を取る。
俺はライトの肩に手を置いた。
その時、今まで雲に隠れていた月明かりが、大広間に射し込んだ。
「確かに、俺の相棒は自己中心的だし自分勝手だし空気は読めねーよ。けどな、自分のためにどうでもいい他人を蹴落とせる程、器用でもねーんだよ」
その俺の言葉を聞いた怪盗ダッシュは、しばらく目を見開いた後……笑い始めた。腹の底から、本当に可笑しがるように。
……俺、そんなに変な事言ったか?
ライトはと言うと、俺に若干涙目で、半眼を向けていた。
「……レフト。僕のフォローのつもりかもしれないけど、悪口しか言ってない」
「……あれ、そうだっけ?」
「今の話から察せられる僕は『自己中心的で自分勝手で空気の読めない不器用な男』でしかないんだけど!?」
「……まぁ、事実じゃん?」
「むむむ……」
ライトは俺をジトッと睨み、そうしてから俺の背中を軽く叩いた。
ふわっ、と一瞬心が浮き立つのを感じた。
「……ありがとね、レフト」
そう俺に礼を言ったライトの横顔を、射し込んだ月明かりがほのかに照らし上げる。
俺は握り拳を作り、ライトの胸を叩いた。
「……っし、じゃ、いっちょ派手にぶちかまそうぜ?」
返事の代わりに返ってきた微笑みを受けながら、俺はライトの前に立ち、怪盗ダッシュに指を向けた。
「覚悟しろよ怪盗ダッシュ。お前が今から相手すんのは、この世界最強の探偵コンビだぜ」
並び立つ俺達の視線を、怪盗ダッシュは獰猛な笑みで受け止める。
もう一つ、シャンデリアが落ちてきて――その破砕音と共に、戦闘の火蓋は切られた。
「行くぞヒョロガキィィィィ!」
先に動いたのは怪盗ダッシュの方だ。
奴は筋肉を脈動させながら、ライトへと飛びかかった。
「ライト!」
俺はライトに赤色の紙に包まれた、円柱型の筒を手渡した。その筒からは一本線が飛び出ており、その先端ではバチバチと火花を散らしている……。
怪盗ダッシュはライトの手にあるそれを見て、目をかっ開いた。
「なっ――ダイナマイトだと!?」
そう――ライトが持っているのは、火がつけられたダイナマイト……に見えるもの。
探偵道具の一つ『嘘つき爆弾』。導火線の火が本体に達した時、起こるのは大爆発――ではなく、とてつもない爆音とたっぷりの煙だ。一切炎や爆風の類は発しない。
まぁ、結構単価も高いし本来の使い道は『金持ち専用いたずらアイテム』と言った所だろう。
「テメェら……常識ねぇのかぁ!?」
怪盗ダッシュは引き攣った笑いを浮かべながらも、既に飛びかかった今の体勢を崩す事は不可能だった。
ライトは奴の飛びかかるルートにライアマイトを放り投げ、側転して自分はそのルートから外れた。
そして、爆音が響き渡った。
俺達の思惑通りに、怪盗ダッシュの間近でライアマイトは爆発した。
辺り一面に白い煙が立ちこめ、隣にいるはずのライトの姿も朧気になっていく。
「これで奴の視覚と嗅覚は煙で。聴覚は爆音でしばらくは使い物にならないはずだ」
ライトはそう言いながら右腕のダイヤルを回そうとして――その姿が瞬時に俺の隣から消えた。
……何が起きた!?
俺はライトの名を煙の中へ呼ぶと、代わりに返ってきたのは奴の――怪盗ダッシュの声だった。
「……なんだよ。常識ねぇのかって思ったけど……あのダイナマイト、偽物かよ」
「……ぐっ」
ライトの苦しむ声が聞こえた。
なるほど、爆煙の中から飛びかかった怪盗ダッシュに押さえつけられでもしているのだろう。間近で爆発が起きたのに、なんて非常識な奴だ。
だがなんにしろ、その声が聞こえた瞬間……俺の中で、取るべき行動は決まった。
怪盗ダッシュの勝ち誇るような声とライトの苦しそうな声が、絡みつくような白い爆煙の中から続く。
「なぁヒョロガキ、知ってるか? お前みたいな識者ってのは……非常識に弱いんだ」
「……何を、言っている……ぐうっ」
「お前みたいな常識のある識者は……俺みたいな非常識な奴相手には、思考が止まりやすい。その思考の隙を突かれて、簡単にお陀仏だ」
「黙れ……がはっ!」
「俺にダイナマイト投げてきた時は、もしかしたら俺の見込み違いで、お前も俺みたいな非常識野郎かと期待したよ。けど……やっぱ、違ったか。お前は俺には勝てねぇよ」
「……うる、さい」
「もういいよ。昨日みたいにお眠りしてな」
「……ふふ、ふふ」
「……? おいヒョロガキ、何がおかしい?」
「……確かに僕は、キミの言う通りの人種なのかもしれない。けれどね。僕は……僕達は。一人じゃ、ないんだよ」
そのライトの反論と共に――俺の飛び蹴りが、怪盗ダッシュの側頭部こめかみ部分に、ピンポイントで直撃した。
何やら叫びながら吹き飛ぶ怪盗ダッシュ。
俺は白煙でよく見えないが、確かにそこにいるであろうライトに手を差し伸べた。
「……うぐぐっ、有り得ねぇだろおい!?」
煙で姿は見えないが、怪盗ダッシュの声が響く。
俺は手を掴んだライトをそのまま起こし上げ、煙の中を睨みつけた。
「何がだよ?」
「確かに……俺とヒョロガキは喋ってたよ。その喋りを元に大体の位置を探る事は出来るだろうな! でもよ――ピンポイントでこめかみに蹴り食らわせられるわけねーだろ!? こんな濃い煙の中で、そんな事出来るはずがねぇ!」
怪盗ダッシュは未だに俺の蹴った所が痛むのか、呻き声を上げた。
俺はそんな奴の疑問に答えた。
「勘で『この辺だべ』って蹴ってみたら当たった。ただそれだけだ!」
「……ただの、運かよ……!?」
愕然とする奴にライトが言葉を返す。
「だから言っただろう怪盗ダッシュ。僕達は一人じゃないんだよ。僕みたいな識者の隣に、この非常識な相棒がいる。僕がダメな時は彼が、彼がダメな時は僕が。そうやって、支え合って今まで僕達はやってきたのさ。たった一人のキミには到底できない芸当だろう?」
だんだん、白煙も晴れてきた。
うっすらと見えてきた怪盗ダッシュの、その表情は――愉悦。
唇の端を吊り上げて、楽しくて仕方がないという顔をしていた。
「……なるほどなぁ。つまり、お前達は『二人で一人の探偵』……みたいなもんか」
怪盗ダッシュは笑いながらそう言った。
……言い得て妙だ。俺だけじゃきっとここまで探偵業を続ける事は出来なかったし、ライトだけでも同じだろう。
俺達は黙って首肯した。
「はっ……なら、二人まとめて潰してやるよ」
怪盗ダッシュは筋肉を収縮させ、気炎を吐き出す。
幻視ではなく、本当に煙が身体から上っている。
奴は、本気だ。
「俺は最も強い……“最強”だ!」
そして、奴は床を踏み砕きながらこちらへ跳躍を――しようとして、盛大にコケた。
砂塵が舞い、奴の呻き声が後から薄く響いた。
「ぐぁっ……なんだァ!?」
素っ頓狂な声を出す怪盗ダッシュ。
だが、そんなコミカルな奴を……俺達は笑う気にはなれなかった。
何故なら、それは。奴がコケた原因――奴の足元に絡みついた血の鎖を見てしまったから。
「……なぁ、最初に契り約した……“契約”したろ? 怪盗ダッシュ……!」
舞う砂塵を切って現れたのは――ニュエル・ボルゴス。
さっき吹っ飛ばしたはずのニュエルは、怪盗ダッシュの口癖を真似しながら、俺達に――否。俺だけに、血のナイフの切っ先を向けた。
「殺り合おうぜ、探偵」
その言葉と同時に、この大広間のシャンデリアが全て落ちてきた。ガシャン、ガシャンと音を立てながら、光が少しずつ削がれていく。
コイツ……あれだけ吹っ飛ばしたのに、もう戻ってきたのかよ……!
やがて、そう時間も経たずに光源が月明かりだけになり……その光を裂く、ニュエルの凶笑が浮かんだ。
****
【小話】〜なぜニュエル登場と同時にシャンデリアが全て落ちてきたのか〜
「……さて。城の中に戻ってきたのはいいが……探偵どこだ?」
「さぁ。とりあえず、騒がしい方に行けばいるんじゃないですか?」
「なんでそう思うんだよ、ウィンニュイ」
「あの探偵自身騒がしいですし。ニュエルと似たような感じでしょ?」
「騒がしくて悪かったな!」
「そういう所が騒がしいと言ってるのに」
「あーもう、この話終わり! 騒がしいのは……あっちか!」
「この先には大広間がありますね。多分そこです」
****
「……で、やってきた訳だが」
「なんですかこの煙。大きな音もしましたし、爆発でもしたんでしょうか」
「あ、怪盗ダッシュの野郎、探偵共と戦ってるな」
「私を蹴り飛ばした探偵二号もですか?」
「おう。いるいる」
「イラは?」
「イラ……あのチビか。知らね。ここにはいねーよ」
「そうですか……」
「随分とお気に入りなんだな。探しに行けば?」
「別にお気に入りって訳でもありませんけど、まぁお言葉に甘えさせていただきます」
「おう、行ってら〜。……さて、どうやって現れようか。せっかくだからカッコよくドドン! と現れたいよな。とりあえずシャンデリア落とすか」
――シャンデリアを吊る鎖を切断する作業に入る――
「ふぅ……これくらいやっときゃ、着地した時にいい感じにガシャンガシャン落ちるだろ。さて、それじゃ――おい怪盗ダッシュ、アイツ何やってやがる!? あの探偵は俺の獲物だって一昨日言ったろーがッ!」
――今話ニュエル登場シーンに続く――




