File4―18 怪力強盗と血色の悪魔 〜やがて長い夜は明け〜
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〜レフト・ジョーカー〜
「じゃあな」
結構な時間、話し込んだ後。
俺はリナリアの部屋を後にしようとした。部屋で寝てるライトも心配だし、そもそもセルベールを置きっぱなしだ。バーンのクソ野郎への反論はまた今度でいいや。
俺は部屋を出ようとして、リナリアの視線に気づいた。
この部屋を出ていこうとする俺の背中に、リナリアは少しだけ何かを言い淀んで、しかしそれを口には出さなかった。
「ええ。……今日はお城に泊まるんでしょ?」
「おう。セルベールが部屋貸してくれてる」
俺はドアノブを掴み、ゆっくりと開けた。リナリアの部屋に、開けたドアの隙間から外の空気が流れ込んでくる。
俺は静寂の中、少しだけ冷えたそれを吸い込んだ。いやまぁ、天井に穴空いてるから外とそんなに変わんないけど。
リナリアの名残惜しそうな息遣いが、静かな中に響く。後ろ髪を引かれるような思いが俺の心にのしかかってきたのを感じた。
……全く。困った王女様だぜ。
俺はため息をついて、最後にリナリアの方へ振り返った。
「また明日な」
ひらひらと手を振る。
それを見たリナリアは、小さく笑顔を咲かせ、俺と同じように手を振った。
「また明日」
……よし。明日もきっと、ここに来よう。
俺はそう決意し、柔く目を瞑った。
****
「――って訳で、俺、リナリアとも友達になったから」
俺はセルベールの用意した部屋に戻ってきていた。で、さっきあったことをライトとセルベールに話した。……都合の悪い所は省いておいた。
この部屋にずっと居たであろう二人は、揃って目をまん丸にして驚いている。
「全く、キミという奴は……」
「え、本当にリナリア姉様と……お友達に?」
「ふっふっふ……俺のこの抜群のコミュニケーション能力に驚き讃えるがいい」
俺は鼻高々に胸を張った。
改めて考えるとすげぇよ俺。こじらせたサディスト王女様と特に確執を作ることなくお友達になる事に成功したって、めちゃくちゃすげぇと思う。……天井壊したし頭踏まれたけど。
だが、セルベールは納得していないようだった。じっとりと俺に視線を寄せてくる。
「ていうか……まず、どうやって姉様の部屋の中に?」
「……たまたま鍵が開いててな」
「レフト、気をつけたまえ。セルベールは嘘を見抜くのが得意だ。僕にすらわかる嘘は吐かない方がいい」
ライトの援護射撃が俺に突き刺さった。
……せっかく省いたのになぁ。言いたくねぇよ。恥ずかしいし、セルベールにバレたら怖いし……。
「ほらレフト。早く本当のことを言いたまえ」
「ライト……お前までセルベール側かよ」
俺はげんなりし、唇を歪めた。
それと同時に、部屋の扉が開く。
「……レフトいるか?」
現れた人物は――おやっさんだった。
「俺?」
俺は自分を指さして眉をひそめた。
おやっさんは俺の方を見ると、廊下の方を親指で指した。
「ちょっと話せるか」
****
「……なんすか?」
廊下に出た俺は、おやっさんに開口一番に聞いた。
おやっさんは後頭部を掻きながら、俺の被っていたソフト帽を取り上げた。
「ちょっ、何すんだよ」
「なぁレフト」
「……なんすか」
「ライトの事で、何か変わった事はないか」
――俺は固唾を呑んだ。
おやっさん……もしかして、ライトの事知ってるのか? ライトが機人族じゃないかもしれないって……知ってるのか?
「なんで、急にそんな事?」
俺は言葉を探り選んで、なるべく平静を装う。
だが、おやっさんは全てを見透かしてしまうような目で、俺を真っ直ぐに見つめてきた。
俺はその目線から逃れたくて、ソフト帽を深めに被ろうとして……おやっさんに取り上げられていた事を思い出した。
おやっさんは自身のソフト帽を被り直してから、俺のソフト帽を再び俺の頭に乗せた。
「……さては知ってるな、お前」
「――!」
ソフト帽越しに感じるおやっさんの手が、とてつもなく大きくなったように感じた。
……逃げられねぇか。この人からは。俺の師匠であり、父親代わりでもあるこの人からは……まだまだ、逃げられそうにない。
「……ライトには、秘密で」
「当然だ。本人には言う気は無い。機人族にそういう話はご法度だ」
やはり流石だ、おやっさんは。ライトへの気配りまで完璧だ。廊下で話そうと言ったのも、ライトに聞かれないようにするためだろう。
俺は、ライトの事をおやっさんに話す事にした。
「……ライトが気絶してたんで、医者に見せた。すると、ライトを診てくれた人が……『ライトは機人族じゃないかも』って」
「……それで?」
「ライトの体って、人間族的に言うなら心臓が二つ以上あるとか、未知の臓器があるとか、そんな状態らしくて。で、その後は一旦追い払われちゃって。その医者の先生にまた今度ライトを診てもらおうかと」
「それだけか」
「はい」
「その医者の名前は?」
「『ウェアチェル・イーサカ』。名刺も貰ったぜ」
俺は懐から先程貰った名刺を取り出した。
しかし、おやっさんはそれを手で制した。
「いや、いい。その人なら俺も知ってる。昔、依頼された事もあるしな」
「え、マジっすか」
おやっさんのコネクションは意外とかなり広い。
俺もたまにそのコネクションの広さに助けられる事があるくらいだ。
おやっさんは再び俺の頭に手を置いて、ぽんぽんと二回軽く叩いた。
「……レフト。お前はライトの相棒だ。わかるな」
おやっさんの視線が、真っ直ぐ俺に突き刺さる。
恐らくおやっさんは俺に問うている。
――例えライトが何者でも、信じ続けろ。
そう、俺に覚悟を問いただしているのだ。
俺は笑って親指を立てた。
「当然」
「よし。それでこそ俺の弟子だ」
そう言うとおやっさんは俺に背を向けて廊下を奥へ奥へと歩いて行った。
いやぁ……あの去り際の後ろ姿、ハードボイルドだ……。いつか俺もあんな風に、こう……大人の魅力とか色気とかを存分に醸し出せるような、そんなハードボイルドに……。
俺は鼻息荒く、そう決意した。
「さて、それじゃあ戻るか」
俺は再びライトとセルベールが待つ部屋の扉に手をかけた。
……この後、眠くなるまでライトとセルベールからリナリアとの件について問い詰められるのだが、それは省かせてもらう。
****
〜とある研究室〜
「いやはや……まさか見つかってしまうとは」
そう言いながら、暗い研究室の中に人影が入ってきた。
その正体は、あのコートを羽織った紳士だ。彼は、何かを企み王城の屋根の上にいたのだが、タレイアに見つかったために退避してきたのだ。
「『ジョゼフ』、『イニャス』、『ギヨタン』、『ギヨティーヌ』。いるかい?」
彼は暗闇に問いかけた。
その問いかけに、四つの返事が響く。
「あいよ、“博士”」
「はぁい、げんきでぇす」
「「いまーす」」
それと同時に明かりがつけられた。
浮かび上がる四つの姿。二人の男と二人の女だ。
彼ら彼女ら四人組は、このコートの紳士の助手だ。つまりこの紳士は彼らの上司――つまりは何かしらの『博士』という事になる。
コートの紳士――改め“博士”は助手達にため息を吐いた。
「全く。居るなら明かりをつけたまえ。目を悪くするよ」
博士のその言葉に、助手の一人である屈強な馬型【獣人族】の男――『ジョゼフ・カスケード』が答えた。
「大丈夫だよ博士。俺は“改造手術”を受けてる。この瞳だってアンタのお手製だぜ」
快活に笑いながらジョゼフはそう言った。
博士はそれに眉をひそめる。
「他の皆がどう思うか、だろう。そうだねイニャス。キミの瞳は特に弄ってはいない」
博士は助手の一人、常に目を瞑っている小柄な【機人族】の少女『イニャス・ネカミック』に話題を振り替えた。彼女の首には全く似合わないリアルな質感の蛇柄のマフラーが巻きついており、初見の人を必ずギョッとさせる風貌をしていた。
「いじるもなにもぉ、わたしぃ、きじんぞくだしぃ? かいぞうもなにもないよぅ」
唇を尖らせるイニャスに、しかし博士は笑わなかった。
唇のみを形だけ笑みに歪め、彼は鼻で笑うように言い放つ。
「忘れたかね。キミの【機能】は私の手によって超強化してある事を。並の機人族とは比べ物にならない程の力を持たせてやった事を」
「おんきせがましぃ」
イニャスは博士にそう言い返した。
しかし、そのセリフはどこか弱々しいものだった。
「ギヨタン。ギヨティーヌ。キミ達は暗いと思わなかったのかい」
最後に博士は、残った二人の助手――残酷な美しさを放つ双子の【人間族】の兄妹『ギヨタン・ロティン』と『ギヨティーヌ・ロティン』に話を振る。
兄妹は揃って無機質な瞳を揺らしながら、首を横に振った。
「……そうか。私がこの場では少数派らしいな」
博士は愉快そうに笑う。
そうしてから、机の上に数枚の写真などの“研究資料”を置いた。
博士は少しだけ憂いの表情を浮かべながら言った。
「どうやら“あの子”は二ュエル・ボルゴスに敗北してしまったようだよ。今、左胸に傷を負っている」
そんな博士の言葉を鼻で笑うジョゼフ。
鼻を鳴らす彼は、まさに馬のようであった。
「はっ。アレに傷なんて、あってないようなものでしょ。すぐに再生するんだし……それに、硫酸一気飲みしても余裕で大丈夫な体だぜ」
そんな彼の言葉に、ギヨティーヌが首を横に振った。
「忘れたの、ジョゼフ。この子は自分の事を未だに人間族だと思い込んでるのよ」
虚ろな目でそう呟くギヨティーヌに、同じく虚ろな目のギヨタンが同調する。
「未だに人間族だと思い込んでるから……自己再生能力も、満足に使えない……。宝の持ち腐れだね……」
そんな彼らに、博士はクククと笑った。
そして、アルコールランプに火を灯し、ビーカーに水とインスタントコーヒーの粉末を入れたものを三脚の上に置いた。
「……博士。もっと美味しいコーヒーの入れ方あると思うけど? せめてお湯沸かしてから粉末入れなよ」
ギヨティーヌが半眼で呆れたように、博士の雑なコーヒーの入れ方を指摘する。
しかし博士はそれを無視して一枚の写真を取り出した。その写真に写っていたのは、ライトだった。
イニャスが写真を指さして、瞑っていた目を薄く開けた。
「……これぇ、あれのあいぼうのぉ」
「そう。ライト・マーロウだ。話を盗聴してみた所、どうやら彼もただの機人族ではないようだ」
ゴポッ。
ビーカーの中の液体が、黒く染まりながら沸騰した。
博士はそのビーカーを手に取り、中のコーヒーに口をつけた。
「この機人族が私達にとって吉と出るか凶と出るか……。もし、凶だとしたら早めに潰しておきたいね」
博士は持っていたビーカーを傾けた。
中身のコーヒーがフチからこぼれ出し……真っ黒な液体が、ライトの写真を濡らしていった。
「どうか……私達の未来に、幸あれ」
****
〜レフト・ジョーカー〜
朝。小鳥のさえずる音が耳に心地よい。朝日が俺の目をまぶたの上から明るく照らし、スッキリとした目覚めを提供してくれた。
俺はライトと共に部屋を出て、食堂へ向かった。その道中、前を歩くイラとエルと合流した。
だが……なんかこの二人、空気悪いな。ギスギスしてる。
「……お前ら、喧嘩でもした?」
俺は何気なくそう聞いた。
カツカツと廊下を歩く音が響く。
「……そうなんだよぉ。レフトくんどうしよう……」
エルがこちらへ振り向いた。
その目は、半泣き。今のエルの涙で光る目は、寝起きだからという理由で乗り切れるものではなかった。
「何があったんだよ」
「ぐすっ……昨日ね、イラちゃんをくすぐったの……」
鼻をすすりながらエルは話し始めた。
ライトは特に興味無さそうに外を眺めていた。……お前なぁ。一応この二人、助手だぞ。
「そしたら……予想以上にいい反応したから……興奮して……それはもう長々としつこくくすぐっちゃったの……」
「……ふむ」
「それで……イラちゃんの機嫌を損ねちゃって……ぐすっ。全然私の話聞いてくれないし、謝っても許してくれない……私が全部悪いんだよ……」
……何というか、感想としては『仲良いな』って出てくるくらい平和な理由だった。
しかし……イラ、くすぐるとそんなにいい反応するのか。
俺の目がキラリと光った。
「……レフトくん何しようとしてる?」
「別に何も?」
「なわけないじゃん! 今完全にワクワクしながら科学者になりきって火に油を注ごうとする純朴少年の目をしてたよ!?」
俺はそのエルの言葉を無視し、懐から探偵道具を取り出し、思いっきり振りかぶって、まるで名投手のようにイラに向けて投げつけた。
「ウオオオオテガスベッタァァァァァァ!!!!」
「物凄い気迫の棒読み!?」
エルのツッコミと共に、俺の投げたものはイラへと一直線に突き進む。
そして、イラが俺の声に気づいて振り返ると同時に、それはイラの顔面にくっついた。
「一体なんですか――ひぎゅっ!?」
「いよっしゃ、ナイスコントロール!」
「手が滑った設定貫きなよ……」
半眼で睨んでくるエルを視界から外し、イラへと歩み寄った。
「な、なんですかこれ!? なにするんですか探偵さん!?」
「いや、お前がくすぐりに弱いと聞いたから……ちょっとくすぐってやろうかと」
それと同時に、イラの顔面にくっついていた猫じゃらしの先っぽのような……毛虫のようなその物体が這うように動き始めた。
「な、ななななんですかこれは」
「探偵道具『チョロチョロ虫』だ。普段は偵察とか盗聴とかに使うんだけどな、毛虫みたいに毛でいっぱいだからそういう風にくすぐりにも使える」
チョロチョロ虫がイラの服の中に潜り込む。
そして、イラは身体中をまさぐりながら悶え始めた。
「ひゃっ、あうっ!?」
腰を抜かしたようで、その場にへたり込むイラ。
顔を真っ赤にしながら時折ビクリと体を跳ねさせる。
「あふっ、んっ、ダメ、ちょっと探偵さん、取ってっ、やっ、はっ、あっ」
俺はそんなイラを見つめながら思う。
……めっちゃイケない事をしてる気分。児童ポルノ一歩手前まで来ているのではなかろうか。
「おいエル。いい反応って、俺的にはゲラゲラと笑い転げるコミカルな感じを想像してたんだが」
「ごめん。私的にはアンアン喘ぎ悶えるえろえろな感じだったんだ」
「いいからっ、とってぇっ、これっ、やらっ!?」
「……とりあえず声抑えろよ」
「〜〜〜っ、ふっ、あっ、んっ、っ、んくっ」
口元を手で覆いながら、顔を赤くしながら、涙目になりながら、小刻みにブルブル震えながら、俺達に懇願するイラの姿は……ダメだなこれ。成年未成年問わずアウトな代物だ。児童ポルノ、ダメ、ゼッタイ。
「今どこにあるんだチョロチョロ虫」
「せ、背中のあたっ、辺りれすっ」
「……その物凄くアウトに近い反応やめてくれる? 俺が犯罪者みたいだ」
「探偵さんのせいでしょ!? ……っ、あんっ」
……イラの服の中覗き込まなきゃ取れねぇよなこれ。
生憎だが俺はハードボイルドな紳士なので、たとえ相手がイラであろうとレディーのプライバシー的なものは守らないといけない。
「……そうだ。エル。お前取ってやれよ」
俺は後ろにいるエルにそう言った。
エルは俺の急な提案に目を丸くした。
「えっ、私?」
「俺男だし、イラが気にするだろ? でも同性同士ならそこまで気にもならないだろ」
最後に俺はエルの肩に手を置いた。
「ついでに仲直りでもしてみろよ」
俺の言葉に、エルは強く頷いた。
「……うん。やってみる」
その後、エルの手によってチョロチョロ虫はイラの体から取り払われた。
また、その時に二人は俺の思惑通りに、無事に仲直りを果たしたようだ。
いやぁ、助手の喧嘩の仲裁をする俺ってやっぱり理想の上司だぜ。かっけぇ。
俺は腕を組んでウンウンと頷いた。
「……探偵さん?」
「おっ、どうしたイラ。お礼でもしに来たか」
「……ええ。お礼をしに来ましたよ……お礼参りにね」
「……あれおかしいな。なんで俺こんなにイラに睨まれてんの?」
「元はと言えば――あなたが私にあんなの投げつけたのが原因でしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ゴグぼはァ……!?」
……しかし、そんなハードボイルド上司であるはずの俺は、チョロチョロ虫から解放されたイラの手によって容赦なくボコボコにされたのだった。とほほ。
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【キャラクター設定】〜アフロディーテ・ウィンダリア〜
・身長……一七五センチ
・体重……五三キロ
・種族……天人族(不浄)(元美神)
・年齢……(黒く塗り潰されている)
・職業……ウィンダリア王国王妃
・誕生日……本人も覚えていない
・SかMか……どちらでも♡
・国王と結婚する事になった経緯……『聞きたい? 私とフーくんとの馴れ初め……そう、あれは何年前だったかな……今リナリアが一八歳だから、一八年前? 簡単に言えばいわゆるデキ婚よね。だけどその中にはデキ婚なんて言葉では足りないくらいの深い深いラブストーリーが……』(以下文章に起こすと大辞泉の厚みを超えるため省略)
・趣味……同人誌集め
・今一番大事にしたいもの……家族




