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File4―13 怪力強盗と血色の悪魔 〜CLIMAX ENGINE!〜

 〜バーン隊VS鬼人形軍団〜


「……んぁ」


 騒々しい喧騒の中、ジャッカーは静かに目を覚ました。


「あ、ジャッカー先輩起きました〜?」


 フララの声が頭上から響く。

 見上げると、ジャッカーの視界に覆い被さるようにフララの顔が映し出された。


「……おい、フララ。今、どんな状況だ」


「教えたら先輩、また戦いに行くでしょ」


「なるほど戦闘中か、すぐ行く」


「だからダメですってばぁ!」


 ジャッカーは立ち上がろうと上体を起こそうとしたが、フララにまた寝かされる。彼は後頭部を強打するかと身構えたが、柔らかい何かが彼の頭を優しく支えた。

 ジャッカーはこの柔らかいものの正体は何だろうかと考え、そして一つの結論に辿り着いた。


「……待てフララ。テメェ今、俺に何してる?」


 その結論の答え合わせのために、ジャッカーは若干震える声でフララに問いかけた。


「何って……膝枕ですけど?」


 その答えを聞いた途端。彼の頬は真っ赤に染まった。


「どけっ! 俺はもう万全だっ、だからどけっ!」


「ダーメですって、まだ寝てなきゃ」


「じゃあわかった! 寝るから膝枕は寄せ!」


「はーい、全くしょうがないですねぇ」


 戦いに行こうとしたらもっかい膝枕の刑ですよ〜、とフララはジャッカーに笑いかけ、彼を己の膝から解放した。

 ジャッカーは無理してでも戦いに参加したかったが、そう言われてしまっては言い返す事も出来なかった。

 そんな彼らを見て、キャシィがリキラに薄い胸を張る。


「どうよ。電気バカはどーせ童貞だろうから、あーいうのに弱いだろうと思ってな。私のアドバイス、役に立ったろ」


「確かに、アレがなかったらジャッカーはまた無理してでも戦いに出てたでしょう。ナイスアドバイスです」


「だろ〜? ボーナス弾んでくれてもいいんだぜ〜」


「それはまた別の機会に」


「別の機会っていつだよオイ」


 リキラはキャシィのその言葉を無視し、前方で繰り広げられている戦闘に注視した。


(……やはり不利ですね)


 リキラはメガネの奥で瞳を細める。

 実際、彼らはよくやっている。

 ガリウスとアウラの息の合ったコンビネーション攻撃が鬼人形のコアを的確に破壊していく。ネネリートの鉄拳はコア関係無しに鬼人形を砕いていき、戦闘不能状態へと持ち込む。リューの炎刃は数多の鬼人形を炎の中に飲み込んでいく。そして、彼ら彼女らをサポートするミューの射撃能力も舌を巻く程だ。

 決して弱くない、むしろかなりの強者が集まった集団――しかし、それを上回る程に鬼人形の軍勢の物量は凄まじい。

 リキラが歯噛みすると、後ろから叱責が飛んできた。


「おいメガネ。あんま俺らを舐めんじゃねーぞ」


「……ジャッカー?」


 リキラは驚いたように後ろを振り返った。

 ジャッカーは瓦礫にもたれかかりながら唇を歪めた。


「これくらいの相手、お前が心配するまでもねーんだよ。余計な心配してねーで、黙ってお前は頭働かしてろ」


 そんな粗雑なジャッカーの言葉に、リキラはキョトンとする。

 ジャッカーが顎で『見てろ』としゃくると、リキラはため息一つ、前方へ視線を戻す。

 その頃、ガリウスが警棒を振り回しながら、唇を苦渋に歪めていた。


「倒しても倒しても、キリがないっス!」


「キッツイなこれ!」


 それにアウラも同調するが、そんな彼らにネネリートの叱責が飛んだ。


「うっせぇ男共、弱音吐いてる暇あるなら手ェ動かせ! 粉砕しろ粉砕!」


「それ出来るの、この中じゃネネだけだよ?」


 ネネリートの無茶ぶりに、アウラは半眼で返す。

 だが、そんなアウラの背後に、鬼人形の一撃が振り落とされようとしていた。

 それに気づいたガリウスが声を上げる。


「あっ、アウラ! 後ろ!」


 間に合わない――ガリウスが歯噛みした、次の瞬間。

 ミューの鎮静弾が、間一髪でアウラを襲おうとしていた鬼人形を撃ち抜いた。


「大丈夫。取りこぼしたのは僕に任せて」


「ありがとね、ミュー」


 一発一発、確実に鎮静弾を当てていくミュー。

 殺傷能力は無いものの、的中すれば確実に無力化できるミューの鎮静弾は、この戦闘においての彼らの重要な支えになっていた。


「ドッゴォォォォォォォォォン!」


 突如、爆発が巻き起こる。

 それと同時に、擬音語オノマトペを口で言う少女の声も響いた。

 リューだ。


「炎刃、燃料(やる気)満タンフルチャージ! さてさてさぁて、飛ばすでありますよ!」


 リューは炎刃を床に突き立てた。

 刃全体からほとばしる炎が床に辿り着き、そして辺り一面を円状に広がりながら炎上させた。


『グゥ……!』


 炎に飲まれた鬼人形達は呻きながら焼け焦げていく。

 そして、リューの周りにいた鬼人形は全て黒焦げになった。


「せいやっ!」


 リューは床に突き立てていた刃を抜き、己自身も回転しながら炎刃を真横に薙いだ。いわゆる回転斬りだ。

 刃は黒焦げになった憐れな鬼人形達を炭の塊にして崩していった。

 皆が鬼人形の数に苦戦する中、リューだけは余裕綽々、どこ吹く風といったような感じであった。


「流石です、リュー先輩……」


 リューの無双ぶりにフララは感嘆した。

 そして、視界の端に見えたやられそうになっているネネリートに、エールを送る。


「ネネ先輩! ファイトですよ〜!」


「うっせぇ! どっからどう見ても戦闘ファイトしてんだろうが!」


「そ、そういう意味じゃなくて〜……」


 ネネリートの怒り任せに振るった拳が鬼人形をぶっ飛ばした。

 ぶっ飛ばされた鬼人形は、他の鬼人形をも巻き込みながらなだれ込んでいった。


「……おっ。ちょっと攻略法見えてきた」


 それを見たネネリートは、笑った。


 そうか。粉砕じゃあダメなんだ――ぶっ飛ばせばいいんだ。

 ぶっ飛ばせば、他のヤツらも巻き込んで倒せる。


 ネネリートはそう確信した。


「っしゃ、行くぞゴルァァァァァァァァァァ!」


『ギィッ!?』

『パガッ!?』

『ゴォァ!?』


 一撃目。前方へ鬼人形をぶっ飛ばす。ぶっ飛ばされたそれは、ボウリングのように他の鬼人形を倒していった。

 二撃目。不意打ちを仕掛けてきた鬼人形を裏拳でぶっ飛ばす。頭部をコアごと粉砕された鬼人形は絶命した。

 三撃目。ネネリートは【獣化】能力を強めた。それによって強化された兎の跳躍力で軍勢の中央部に、文字通りの意味で殴り込む。大きなクレーターを生み出しながら、沢山の鬼人形を一撃で屠った。


「わっ、ネネ先輩凄いです! 私、感動しました!」


「これくらい余裕なんだよ、こんなもんで感動してんじゃねぇ」


 頬を紅くして跳ねるフララに、遠くからネネリートがトゲを吐く。だが、心無しかそのトゲは丸くなっていた。

 そして、ガリウスとアウラのコンビにも動きが見える。


「ガリウス。今からキミ用の武器生やすから……使ってね」


「ええ……アレやるんスか」


「うん。――【太陽への憧れよ。地への感謝よ。それら全てを蓄えとし、今、花開け黄金の金華】――」


 床に手をついたアウラは詠唱を始めた。

 森人族であるアウラは当然、種族固有能力である【魔法】の行使も可能だ。

 緑色の魔法陣が、アウラの床につけた手を中心に丸く広がっていく。そして――


「――【超絶特大向日葵ウルトラサンフラワー】」


 ――とても大きなヒマワリを咲かせた。

 大木かと見間違えそうになる程の巨大なヒマワリ。

 そしてそれの根っこを掴む男が一人。


「ふんぬううううううううああああああああああ……!」


 ガリウスだ。

 ガリウスは地人族の能力【超怪力フルパワー】を生かし、この超絶特大向日葵ウルトラサンフラワーを武器にしようとしていた。


(くぅ……俺が怪盗ダッシュくらい、力があれば……!)


 中々抜けないヒマワリに、ガリウスは歯噛みした。

 ガリウスだって、地人族の中で見ればかなりのパワーの持ち主なのだが、やはり怪盗ダッシュのあの異常な力を目の当たりにした後では見劣りしてしまう。


「……けどっ! 俺は……俺達は! 平和や市民の為に、絶対にぃ――負けられないんスよォォォォォォ!?」


 限界まで筋肉を膨れさせ、渾身の力を込めてヒマワリを引っこ抜く。

 引っこ抜けたヒマワリを、ガリウスは大剣でも扱うかのように前方へ振り下ろした。


 それは、天の裁きにも、神の与えし罰にも思えた――そんな一撃。


『グヒャア――』


 鬼人形の断末魔も、ヒマワリに叩き潰されて掻き消えた。

 アウラが生み出し、ガリウスが放ったヒマワリの一撃は、沢山の鬼人形を押し潰した。


(……いつの間にか逆転してますね)


 リキラは現状の光景に苦笑をこぼした。

 この状況をどうやって打破するか、参謀の自分が悩んでいる間に彼らは自分で道を切り開いてしまった。

 全く、大した人達だ。私の立つ瀬がないじゃないか。

 リキラは目を瞑り、メガネをクイッと上げた。

 そんなリキラを見て、ジャッカーも笑う。


「俺らはお前が思ってる以上にやれるぜ。わかったか、参謀サンよぉ」


「……ええ。肝に銘じておきます」


 そしてリキラは微笑一つ、銃を取り回すミューに指示を出した。


「ミュー! もうキミもサポートの必要はありません! キミも奴らの殲滅をお願いします!」


「うん。了解」


 ミューは銃をガチャガチャと弄り、弾を入れ替えた。

 鎮静弾から、通常弾へ。サポート向けではない、相手を殺すための銃弾だ。

 カスタムを終えたミューは、銃口を鬼人形へと向けた。

 背後からフララの声が響く。


「ミューくん! 頑張ってー!」


 彼女は、バーン隊最年少であり新人でもあるミューのお世話係だ。

 ミューはお世話係で姉のような存在である彼女のエールをくすぐったく思いながら、引き金を引いた。


 タンッ、タンッ、タンッ。


 計三発の銃弾は三体の鬼人形の体を撃ち抜いた。


「うーん……やっぱり死なないや。コアがどこにあるか、教えてよリキラ」


「鬼人形のコアは身体中を移動しますから、位置の把握は不可能です……すみません。力添えは出来ません」


「そっか……でも、大体の位置くらいはわかるでしょ。デフォではココにあります、とか。そういうのでいいよ」


「まぁ、それなら中央部でしょうか。しかし、ほとんどの鬼人形オーガゴーレムは攻撃されると認識した瞬間にコアを移動させてしまいますよ」


「いーよそれで――()()()()()()()


 そう言うとミューは再び銃をカスタム――弾を通常弾から炸裂弾へと入れ替えた。

 炸裂弾とは、通常弾より二回りほど大きな赤色の銃弾だ。威力は通常弾の五倍。文字通り、高威力の攻撃が炸裂する。

 ただ、反動が強すぎる、連射が効かないなどの問題点を抱えるため上級者向けである。しかし、ミューの射撃の腕前からすれば、どんな弾でもイージーモード。文字通りの意味で百発百中の腕前は、ベテランの憲兵も唸る程だ。


「じゃ、撃つね」


 ミューは銃口を鬼人形達に向けた。

 そして、引き金を引く。

 まるで近くで爆発が起きたかのような銃声が轟き、赤の弾丸が撃ち出された。

 鬼人形はそれを見てコアを中央部から下腹部へと移動させる。しかし。


『ガッ……!?』


 ()()()()()()()()()()()()()()の炸裂弾には、どこにコアを移動させようと関係の無い話だ。下腹部に移動させたコアは、その胴体ごと破壊された。

 そして、体重の軽いミューは強すぎる反動ゆえに後方へ大きく仰け反るが、彼はそのままの勢いで後方へ宙返りし――空中で更に一発、炸裂弾を放つ。


『ゴァ――』

『グ――』

『ヒガッ――!?』


 炸裂。

 そのたった一発の銃弾は三体の鬼人形をぶち抜いた。

 ミューは空中で炸裂弾を撃った際の反動により床を勢いよく転がるが、すぐに立ち上がり再び銃口を軍勢へと向けた。


「ミューくんかっこいい〜!」


「……やめて、恥ずかしい」


 そして、姉代わりのフララがミューへ黄色い声援を飛ばす。

 ミューは頬を少し赤らめた。


「……もう後は大丈夫そうだな」


 キャシィがせいせいしたように伸びをした。

 それと同時。リューが(自称)最強最高の必殺技を放つ。


「行くでありますよ必殺! 『アルティメットシャイニングサバイブブラスターキングアームドハイパーライナーエンペラーコンプリートスらァァァァァァァァッシュッッッ』!!!!!!!!」


 最大火力。

 紅蓮の炎を纏った炎刃が、真一文字に振るわれた。

 炎の刃は、残りの鬼人形達を焼き尽くし、滅していく。

 そうして、残り全ての鬼人形は焼き払われたのだった。


「これにて一件落着、であります!」


「まだ一件しか落着してないんだね……疲れたぁ」


「ていうかそういう大技はもっと早く使って欲しいッス……そうすりゃもっと楽だったでしょ」


 胸を張るリューに、アウラが苦笑しながらヘタリ込み、ガリウスが半眼で睨みつける。

 だが、リューはどこ吹く風で笑って答えた。


「この大技はテンションが最高潮にならなきゃ使えないのであります。テンションが最高潮になる時なんて、ラストかファイナルかクライマックスくらいでありましょ?」


「全部最後じゃない」


 ラヴィーが苦笑する。

 そこでようやく、彼ら皆は戦闘態勢を解き、お疲れ様と互いの苦労を労いあったのだった。



 ****



 〜レフト・ジョーカー〜


「ライト、寝てれば治るってよ」


 俺はイラとエルにライトの現状について、そう説明した。

 ライトの身体のことは黙っておいた。言うなって言われてたし。


「そっか。良かったぁ」


 エルはへなへなとその場に座り込んだ。

 かなり心配していたようだ。俺はそんなエルの様子に軽く笑った。

 しかし、イラの一言でその笑いは消えることになる。


「……で、探偵さんはどうしてここに?」


「うっ」


 ……言い難い。

 二ュエルに負けた、とは言い難い。

 俺は冷や汗を流していると、イラの目がスッと細まった。


「探偵さん。もしかして……負けました?」


「………………はは、俺が負けるわけねーじゃん」


「やけに沈黙長かったですよ?」


「いやそんなことねぇよイラは本当に何言ってんだかHAHAHA!」


 イラの目はどんどん細く鋭く冷たくなっていく。

 俺は目を逸らしながら、冷や汗を流しながら、必死でその場を取り繕おうとした。


「……負けたんですよね」


「負けてねぇよ」


「負けましたね」


「負けてねぇって」


「私の目を見て、もう一度言ってくれます?」


「なんでンな事しなきゃ――」


 バチィッ! ……と、俺の両頬に痛みが走る。

 イラが両の手で俺の顔を思いっきりサンドイッチした音だ。

 ヒリヒリと痛む頬に俺が目を瞑っていると、イラの顔がズズッと近づく気配がした。


「……目、見て言ってください」


「……」


 俺は観念し、目をゆっくりと開けた。

 目の前に、イラの顔がドアップで映し出される。

 ……こうして見たら結構可愛いなコイツ。


「なんでそんなことお前が気にするんだよ」


 俺はぶっきらぼうにそう言った。

 後、顔が近ぇ。


「気にしますよ。私の上司ですもん。上司の心配しておかしいですか?」


 イラは、どことなく真剣な目をしていた。

 そんなイラの目から逃れたくて、俺は視線を横にそらす。すると、顔を寄せ合う俺達二人を見てあわわわっと顔を赤くするエルの姿が見えた。

 ……いややべぇな今の状況。傍から見たら絶対誤解される。絶対キスシーン辺りに誤解される。ここ廊下だし、結構人通るよな……今は幸いな事に人いないけど。

 俺はこのまま人が通らない事を祈った……が。


「……ん、アレ、劣化版じゃねぇ……か?」


 ……わーお。最悪な声が聞こえてきた。ついでに、うちわの音も。

 よりによって、一番見られたくない奴に見られた。

 俺は顔を青くした。


「……はっ」


 横からの他人の声を聞いて、今更イラは自分が何をしているかに気づいたらしい。傍から見たら完全にキスシーン直前か直後である。

 イラは顔を赤くしながら俺の両頬から手を離し、誰かに見られていないか、と辺りを見渡し――固まった。

 それはもちろん……人に見られていたからだろう。よりにもよって、バーン・アイシクルに。


「えっと……貴方は確かバーンさん……でしたよね……」


 イラは慌てふためきながら、先程の負けを誤魔化す俺のようにこの場を取り繕おうとした。

 しかし、コイツには通じない。うちわを扇ぎつつ、手錠をチャラチャラと指で回しながら、こちらに近づいてきた。


「……劣化版。ロリコン罪で逮捕だ」


 逮捕!? つか、ロリコン罪って何だよ!?

 俺は唾を飛ばしながらわめく。


「いや誤解! 誤解だから!」


「何、五回? まさかお前、初犯じゃねぇのか」


「そうじゃねぇよ! アホなのお前!?」


「はい、憲兵への侮辱罪。これ以上罪を重ねるな」


「俺は罪も何も重ねてねぇよ!」


「少なくとも今、唇重ねてただろうが」


「だから重ねてねぇって! 誤解だっつってんだろ!?」


「だったらなんだ。『後ろめたい事を隠そうとしてそこのお嬢ちゃんに言い訳してたらお嬢ちゃんが急にお前の頬をバチッと抑えて顔を寄せて詰問してきた』とでも言うつもりか」


「そうだよ! 徹頭徹尾その通りだよ! 何お前、見てた!? 全部見てたの!?」


「俺はお前が『ライト、寝てれば治るってよ』って言ってた辺りからしか見てないぞ」


「事が始まる前から見てんじゃねーかっ!」


 くっそコイツ、俺をおちょくりに来ただけだ!

 畜生、憲兵って暇なのか!?

 俺は地団駄を踏むようにドンドンと床を足で踏み鳴らす。すると、診療室から『騒がしくしないでくださーい』と注意されてしまった。

 ……なんか俺だけめっちゃ可哀想な気がする。

 しょぼくれる俺に、ヤツから言葉が投げかけられた。


「やーい。注意されてやんのー」


「お前はガキか!」


「騒ぐな。また注意されるぞ」


「お前が騒がせてんだろーが……」


 俺は深くため息をついた。

 そして、イラとエルに『行くぞ』と目配せする。

 まだ顔を赤くしているイラとそれをよしよしと慰めるエルは、俺に従って席を立った。


「じゃあなクソ憲兵」


 俺はそう言ってこの場を離れようとした。

 しかし。


「待て。俺はお前に用があって来た」


 そんな厳しめな声が静かな廊下に響いた。

 ……マジトーンだ。


「……おちょくりに来ただけだろ」


「それもあるけど」


 あるんかい。


「それだけじゃねぇ」


「じゃあ何だよ」


「お前の相棒、誰にやられたんだ?」


「……怪盗ダッシュ」


「へぇ。俺は勝ったよ。ついさっき」


「自慢しに来たのかよタチ悪ぃな!」


 俺は怒鳴った。

 しかし、ヤツは冷たい目を投げかけてきた。


「俺はさぁ、怪盗ダッシュを外に蹴り飛ばしちまって……そん時にヤツは逃げちまった。外に蹴り飛ばしたのが不味かったな」


「……?」


 何の話をしているんだ。

 読めない……コイツの思考が。


「けど、負けてねぇんだ。勝ったんだ。だが、お前らはどうだ?」


 俺は目を下に逸らす。

 視界の端から、ヤツの冷たい声が響いた。


「お前ら二人共……負けたんだろ?」


 冷たい目線が、俺の包帯を巻かれた胸――二ュエルに抉られた左胸に、注がれる。

 俺は舌打ちし、この場から去ろうとした。


「やっぱおちょくりに来ただけじゃねーか」


「ほう……今のがおちょくりになるって事は、()()()()()()


 ……俺は何も答えなかったが、イラがその代わりに目を見開いた。


「聞いたよ。二ュエル・ボルゴスが来襲してきたんだって? で、それをお前が対応したわけだ」


「……だったら、なんだよ」


 俺はぶっきらぼうに答えたが、ヤツは俺を無視して話を続ける。


「そんでお前は負けた。そうだな」


 答えない。

 だが、このうるさい程の沈黙が、雄弁に結果を物語っていた。


「“劣化版”の癖に首突っ込んで、殺人鬼ニュエル・ボルゴスに負けた。あの殺人鬼に負けたのに生きてるのは奇跡だ……わかるか?」


 わかってる。

 けど、俺はそれでも、探偵を――


「お前よりもそこのお嬢ちゃんの方がよくわかってんじゃねぇのか。身の丈に合わない事件モンに首突っ込む事の恐ろしさ」


 ――俺は、イラを見た。

 イラの目に濡れていたのは、心配や不安……そう言ったものだった。

 そして俺は理解した。なんであんなにさっき、イラがしつこく負けたかどうかを聞いてきたのかを。

 本当に、心配してくれてたんだ……俺の事。


「……イラ」


 俺が名を呼ぶも、イラはさっと目を逸らした。

 それが何だか、とても辛かった。


「もう一度考え直せ、劣化版。そこで倒れてる相棒も一緒にな」


 それだけ言うと、パタパタとうちわを扇ぎながらヤツはこの場から去っていった。

 俺はライトを見た。

 ライトが……負けた。

 そして、俺も負けた。

 よく見たら、イラもエルも傷だらけだった。

 ……アイツは、事ある事に俺に言ってくる。


 ――『探偵は憲兵の劣化版と言っても間違っちゃないんだから、危険な事件は俺達憲兵に任せてお前らはお悩み解決だけしてろ』――と。


 その言葉が、肩に重くのしかかった。

 今、俺達探偵チームは完膚なきまでに打ちのめされていた。

 しかし、ヤツは無傷だった。それどころか、逃がしてはしまっていたが、ライトを負かした怪盗ダッシュに勝っていた。ヤツ一人だけ強さが突出しているのもあるのだろうが、それは、俺達探偵を真っ向から否定しているようで……。


「……畜生」


 俺は壁を強く殴りつけた。



 ****



【資料設定】〜数年前 とあるくしゃくしゃの手紙〜


―――――――――


 はいけい お兄ちゃんへ


 ぼくはお兄ちゃんが大好きです。

 お兄ちゃんはつよいし、けんぺいさんになるために学校でがんばってるって聞きました。

 ぼくはそんなお兄ちゃんをそんけいしてます。

 これからもがんばってください。

 ぼくもリハビリとか、いろいろがんばっています。さいきん、やわらかいものなら食べられるようになったよ。こんど、いっしょにケーキ食べようね。


 けいぐ リィン・アイシクルより


―――――――――

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