File1―3 暴龍を飼う少女 〜血色の魔王の道〜
感想など、よろしくお願いします。
〜レフト・ジョーカー〜
俺はオヤジに情報料を支払う。
計五〇〇〇ウィル。足元見られてる気がするが、具体的な位置どころか無法者の集団がどーのこーのな所まで知れたのだ。むしろ安い。
「……ミーコ、大丈夫ですかね」
イラは水をちびちびと飲みながらそう呟く。
その瞳は今にも泣き出しそうに揺れている。
……泣くなよ、めんどくさいだろ。俺はイラの頭に手を置き、ブンブンと前後左右に振ってやった。
そして手を離すと、イラは目をグルグルと回しながら呻いた。
「あうあうあうあう……って、何するんですか!」
イラは怒り、詰め寄ってきた。
だが、その瞳はまだ不安という名の涙に濡れている。……今のセリフ回し、我ながらイカすぜ。
俺はイラの頭に被っていたソフト帽を被せてやった。そして、この小さな依頼人を安心させるために言葉を紡ぐ。おやっさんも言ってたしな。『依頼人を不安に濡らす探偵は三流だ』って。
「安心しろよ、イラ」
「……だって。無法者の集団が、ミーコを……! 探偵さんだって、危ないでしょ!? こんな依頼、断っちゃうでしょ……!?」
「言っとくが、俺は一度引き受けた依頼は断らない主義だ。依頼の結末は成功か失敗か、白黒ハッキリつけるって決めてる」
「……でも、助け出せるわけないじゃないですか! 私立探偵と肉屋の娘が、無法者の集団相手に、国にもバレずに暴龍を連れ帰るって……無理ですよッ!」
「オイオイ、俺を舐めすぎだろ。俺の経験に言わせてみればこんな依頼は中の中……中の上……いや、もしかしたら上の下かも……。と、ともかく! そんなに大した依頼じゃねぇ!」
「むっちゃ大した依頼じゃないですか! 上の下って! かなり上ですよ!?」
「……確かにな。でもよ、俺の経験で言わせりゃ今回の依頼は『上の下』なんだよ。『上の中』ましてや『上の上』レベルでもねぇ」
「……へ?」
「俺はこれよりも難しい依頼を何度も受けてきた……って事。俺、結構依頼成功率高いぜ。俺の言葉は、まぁ大半がカッコつけの強がりで……信用出来ないかもしれないけどさ。その俺の経験だけは、多少は信用してくれよ」
俺は少しだけ目を伏せて言った。……まだ、俺は理想には程遠い。その事実を噛み締めながら。
イラは震える瞳で俺を見つめた。
「……本当に、ミーコを助けてくれるんですか」
「当然」
「……その言葉もカッコつけじゃないんですか。カッコつけて、強がってるだけじゃないんですか」
「どんだけ信用ねーんだよ……泣くぞ畜生」
イラは案外毒舌でいらっしゃる。
グッサリと胸の奥に言葉が刺さるような感じだ。
そんなに俺、イラの前でカッコつけて強がったっけ……? ……結構やってたな。カッコつけも強がりも。
「本当に、本当に、本当に、助けてくれるんですか!?」
「ミーコを探して連れ帰ってほしい……そうやってお前が依頼したんだろ。依頼を受けた以上、意地でもミーコを探して連れ帰るさ」
俺はイラの目をまっすぐ見て言葉を返す。
そして……ようやく信じてくれたのか、イラは目元の涙を拭い、水を一気に飲み干し。
「……お願いします」
……と、言ってくれた。
ふぅ……。探偵は依頼人と向き合う職業でもある。おやっさんの受け売りだが、俺は探偵の仕事の真髄はそこにあると思ってる。依頼を遂行しただけじゃ二流。依頼を遂行、達成した上で依頼人を笑顔にしてこその一流探偵だ。
「さ、行くぜイラ。早速グリン高原に向かうぞ」
俺は水を一気にあおり、オヤジにコップを返した。
そしてイラと共に扉を出て、最寄りの馬車停で数分待ち、国営の馬車に乗り込んだ。もちろん行き先はグリン高原だ。
俺はいざと言う時のために探偵道具の整備をしつつ、馬車の窓の外を流れる景色を眺めていた……。
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〜『バンガン・バッカス』〜
「……全く、あの若造め。まるでわかっていない」
バッカスは洗ったコップを太い筋骨隆々な手で拭きながらそう呻いた。
バッカスはレフトに覚悟を問うた。レフトはそれに答えた――『出来ている』と。
だが……バッカスはその問いをレフトだけにした訳ではない。
横で座っていたイラにも、覚悟を聞いていたのだ。
何かキメッキメのいい話シーンっぽい空気が流れてしまったので、バッカスのその問いかけはなぁなぁになってしまったが。
「……タイラントと人間がこれから先、暮らせるものか」
そう。彼がイラとレフトに問うたのは……『別れ』への覚悟。
タイラントはこの先、何年、何十年、何百年とかけてどんどん大きくなっていく。それこそ、後十年近くもすればこの酒場に収まらないくらいのサイズになってしまうだろう。
それ程大きなドラゴンを、国に隠れて飼えるわけがない。
その事はレフトもわかっているのだろう。今日の彼は常に表情に迷いが見えた。
それに、グリン高原なんて場所は別れに最適だ。近くに山脈も川も泉もある、餌となる魔物や動物も沢山いる。タイラントが暮らすのに悪くない場所だ。
だから、そのタイラントを助け出した後は……その場で、そのタイラントと別れるべきなのだ。
「……半熟者が」
バッカスは売り物であるウイスキーの酒瓶を一つ手に取り、栓を抜いて一気に飲み干す。舌の上をフルーツのようにフレッシュで透明感のある爽やかさが広がった。
だが、いくら元とは言え“酒神”であったバッカスにとってはその程度の呑みで酔えるはずもなく……。ただただ、心を悩ますばかりだった。
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〜『グリン高原 北北西の洞窟内』〜
何本もの松明が灯す光が、闇に包まれているはずの何本にも枝分かれしている洞窟の内部を照らし晒す。闇を全て暴くがごとく乱立された松明は、この洞窟に住み着いていたはずの動物達の事をまるで考えていなかった。
この洞窟に住んでいた『暗黒蝙蝠』や『黒狐』などの、国から【保護指定生物】として指定されていたはずの動物達は皆、乱獲されて羽をもがれ、毛皮を剥がれ、肉は焼かれる、あるいは煮られて食われていた。
この洞窟を根城にしているのは、無法者の集団『魔王の道』。自らを魔王と称し、殺しや盗みはもちろん、誘拐や人身売買、密売に麻薬製造、時には暗殺も執り行うメンバー全員が指名手配犯で構成されている集団だ。
「そろそろキツネもコウモリもいなくなってきたぞォ」
「どうするよ。食うモンなくなんのは問題だぜ。クソも出なくなる」
「売り飛ばす手筈の陸蛸とか暴龍とかいたろ。アイツら食ってもいいか、カシラに聞いてみようぜ」
男の集団が松明の明かりの中、洞窟の奥から歩み出てくる。
彼らは皆、頭はモヒカンになっており、スキンヘッドになっている部分には刺青が彫ってある。極めてテンプレートな悪役の見た目をしていた。
この見た目はロード・ロードの頭である『ニュエル・ボルゴス』の命令によるものだ。彼らは悪を自認している。故に、悪として見た目から追求しているのだ。
数人のモヒカン達が下品な話で笑っていると、洞窟の奥からニュエルその人がブツブツと何かを呟きながらゆらりと歩いてきた。
「あっ、カシラ。そろそろ食料が尽きてきましてねぇ。売り飛ばす予定だった奴らも食っちゃっていいっすか?」
モヒカンの一人がニュエルに近づき、笑いながらそう告げる。
だが――
「ダメに決まってんだろ」
――ぐしゃり、と。
モヒカンは鼻っ面を殴り飛ばされ、鼻血を吹き出しながら、ロケット花火のように後方へ飛んでいく。
唖然とするそのモヒカンの仲間達。その瞳には、先程まで下品な話で笑っていたとは思えない程の恐怖と服従心に満ちていた。
「何で……殴り飛ばふんふかぁ!?」
鼻血混じりの鼻声で殴り飛ばされたモヒカンがニュエルに歩み寄り、抗議する。
その際、鼻血がニュエルの頬にほんの少しだけかかってしまった。
「――テメェ。何しでかしたかわかってんのか」
ニュエルは最高に不機嫌だった。
彼は低血圧故に、寝起きの機嫌は最悪。そして、今彼はちょうど起きてきた所だったのだ。
「眠ぃんだよ。イラつかせんなゴラ」
ニュエルは頭を掻きむしり、そして鋭い己の牙で自身の手のひらを傷つけた。手のひらから血が滲み、ポタポタと垂れる。
ニュエルはその血に息を吹きかける。すると――血がまるで生きているかのようにニュエルの手に収束していき、やがて人振りの赤い、紅いナイフになった。
「待っ、待ってくださいカシ――」
そこでモヒカンの声は途切れた。
なぜなら、ニュエルが彼の喉元に血のナイフを突き立て、そのまま上に斬り上げたから。
そのナイフは喉、顎、唇、鼻、額――と順番に切り裂いていき、最後に脳天から前頭部にかけてナイフの刃が突き出てきた。
「……おっ。死体食料にすればいいんじゃねーか? ……でも、たった一人じゃ足りねぇなぁ」
ニュエルはゆらりと後ろを振り向く。
そこには、さっきまで先程死んだモヒカンと談笑していた、モヒカンの仲間達が震えてへたり込んでいた。
「なぁ、『ダーラ』。今この洞窟にいる部下共って、どんくらい?」
ダーラ、と呼ばれたモヒカンは震える声で叫ぶようにニュエルの質問に答えた。
「さ、三〇人程ですッ!?」
だが、その答えにニュエルは額にしわを寄せ、耳を塞いだ。
そして、彼はダーラの脳天にナイフを突き立て、殺した。
「うるせぇ。洞窟の中で大声出すなよ。反響してやかましい」
断末魔一つ上げることなく、ダーラはその場に倒れた。そのぐたりと倒れた姿は、糸を断たれたマリオネットのようでもあった。
ニュエルはそんなダーラを見下ろし、歯を打ち鳴らすモヒカンに再び問いかけた。
「なぁ、『ゴーム』。これで二つ、食料が追加されたな。でも、たった二つじゃ俺は食わねぇにしても、残りの二九人は満足できねぇだろ」
ゴーム、と呼ばれたモヒカンはその問いに頷く。
その顔は涙と鼻水とよだれ、そして恐怖で染まりぐしゃぐしゃだった。まぁそれは、残りのモヒカン達も同じようなものだったが。
「何つくらい、いるかなァ?」
ゴームは震える声で答える。
「後……後、四人くらい必要かと思われますっ」
「そっか。四つか」
ニュエルはそう頷くと、この場にいるモヒカンの数を数え始めた。
「一、二、三、四……五。一つ余るな」
ニュエルのその言葉を聞くやいなや――ゴームを含めた五人のモヒカン達は、揃って立ち上がりお互いを襲い始めた。
「おっ、俺が生き残るんだァ!?」
「嫌だァ!? まだ、まだ死にたくねぇ!?」
「ああああああ! ああああああ!」
「畜生! チクショォォォォォ!?」
「俺が生き残――がフッ」
ゴームの凶刃が、モヒカンの一人の胸を貫いた。
そのナイフは心臓にまで達しており、モヒカンの一人はあっさりと息の根を止めた。
彼らは皆、生きたい、生き残りたい……その一心で、つい五分前まで語り笑いあっていた仲間を傷つけ、殺し合っていた。
誰もニュエルに逆らわない。だって、誰も勝てないから。
誰もニュエルに逆らわない。だって、彼は強いから。
誰もニュエルに逆らわない。だって、だって……だって。
……やがて、時間にして二分足らずの殺し合いが終わりを告げた。
鮮血に塗れた洞窟内の壁や地面。そんな中、一人の男が立っていた。
「カッ、カシラァ……。食料四つ、調達しました……ッ」
その男はゴームだった。
ゴームはニュエルに土下座をしながら、涙や鼻水、血などのありとあらゆる体液を撒き散らして懇願した。
「だっ、だからカシラ……俺は、俺は殺さないで!? 頼むッ、頼みます! 俺は死にたくない……嫌だ……嫌だ!? お願いしますカシラ! この通りです……お願いします!!!!」
ゴームの懇親の命乞いが洞窟内に響き渡る。
そのゴームの魂からの命乞いを聞いたニュエルは、小指で耳をほじって呟く。
「洞窟の中で大声出すなよって……言わなかったか?」
そして、ゴームも殺された。
その日のロード・ロードのメンバーの食事は、とても豪華なものだった。
七つ分の肉はメンバーの男達の腹を満たした。
……しかし。その日の食事はいつもと違い、誰も彼もが何も言葉を発さなかった。
例え、先程の惨状を見ていなくても……何が行われたのかは、大体察しがついたから。
ニュエルは乱雑に刈り取った羊の毛を敷いた野性味溢れるベッドに寝転がり、団員達に告げる。
「これから俺、寝るから……誰も起こすなよ」
その日の夜は、いつもよりも一際静かだった。
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【キャラクター設定】 〜ベガ・アルタイル〜
・身長……一七〇センチ
・体重……五八キログラム
・種族……獣人族(犬型)
・年齢……二一歳
・職業……ドーナツ屋『シャバドゥビ』店長
・誕生日……七月七日
・レフトとの関係……近所に住んでたお姉さん。幼馴染に近い。
・ドーナツの売れ行き……絶好調。味も見た目も最高で、雑誌の常連。
・メイン客層……若い女性と中年の男性
・初めて雑誌に載った時の文章……『このドーナツ屋は素晴らしい味わい。店主同様に優しく甘い、素晴らしいプロポーション。恐らく店主の体も素晴らしい味わいだと思われる。いつか筆者も味わいたいものだ』(後に炎上、回収騒ぎに発展)