File4―4 怪力強盗と血色の悪魔 〜深くて暗い底に揺蕩って〜
〜リナリア・ウィンダリア〜
私はこの国の第一王女だ。……今は、自部屋に引きこもる怠惰な王女、である。
私のこの“王家の長女”というポジションは、周りの皆が私を甘やかすのに充分すぎた。だから……私は思う存分わがままに育った。
更に、お母様は私に専属の執事をつけてくれた。名前は『タレイア』。お母様が天人族だった時の使い魔的なヤツだ。
彼もまた、私に優しかった。彼はかなり有能で、私が一を言おうとした頃にはもう十まで準備しておいてくれているような、執事としての一流とか、そんな範疇を超えていた。
だから私は、文字通りの意味で何一つ不自由なく育った。
今思えば……これが、今の私を形成した最大の原因だったのだろう。
そもそも、人類がここまで発展してこれたのは“不自由”があったからだ。
遠くへ行くのに徒歩では限界がある――ならば馬などに乗れるようになろう。
石製の道具だけでは切れ味などに乏しい――ならば鉄を使えるようになろう。
採取・狩猟で食べ物全てを賄うのは不安定だ――ならば安定して食べ物を供給できる作物を栽培しよう。
何となく思いついた一例を挙げるだけでも、こんなに当てはまる。
人類の発展は、不自由あってこそだ。その不自由を乗り越えようとして、人類は様々な知恵や技術を注ぎ……そして、今の便利な世の中がある。
なら……何一つ不自由なく育った、私は。
私は世間一般的に見れば、王女という恵まれた“優等種”だ。しかし、王女という肩書きを無視した、真っ白な素の私は――『不自由』という人類発展のための燃料を、全く注がれることなく育ってしまった私は。実際は、人類全体の中では劣等種なのではないか?
それに気づいた途端、見える世界が変わっていった。
周りから感じる賞賛、憧れ、愛情などの目線の中に、呆れや見下し、侮蔑が混じっている事に気がついてしまった。
周りの私を讃える声は、実際には何の根拠もないがらんどうなものであると悟ってしまった。
皆が私に向ける笑顔はただの仮面で、その下では私を蔑んでいるのだという事に、勘づいてしまった。
……煌めいていた世界は、あっという間にどす黒くなった。
ある日私は、いつも誰かに入れてもらっていた紅茶を、一人で入れようとした。
結果は……キッチンルームが一つ丸ごと吹き飛ぶ大事故に発展した。
――私は、紅茶を入れることすら一人ではできないのか。
私はあの日、その事実を殴りつけられた。
黒焦げになったキッチンルームにたたずむ私の周りには、心配してきたお父様達や執事、メイド、他にもガヤガヤとうるさい野次馬が(野次馬達は王城の外だったが)沢山集まってきた。
私は、彼らの目を見ることが出来なかった。
絶対……コイツらは、私を蔑んでる。紅茶一杯すら満足に入れられないのか、と瞳の奥で嘲笑している。
その思考が、私の頭に重しのように被さり、私はその重みに耐えかねてずっと下を向き続けることしか出来なかった。
そして……齢一一歳。その日から、私は自分の部屋に引きこもり始めた。
引きこもるだけではない。
私がこの部屋に引きこもるようになったのは、元はと言えば世間が私を嘲るからだ――そういった思いから、周りに対して八つ当たりするようになった。
どうして紅茶の入れ方を一度も教えてくれなかった。
どうして私が頼むがままに甘やかした。
どうして私をこんな無能に育て上げた!
私はやがて、心を強く深く閉ざすようになった。
目を瞑ると、記憶の中にいる皆が私を指さして笑うのだ。それは引きこもり生活が長引く程に強くなる。
そんな目で私を見るな、笑うな、やめろやめてやめて!
もっと、強く、深く。周り全てを信用するな。心に茨を巻き付けろ。誰も触れられない、誰も触りたがらない、そんな心に仕立て上げろ。
だけど……それは、周りを拒絶するだけでなく、自分自身も傷つけた。
聞いた。私の弟のセルベールは、世間から『有能』『完璧』と評されていること。
もう、嫌だ。何も見たくない聞きたくない味わいたくない感じたくない。
海の底よりも深い場所に。もっと深く、閉ざして。
だけど結局、それでも濃い泥と塩の味がして。
ねぇ、いっその事、誰か私を連れ出してよ。
この部屋を壊して、外へと連れ出してよ。
そうしてから……私の居場所を、見つけてよ。
けど、そんな物語の王子様のような人はどこにもいない。
……誰も教えてくれない。私の居場所は、どこにあるの?
****
〜イラ・ペルト〜
「……暇だねイラちゃん」
「そーですねエルさん」
先程、セルベール王子に警備場所に案内されてから一時間。
探偵さんやライトくんは、探偵道具の整備・点検やら周りの憲兵さんへの挨拶やらで忙しそうだけど、新米助手の私とエルさんの二人はここで待ちぼうけだった。
挨拶くらいはした方が……とも思ったけど、探偵さんが『お前らは自由にしててもいいよ』って言ったから、お言葉に甘えさせてもらった……んだけど。
甘えない方が良かったなぁ。暇。
王城の中は、初めは見慣れないもので沢山で、ずっと目移りし続けたけど、ここに案内されてからはずっとここの景色しか見られていない。こんなこと言っちゃダメだけど、噴水のアフロディーテ様の像も見飽きた。
ふと、エルさんが口を開く。
「……しりとりでもする?」
「私達の年齢でしりとりやると全然終わんなくてグダグダになるじゃないですか」
「えー。じゃあ何やるの」
「……クイズとか?」
「……今私が思いつくの、『今向いてる方向はどの方角でしょうか』くらいしかないけど」
確かに、なぁ。
暇な時って脳が凄く鈍くなるから、頭も何だかぼんやりする。
私だって今思いつくのは……あれ。何にも思いつかないや。
「せっかくだし、解いてみてよ。今私達が向いてる、噴水が見えるこの方向は、どの方角でしょ〜か?」
エルさんはそうやって私を急かした。
全く……暇ですし、付き合いますかね。
「北ですね。噴水に方位記号のマークありますし」
「えっ……そんなぁ。……ってかイラちゃん、あんな小さいマーク見えるの?」
「私、目がめっちゃいいんですよね」
エルさんはほへー、と私の目を眺めた。……なんか恥ずかしい。
しかし……はぁ。すっごい暇。
今は三時……ちょうどおやつ時だ。
私達は何度目ともしれない噴水を眺めながら、さて何をしようかと思い巡らせていると……。
「……ん?」
……何か違和感。
何だろう? 何かおかしい気がする。
うーん……。考え込むけど、どうしてもわからない。
「どーしたのイラちゃん?」
「ひゃうっ!?」
と、突然エルさんが話しかけてきた。
私は突然だったので驚いてしまう。
西に伸びる噴水の影が、そんな私を嘲笑うかのように揺らいだ気がした。
****
〜スカル・シーリング〜
俺は、国王『フーティ・ウィンダリア』に頼み込み、王城の書庫に入らせてもらっていた。
全ては過去の記録を洗うためだ。
この前のカリスの事件は、俺にとって冷水をぶっかけられたような出来事だった。
既にバッカスの酒場で情報は得ていたのに、対応する事がまるで出来なかった。
レフト達が何かに気づく前に、俺が全て終わらせてやりたかった……。
俺は着々と資料を取り出しては開き、そして閉じて仕舞うのを繰り返した。
「……見つからねぇなぁ」
俺は根気よく、何度も資料を漁り続けた……。
****
〜レフト・ジョーカー〜
「んで、粗方挨拶は終わったかな」
俺は額の汗を拭いながら、ため息を吐いた。
しかし、憲兵にも色々居るよなぁ。探偵が挨拶に来た時の対応の仕方だけでも千差万別だ。
嫌な顔をする奴もいれば良い顔をする奴もいる。興味を持ってあれこれ聞いてくる人や、嫌味を言ってくる人……。
そして、いちいち俺を劣化版劣化版と煽ってくるクソ野郎もいる。
「まぁでも、ほとんどの人は当たり障りない感じだったけどな」
俺は今さっきしていた事をセルベールに話していた。
丁度さっき、廊下でばったり会ったからだ。向こうも今は貴重な暇時間なのだが、俺の話に付き合ってくれている。いい奴だ。
「というか、レフトさん。聞きたかったんですけど、あのバーンさんとはどんな付き合いなんでしょう? 顔見知りのようでしたけど」
ふと、セルベールが俺にそう聞いてきた。
特に隠すようなこともないし、俺は即座に答えた。
「あぁ、アイツ? アイツは……会う度に喧嘩するような仲の悪い関係」
「なるほど、仲がよろしいのですね」
「お前の鼓膜破れてるんじゃねぇの?」
何だかんだで打ち解けてきた俺とセルベール。
なのでこんな軽口も叩けるようになった。まだ友達なってから三時間も経ってないけど。
「けど、バーンさんもいい人ですよ。憲兵という職に誇りを持ってます」
「……それくらいは知ってるさ」
「きっとレフトさんの事気にかけてくれてるんですよ。私の目にはレフトさんとバーンさんが兄弟みたいに見えましたよ」
……兄弟。兄弟か。
セルベールの目には俺達が兄弟に見えたらしいが……問題は、セルベールの目にはどちらが兄貴に映ったのか、という事だ。
「なぁセルベール。その兄弟っての……俺とアイツの、どっちが兄貴?」
「…………レフトさんですよ?」
「何か間が長くなかったか!?」
「だって本当の事言うとレフトさん絶対怒ると思ったんですもん!」
「やっぱ俺が弟側だったのかよ畜生!」
「ほら怒りました! やっぱり怒るじゃないですか!」
「ぐっ、クソぅ……」
確かに童顔だけどさ。
確かに口喧嘩アイツの方が強いけどさ。
確かにアイツの方が年齢上だけどさ。
確かにアイツの方が背高いけどさ!
「けど絶対アイツの方が大人気ねーだろ!」
「……正直、どっちもどっちだと思いました」
「クソぅ……」
セルベールの冷静な一言が刺さる。
俺とアイツ……傍目から見たら同じカテゴリーなんだなぁ。
ある意味一番嫌だ。まだ、カリスとか二ュエルとかと一緒くたにされてる方がマシだ。
「……ん? セルベール。ここの部屋って……」
ふと、俺の目に豪華な扉が入ってきた。
いや、どの扉も豪華だが、ここの扉はそれらとは一線を画す程の豪華さだった。
「あぁ、そこは……リナリア姉様の部屋です」
「……リナリア様って言うと、あの引きこもり姫の」
俺が確認を取ると、返事の代わりにセルベールは苦笑を一つ落とした。
そして、セルベールは語り始める。
「そこの部屋にはあまり触れないでください。姉様も嫌がりますし」
「……姉様“も”って事は、つまりお前も嫌がるって事?」
「……鋭いですね」
セルベールは嘆息一つ、観念するようにぽつりぽつりと呟きを落とす。
「姉様は……多分、僕の事が嫌いなんですよ。いや、僕だけじゃなく……世界全部が、大嫌いなんだと思います」
「……お前はその、リナリア王女様の事をどう思ってんだよ」
「僕はもちろん……と、断言できればいいんですけど。同じ血を分けた姉弟なのに、いつの間にか大きな隔たりが出来ました」
そう、セルベールは寂しそうに笑った。
ったく、そんな顔すんなよ。俺が悪いみたいじゃねぇか。
俺はセルベールを慰める意味で口を開いた。
「でも、セルベールはその隔たりを何とかしたいって思ってんだろ? だったら、少なくともお前の方はリナリア王女様の事を大事に思ってるさ」
「……そうでしょうかね?」
「友達の言う事が信用できないと申すかセルベール?」
「……そこで友達を後ろ盾にするのは、卑怯です」
そこで苦笑一つ。セルベールは笑顔を苦笑とはいえ、取り戻した。
しかし……引きこもり姫、リナリア・ウィンダリア、ねぇ。
俺は豪華絢爛な扉を後にし、再びセルベールと話し始めたのだった。
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〜ライト・マーロウ〜
粗方の視察を終え、元の場所に戻ろうとした時だ。
ちなみに、視察していた理由は単純。もし仮に怪盗と戦闘や追走劇になった時に、上手く立ち回れるようにという理由だ。
僕は、僕達の警備場所から逆算し、仮に怪盗と対峙した場合に僕達が戦う事になるであろう城内の場所を、考えうる限り全て頭の中にインプットし終えたのだ。
その帰り道。レフトの後ろ姿が見えたから、声をかけようとした。
だけど……。
「レフトさん」
と、僕より先に、セルベール王子がレフトを呼び止めてしまった。
……何故だか僕は、なんだか居心地の悪さを感じ、レフトへかけようとしていた声を飲み込み、差し出していた手を引っ込めた。
「……あ」
ここ最近、ずっとレフトはカリス・ワイルドの件で塞ぎ込んでいたから……あんな気楽に話すレフトを、久々に見た気がした。
実際はそんなに長い時間は経っていないはずなのに。
そして、その彼が気楽に話している相手が僕ではないことに、少し心がチクリとした。
カリス・ワイルドに言われた『二代目風情』という言葉が、僕の心に突然のしかかってきた。
「僕は……レフトの相棒……だよね……?」
ふと、窓から外を眺めると、息を呑む程綺麗なヒヤシンスの花壇が風に揺れていた。
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【キャラクター設定】 〜リナリア・ウィンダリア〜
・身長……一六一センチ
・体重……五〇キロ
・種族……神子族
・年齢……一八歳
・職業……ウィンダリア王国第一王女
・誕生日……四月二一日
・性格……ドS
・好きなもの……なし
・嫌いなもの……世界全てと、自分自身
・いつかなりたいもの……特に無し。強いて言えば、素直になりたい。




