File4―3 怪力強盗と血色の悪魔 〜仄かに揺らめく嫉妬の炎〜
〜ライト・マーロウ〜
……今の状況を一言で整理するのなら、『最悪』の二文字で事足りる。
「――ぬあああああああああ! そっこにいるのはぁ……ライトくんでありますかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「や、やぁリューちゃん、いつも元気だねちょっと落ち着きたまえっ!?」
目の前には、猛ダッシュでこちらに迫り寄る女の子の影。
僕はそれに右手で照準を合わせ、【機能】を解放――弱風にダイヤルを合わせ、空気砲を放った。
「何でここにいるでありますかボクは感極まって泣きそ――ふぺぇっ!」
僕の空気砲は、対象の顔面に命中――ミサイルのように飛び込んできていた対象の沈静化に成功した。
僕は機械である故にかかないはずの汗を幻感し、額を拭った。
「……どうしたライト」
レフトが背後から声をかけてきた。
その声に振り向くと、女子二人と王子一人は突然の出来事に状況が飲み込めずにいるようだったが無視した。
今は、目の前の事が先決。
「レフト……リューちゃんだよ」
僕は手短に今起こった出来事を伝えた。
そう……彼女は憲兵の一人。
そして僕は彼女に好意を持たれている。とある事件で憲兵と合同捜査した際に僕を見かけ、一目惚れされたらしい。
それから僕は、出会う度に彼女の猛アプローチを受け続けているのだ。
「……げ。っつー事は……」
そして――憲兵とは、相棒を組むものであるらしい。
僕がリューちゃんを苦手とするように、レフトにも苦手とする人物がいる。
それが、リューちゃんの相棒の――
「……お、劣化版じゃん。何でいんの?」
「……その探偵を見下すような冷めた声に、パタパタ耳障りなうちわを扇ぐ音……やだやだもうやだ」
レフトは聞こえてきた声に、心底嫌そうな顔をした。
そう。この声の主が、レフトが苦手とする人物。リューちゃんの相棒の――『バーン・アイシクル』だ。
「劣化版。今回の怪盗騒ぎをどこで聞き付けたかは知らねーけど……探偵の出る幕はねーんだよ」
「劣化版言うな! 探偵舐めんじゃねぇよクソ憲兵! 税金泥棒!」
「俺が税金泥棒になるならお前は依頼料ふんだくる詐欺師だな。詐欺師は逮捕しなくちゃな、劣化版、手ェ出せ」
「手錠取り出すな別に詐欺も何もしてねぇだろうが!?」
「憲兵への侮辱罪とか名誉毀損罪とか公務執行妨害とか……でっち上……調べればいくらでも出てくるぜ」
「今でっち上げっつったろ聞き逃してねーからな」
……また始まった。
レフトとバーン・アイシクルの口喧嘩。
彼等はとても仲が悪いのだ。
始まりは僕とリューちゃんの関係と同じで、とある事件での合同捜査からだ。
このバーン・アイシクルは事ある毎に探偵であるレフトを『劣化版』扱いするのだ。彼に言わせれば、『探偵なんて憲兵の劣化版に過ぎないんだよ』だそうだ。
「……って、お前、何でセルベール王子と一緒に歩いてんだ」
おや、バーン・アイシクルがレフトの隣の王子の存在に気づいたようだ。
レフトはそれにドヤ顔で答える。
「ふっふっふ……なんと、俺達はついさっきお友達になったのだ」
「何……だと……!?」
目の前で王子と肩を組む劣化版に、戦慄するバーン・アイシクル。
死んだ魚の目で周りを俯瞰してるような態度の割に、なかなか反応はいいので何だかんだで憎めない奴である。
だが……レフトとバーン・アイシクルの関係は完全に後者の方が格上なのだ。
少し観察して見ればわかる。
ほら、バーン・アイシクルが口を開いたぞ。
「お前……マジかよ」
「つまりアレだ、アレ。お前が俺に粗相をやらかすとセルベールがお前をクビにしてくれるかもしれないってことだ。な、セルベール!」
「え、あ、はい……?」
「……へー。友達にンな事させんだな。権力に流されるがままのか弱い憲兵を、お前は王子様との友情を使って、ムカつくってだけの理由で路頭に迷わせるわけだ。へー。ほー」
「え……ちょっと待て話が変な方向に――」
「セルベール王子。コイツもしかしたら俺をクビにするためだけにアンタに取り入っただけかもしれませんぜ」
「え……そうだったんですか……」
「わっ、おい泣くなよセルベール! コイツの言ってる事嘘だって! 本心から友達だってお前とは! わかった、わかった! お前とのコネ使って誰かを脅したりとかはしないって、誓うから泣き止めって!」
「……本当ですか」
「当然! 友情に誓うぜ!」
「今の言質取ったからな、劣化版」
「うるせぇよ今口挟むな――あ」
「これでお前は、王子様との友情に誓って、コネ使って俺をクビに出来なくなったな? バッチリ記録してあるからな今のセリフ」
「……ぐ、ぐぬぬ」
……と、このように。
大体口喧嘩ではレフトが負ける。
我が相棒ながら不甲斐ない……と思っていたら。
「わ、私とレフトさん……友達で、いいんですよね?」
「それは当然、問題ない」
「よ、よかった……」
……と、またレフトと王子が仲良く話していた。
さっきから何なのだろうか。レフトと王子が仲良くしているだけで、僕の中で何やら焦燥感みたいなものが膨らんで……って、僕は焦っているのか? 何故だ。レフトが王子に盗られるとでも思っているのか? そんな訳ないだろう現実的に考えて。
ならば、何故こんなにも焦り……いやまず、今の気持ちが焦りかどうかもわからない。一体何が言いたいんだ僕は。
と、考え事をしていたのが良くなかった。
「――スキありでありますよ、ライトくん!」
「ぐあっ!?」
撃ち落としたはずのリューちゃんが、いつの間にか僕の腰の辺りに抱きついていた。
僕は無理やり引き剥がそうとするが、万力のような力で僕の腰を締め付けて離さない。
「くっ……キミはいつもいつも……!」
「どうしたでありますかぁ? 今日はいつもよりスキだらけだったでありますよ、でへへへへ〜……」
リューちゃんは僕に抱きつき、頬擦りまでしてご満悦そうだった。
……もうダメだ。恋する乙女は強いとはたまに見る文言だが、まさに今僕はそれを実感していた。
しかし……今日はいつもよりスキだらけだった……か。
やはりそれは、レフトと王子の事が関係しているのだろうか。
「……ていうか、何ライトくん女子を二人も侍らせてるでありますか。ボクというパーフェクトプリティーラグナロクなレディーがいるでありますのに」
……ラグナロク?
視界の片隅で、イラちゃんとエルちゃんが『また変なのが二人も出てきましたね……』『またって何、私も入ってる?』とか話しているがまぁ放っておこう。
「そんなの……“嫉妬”しちゃうであります」
……嫉妬?
リューちゃんは、今、嫉妬を抱いていたというのか?
「……どういうことだい?」
「……へ、どういうこと、と言われますと……?」
「何で今キミは僕に嫉妬を抱いていたんだい?」
リューちゃんはその僕の問いに対して、簡潔に……当たり前のように答えた。
「好きな人が知らない異性といたら、不安になるでありますよ」
……なら、なら。
「なら……それが例えば、相棒が知らない人と一緒にいたら……って条件でも、嫉妬を抱くかい?」
「うーん……よくわからないでありますが。まぁ、仲のいい友達が他の人と仲良く喋ってたら、ちょっとくらい『ぐぬぬ』とは思うでありますかね?」
「それは何故?」
「何故って……普通であります。誰もが誰かの一番になりたいのは当然であります。その一番が誰かに盗られそうになったら……焦ったり、不安になったりするでありましょ?」
……ああ、そうか。
何となく理解出来た気がする。僕の今抱えていたもやもやの正体とかが。
僕が嫉妬していたのは――僕が失うのではないかと不安に感じていたのは……レフトじゃない。レフトの隣、即ち『相棒』というポジションだったのだろう。
……そしてそれは、自覚した途端に強くなった。
だって、僕はこんな性格だからレフト以外の相棒では上手くやっていける自信はないけれど……レフトなら、誰とでも素晴らしい相棒関係を築けるだろう。彼は、人付き合いにおいては正しく『ジョーカー』――ポーカーなどのゲームにおいてジョーカーがどんなカードとも相棒を組めるように、どんな相手とも仲良くなれる……そんな人間だ。
だったら、ハッキリ言って僕でなくてもいいのではないか。いや……もっと、レフトの相棒にふさわしい人物がいるんじゃないか。
「……僕は、どうしたいんだろう」
僕は大きな窓から、どこまでも広がる空を眺めた。
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〜レフト・ジョーカー〜
「まぁ、事情はわかった。とりあえず憲兵達の邪魔だけはすんなよ劣化版」
「そのセリフそっくりそのままお返ししてやる」
「そんじゃ今返されたセリフごともう一回突き返してやる」
「それじゃ今返されたセリフを……えーっと……? ……訳わかんなくなってきた……」
最後の最後まで何だかんだで言い負かされて、俺とクソ憲兵の言い争いは終わった。
俺は去っていく奴の後ろ姿を睨みながら、唾を吐きかけて……やめた。ここ、王城だからね。お城で唾吐くのはダメだよね。
しかし、思い出すだけでもイライラしてくる。クソ、いっつもいっつも会う度に劣化版劣化版言いやがって。しかもアイツ、ライトには劣化版言わねぇのがまた腹立つ。俺だけに劣化版言ってくんのホントムカつく。
「……って、ライト?」
ふとライトを見ると、リューに腰に抱きつかれているのも気にせずと言った具合に、ライトは窓の外をぼんやりと見ていた。
とか描写してる間に、リューが奴にライトからひっぺがされて連れていかれた。
「ほら、行くぞ」
「そんな殺生なぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!?」
「うるせぇ」
……まぁ、あの愉快な二人組は放っておこう。
それよりも、ライトの方が気になる。
何故なら、ライトがとても悲しそうな目をしているからだ。
俺はライトに声をかけようとしたが――
「あ、レフトさん。ここです。この位置で怪盗ダッシュへの警戒をお願いします」
――と、それより先にセルベールから声をかけられた。
セルベールから示された場所は、テラス……ベランダ? 庶民にはわからないけど何かベランダっぽい所だ。これもまた広い。ボウリング三レーン分くらいはあるんじゃなかろうか?
そしてそこには沢山の草花が植えられた植木鉢やらが並べられてある。
階層は三、四階辺り(この城は七階建てである)。一階一階が大きいからわかんねぇ。広い家には住みたいけどここまで広いと逆に息苦しそうだ。
外には大きな噴水を中心とした閑静な景色が見える。あの噴水に建っている像、俺の目に狂いがなけりゃ王妃様の像だ。どんだけ自分好きなんだよ王妃様。新聞とかの写真でも輝いて見えるレベルでめっちゃ綺麗な人だけども。
「警備はここでお願いします。近くにはコミュニュケーション能力の高い優秀な憲兵を配置しておきますので、先程のように意見を違えて衝突する危険はないでしょう。わからない事があればその憲兵達に聞いてください。後、それから――」
長いのに全く退屈することなく淀みなくわかりやすく進められるセルベールの説明を聞き終えた俺達は、とりあえずその場で解散した。
セルベールの見立てだと、今夜辺りに来る可能性が高いらしい。
怪盗ダッシュは短気なので、例え二週間以内に盗むと言おうが一年以内に盗むと言おうが、大抵三日以内には盗みに来る。
そして、今日という日が予告状を受け取ってから三日目……らしい。
ちなみに予告された『鋼の炎杖』は王様やセルベールなどの、ごく限られた一部の人間しか知らない場所に隠してあるという。
セルベールは最後にふと、思い出したかのように付け加えた。
「特に怪盗ダッシュが来る可能性が高いスポットは、大広間や礼拝堂などの広く開けた場所ですかね。そこには特に多く憲兵を配置する予定ですので、頭に入れておいてください。ただ、僕は人員配置には全体的に撫でる程度にしか関わっていませんので、詳しい人員配置が知りたい場合は、憲兵隊全隊員を取り纏める憲兵長に聞いてください」
「了解」
俺は一通りの情報を頭の中で整理し、ふぅと息を吐いた。
「うっし。気合い入れて頑張りますか」
俺は空を見上げ、気を引き締めた。
……内心、さっきの相棒の悲しい目が気になりながら。
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〜第一王女の部屋〜
「……何か騒がしいわね」
「怪盗ダッシュが今宵辺りにやってくる確率が高いそうです。だから、憲兵達もピリピリしているのでしょう」
キングサイズ二つ分はあろうかという程大きなベッドが中心に置かれた、メルヘンチックに纏められた大きな部屋。そのベッドの真ん中に座る長い髪の少女と、傍に控えるように立つ(ベッドが大きすぎて傍に控えられていないが)燕尾服を纏う男。
ここは第一王女『リナリア・ウィンダリア』の部屋。
ベッドに座る少女こそ、リナリアその人だ。
そして、その隣の燕尾服の男は『タレイア』。彼はどの種族にも属さない。なぜなら、【神の使い】と称される生物だからだ。
神の使いは、【天人族】に仕える、そちらの世界でいう天使のようなものだ。
そして彼は、『アフロディーテ』の血筋に仕える神の使いだ。もっぱら、最近はずっとリナリアの専属執事になっているが。
リナリアは整った顔を歪ませる。
「今宵辺り……って事は、今夜は騒がしくなるのね」
「ええ。それはもう」
「……不快ね。イラッとしてくる」
「…………ッ」
リナリアの目つきがキツくなる。
それを見た……見てしまったタレイアは、咄嗟に身構えた。
いつもそうなのだ。いつも、リナリアの機嫌が悪くなる時、タレイアはその憂さ晴らしに付き合わされる。
拒否することは出来ない。何故なら、タレイアはアフロディーテの血筋に仕える使いだから。アフロディーテを母に持つ、【神子族】のリナリアには逆らえない。
今まで憂さ晴らしとして受けた苦痛や屈辱が思い返される。今宵、どうか騒がしくありませんように……と、タレイアは願わずにいられなかった。
「あら、どうしたのタレイア。そんな何かに驚いた猫みたいに」
「……いいえ、別に」
ゴホンと咳払い一つ、タレイアは姿勢を身構えた状態から元に戻した。
「……うるさくならないといいわねぇ」
「はい。本当にそう願うばかりです」
タレイアは我が主アフロディーテに騒ぎが起きない事を願った。
だが、アフロディーテは騒ぎが大好きな天人族。そんな奴に願ったとて、叶えて貰えるわけがない。
タレイアは涙を瞳の縁に浮かべた……。
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【キャラクター設定】 〜バーン・アイシクル〜
・身長……一八四センチ
・体重……七一キロ
・種族……人間族(覚醒済み)
・年齢……二七歳
・職業……憲兵
・誕生日……七月二〇日
・性格……冷静沈着、静かでクールと憲兵間で評判
・特徴……覚醒した能力の影響で常にうちわを扇いでいる
・扇ぐのをやめると……覚醒した能力が発動。その影響で性格も熱く激しくなる。
・ここ最近の楽しみ……劣化版を言い負かして彼の悔しそうな顔を見ること




