File3―6 四つの依頼 〜正体不明の彼は……〜
〜ライト・マーロウ〜
「……アレは……レフト?」
僕は、石橋の向こうから近づいてくる我が相棒のシルエットに、眉をひそめた。
何故、彼がここにいる? 彼は別の依頼に動いているんじゃなかったか? それに、イラちゃんはどうした? 何故彼一人なんだ? 疑問は尽きなかった。
やがて、レフトは石橋の中央で立ち止まり、へたり込むようにその場に座った。
僕は初め、『また何かカッコつけてるのか』と思ったが……違う。今のレフトは、いつものレフトではない。僕の記憶にあるレフトのどれよりも、今の彼は沈んで見えた。まるで、石橋の上で彼だけが暗くて深い水の底にいるかのようだ。
「……何でここに」
僕はとりあえず、レフトに声をかけることにした。
その前にエルちゃんに一言言っておこうと思い、僕はストーカーを寝かしつける彼女の元に近づく。
そして、そこで見たものに僕は若干驚いた。
「……エルちゃん。結局、そのストーカー縛り付けておいたんだね」
「……私、助手だもんね。だから、上司の言う事には従っとくよ。それに、また逃げられちゃうとライトくん困っちゃうもん」
「それにしても、強く縛りすぎじゃないかい?」
パッと見ても、エルちゃんがストーカーに施した拘束はやりすぎじゃないかと思う。
そこらに散乱していた布団で海苔巻きのように簀巻きにした後、その上から僕の渡した縄でグルグルに縛ってある。何度も、何度も。チャーシューを作る時でも、こんなには縛らないだろう。
「……そう?」
だが、エルちゃんは素っ気なくそう返事をしただけだった。
……何か引っかかるなぁ。まぁいいか。
僕はエルちゃんにレフトを見つけたので声をかけてくる、と言った。すると、彼女も付いていくと言ったので、一緒に行くことにした。ストーカーはまぁ、ここまでキツく縛ってあるし逃げ出すことは無いだろう。
「じゃあ行こうか」
「うん」
僕達はこの汚い家から外へ出た。
****
〜イラ・ペルト〜
「こっちだ、ついてこい」
店主さんが私を例の石橋へと道を案内してくれている。
私は威勢よく返事をし、店主さんについていった。
「そこ右に曲がるぞっ」
「わかりました!」
店主さんの怒号のような指示に従い続ける。
私は走りながら、店主さんの後ろ姿を見た。
明らかに焦っている。いつもの焦らず寡黙な感じは感じさせない。まるで、何かに怯えているような感じにも見える。
私達は無言で走り続けた。
そして――その石橋についた。
「あっ、探偵さん!」
石橋の真ん中で探偵さんは座り込んでいた。元気のなさそうに見える探偵さんは、私の呼びかけにもまるで応答しない。
私と店主さんは探偵さんの方へと近づいた。
だが、向こうから二人組の近づいてくる影が見えた。それは、私達も見知った顔だ。
「……ライトくんに、エルさん?」
「……イラちゃんに、スカル・シーリングまで? どうしたんだい?」
何故か私達の向かい側には、ライトくんとエルさんがいた。
向こうも驚いているのを見る限り、私達が出会ったのは全くの偶然っぽい。
私達は現状の状況を教え合うことにした。……現状を教え合う二つの二人組の間に探偵さんがしょんぼり座っているという、変な構図になってるけど。
「……私と店主さんは、探偵さんを探しにここに来ました」
「僕達は、例のストーカーの依頼でね。すぐそこの家に、そのストーカーが住んでるってわかったから、突入した。それで、ストーカーを拘束した後、外を見たらレフトがここに座ってたから……声かけに来たんだ」
という事は……ここまで辿り着いた理由は違うけど、探偵さんに近づいた理由はそう変わらないということ?
……いや、違うか。まだライトくん達は、へーパさんの事を知らない――彼女に出会ってからの、探偵さんの様子の変化を知らない。
私はライトくん達に今までの事を伝えようとした、その時。探偵さんが口を開いた。
「お前ら……帰れ」
力の無い、か細い声。
普段の彼とは全く違う声音に、心が酷く震えた。
「頼む……帰ってくれ」
「そういう訳には行かないよ! だって、レフトくんびしょびしょだし、何か落ち込んでるし!」
探偵さんのか細い声に相対するような、エルさんの大きな声が石橋の上に響いた。
エルさんはハンカチをポケットから取り出し、濡れた探偵さんを拭こうとした。
……しかし。
「帰れって言ってんだよ……!」
探偵さんの、聞いたこともない声音。
さっきまでのか細い声とは大違いの……邪気、というか……殺気のようなものを孕んだ、怖い声。
私は息を呑んだ。店主さんは拳を震わせていた。ライトくんは目を見開いていた。そして、探偵さんの放った邪気を一身に浴びたエルさんは、手先が震えハンカチを濡れた石畳に落としてしまった。真っ白だったハンカチに、灰色の汚れがついてしまう。じわじわ、じわじわとその灰色の汚れはハンカチの白を侵して行った。
「レフ……ト? 一体、どうしたんだい……?」
ライトくんが口を開く。
だが、探偵さんは何も答えない。ただただ無言を貫くだけだった。
「なぁ……レフト。お前……何か抱え込んでんだろ。言え。……カリスに関係あんだろ?」
「……おやっさん」
店主さんは膝をついてかがみ、探偵さんに目線を合わせた。濡れた石畳から水がじっとりと膝を染みていった。
探偵さんは、流石に店主さんには今までのつっけんどんな態度を取れないようだった。
けど……それでも、その目に宿っていたのは、“拒絶”だと思う。だって探偵さんは、まだジュクジュクと痛む傷口に触れられているような顔をしてたから。心の傷……なんだろうか。この場合の傷口は。
「……カリスは、……おやっさんには……関係ないっすよ」
「嘘をつくな」
「……嘘なんてついてねぇって」
「いいや、ついてるな。俺とお前は血は繋がっちゃいないが、それなりに関係は繋がってる。お前が嘘ついてる事くらい、俺にはわかる」
「……関係ない」
「一人で抱え込むな」
「関係ない!」
「俺はな、もう除け者は嫌なんだよ。あの日あの時……あの場にいられなかった事を、俺は今でも悔やんでる。悔やんでるからこそ……次また同じ事があった時には、ちゃんと」
「関係ないって言ってるじゃないっすか!!!!」
店主さんは何度も何度も探偵さんの心に訴えかけた。
でも……探偵さんの答えは、一向に変わらなかった。
そして私は……何も言えなかった。何を言えば、探偵さんの今の状況を取り払えるのか……それがさっぱりわからなかったから。
……ダメだなぁ、私。
「……帰れよ」
再び、探偵さんの声音に邪気の不協和音が混じり始めた。例えるとするなら、回るオルゴールの綺麗な音色に、キィキィと軋む不協和音が混じったような。
「そういう訳には行かないんだ」
ライトくんは再び口を開いた。
探偵さんは相棒のその言葉に、ただ黙り続けるだけだった。
いや、探偵さんだけじゃない。周りの皆も、黙り込んでいた。店主さん、ライトくん、エルさん、私、探偵さん、イラ・ペルト。総勢六人は、ただただ沈黙に支配されるだけだった。
ライトくんは言葉を続けた。
「僕とキミは相棒だ。だからこそ、」
「僕と誰が相棒だって?」
――刹那、時が止まった。
「……ねぇ、レフト? キミの相棒は僕のはずだろう? ……まさかキミがそんな、僕がいなくなってすぐに相棒を新しく作ってしまうようなアバズレだなんて……ねぇ? まぁ、そんなキミも大好きだけどね」
……いつの間に、いたの?
体をぐにゃぐにゃと変形させながら、ソレは突如としてライトくんの背後に現れた。
彼は……彼女……? 性別すらわからない……否。生物であるかすらも――わからない。
ソレは言葉を続ける。
「全く……さっき会った時にキミの隣にいた、ちっちゃな女の子になってみて、驚かせようとしたのに……ちょっと気分悪くなっちゃったなぁ」
――私に、なってた? 私に……?
私はさっきの事を思いかえし……今更、気づいた。
六人いた。あの場所には、私と店主さんとライトくんとエルさん、そして探偵さんしかいなかったはずなのに……。
いや、そうだ。私達は五人……五種類しかいなかった。簡単な事だ。
――私が二人いた。
ただそれだけ。さっきの事を思い返す――『周りの皆も、黙り込んでいた。店主さん、ライトくん、エルさん、私、探偵さん、イラ・ペルト。総勢六人は、ただただ沈黙に支配されるだけだった』――。
さっきまで、私以外の私がいた。
姿、体格、声音、息遣い、髪の長さから目の泳ぎ方、無心でついやっちゃうような、自分でも気づいていなかったクセまで……何から何まで同じな、正真正銘のイラ・ペルトがもう一人いた。
「……誰?」
私はソレに声をかけた――かけざるを得なかった。
体をぐにゃぐにゃと変形させている過程で留まり続けるソレに。
さっきまで私の姿を一分一厘マネていたはずのその姿は、今ではまるで人型の練り消しのようだった。
この人……人なのか? そもそも、種族は? 【怪人族】なら種族固有能力で【変身】があるけど……あそこまで自由が効くレベルではないはず。
なら……何なの?
私の先程の問いかけに、ソレは答えた。
「ねぇ、レフト。教えてあげなよ。僕の正体を、ねぇ?」
……ソレの言葉に、探偵さんは立ち上がって口を開いた。
「……おやっさん。信じられないかもしんないけどさ。その、目の前のぐにゃぐにゃしてんのが……カリス。『カリス・ワイルド』」
その言葉に、私は……店主さんも、目を大きく見開いた。
ライトくんも、カリスさんの存在自体は知っていたようで、私達と同じ反応だった。唯一カリスさんを知らないエルさんだけが、話についていけていない。
そして、カリスさんらしいソレは……だんだんとぐにゃぐにゃが小さくなっていき――完全に人型に落ち着いた。
「……ふぅ。二週間ぶりくらいにこの姿になったから、結構時間かかっちゃったなぁ」
クルクルと指で髪を巻き取りながら、ソレは――カリスさんは、何でもないように……当たり前のように言った。
店主さんは、目の前で起こった出来事に目を大きく見開いた。そして、数秒目をつぶった後、押し殺したような声でカリスさんに質問した。
「おい、カリス。お前は……【吸血族】だったはずだろう。吸血族に、そんな体を変形させる能力はない。お前……その力、どこで手に入れた?」
その言葉に、カリスさんは笑った。
「ははははは! そっか……そう言えば、貴方は知らないんですよね。あの日この場所で何があったのか、ねぇ?」
くくく、と含み笑いを薄めたような顔で、カリスさんは続ける。
「……そう。アンタはなーんにも知らない。ずーっと蚊帳の外から、蚊帳の中で何が起こってるかなーんにも知らずに見守ってただけの、親気取りの傍観者だもんね」
その瞬間、探偵さんが立ち上がった。
そして、さっきまでの落ち込みはどこへやら、カリスさんへと向かっていき、胸ぐらを掴み上げた。
「カリス! テメェ!」
「やだなレフト。迫るならもっとムードのある所にしてよ、ねぇ?」
「ふざけてんじゃねぇよ……っ!」
「ふざけてないよ。至って真面目さ。それに……この男が、何も知らない傍観者ってのは……紛れもない事実だろう」
カリスさんは、胸ぐらを掴み上げられてもなお、飄々とした態度を崩すことは無かった。
むしろ、それとは逆に、探偵さんの方がどんどん萎れていく感じだった。
「……違ぇよ。違ぇんだよ」
やがて探偵さんは、ゆっくりとカリスさんの胸ぐらから手を離した。
その時の探偵さんの顔は、まるで苦いものを無理やり飲み下すような、そんな苦しそうなものだった。
私は横にいる店主さんに目を向けた。……店主さんも、探偵さんと同じような顔をしていた。
「……で? 誰と誰が相棒だって?」
そして、地獄の底まで冷えるような冷たい声がカリスさんから放たれた。
その声の冷たさはまるで、静かな水面に石を投げ落とした時に浮かび出る波紋のように私達全員に伝播した。
「……この機人族か。レフトの相棒気取りは」
ずるり、とカリスさんはライトくんに歩み寄る。
しかしライトくんは、目の前のカリスさんに怯えることはなく、毅然として言い返した。
「気取りじゃない。僕は正真正銘、レフト・ジョーカーの相棒だ」
「違うね。キミは僕の抜けた穴に上手いこと収まってるだけだ」
「それこそ違う。僕達は、何度も危機を乗り越え、死地を何度も潜り抜けた。相棒と名乗るには申し分のないくらいには濃密な時を過ごしたよ……キミ以上に」
「……あぁ、イライラする。キミと話してると、胃がムカムカしてくる」
「同感だ。僕も、キミと話してると吐き気が堪えきれない。消化器官のない機人族で良かったと思うよ」
「……もういいや。めんどくさい。今ここでキミを殺しちゃえば、単純でいい」
「キミは短気だね。レフトの相棒を務めるには、常にクールでいなきゃいけないよ。彼が短気な熱血漢だからこそ、相棒はクールな冷血漢でなくてはならない。キミに相棒は務まらないねぇ?」
「調子に乗るなよ二代目風情が」
「こっちのセリフだよ旧式風情」
言い争った二人は、そのままお互いに睨み合った。
今にも戦いの幕が切って落とされそうな、ピリリと張り詰めた空気の中……私は、何もすることが出来なかった。……自分の無力さが、歯がゆい。
それはエルさんも同じなようで、ギュッとスカートの裾を握りしめている。
……何か、力が欲しい。私はそう思った……。
****
〜レフト・ジョーカー〜
俺の目の前で、二人の男が睨み合う。
一人は、俺の相棒で機人族のライト・マーロウ。
そしてもう一人は……俺の元相棒の、カリス・ワイルド。
既に一触即発の雰囲気だ。両者の視線の間にバチバチと弾ける火花を幻視する。
俺は……それを見るのが嫌だった。今の相棒と昔の相棒、それが傷つけ合うのを見たくはなかった。
だから、止めに入った。
「……ライト、下がっててくれ」
重い体を持ち上げて、ライトにそう頼んだ。
ライトは怪訝そうな顔をしながらも、こくりと頷き下がってくれた。
俺はカリスを真っ直ぐ見つめた。
「どうしたんだいレフト。そこの相棒と解約して、僕と再び相棒になってくれるわけ?」
カリスは先程までの睨み合いが無かったかのように、あっけらかんとそう言った。
俺はそれに首を振る。
「……違う。ライトは、相棒だ。解約とか、そんなのは出来ねぇ」
その俺の言葉に、カリスはわかりやすく不満を顔に出した。
「……なら、何なの?」
……謝るんだ。
俺は……カリスに謝らなきゃいけない。
実際にクリスタを殺したのはカリスだけど……それは、元はと言えば俺のせいだと思うから。
「……ごめん」
俺はそう口に出した。
カリスは、若干目を見開いていた。
「俺のせいなんだろ? お前がそんな風に歪んだのも……お前が、クリスタを殺したのも」
カリスは何も言い返さなかった。
俺は更に言葉を綴り続けた。
「あの時さ……お前、俺に告白してきただろ。それに俺……まともに返事も返さず、適当にあしらったんだ」
あの日――カリスが俺に好意を伝えてきた時。
俺は、それを有耶無耶にした……それよりももっとタチが悪い。俺は、それを有耶無耶にした挙句、その日からカリスを避け始めたんだ。理由は単純。同性愛というのが、当時は全く理解の出来ない化け物のような存在だったから。それだけの理由で、自らの相棒を避けた。
更にその時に、俺とクリスタが肉体関係を持って……、それがカリスを歪めたんだと思う。俺がカリスの気持ちをあしらったまま、クリスタに夢中になったから……カリスは、クリスタを殺したんだと思う。
俺が、カリスの気持ちに向き合っていれば……ちゃんと返事をしていれば。お前は、歪まなかったんだろ?
俺は、その事をカリスに伝えた。
そして……最後に、もう一度謝った。深く、深く頭を下げた。
「……悪かった。ごめん」
「……その『ごめん』は何に対しての『ごめん』なのかな?」
――頭を下げた上から、カリスの声が響いてきた。邪気を孕んだ、少し震えた声が。
そして――気がつくと俺は、カリスに胸ぐらを掴み上げられていた。
「ねぇ、レフト。キミは勘違いをしている。教えてあげようか?」
カリスは俺の首を掴み上げながら……笑った。
そして、衝撃の事実を語り始めた。
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【舞台設定】 〜悲劇の石橋〜
・場所……バンガン北西部
・名前の由来……バンガン成立前から存在する石橋。この石橋には昔から何かしらの悲劇が何度も何度も起こり続けていた事が歴史書などから明らかになっている為。
・デートスポットとしては……不向きも不向き
・仮にデートスポットとして行った場合……一〇割の確率で誰かが刺されて破局する
・丑の刻参りを行う場所としては……最適
・備考……丑の刻参りが何で異世界にあるねん、というツッコミをする奴は馬に蹴られる。




