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File3―2 四つの依頼 〜ヒッキーマウスと動物大集合〜

 〜ライト・マーロウ〜


「……で、今、こうしてストーカーを待ってるの?」


「うん」


 トイレに行っていたため、ストーカーの話を聞かされていなかったエルちゃんに、今までの経緯を話しておいた。

 そして今、僕達は探偵らしく店内で張り込み調査を行っている。

 今は丁度正午の辺りだ。


「今日はまだ現れていないようだね」


 ストーカーはいつもは開店から閉店までの間、店内に入るか外からメリィさんを見つめているかの二択の行動しか取らなかったらしいが、彼女が『もう私に付きまとわないでくれ』と告げた二週間前からは来る時間帯などが完全にランダムになってしまっているらしい。

 全く、厄介な。


「……っ」


 隣を見ると、エルちゃんはカタカタと震えていた。

 まぁ、女の子にストーカーの話は少し怖いのかもしれない。それに、エルちゃんはかなり顔立ちがよく異性から好かれそうだし。


「大丈夫だよエルちゃん。今の所は、僕達が襲われる事は無い」


「今の所は……。いつかは襲われるかもしれないんだね」


「まぁ、キミは新人だし、今回は後ろで見てるだけでいい。とりあえず、探偵ってこんな事するんだなー程度の認識さえしてもらえれば、それだけでいい」


「……それでも、できる限りの事は頑張りたいと思います」


「うん。無理はしないようにね」


 ……個人的に緊張をほぐそうとしたつもりだったのだが、エルちゃんの緊張は解けないままだった。

 僕の緊張のほぐし方が悪かったか……もしくは、エルちゃん個人の問題か。まぁ、どっちでもいいけど。


「おっと、来たぞ」


 僕はエルちゃんにそう告げた。

 エルちゃんも窓から外を覗く。

 店の前の建物と建物の間の物陰に、確かにそいつはいた。

 ふむ……意外と大きな目。その目は今、一心不乱にメリィさんを見つめている。

 他にも若干出っ歯気味の歯やら洗ってないであろうボサボサの髪やら、生理的嫌悪感が満載……とは言い過ぎかもしれないが、他人に特に興味を示さない機人族の僕でもちょっと近寄り難い。


「……何で、女性を好いたが為に女性に迷惑行為を働く男って、我が振りを気にしないんだろうね?」


 僕はエルちゃんにそう聞いてみた。

 だって、考えても見てほしい。不思議ではなかろうか?

 太ってるだけとか出っ歯とかなら、仕方ない部分もあるし構わないと思う。

 だが、風呂に入らないとか、身なりが汚いとか、そういう人は……何がしたいのか。その女性に好かれたいんじゃないのか。ならばまずは自分を飾り立てる必要があるだろうに。


「……違うんだよ、ライトくん」


 僕は少し考え込んでいると、エルちゃんが応えてくれた。

 エルちゃんは続ける。


「勘違いしちゃうんだよ。『この女の子は僕の事が好きに違いない』……って。そこから、どんどん妄想が広がって……ただの勘違いに、勝手に確信を深めちゃう。『あの子は今の汚い自分でも好きでいてくれてるんだ』って勘違いしてるから、直さないし直そうともしないんだよ」


「……勘違い?」


 僕は、思ったよりストーカーに詳しかったエルちゃんに思わず聞き返した。

 彼女は説明を続けた。


「例えば、何かの拍子に手と手が触れ合ったり、目が合ったり。それが連続して続いたりするだけで、勘違いする人は勘違いしちゃうの」


「……なるほど。特に今回は、メリィさんが自分から勘違いさせに行っている。それならば……ある意味、仕方の無いことかもね。……メリィさんの自業自得とも言うが」


「あ、あはは……」


 苦笑するエルちゃんに僕も何となく笑っていると、ストーカーの方に動きがあった。

 彼は突然、懐からゴムのような紐がついたY字型のさお――即ちスリングショットを取り出したのだ。

 エルちゃんもその怪しげな動きに気づいたようだった。


「うわっ、ライトくん何アレ? パチンコ?」


「うん。あのスリングショット……パチンコは、おもちゃサイズだが、僕の記憶している限りの型のどれにも合わない」


「つまり?」


「僕の知らないメーカーの作った物……もしくは、彼オリジナルのパチンコってこと」


 少しだけまずいな。

 僕の知らない型のスリングショット……それはつまり、具体的な威力がわからないということだ。

 もし、あのスリングショットに火薬やら『爆発の魔法石』なんか仕込んであったりしたら、おもちゃサイズとは言えかなりの威力になるし、弾速も当然速くなる。

 僕に対処出来ない程のレベルだった場合、撃つ前に止めなければ……。


 と、思っていたのだが、その心配はなさそうだった。

 なぜそう確信したのか。それは、彼が撃ち出そうとしている物――即ち弾を見たからだ。

 彼が弾に選んだのは、ネズミの死骸。ネズミの死骸を撃ち出すのに爆発物なんか使えば、血肉が辺り一面に飛び散ってしまうだろう。

 まぁ、高品質な『風の魔法石』などを用いる場合もあるため、注意は怠らないが。


「あの人、ライトくんから聞いた限りだと、よくネズミの死骸使ってるけどどこから調達してるんだろ?」


「知らないよ。家に仕掛けたネズミ捕りに引っかかったのでも使ってるんだろう」


「……さり気なく、あの人の家を『ネズミが住み着いたおんぼろ屋敷』って断言したよね今」


「ふむ、ならエルちゃん。自分の頭も洗っていないような男が家を綺麗にしてると思うかい?」


「……思わない」


「そういう事さ。男女問わず、汚い者は汚い所に住み着く。それに、あの男も出っ歯のようだし、案外ネズミとも仲良くシェアハウス出来てるんじゃないかい?」


 僕はそこまで言って、再びストーカーに注意を払った。

 視界の隅でエルちゃんが『優しそうな顔してめっちゃ口悪い……』と若干引いたような顔をしていたが、無視しておいた。


「……おっと、撃ち出すぞ」


 ストーカーがネズミの死骸をスリングショットのゴム部分で引っ張り、撃ち出す準備をした。

 それを見て、僕も右腕のダイヤルを『ウィンド』に合わせた。先日使った空気砲だ。

 作戦……と言えるかどうかはわからないが、作戦としてはこうだ。

 ネズミの死骸をあのストーカーが撃ち出した時、僕も空気砲を撃つ。ただし、狙いは撃ち出されたネズミの死骸。

 要するに、ネズミの死骸をメリィさんの元に配達デリバリーされないよう、阻止するという訳だ。

 メリィさんがいくら男好きな痴女でも、ネズミの死骸に愛しさを感じる趣味はないだろう。できれば視界にも入れたくないはずだ。

 だからこうして阻止するのだ。探偵は、依頼人へのメンタルケアも忘れてはいけない。


 おっと、そんな事を考えている間にストーカーがネズミの死骸を発射してしまった。

 僕は即座に右手を向け、素早く右腕のスイッチを押した。


弱風ウィンド・オン』


 機械音声と共に、空気砲が僕の右手から発射――ネズミの死骸弾を横から撃ち飛ばした。


「なっ、何だァ!?」


 ストーカーは驚いたような声を出した。

 だが、その頃には僕はもうストーカーの方へと動いていた。


 ――もう、証拠は揃った。充分だ。


 犯行の瞬間を僕の目が捉えた。

 機人族の僕の目が捉えた映像は、そのまま僕のメモリーへと保存される。

 後は、今僕が捉えてメモリーに保存した映像を、特殊な専門機関で取り出せば、立派な証拠の出来上がりだ。

 ネズミの死骸をスリングショットで撃ち出す瞬間。ストーカーの証拠には弱いかもしれないが、軽犯罪法としての証拠ならば充分だろう。

 軽犯罪、と言っても唾を道端に吐く、というレベルではないしね。ネズミの死骸を辺りに撃ち出すような行為には、流石に憲兵も動くだろう。

 逮捕はされないかもしれないが、相手を追い詰めることは可能なはずだ。


 ――だから、脅しに行くのだ。


 これ以上、メリィさんにストーキングを働くのなら、今記録した映像を憲兵に流すぞ、と。

 ただし、話はたっぷり盛らせてもらうが。もし憲兵にバレたら、懲役五年の罪になる……ってことくらいは信じさせたい。

 罰が重ければ重い程、脅しには効果的だからね。


「エルちゃん。無理して付いて来なくてもいいんだよ」


 僕は、僕の後ろを怯えながら歩くエルちゃんに声をかけた。

 だが、エルちゃんは首を横に振る。


「……付いてく。私、これから探偵助手になるんだもん」


「そうか。それはいい心がけだ。危ないと思ったら、ちゃんと逃げてくれたまえ」


 そこまで話した僕は、ストーカーの元に無言で向かった。

 背後でエルちゃんの足音も聞こえるから、恐らくちゃんとついてきてくれているだろう。

 やがて、ストーカーの目の前まで僕達は辿り着いた。


「……な、何スかお宅ら」


 ストーカーの方も、わざわざ目の前まで来た僕達に不信感を募らせているようだった。

 僕はなるべく失礼のないように言葉を選んで口を開いた――


「失礼。身なりが汚く、目が無駄に大きなキミだ。キミは『メリィ・マルフィ』という女性をストーキングしているはずだ。ストーキングは愚かで気色の悪い下劣な行為。やめた方がキミの為にもなる」


「なっ、何だお宅はっ、初対面の人に向かって失礼な奴だな!?」


 ――失礼のないように言葉を選んだつもりだったのに……。

 後ろでエルちゃんも『バカバカライトくんバカァ!?』と慌てふためいているのがわかる。

 とにかく、言葉選びを盛大に失敗してしまった結果、ストーカーの彼は明らかに怒っているようだった。

 ……もういいや。今更言葉を選んでも遅いだろうし。本音で語ってしまおう。


「ぼっ、ぼぼぼぼ僕が、ストーカーだとっ!? 失礼なっ! 僕が、そ、そんな奴に見えるか!?」


「うん。見える。げっ歯類のような出っ歯、カエルのように辺りをギョロギョロ見渡す不気味な目。それに清潔のせの字の一画目も見つからないボサボサの汚い髪。逆に聞くが、そんな奴(ストーカー)以外の何に見えるんだい?」


「ぐっ……ぐう……!」


「ぐうの音も出ない、とはよく言うが……キミはまだぐうの音は出せるのか。案外余裕があるようだね」


「はっ!? 今のは違――」


 ならば、と僕は先程ネズミの死骸をスリングショットで撃った所を映像に収めた事を彼に話した。もちろん話は盛りに盛った。

 すると、憤慨していたため赤くなっていた彼の顔は、どんどん青くなっていく。

 その表情の変わり様は、ガスバーナーの炎のようで見ていて少し面白かった。どれほど面白かったか例えるのなら、道端のナメクジを観察しているくらい。


「さて、どうする? ストーカーを廃業するか、それとも社会的に死ぬか。好きに選びたまえ」


 僕は彼に慈悲を与えてやることにした。

 もしここで、ストーカーを廃業する選択肢を選べば、後腐れなく彼を解放してやるつもりだ。

 彼はぶつくさ言いながら冷や汗を流していた。


「バレたら、懲役七年……!? その間、ずっと他の犯罪者と一緒に……嫌だっ、嫌だっ!」


「七年もパサパサの食事をとりたくないだろう。ならば選択肢は一つのはずだ」


 僕はそう促す。

 彼は一瞬迷ったような仕草を見せ、そして――


「死っ、死ねっ!?」


 ――傍にたまたまあった角材で、僕の頭を殴りつけた。


「っ!?」


「ライトくん!?」


 突然の出来事。

 故障はしていないだろうが、余りにも突然すぎて僕の頭は一瞬だけエラーを起こしてしまった。

 その一瞬の隙に、ストーカーは僕達の前から逃げ出した――が。

 エラーが起きたのは一瞬。その一瞬の間に、機人族である僕から人間族――もしくは、ネズミ型の獣人族かもしれないが――が逃げられるわけがない。

 僕は彼の足元に狙いをすまして、空気砲を撃ち出した。


「ぴぐっ!? うわっととふべェ!?」


 ストーカーは何やら意味もなさない声を上げながら盛大にすっ転んだ。

 僕は転んだ彼に駆け寄り、体を起こしてやった。


「今の暴力も、もちろん撮れてるよ。僕の頭に傷をつけた罰だ、絶対に憲兵に突き出してあげよう」


 実際は傷どころかへこんでもいないだろうが、盛っておく。

 突然頭を殴られるのは、かなり不愉快だ。引きこもりネズミの筋力では、僕に痛みまでは与えられなかったようだが。


「や、やだぁ……嫌だァ……!」


 ネズミさんは無様に見苦しく足掻き始めた。

 そして――彼は、ポケットから一つの玉を取り出した。


「うおおおおおおおっ!」


 彼はその玉を地面にぶつけて割った。

 中から白く濃密な煙が湧き出てくる。

 いわゆる煙玉ってやつか。

 何でこういう根暗なヒキネズミは、こういうものが作れるくらいに手先が器用な奴が多いのだろうか。


「エルちゃん。スカート、押さえときなよ」


「へっ?」


 僕は右腕のダイヤルを『テンペスト』に合わせた。

 そして、右腕のスイッチを押す。


強風テンペスト・オン』


 機械音声と共に、僕の右腕が扇風機のファンが沢山付いたような形状に変形した。

 僕はその右腕に意識を集中させると、ファンもすぐに回り始める。

 そう時間も経たず、その回転の勢いは上がり、暴風の如き烈風を辺り一面に噴出し始めた。

 僕はそれを確認し――そして、自らも回転しながら三六〇度周囲にその暴風を振りまいた。


「うひゃああああああ!?」


 突然の暴風に、エルちゃんの叫び声が聞こえた。

 それと同時に、粘りつくような煙も一掃され――そして、その場にはスカートが風によって思いっきりめくれ上がった、エルちゃんの姿だけが……。


「……!」


 エルちゃんはすぐにスカートを押さえた。

 ……ストーカーネズミは逃げてしまったようだ。

 そして、エルちゃんはと言うと、顔を真っ赤にしながらこちらを睨んでいた。

 ……こうなるから、スカートを押さえておけと言ったんだ。全く……。

 僕はエルちゃんに苦言を呈す。


「エルちゃん……僕、スカートは押さえておけって言ったよね? 何ですぐに言う事を聞かないの」


「説明してよっ! こんな風が来るとは思わないじゃんっ!」


「これからは僕の忠告をキチンと聞きたまえ。後……もう少し、色気のある下着を穿いた方がいいと思うよ?」


「んなっ……見たの!? 見たの、私のパンツ!?」


「動物大集合! ……みたいなのが好きなのはわかる。が、もうすぐエルちゃんも大人になるだろう。そんな下着を穿いていると、いざという時に相手が萎えてしまう可能性がある」


「〜っ! いざって時って、どういう時なのっ、ライトくんのバカっ!」


「バカは忠告を聞かなかったキミの方だろう……」


 僕は呆れて首を振った。

 全く、レフトでも今のパンツは苦笑するだろう……いや、レフトは頬を赤くしそうだな。我が相棒は女の子に対して免疫がない。

 端的に言えば、苦手なのだ。

 だから、イラちゃんと仲良く話しているレフトを見た時、僕は内心結構驚いていた。

 対して僕はと言うと、生殖機能のない機人族。機人族にとっては、性欲も睡眠欲も食欲も必要ないのである。

 まぁ、夜中は皆寝ちゃって暇だからスリープモードにはなるけど。


「でも……どこに行っちゃったんだろ、あのストーカー」


 エルちゃんが僕にそう聞いてきた。

 確かにあのストーカーには逃げられてしまったが……だが、僕はただ単にターゲットを逃がしてしまうような出来損ないではない。


「大丈夫……ちゃんと手は打ってあるよ」


 僕はそうエルちゃんに笑いかけた。。

 そしてとりあえず、メリィさんに捜査の進捗を話すためにエルちゃんと共に僕は店内に入ったのだった。



 ****



【小物設定】 〜探偵道具〜


 レフトやライトが探偵業の際に用いる道具の総称。

 それは普通の市販の道具から魔法道具マジックアイテム、自作の特製品まで様々である。

 レフトがいつも着ているジャケットも探偵道具の一つ。懐が四次元構造になっており、まぁまぁ沢山の道具などを詰め込める。ちなみに特注品であり、お値段なんと二〇万ウィル。その名も『四次元ジャケット』。“ポ”ではなく“ジャ”である。

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