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File1―9 暴龍を飼う少女 〜決着〜

 〜レフト・ジョーカー〜


 ニュエルが俺に血のナイフを振るってくる。

 俺はそれを紙一重で避けつつ、懐から銃を一丁取り出した。

 拳サイズの小さな銃。当然この銃もただの銃ではない。これも探偵道具だ。

 探偵道具『マギカデリンジャー』。小型拳銃デリンジャーサイズのそれから撃ち放たれる弾丸は、ただの金属塊ではない。

 撃ち出すのは魔力の塊だ。だから、決して人を殺すに至らない(威力を調整すれば可能だが)。正しく探偵オレのための銃……だと俺は思ってる。

 探偵は命を奪う事を許される職業じゃない。おやっさんが口酸っぱく何度も言っていた事だ。

 さて、魔力を操る事――【魔法】。普通ならばエルフしか使えない【魔法】だが、一部の技術者は道具を用いてエルフの魔法を再現することが出来る。

 この銃もそんな優秀な知り合いの技術者が作ってくれた、言うなれば魔法道具マジックアイテムである。

 更に色々とカスタムすれば、炎属性やら氷属性やらの付与エンチャントや、毒や睡眠薬の仕込み、更にはクラッカーのようなパーティーグッズのようにして使うことも可能な、便利な銃。それがこの『マギカデリンジャー』だ。今は特に何もカスタムしていないが。


「そらっ!」


 俺はニュエルに向けて、不意打ち気味に引き金を引いた。

 魔力の弾丸はニュエルの右肩の辺りに当たり、発光しながら破裂した。


「グッ!?」


 ニュエルは仰け反りながら呻く。

 一般人なら肩に当たれば脱臼してしまう程の威力だが……ニュエルにとっては、強めに肩を殴られた程度の威力らしい。流石は無法者のボスと言った所か。だが、着実に効いている。


「不意打ちとはな……油断してたぜ」


 ニュエルは右肩を抑えて軽く回し、問題がないことを確認するような仕草をした。そして、首を回しコキッと鳴らした。

 俺はまだ戦う気が満々なニュエルに言う。


「言っとくが、この銃は俺の体力スタミナを消費してる。俺がバテねぇ限り、弾は無限だ」


 この言葉はニュエルのやる気を削ぐ目的があったのだが……どうやら逆効果だったっぽいな。逆に活き活きし始めた。

 ちなみに、一発撃つと全力疾走で五メートル走り抜けた時くらいの体力スタミナが持っていかれる。単純計算するなら、一〇発で五〇メートル走一回分だ。


「……いいじゃねぇか。俺とお前、どっちが先にバテるかの耐久レース。いいじゃねぇか!?」


 そう言うとニュエルは血のナイフを捨て、己の両手の指の付け根を噛んだ。噛まれた部分から血が垂れる。ニュエルはその血に【血操】を使い、己の血を変化させた。

 指の付け根から垂れてくる血を鋭く尖らせ、光らせる。これは爪だ。獣のような鋭い爪。左右の手に赤い血で出来た鋭い爪を生やしながら、ニュエルは笑い、唇を舐めた。


「さァて……探偵、行くぜっ!」


 血の爪による斬撃の波が俺に襲いかかってきた。

 俺はそれを必死で避けつつ、(マギカデリンジャー)を何発か撃つ。

 だが、俺の銃弾は全て、血の爪によって阻まれ、切り落とされてしまった。


「おいおいどうした? 不意打ちの一発しか当たってないぜ?」


「パフォーマンスだバーカ。本気出しゃ脳天一発ぶち抜けるっつーの」


 手加減してやってんだから感謝しろ、そう付け足して俺は舌を出してニュエルを挑発した。

 だが、実際はこの痴態はパフォーマンスでも手加減でも何でもない。ニュエルの血の爪は想像以上に速く、想像以上に鋭い。


「探偵。俺からも行くぜ?」


 そう言うとニュエルは、笑い声を上げながら血の爪で己の肩の皮膚を傷つけた。

 そうして溢れ出た血に、ニュエルは血操を使う。

 すると、肩から腕にかけて負った傷に沿って、まるで龍の鱗を逆立てたような形の血の棘が現れた。

 ニュエルはその棘を突き出し、俺に突進してきた。ショルダータックルだ。ただし――その肩には、斧の刃のような棘が付いている。


「――やっべぇ!?」


 俺は横に転がり、そのショルダータックルを回避する。

 ニュエルのショルダータックルは洞窟の壁面に当たり、ズンッとした振動と共に辺りにパラパラと岩の破片を振り撒いた。

 そして、ニュエルが突進した箇所には――深く、深く斧の刃のような血の棘が突き刺さった跡が残った。


「どうだ、俺の棘の威力はよ?」


 ニュエルは自慢気に俺にそう問いかけてきた。

 俺は歯噛みする。こんな突進、モロに食らったら……。硬い洞窟の壁面の岩にも、ここまで深く傷を付けられるこの棘が、人体に突き刺さったのなら――……。

 俺はそれを想像し、身震いした。嫌な想像しちまったぜ。

 だが俺は、気丈に振る舞い、笑ってニュエルに答えた。


「全ッ然大した事ねーわ。大した事なさすぎて逆にビックリ」


 ちなみに今この状況で煽る意味は……えーっと……そう。これにより頭に血を上らせて攻撃を直線的にして避けやすくするためだ。決して、男の意地やプライドで、ニュエルにビビってる姿を見せたくなかったからとかではない。


「ほぉう……そうかそうか」


 ニュエルは、俺の作戦通りに青筋をこめかみの辺りに立てて引き攣った笑いを浮かべる。

 これで攻撃を避けやすくなったろう……そう俺は内心安堵する――その刹那、ニュエルの爪が眼前に迫ってきていた。


「なっ――!?」


 俺は後ろから倒れるようにしてその攻撃を避けた。受け身を上手く取れずに背中を強打してしまうが、そんな事はどうでもいい。

 ニュエルの攻撃の速度は、明らかに上がっていた。

 何で……頭に血が上ったはず……!? そこまで考えた時、脳裏に師匠おやっさんの昔教えてくれた言葉が浮かんだ。


『頭に血が上る時、お前みたいに攻撃が単調になる奴もいる。だけどな、逆に頭に血が上ると攻撃のボルテージが上がる奴もいる。そういう奴は煽ったりしても無意味……逆効果だから気をつけろよ』


 ……俺だって攻撃のボルテージが上がる奴だし! 攻撃が単調になる奴じゃないし!

 多分俺はその時、そう口答えしたと思う。

 いや、今はそんな事はどうでもいい。問題は……恐らく、ニュエルは後者――血が上ると攻撃のボルテージが上がる奴だということだ。

 要するに俺は……ニュエルの攻撃を避けやすくしたつもりだったが、むしろ逆。ニュエルを怒らせ、攻撃速度を速めてしまったようだ。


「どうだ、このスピードならよ? 大した事、あるだろ?」


「……全然?」


 そう、不敵に笑いながら口走ってから気づく。

 やば。また無意味に強がってしまった。もうこれ悪いクセだな。このクセのせいでまたニュエルの攻撃速度が上がる。

 俺は何度もマギカデリンジャーの弾で爪の軌道を反らしたりするのだが、何発かが掠り、肌ごと服を斬り裂く。

 そして、遂に爪が俺の右腕にクリーンヒットしてしまい……俺の血が飛び散った。


「――もらったァ!」


 ニュエルは飛び散った俺の血に手の平を向け、瞳を紅く輝かせた。血操を使ったのだろう――俺の血に。

 俺はどんな攻撃が飛んでくるのか警戒し、冷や汗を垂らす。


「――?」


 だが……何も起きなかった。

 俺の血は飛び散ったまま、岩壁に貼り付いた。

 ニュエルも手の平を向けたまま、首を傾げている。

 よくわかんねぇけど……今、隙だらけだ。

 俺は銃口をニュエルの腹に押し付け、引き金を引いた。


「この距離なら、爪で弾けねぇだろ?」


 接射、連射、速射!

 ニュエルの腹に、俺は魔力弾を何発も何発も撃ち込んだ。

 ニュエルの腹から煙が上がる。ニュエルの顔が苦悶に歪む。

 俺は腹を抑えながら後ずさったニュエルに、トドメを刺すことにする。

 懐から注射器を一本取り出し、右足に注射する。すると、打たれた右足の表皮が波打ち、黒く変色した。

 探偵道具『ドラッグ・ジョーカー』。一時的に筋力を増強する魔法のドラッグ――勿論、違法薬物だ。身体的負担のリスクが高い為に国から禁止されている。

 だが、こういう裏社会に通ずる仕事をする時には、違法な手段も使わざるを得なくなる時がある。その為、こっそり俺は違法薬物などの品々を何個か所持している。正直、バレたら不味い。


探偵オレの切り札、見せてやるッ!!!」


 俺は黒く変色し、筋力の増強により膨れ上がった右足をニュエルの腹部に、飛び蹴りの形で叩き込んだ。

 ニュエルは目を見開きながら、後方に吹き飛んだ。

 ニュエルの体が俺の足から離れ、洞窟の中をゴロゴロと転がっていく。そして、しばらくしてその回転も止まり――ニュエルは、起き上がる事は無かった。


 ――俺の、勝ちだ。


 そう俺はニュエルに呟き、洞窟の奥に進む。

 ニュエルを放っておくのは少し不安だが、今は依頼人イラの安全が最優先だ。

 しかも、イラの元にはニュエルの隣にいた森人族の女が向かってしまった。

 俺はドラッグを打った反動で悲鳴を上げる右足を引きずりつつ、奥へ、奥へと進んでいった。



 ****



 〜イラ・ペルト〜


「はぁっ、はぁっ……!」


 私は呼吸を乱しながら立ち上がる。

 ウィンニュイさんは私の名前を聞いた後、いきなり攻撃の威力とかを上げた。

 今まで出していなかった本気を解放するかのように放たれる攻撃や魔法――それらは私の体を打ち据え、肌を焼き、肉を割いた。

 今の私はボロボロだった。体中にアザや切り傷が刻まれている。

 ……多分、ウィンニュイさんはまだ手加減してくれている。ウィンニュイさんの魔法なら、一般人である私の体なんて簡単に吹き飛ばすことが出来るだろう。だけど、それをしてこない。

 私は唇を噛んだ。手加減してもらっているのに、勝てない、乗り越えられない――ミーコを助けられない。自分の無力さが恨めしい。

 更に悪いことに、探偵さんから貰ったシェイクボトルも、結局全てが無駄に消費しただけで終わってしまった。

 もう、今の私には――ウィンニュイさんに太刀打ちできる戦力が無かった。

 私はウィンニュイさんを睨みながら、出てくる涙を必死で堪えた。あぁ、もっと私が強かったなら。ミーコを取り返せたのに――そう思いながら、私はウィンニュイさんの一挙一動に注意を払う。

 だが――


「……おや? ニュエル……負けてしまいましたか」


 ――ウィンニュイさんは、こめかみの辺りに指を当てて、そう言って黙り込んでしまっている。

 そしてウィンニュイさんは、私の方へ向き直り、一礼した。


「どうやら私の主が負けてしまったようです。私の主を負かしてしまうような敵は、私には到底務まりません……。私はニュエルを連れて撤退致します。イラ、貴方の探す暴龍タイラントはこの洞窟の別れ道を右、左、左の順番で進んだ先にある檻に囚われています。どうぞご自由に……」


 ウィンニュイさんはそう私に告げると、何やら魔法を詠唱し、影に溶けるように消えた。

 そして、そんなウィンニュイさんと入れ違う形で、右足を引きずる探偵さんが現れた。


「探偵さん!」


「イラ……無事か」


 右足を引きずる探偵さんに私は駆け寄る。

 探偵さんは、私の安否を確かめるように頭を撫でたり頬を引っ張ったりした。正直止めてほしい。


「大丈夫そうだな……。あの森人族の女はどうした?」


「ウィンニュイさんなら、探偵さんと入れ違いでどっかに消えちゃいましたよ」


「……そう、か。……悪かった、イラ。大事な依頼人なのに、こんな危険な目に合わせちまった」


 探偵さんはそう言うと、私に頭を下げた。

 私はそんな探偵さんを見て、とても申し訳なくなる。

 元はと言えば、探偵さんは初めから危険だと注意してくれていたのを無視したから、私がこんなに危ない目にあったのだ。この惨状は自業自得。全部私のせいだ。


「探偵さん、顔上げてください。むしろ、私が謝らなきゃ……。私がお荷物だったから、探偵さんは苦労したでしょ?」


「……いや。俺が未熟だっただけだ。依頼人の頼みなら、何でもベストを尽くせるような探偵にならなきゃいけねぇんだ。それが出来て初めて一人前なんだ」


「……自分が悪い、って意見を譲る気はなさそうですね」


「『依頼の失敗を依頼人のせいにする探偵程、最悪な奴はいない』――おやっさんの言葉だ」


 ……もうこれ以上押し問答を続けても意味は無いだろう。

 私は私で、私を責めよう。探偵さんは私を責めてくれないから……その分だけ、自分を責めよう。

 とりあえず今は、それでいい。

 今、一番の最優先事項は――ミーコだ。


「探偵さん、ミーコの居場所、わかりましたよ!」


 私は探偵さんの手を強引に引きながら、ウィンニュイさんに教えて貰った道順を辿っていった。



 ****



 〜洞窟内、ニュエルとウィンニュイ〜


 ウィンニュイが、影の中から現れた。

 ニュエルは倒れながらウィンニュイが現れる様子を見つめ、拳で今自分が寝ている土を殴った。


「……笑えよ、ウィンニュイ」


 ニュエルは自らの奴隷にそう言った。

 だが、ウィンニュイはニュエルの背と地面の間に手を割り込ませ、ニュエルの体を起こした。

 ニュエルは、先程レフトに蹴られた部位を抑えつつ、咳き込みながら、自分を抱きとめるウィンニュイに言う。


「……ウィンニュイ。ダッセーだろ、俺。こんな主人の姿を見て、失望したか?」


 ウィンニュイは彼の問いに首を振ると、凛とした声で、少し微笑んで答えた。


「いいえ。あの探偵が強かっただけのこと……負けたからと言って、ニュエルを見限ったりはしませんよ」


「……そ、か」


 ウィンニュイはこの場から退散するために魔法を詠唱する。

 艶やかな唇から紡がれる美しい詠唱を聞きながら、ニュエルはウィンニュイに告げる。


「……なぁ、ウィンニュイ。俺さ……あの探偵の血に、【血操】を使ったんだよ。“波”も人間族に合わせた……でも、操れなかった」


 吸血族の【血操】は、血なら問答無用でどうとでも操れると言う訳ではない。

 そう、例えるならばラジオの周波数を弄ってチャンネルを合わすような作業が必要なのだ。

 種族ごとに違う血の“波”に血操の“波”を合わせる。それにより、他種族の血でも操る事が可能になる。

 この“波”は感覚で覚える必要があり、ニュエルが今操る事ができる種族の血は【吸血族】、【森人族】、【人間族】、【獣人族】の四種族。それと、数種類の竜種ドラゴンと数十匹の野生動物(魔物含む)だけだった。

 ニュエルの目から見て、レフトはどう見ても人間だった……いや、他の誰から見てもそうだ。レフトは明らかに人間族だった。

 だが、血を操る事が出来なかった――何故だ?

 そんなニュエルの問いかけに、詠唱を終えたウィンニュイは答えた。


「……可能性を二つ思いつきました」


「聞こうか」


 ニュエルはウィンニュイの腕の中で、ウィンニュイの言葉を聞く。


「一つは、ニュエルの【血操】の腕が落ちぶれた説」


「……な訳ねーだろ?」


 ニュエルはウィンニュイを睨みつけた。

 ニュエルは、自分の血操の腕に絶対の自信があった。そんな自分がミスをするわけがない。そう考えたのだ。

 ウィンニュイは自分を睨むニュエルをどうどう、となだめながら、もう一つの可能性を口にする。


「ニュエルの血操に問題がなかったとしたら、もう可能性は一つしかありませんね」


 そう言うとウィンニュイは、詠唱していた魔法を発動させた。

 ウィンニュイとニュエルの体が、影の中に溶けていく。イラの前から退散する時にも使った魔法だ。

 体を影に溶かしていく中で、ウィンニュイはその可能性を答えた。



「あの探偵、()()()()()()()()()()()()()



 その言葉を最後に二人の姿は洞窟から溶けるように消えた。

 その場には、反響しながら薄れていく、ウィンニュイの告げた可能性だけがうっすらと残った。



 ****



【キャラクター設定】 〜スカル・シーリング〜


 ・身長……一八五センチ


 ・体重……八〇キログラム


 ・種族……怪人族


 ・年齢……五四歳


 ・職業……私立探偵→喫茶店『W』店主


 ・誕生日……八月一八日


 ・妻子……妻は娘を産んだ際に死亡。娘もとある事件で死亡。


 ・趣味、特技……コーヒーを入れること


 ・好きな動物……猫


 ・猫を撫でようとすると……必死の形相で威嚇される

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