ダンジョンVS日本
家の裏庭にダンジョンが現れた。最近、流行ってんのかコレ? ニュースでもネットでも、世界中のあちこちにダンジョンができたとかいうのは聞いたけど、それがうちの裏庭に、ねえ。
東京で仕事して、頑張って仕事し過ぎて、ストレスチェックに引っ掛かったら仕事を干されて、自主退職するまで会社でいびられて、仕事を辞めて田舎に戻って半年。
働く意欲が失せて生活保護を申請しても窓口で追い払われて。
どうやらこの世は俺にさっさと死ねと言ってるらしい。それに対抗するだけの精神力も尽きた。やってられるかっての。
ダンジョンを発見したら役所に届けろってことだが、役所の奴等は俺をゴミでも見るような目で見やがるからなぁ。ん? ゴミ?
ダンジョンにゴミを捨てたらどうなるんだ?
最近じゃあゴミ袋税でゴミ袋は高くて、ゴミを減らす為にも食料品以外買わないようにしてるけど。
ダンジョンにゴミを捨てられたらゴミ袋税付きの十袋八百円のゴミ袋、買わなくていいんじゃね?
いやまあ、ゴミの心配ももう必要無いか。
ダンジョンの中は危険だって聞いたことあるけど、それは自殺するにはいいかもしれないか。
未知の中に突っ込んで死ぬなんて、冒険家みたいだ。俺にそんな機会があるなんてねえ。
よっしゃ、入ってみるか。
もう生きてくのも飽きたしなあ。
◇◇◇◇◇
「で、俺はダンジョン入ったんだよ。聞いてるか? 武田?」
「あー、聞いてる聞いてる。つーか、アホだろお前」
「アホじゃ無きゃこんなことするかよ。で、すげーんだよダンジョン、まじスゲー」
「なにがどうスゲーんだよ。具体的に言えよ」
「レベルが上がった、あと条件満たしてジョブもついた」
「嘘くせえ、お前、なにやってんの?」
「スライム倒してー、ゴブリン倒してー、スケルトン倒してー、オーク相手に死にかけてー」
「ピンピンしてんじゃねえかよ」
「俺のジョブ、ビショップ。で、治癒魔法憶えて治した。スゲーだろ」
「お前、寂しい暮らしで頭をやられたか? 多加杉よー、お前一度心療科で診てもらったらどうだ?」
「そんな暇はねーよ。また来るからな」
「慌ただしいなー。おい」
武田に手を振って病院を出る。抗ガン剤治療でゲッソリしてる武田、コイツが生きてるうちにやることやらねえと。
ちょいと気合いを入れてダンジョンに入る。レベル上げじゃあ!!
◇◇◇◇◇
「……マジか、」
「うっし、上手くいったあ!」
「マジか、マジか、マジか」
「どうよ俺の治癒魔法は? 手術で取った内蔵も元通り、これでもう抗ガン剤治療とはオサラバよー」
「ステージ4で、余命半年とか言われてたんだぞ? 俺は?」
「ビショップでレベル上げるのはキッツかったわ。攻撃力が足りなくてなー。どうよ? どうよ?」
「いや、マジ助かったわ。え? 俺、これで退院できんの?」
「なんで治ったか煩く聞かれる前にトンズラしよーぜ、武田」
「ありがとうよ、多加杉」
「あらたまって言われると気色わりい」
「なんだとこのやろう」
◇◇◇◇◇
「ダンジョンの中ってけっこう明るいのな」
「ここは安全地帯つーか、回復ポイントつーか、そこの噴水が回復の泉って奴だ」
「まるでゲームみたいだ。あのテントはなんだ?」
「俺、今はここで住んでるから」
「マジか? ここで?」
「電気代ゼロ円、水道代ゼロ円だ。ここなら働かなくても生きていける」
「お前、食料は?」
「武田、いいことを教えてやる。経験値を溜めてだな、スキルポイントを増やしたら先ずはスキル腹痛無効を取るんだ。そしたら何を食っても腹は壊さねえ。試しに死んだゴブリン生で食ってみたけど、腹は大丈夫だった」
「マジかー?」
◇◇◇◇◇
ダンジョンスゲー、ダンジョンサイコー、ダンジョンありがとう。武田もガンから治って健康になったし。あいつもガンになってから職場から追い払われたクチで、クソ仕事なんぞやってられっか、て言ってたし。
あいつをなんとかしようと回復系のジョブでやってたけど、それならって武田は前衛の戦闘系のジョブとってくれたし。二人で進むとダンジョン探索も進みがいいわー。
あと、武田のジョブがサムライでなんかカッコいいのがちと羨ましいわ。
安全地帯にいろいろと家具を持ち込んで、生活水準も上がってきた。
夢のゼロ円生活だ。働かなくてもいい。稼いで無いから、税金も年金も保険も払わなくていい。
なんつーか、いきなり目の前がパアッと明るくなったような気分だ。
あー、生きてるって素晴らしい。
◇◇◇◇◇
「おー、多加杉これ見ろよ」
「なんだ?」
「ネット喫茶でダンジョンのこと調べた」
「ほーん? で?」
「調査の為にって、どこのダンジョンも国が管理してんのな。だから多加杉のとこのダンジョンも行政に見つかったら奪われるぞ」
「いちおー、あそこは家の敷地の中だけど?」
「そんなもん国に通用するかよ。成田空港作るときには、居座るじいさんを機動隊が盾で殴り殺した日本だぞ? 多加杉ひとりが逆らってもどうにもならん」
「そいつは困る。俺は今のダンジョン暮らしを捨てたく無い。武田、どうすりゃいい?」
「どうすりゃいいって聞かれても、そんなん俺にも解らん」
◇◇◇◇◇
多加杉の奴はお人好しというかなんというか。俺を助ける為に一人でダンジョンに潜ってレベル上げとか。しかもジョブが後衛の治癒魔法が取り柄のビショップじゃねーか。どうやって無理してレベル上げしてたんだよ。それも俺を治す為にって、アホだろあいつ。
あいつはダンジョン暮らしのゼロ円生活を楽しんでるが、政府がこういうのほっとくか? 税金払わずに暮らせますーっていうのを。あとダンジョンが何かってのを、どこの国も調べてるみたいだし。
と、なりゃあ仲間を増やすか? 世の中、オリンピック特需が終わり、働き方改革で日本人の平均年収は250万まで下がってる。昔のギリシャの経済危機のときみたく、小学生が授業中に栄養失調で倒れたりするのがニュースになってる。この前なんか夏休み開けに、給食以外に栄養源の無かった子供が餓死してネットを騒がせた。
ふーむ、仲間っつーか、道連れを増やすか?
◇◇◇◇◇
「というわけで連れて来た」
「何がというわけ、だよ武田? どう見ても未成年の男の子と女の子じゃねえか。誘拐か? 略取か?」
「どっちでもねえよ。ちゃんと話をして連れて来たんだよ」
「いや、連れて来たって、あー、君ら、ここがどういうとこか、解ってる?」
「ここなら、お腹いっぱいご飯が食べられるって……」
「まあ、食いモンの見た目が悪いのを我慢したら、いつでも腹いっぱい食えるけどな?」
「お願いします。ここに置いて下さい。僕達、もう家に帰りたくないんです」
「おい、武田? これどういうことだよ?」
「貧しい家庭が子供を虐待して憂さ晴らしすんのは、よくある話だろ」
「うーわ、もう、なにそれ? それ聞いちまったら家に帰れって、もう言えねー」
「僕達、頑張ります。なんでもします」
「やめー、やめてー、俺、そういう真面目なノリは嫌だー。武田ー、お前、何考えてんの?」
「多加杉がダンジョン暮らしを続けられるように、ちーっとな。んじゃ、君ら、先ずはおじさんとレベル上げに行こうか」
「わかったよ、俺もついてくよ。治癒魔法使えんの俺だけじゃん」
◇◇◇◇◇
「……なんか、人数増えてね?」
「これも日本の貧困が随分と進んだ証拠か?」
「あと、未成年ばっかりって」
「多加杉、お腹空いたっていう子供をだ、見捨てられるか?」
「そりゃ、ここに来ればレベルさえ上げてスキル腹痛無効取れば、食いモンとるのに苦労は無いけどよー」
「蛇にコウモリ、ネズミにスライム、腹痛無効さえあれば何でも食えるのな。ライトの魔法が使えるメイジも増えて益々電気代要らず」
「服だけが問題か?」
「そこは俺の貯金を使いきるか。洗濯は手洗いで。あと狭くなったからレベル高い奴は下の階層の回復の泉を生活ポイントにするか」
「随分と賑やかになったなー」
◇◇◇◇◇
「大人しくダンジョンから出てきなさい! ダンジョンを不当に占拠するのは違法です! 全員武器を捨て、投降しなさい!」
「うっせ、バーカ。ここはもう俺の家なんだよ! だーれが俺の家を渡すかっての!」
「これが最後の警告です! 大人しく武器を捨てダンジョンから出て来なさい!」
「どーするよ武田?」
「やるしか無いだろ? だけど大怪我させずに追い出すとして、おーいみんなー、皆の家を奪いに機動隊が来たから、取り合えず奴等をダンジョンの奥に引き込んで、分断させて各個撃破で。ちゃんとパーティで動いて連携するように。皆の住むところをまもろー!」
「「おー!!」」
「ゼロ円生活も楽じゃねーなー。モンスター以外にも機動隊とも戦わにゃならんとは」
◇◇◇◇◇
『〇〇県〇〇市に現れたダンジョンを不法占拠したテロリストと機動隊が衝突しました。ダンジョンに立て籠るテロリストは爆発物などを持ち込み、突入した機動隊と激しくぶつかりました。この衝突で機動隊員五名が重傷、二名が死亡……』
「なんだよこのニュース! ふっざけんなよ! 俺達一人も殺してねーだろがよ! ケガした奴も治癒魔法で治してからダンジョンから放り出しただろがよ! なんだこの嘘ニュースは!」
「落ち着け多加杉、これは、やられたか?」
「やられたってなんだよ?」
「武装テロリストにやられて死人が出た、となれば同情が集まりやすいか? 俺達を悪モンにするにゃー、被害者が出た方がいい」
「じゃ、なに? あの機動隊員は、お上に殺されたっての?」
「情報操作ってのは何処も考えるものなんかね?」
「なんだよ、誰も殺してないのに俺ら人殺しのテロリスト扱いかよ。あいつら人の住んでるとこ奪おうとした挙げ句に、めちゃくちゃ言いやがる」
「ま、その辺もどうにかしてみるか? 山口くーん、そっち撮影はどう?」
「えーと、頑張って三人で機動隊との戦闘の様子と、多加杉さんが機動隊の人に治癒魔法使ってるとこはカメラで撮影できたかと」
「じゃ、それ編集して動画投稿サイトに上げようか」
「武田、お前、メッチャ生き生きしてねえか?」
「あー、なんかスッゲー生きてるって感じがするわー」
◇◇◇◇◇
『日本政府の圧政に苦しむ者よ! ダンジョンはいいぞー! 働かなくても食っていける。水も食料も無料! ちょいとばかしモンスターと戦う必要があるが、そんなもん一日二十時間労働と比べたら楽なもんだ。だが、そうやって誰にも迷惑かけずに大人しくダンジョン暮らしをしてる俺達が、日本政府は許せないらしい。俺達が機動隊員を殺したとマスコミは報道しているが、それは真っ赤な嘘だ! 俺達にテロリストのレッテルを貼りたい日本政府の企みだ! その証拠にこの映像を見て欲しい!』
「武田ー、これって俺が演説する必要あったの? お前がやりゃいいじゃん」
「このダンジョンはお前んちの敷地でお前のもんなんだろ? だったら多加杉がやらねーと」
「これで俺達は悪く無いって伝わるのか?」
「そりゃ、無理だろ」
「じゃなんで? 俺が悪の組織の総統みたいになってねーかコレ? 何目的だよ?」
「そりゃ、こいつで味方が増えりゃいいんだよ。水も食料も無料ってのは、人を呼ぶパワーワードだ。この国で年寄りに奪われるだけの貧しい暮らしに嫌気が刺してるのが、国からダンジョンを奪い取ろうってなるんじゃねーか?」
「そう上手くいくかあ?」
「この国の政府は、若い世代の貧しさを知らねえからな」
「フルタイムで働いても、手取りは月に十万いかねえしなあ。一度ワープアに落ちたら終わりだし」
「それがダンジョンなら生活も楽だ。家賃も無い、電気も水道もタダ」
「ガキ共もすっかり順応しちまってまあ」
「多加杉さーん、武田さーん、レッドドラゴン倒して持ってきましたー」
「どうですか? 俺達でもレッドドラゴン倒せるようになりましたよ!」
「バッカ無理すんなって言ってんだろ? 誰もケガしてないか?」
「はい、私が全部治しました! かすり傷ひとつありません!」
「それならいいか? お前らスゲーな、ついにドラゴンスレイヤーかよ」
「これも多加杉さんと武田さんのおかげです」
「「ありがとうございます!」」
「いや、ま、そのー、なんだ? 照れるな、こういうの。まぁ、いいや、うし、皆でドラゴン食おーぜー」
「「いっただっきまーす!」」
◇◇◇◇◇
『テロリストに告ぐ! 武器を捨て投降せよ! 拐った子供達を解放しろ!』
「ついに自衛隊かよ、うーわ」
「先ずは下のフロアのダークゾーンに引き込もう。そこで暗視スキルのある奴でかかる」
「その奥の火系魔法禁止エリアなら、なんでか火薬は使えねえから、銃器対策はそれで」
「催涙弾は風系の魔法で流して、だな」
「ダンジョンが現れよーが、モンスターが現れよーが、人間の敵はやっぱ人間なのな」
「さーて、生きてくためには我が家を守ろうか」
「随分と家族が増えちまったよーな」
「賑やかで楽しーじゃねーか」
「そうだなー。じゃー、皆で、命大事に、家族大事に、元気に自衛隊の皆さんをぶっ潰そう!」
「「おー!!」」
『突入!!』
「もう手加減してやらねえからな!」
「皆で守ろう、多加杉ダンジョン王国!」
「「おー!!」」
「なんで俺が王様なんだよ!」
「もう建国しちまえよ!」
「これに勝てたら考えてやる!」
「んで俺が宰相な!」
「よきにはからえー!」
裏庭にダンジョンができたら、建国して日本と戦争することになった。
なんでこうなっちまったやら。
取り合えずは子供が腹いっぱい食えるところを守らんと。