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9/9 -September_Nine-  作者: 懐中時計
第一章 大いなる樹
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第六話 『魔醒襲来』

分割しようと考えました、折り合いがつかないのでご容赦を。

 ユリウスは、ただ彼らと向き合っていた。

 なにをするでもなく、ただその瞳に宿る熱く滾る炎を時より輝かせながら彼はただ立っていた。恨み辛みがあるわけじゃない。悪戯に騎士の命を奪ったからではない。己の右腕を壊されたからではない。


 ただ悪を焼き尽くす。それが彼の中に宿った、ある精霊の成すべき事だから。


「ミリィ・マリィ」


『『はい、お母さま』』


 両胸にあるホルダーがひとりでにその金具を外し、白十字架の武装はユリウスのそれぞれの手に収まる。


「『『三位一体(マキシマイズ)』』」


 二つの白十字架は溶けるようにユリウスの手の中に沈んでいく。完全に手の中に消えると、ユリウスの体が激しくラグを引き起こしたように暴れ出す。彼の周囲には尋常ではないほどの魔素が集まり体は完全に緑色の球体に包まれ見えなくなる。それを徐々に徐々に体内へ取り込んでいく姿は、ユリウス自身がまるで武装そのものであるかのようだった。


 その光景を同じく坦々と眺める男がいた。


 一人だけ黒いコートを着ていながら素顔を晒している寡黙な男。

 その名をカイウス・リザベルドという。


 盗賊団・黒蛇竜のNo.2にして最強の称号を持つこの男は、仲間が目と鼻の先で消し炭にされたとしても怒りは愚か動揺すら一切表情に出さない。


 ただ一つ彼が何かをするならば、マギアステラの解放を邪魔させないこと。妨害は許されない、ただそれだけの感情で今は動く。


「貴様たちは下がっていろ。猊下の封印を解くことこそが我らの使命なのだから……『霜の王よ、我に纏え』」


 漆黒の短剣を抜き取ると彼の周りには漆黒の魔素が地面から噴出し、漆黒の魔素は彼に冷気を放つ鎧を与える。漆黒の短剣は青白い冷気を常に放出する直剣へと姿を変え、その冷気に触れた草木はたちまち凍り付く。


 カイウスは、右手に持つ直剣を下段に構えるとユリウスへ向けて一歩踏み込み、体を斜めに切り裂くイメージで振り上げる。

 振り上げた直剣からはとてつもない冷気が三日月状に射出され、周囲の空気すら凍らせながら標的へ襲い掛かる。


 未だ魔素の中に姿を隠すユリウスは迫る危機に気が付いていない。


 抵抗する気配がないまま、カイウスの斬撃はユリウスが纏う魔素を切り裂いた。


――いや、吸い込まれたと表現した方が正しいのだろうか。切り裂かれた魔素は武装の使用者を失い霧散するかに思われたが、依然その形を保ったままで何も変化がない。


 カイウスは再び直剣を下段に構えるが、


「『『断罪(ジャッジメント)』』」


 魔素の球体から現れた炎を纏う精霊の真言に大気が自ら発火する。


 発火した大気は周囲を無差別に破壊しながらカイウスを襲う。周囲を激しい劫火と爆発が支配する中、カイウスは表情を変えることなく霜の壁を体がちょうど収まる程度の長球状に展開し冷静に対処する。霜の壁はその冷気で大気が爆発する前にそれらを凍らせ壁としていたのだ。


 劫火と爆発が対処されていると見るや、炎の精霊は戦法を変える。


「『『天罰(パニッシュメント)』』」


 左腕を天に向けて垂直に伸ばし指を鳴らす。その音に反応して大気が震えだすと、巨大な稲妻がカイウスの直上から彼を呑み込んだ。


 激しい稲妻は数秒の後に静まると、全身が熱湯を被ったかのようにずぶ濡れの状態になったカイウスが姿を見せる。稲妻による外傷は見当たらなかったが、肌から立ち上る蒸気は秋終わりの肌寒い風に急激に冷まされ、顔をしかめた。


「なるほど、そうかお前がスエルタだな。よもやヒトの体を間借りしていようとは」


「『『いかにも、だが貴様は勘違いをしている。我が器は他にある、この男はそのスペアというだけ。本来の器には遠く、及びはしない』』」


 とても冗談には聞こえない。スエルタの雷は霜を操るカイウスにとって、天敵と言える。もし本当にユリウス以上の適合者がいたならば、先程の比ではないことは確かだろう。


「『『見逃してやろう。我は貴様たちが悪を行っている処を直接見たわけではない。その石一つで満足したならば早々にこの国から出て行くことだ。さもなければ我が真なる劫火で悉く焼き滅ぼそう』』」


「――悪だと? ふざけるな……!! 貴様が貴様らが、我らの主を我らの国を滅ぼした分際で思い上がるな侵略者共がぁぁぁあああああああああ!!!!!!!!!!!!!」


 カイウスは激昂した。自分たちを見下げて高圧的な物言いを繰り返すただの精霊に、カイウスは本性をむき出しにする。

 漆黒の直剣で自らの首を切り裂いたかに思えば、切口からどす黒い粘着質の液体が溢れ出る。それは際限なく底が知れない。


『我等の恩讐は数千年の時を経てここに在る。貴様如き矮小な存在などに脅かされるほど甘くはない』


 最早、カイウスはヒトの形を保っていない。炎の精霊たるスエルタを見下ろすその姿は、憎悪を鎧として身に纏う、漆黒の巨人そのものと言えた。


『覚悟しろ、世界の簒奪者共。我等は貴様らを最後の一匹まで滅するその時まで止まりはしないぞ』


 漆黒の巨人はスエルタにその手を伸ばす。しかしスエルタは一歩も動くことはない。

 彼の腕がスエルタの炎に触れた時


 ジュバァァアア!! 


 水分が急激に熱せられ水蒸気に変わるように、化身の腕は虚空に消し飛ぶ。

 しかしカイウスはその手を伸ばし続ける。また同じようにスエルタは彼の腕を消し飛ばす。

 辺りが水蒸気で湿りだしたとき、スエルタは意味のない彼の行動を終わらせようと行動する。


「『『無駄だ。貴様の恩讐など我には興味のないこと。慈悲を受け入れない愚か者よ。ここで消え失せるがよい』』」


 スエルタは両腕を広げ、天に昇る。陽の光を背にすると、まるで皆既日食でも起きた時のように森全体が闇に包まれる。スエルタを囲うように光の粒子が円を作り、それはまるでお伽噺に出てくる光輪のようだった。


「『『仰ぎ見よ、是が悪を滅ぼす威光也。我が創世の炎を以て貴様を断罪する』』」


「『『神罰』』」


 光の環より膨大な炎が迸る。それらは渦を巻くようにカイウスへ落ちる。

 炎の精霊たるスエルタの象徴。それは絶え間なく燃え続ける聖なる炎。一度触れれば消すこと叶わず如何なる悪もこの炎の前には塵一つ残らない。それこそスエルタが操る世界の理。


 しかしカイウスは不敵に笑う。嗤った。


 抱き込むように全身を広げ、絶え間なく降り続ける炎を受け止め続けるカイウスと、いつの間にか武装を展開し、密集することで防御の形を取る黒蛇竜の構成員たち。


『フハハハハッ!! 五大精霊とはこの程度か!? 我等がこの身を焼かれたあの日に比べれば、微温湯に過ぎんわ!!』


「『『言うたであろう、是こそは悪を滅する炎であると。貴様は刻一刻と無に還っていることに気が付いておらぬのか? 視よ、その脚を』』」


『ああ、脚がどうし、た?』


 体が既に人を捨てていたために気が付かなかったのか、ただそういう感覚が消滅しているのかは定かではないが、そこにあったはずの、あるはずの右足が光の粒子となって先端から消えていく。カイウスは痛みを感じていない、炎すら痛みより少々熱い程度にしか感じていないのだ。


『ハハハッこれがその神罰っていう魔法の効果ってか? おいおい、初見殺しは勘弁してくれよ……なぁんてな!』


 消え行く右足を補うかの如く、溢れ続ける黒い液体が無くなった先から先へと伝い自重を支えるべく柱となる。しかし消滅は徐々に首の方へ侵攻していた。


『こうやれば多少なりとも時間は稼げるよなぁ……そうだ、もう少しもう少しだ』


 この期に及んで何を待っているのか、スエルタには見えなかったが、その時カイウスはある一点のみを見つめていた。


「ユリウスー!!」


 そしてなんと間の悪いことか。迂回するように伝えていたはずのファムたちが、なぜか馬車を全速力で走らせ向かってくる。


「『『――貴様……これを!!』』」


『俺は霜の王なんだよ! 事前にこの森全体に忍ばせた俺の霜は動く全ての物体を捉えることができるってわけなんだなぁ? アハハハハッ!もう遅え、手遅れだお前の炎でお仲間が死んでいくのをそこで見ていやがれ!!』


 カリウスの体はブクブクと膨張をはじめ、小突けば今にも破裂しそうなほどに膨れ上がる。スエルタは、神罰を強制的に解除すると、馬車の進路上に向けて急降下する。しかし後もう少しというところで


『――あばよ、猊下』


 刹那、カリウスは急激に縮小したかに思うと、真っ白な閃光と共に弾け飛んだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ウス!!


 爆炎が辺りの木々を薙ぎ倒し、焼き、息が詰まるほどの熱気と有害な煙がこの場を支配する。空は灰色の煙で薄暗く、森は燃え盛る炎の眩しさに方向感覚を失わせるほどの錯覚を引き起こす。カイリスは爆心地の中心で左半身を消失し、息絶え、ユリウスは


「ユリウス!! おい! 目を開けろ、おい!!」


 ファムが必死にユリウスの名を呼び続ける。


 しかしそのユリウスは彼女たちを守るように、馬車に向かって腕を広げたまま立って気絶していた。


 背中は激しい高温を直接受け止めたがために酷い火傷を負い、衝撃波で飛んできた石や枝の破片などが至る所に突き刺さり血で滲む。幸いなことに、馬車は屋型のほろとが余りの風圧で吹き飛び、車輪が一つ岩石の衝突で砕かれた程度に住んですんでいた。


「おいあんた、こいつを箱の中に移すの手伝ってくれ! 早く街に連れて行かないと死んじまう!」


「あ、ああ分かった!」


 騎士と協力して意識のないユリウスを持ち上げると、荷台に寝かせる。背中は酷い傷で下に向けられないため、オルテシアが体を横に寝かせる態勢を維持させたまま街まで行くことに。


「よし、出せ! さっさと行くぞ!! 」


「はい!」


 馬を走らせようと鞭を振るが、一向に進まない。何度も進むように撓らせるが、引っ張る仕草を見せては止まってしまう。


「まさか、車輪じゃなくて車軸をやられましたか、これは?」


「馬鹿野郎! 真面目に分析している暇ねえだろ、さっさと動かさねえと囲まれちまうぞ」


「いやしかし、これでは身動きが取れませんよ!」


 防御のために密集していた構成員たちが動き出す。不幸中の幸いか、煙のせいでそこまで視界は通らない。と言ってもよく目を凝らせば見えてしまうほどだ。


「ちっ仕方ねえ。俺が箱を浮かせる。浮いたらさっさと走らせろ、いいな!」

「う、浮かせる?」


 ファムは箱から飛び降りながら袖を捲り、手首に巻かれた青色の宝石が填められた腕輪を曝け出す。


風神羽衣(アネモイ)‼」


 一陣の風が吹き荒れると、それらはファムの衣服を絡めとり、魔素で造られた鮮やかな赤色の羽衣を纏わせる。羽衣を身に纏ってファムは見えない何かに声を掛けると箱の戻る。


 すると折れた車軸の影響で一メルすら進めなかった荷台が見えない力によって重力を感じさせない様子で浮かび上がった。


「今だ、行け!」


「ハァッ!」


 今度こそ馬は走り出す。馬も繋がれている荷台に重さを感じないのか、行きよりも断然早い速度で森を駆ける。黒蛇竜の構成員たちをあっと言う間に置き去りにすると、森の出口まで一直線に向かって突き進んだ。



 一目散にこの場から離れて行くヒト族の馬車を眺める一組のフードを被った女二人。片方はとても高く、その割に線が細い。もう片方の女は背が小さく線も細い。


 この二人は武装を展開していないようで、むしろ周りが率先して守ろうとしていたほど。


「逃がしてよかったのですか?」


 背の高い方の女が苛立ち交じりの声でそう問いかける。


「構わんさ。どちらにせよ、このマギアステラの封印を解けば、生贄としてあの街のヒト族共は魔醒に食わせるつもりだったからな。今殺したところで生贄にすらならん。無駄な殺しはするべきではない」


 小さい方の女は何を気にすることがあろうか、とマギアステラの方へ向かって歩み寄る。

 苔が生えていたあの丸石は、先程の爆風で表面が焼き飛ばされ、本来の姿を取り戻していた。無機質で冷たい、No.22と文字が刻んであるそれは、小さな窓が付いており、背の高い女はそれを横にスライドさせる。


 小窓からはマギアステラの内部を見ることができる。膝を抱えるようにして液体の中に浮かんでいるヒトのようなもの。とても肌が白く、煌びやかな金色の長髪はとても美しい。少女のような小柄な体系に見合わない豊かな双丘は、母親のような慈愛を感じさせる。


「ようやく見つけましたね」


「ああ、ようやくだよ。よくお眠りになられている、我らが猊下よ。カイウスに見せられなかったのが心残りだがな」


「そうですね、彼は猊下にとって兄のような存在でしたから」


 女たちが猊下と呼ぶ謎の少女は刻一刻と、目覚めの時を迎えようとしていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「おいおっさん! この街で一番腕のいい医者は何処にいる?」


「おおファムさん、お帰りな――なんですかこれは!? ユリウスさんに一体何があったんですか?」


「今はそんなことを説明している余裕はねえんだよ! 見たらわかるだろ?」


 ユリウスを肩に担ぎ門を潜ったファムに、通行人たちは驚愕の眼差しを向ける。それもそうだ、市長お墨付きで実力も名声も伴っている名実ともに優秀な冒険者が、全身火傷でボロボロな姿で女に抱えられているのだから。


 流石に注目を集めすぎたのか、周囲に見物客が押し寄せる。


「ええい、邪魔だ邪魔だ! お前らそこ退けこいつが死んじまってもいいのか? あ?」


「まあまあ落ち着きなさい。私が案内しよう、さ、みんな道を開けてください」


 石畳の地面からぬるりと姿を現すベム・ロウ。周囲が唐突に現れたベム・ロウに衝撃を受ける中ファムは平然としていた。というより驚くことに使うほど気力が残っていない。


 森からこのサクソン市まで三十分、その間荷台を浮かし続けここまで運んできたのだ。魔力を作りだす力さえ、今の彼女には残っていない。


 足元が崩れそうになるが、オルテシアが腰に手を回して支える。


「おお、すまない」


 首を横に振るオルテシアはそのままファムと共にベム・ロウの後を追う。


 時より力が抜けそうになるファムを支え続け、歩いているように見せかけて実は浮いているベム・ロウになんとかついて行く。中央広場まで辿りつくと、冒険者組合とは正反対の対岸に向かっていく。そこは小さな診療所で、いかにもただの街医者が営む場所にしか見えない。


「こんなところで大丈夫なのか?」


「なに、彼は元々王都でそこそこ名の通った医者だったんだよ。見かけに騙されてはいけないよ、ファムくん」


 ユリウスを連れて中に入ると思ったよりヒトで賑わっていた。しかし担いだあれを見るやいなや談笑は沈黙へと変わり、道を譲りファムとオルテシアが通りやすいように素早く行動する。


 ベム・ロウを見やると、頷くだけで何も言わない。

 二人は開かれた道に沿って奥へ進んで行く。

 そこには垂れ幕が入口に掛けられているだけの診察室があり、隙間からのぞくと白髪の随分と負けた男が座っていた。


「どうぞ、お入りなさい」


「うっす」


「お邪魔します」


 その男は重傷を負ったユリウスとベム・ロウを開かれた目で交互に見ると、ため息をついて


「今度は何やらかしたの。こんな状態になるなんて数年ぶりぐらいじゃないか。全く君と言うものがありながら彼をこんなにまで痛めつけるようなことが起きるなんて……オルテシア、大丈夫かい」


「ええ、大丈夫です」


 自分に言い聞かせるように頷きながら応える様子はとても痛ましい。


 医者の男は、ベム・ロウのいい加減さに腹を立てているようで、どうやらユリウスがこうなるのも一度や二度ではないらしい。とファムは察した。


 ベッドに横向きに寝かしたユリウスはいつ止まるか分からないほど弱弱しい呼吸を続けている。背中はもうグチャグチャで、例え適切な処置をしたところで綺麗な皮膚には戻らないだろう。


「取りあえずここで処置してしまおう。全く、これじゃあの時の二の舞になりかねんぞ」


「すまないね、花畑への護衛程度なら力を抑えられるだろうと踏んでいたんだけど、甘かったみたいだ。反省しているよ。治療費は僕に請求してくれて構わない。全面的に私の責任だからね、今回も」


 ベム・ロウはそう言い残して部屋から消える。


 残されたファムとオルテシアは、不安な気持ちを和らげるために互いの手を握りあい治療を始めた医師の一挙手一投足に気を配る。


 医師の男が持つ白い円形の物をユリウスに翳すと、それは武装のように周囲の魔素を魔力へ変えていく。俗にいうところの医療用武装と呼ばれるもので、武装を扱う者の中でも、ヒトを治すという想いが強ければ強いほど扱える代物。


 緑色の魔力は武装からユリウスの背中全体へと広がっていく。ゼリーのような不思議な硬さを持ったその魔力はユリウスの背中を覆うと、小さく細い白い触手のようなものが至る所に出現し、傷口をなぞっていく。


「これは一体……」


「これはユリウスの体内に潜り込んでしまった異物を一個一個取り除くための触手さ。これで傷口の奥まで入り込んでしまった細かな樹の破片や砂粒を掴み取る。そしてこのゲル状の魔力で傷口に付いた菌などを殺していくのだよ」


 医者の男が言うように、見る見るユリウスの背中から大量の異物が取り出されていく。その過程で相当な量の血も噴出していたが、ゲル状の魔力がそれを体内へ押し戻していく、不思議な光景を目の当たりにする。


「この街のおっさんどうなってんだ。エーランドにもこんなに繊細な治療を熟せる医者はいないぞ……」


 あまりの繊細な魔力操作技術にある意味恐怖を憶える。純粋な日々の積み重ねでこの域まで到達してしまうヒト族のポテンシャルにただただ驚きが隠せなかった。


 ヒト族の数倍も寿命がある妖精族がこれほどまでに差を付けられている、種の在り方についてファムは考えざせられることとなる。


 十数分ほどたった頃、ユリウスの背中からはほぼすべての異物の摘出を終え、後は背中以外の部位だが……流石にあれだけの魔力操作に息を切らしたのか、医者の男は先に胴体に包帯を巻くことにした。


 ファムとオルテシアは協力して、両腕を持ち上げ支え、スムーズに取り回しがきくように心がける。協力の甲斐あって素早い処置にユリウスの呼吸も安定しているように見える。


 残りは腕と足だが、足はそこまで怪我がひどくなく、掠り傷が多い程度で汚れを落とす程度で問題なさそうだが、腕の状態が思ったより悪い。右腕にはかなり深い刃物で抉ったような傷があり、これはどうやったところで完治にはひと月は掛かってしまいそうだと医者の男は言う。


 ファムは気を落とすが何より目前に迫る脅威にユリウスなしで立ち向かわなければならないことに頭を抱える。


 しかし彼も医者という職に誇りを持っている。ユリウスの意識が回復するその時まで、魔力のゲルを傷口に当て続け回復速度を速める方法を提案する。ファムにとって嬉しいことこの上ない提案だったが、医者の男の体のことも心配になる。だが、どちらにせよユリウスが回復しないことにはどうにもならないため、その提案を受け入れることとなった。


 診療室から二階の病室に移されたユリウスは、静かな吐息を立てながら眠っていた。オルテシアはそんな彼の力の籠っていない左手を優しく包み込み、彼の意識が早く回復することを願っていた。


 その様子を廊下から眺めるファム、そしてベム・ロウ。


 ファムはベム・ロウに気になっていることを尋ねる。


「ユリウスのアレは一体なんだったんだ、アレは間違いなく武装による能力じゃない。根本的に精霊が扱う魔法と同じ原理で動いていた節がある」


「そうか、直接君は見たんだね。なら言わないわけにはいかないだろう。そうだな、どこから話そうか」


 ベム・ロウはユリウスの過去についてファムに明かしていく。オルテシアと共に訪れた日に出会った双子の精霊、それがスエルタが生み出した二つの分身体であったこと。スエルタが武装の機動に失敗し、暴走した自分という形を持っていなかった少年を自らの器としたこと。を順序を踏まえて語った。


「じゃああいつは、あいつが持つ二つの武装は、スエルタが未完成の器を一時的に完成された疑似的な器へと作り替えるための装置ってことか」


「その通り、彼は自分という存在を一度失くし掛けた。その時に彼という形をスエルタ様が創り上げたのだ。言ってしまえばあの時ユリウスは一度死に、過去の自分の記憶を引き継ぎながらもスエルタ様の器として生涯を縛られ生き続けねばならなくなったのだよ」


 これはオルテシアは知っているのか、と野暮なことは聞く気になれなかった。今のあいつらが幸せになろうとしているなら、それを押し付けの善意で壊すなんてことはしてはいけないのだから。


 それから幾何か時間が流れ、夕暮れ時になったころ、ユリウスはゆっくりと瞼を開く。


 心配で側を離れたくなかったのか、オルテシアは彼の手を握ったまま座りながら眠っている。ユリウスは自分が置かれている状況がどのようなものなのかを見慣れた天井を見て察した。


「そうか、生きているのか。俺は」


 右腕を動かそうとすると二の腕に激痛が走る。あの時名も知らない男に抉られた箇所だ。寝起きにはとてもではないが声を抑えるほど耐えることは出来ない。情けない声が洩れる。


「目が覚めたようだな、ユリウス」


 病室の入口から何者かの声がする。見るとそこには白いコートで姿を隠した人物が静かに病室に入ることなく佇んでいる。


「ええ、と。どちら様でしょうか?」


「ふっ、それは私に対する当てつけかな、ユリウス」


 フードを外すと赤い瞳が強烈な印象を残す、少し不機嫌そうな美形の青年の顔があった。

 眠っているオルテシアを起こさないように、静かに部屋の中に入ってくると、ユリウスの胸に手を置くようにして何かを発言する。ヒト族には聞き慣れない言葉だ。


 すると、ユリウスの胸から白十字架が彼の手に吸い付くように二本出現する。そこで彼が何者なのか、ユリウスは理解した。


「スエルタ様、またご一段と美形の青年を手に入れたようで」


「それは嫌味と受け取っていいんだな?」


「いえいえ、そんなことはありませんよ。ところでなぜわざわざ見舞いなどに来られたのですか。白十字架の回収なら私だけでも出来ましょうに」


「折角足を運んでやったのになんだねそれは。はぁ、まあいいよ。――謝りに来たんだ。私の身勝手な行動で正体の分からない相手が自爆なんてことをするに至るまで追い詰め、君を巻き込んでしまったからね」


 美青年の姿を借りたスエルタは素直に頭を下げる。五大精霊ともあろうお方がそんなこと、とは彼は口に出さない。何しろこれで四度目だからだ。


 これほどの危険を四度経験しながらも、ユリウスはスエルタに怒ることもしない。


「もう気を付けて下さいね。まあ今回は僕で良かったんじゃないですか。実は俺でほっとしてたりとか。まあ俺ぐらい体を鍛えていないとこの程度では済んでいなかったでしょう」


「まあな、君が頑丈でなければ今頃魂をこちら側に迎え入れていたぐらいには危険だったね。改めて言うよ、すまなかった」


 美青年の姿をしたスエルタは、そのまま病室を出て行った。オルテシアはまだ目覚めない。

 ファムはどうしているだろう。

 ユリウスは再びやってきた眠気に身を委ねる。


 しかしその安眠は長くは続かなかった。


 完全に陽が落ち、満月がその輝きを放つ良き夜に、サクソン市の正門が何者かによって破壊されたのだ。地割れでも起こしたような揺れが街全体に伝播し、住民は何事かと家を出る。


 ユリウスもまた激しい爆発音に、飛び起きた。


「ユリウス!? 目が覚めたのね、とは言っていられない状況みたい。ごめんね、私ギルドまで行かなくちゃ」


 ユリウスが無事目を覚ましたことに喜ぶこともできず、オルテシアは冒険者組合へ行くために立ち上がる。しかしユリウスはその手を握ったまま話さない。


「ユリウス?」


「俺も連れて行ってくれ。俺にはやらねばならないことがある」


「だめよ! そんな体で戦場に立てる訳ないでしょ!!」


「それでも、行かなくては」


 ユリウスは重くなった体を無理矢理に起き上がらせ、ベッドの下に収納してあった靴を引っ張り出して履いていく。体に鞭を打つ彼の行動に涙を目に溜めながらどうしようもない悲しみを堪える。根からの冒険者、人を守るために戦ってきた彼にはオルテシアの制止は意味を成さない。


「どこに行くつもりかね、ユリウス」


 部屋の陰から気配を感じさせずに現れたベム・ロウは彼の行く手を阻む。


「どいてください、市長。俺が奴らを止めないと」


ベム・ロウを避けて出入り口に向かおうとするが、またしてもベム・ロウが行く手を阻む。


「ユリウス、私は誰だ。私はこの街の市長、ベム・ロウだぞ。この街の中において私の右に出る者はいない。そんな私がいたとしても、君が出なければならない理由はなにかね」


「俺がこの街でスエルタ様との適合率が一番高いからですよ。俺が戦場に出なければ、あのお方は戦えない。この街を守れない。だから俺が行かなくては」


 そうか、とベム・ロウはため息を吐くと、ユリウスの鳩尾に抉るような膝蹴りを入れる。


「――カハッ……し、市長、一体」


「バカ息子を教育しているのだ。後ろを見ろ、誰がいる。お前にとっての誰がいる? その人は泣いているぞ、理由はなんだ。お前が一番知っている筈ではないのか? お前は愛する人を死地に送らねばならない女の気持ちを考えたことはあるのか。いいや、ないな。お前は確かに大人になったが、私から言わせればまだまだ子供だ。自分しかスエルタ様の器になれない? だったら立って、その目で、窓の外を見てみろ!」


 鳩尾に刺さった衝撃が足腰を震えさせる。だが、ユリウスは自分の目で、この街で今何が起きているのかを見なければならない。知らねばならない。


 ゆっくりと病室の窓辺から街を見渡すと、数万人規模の冒険者が中央広場を埋め尽くしている光景が飛び込んでくる。皆それぞれの武器を掲げ、街へ侵攻する敵に対して自分たちを奮い立たせているではないか。


「見えるか、これが、この街の強さだ。お前が考えているほど、この街は弱くない。なぜサクソンが冒険者の街と呼ばれているのか、ここらお前は見ていなさい」


 ユリウスは己の未熟さに悔しくて涙が止まらなかった。市長に認められ、スエルタの器として十数年の時を過ごし、名実ともに優秀な冒険者へとなったつもりでいた。しかし、そうではなかったのだと思い知らされた。冒険者になって初めて、心を折られた気分を味わっていた。


「見ろ、ユリウス。本当にお前がスエルタ様の器としてこの街を守っていくというのなら、彼の姿をよく見ておくのだ」


 ベム・ロウが指を差したのは、演台で冒険者を鼓舞している九十六歳の自称元王都宮廷魔術師の老人。掛け声を終えると、老人は徐に上着を脱ぎ捨てると、演台の上に立ち上がり、冒険者が集う広場へと飛ぶ。


「なっ!?」


 しかし老人は冒険者たちの頭の上には落ちなかった。逆に、深紅の焔を全身に纏いながら上昇し夜空を照らすほどの発光を見せると。次の瞬間、とてつもない熱気と共に本当の姿を現す。


 炎の巨人と表現できるその姿は、背に八本の炎の翼を携えた女性の姿を持ち、額には二本の角を天に向け生やし、炎でできた重厚な鎧を身に纏う。


 まるでそれは、伝承にうたわれた五大精霊『スエルタ』の真なる姿のようであった。


「し、市長!? あの方は一体、何者なのですか?」


「彼は、このアルメリア王国に置ける最強の魔法師。その名をアレキサンダー・カルデローネ。君の目指すべき到達点だ、よくその目に焼き付けておきなさい」


 この病室を覗いていたのか、市長と目が合うと、そのまま正門の方へ大きな翼を羽ばたかせ飛翔する。深紅の翼は住民の不安を希望の光で照らす灯りとなる。


 これが自分の目指すべき到達点。ユリウスは拳を握る。遥か高みにいる彼の背を、見えなくなるその時まで見つめていた。




次回 第七話 『シルヴァ家の男、レイン』

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