第四話 『盗賊団・黒蛇竜 前編』
内容が長くなったため分割で投稿します。
ユリウスは冒険者組合を離れた後、ファムを引き連れ自宅に帰り諸々の支度を整えていた。
質のいい木材で造られた艶のある机の上に、武装・白十字架が二つ、直剣と短剣がそれぞれ一振り、そして小瓶に入った劇薬が三つ。
例え花畑への護衛だろうと、一切気を抜くつもりはない。受けたからには常に十割以上の成果を出すのが彼のポリシーである。
『なあなあユリィ、本当にオルテシアにプロポーズするのか?』
『やめときなよ。幾らなんでも流石に二十八歳まで放置された女が今更振り向くはずもないってば』
『そうかなぁ、そうかも』
「お、お前らなぁ……しっかり準備してるんだから余計な事言うなよ! 心配になってくるだろ」
ユリウスの武装は双子の精霊、姉のミリィと妹のマリィ。名付けたのはユリウスではなく、幼い日のオルテシア。
どこかの森の中で遊んでいた時に出会った双子の精霊は非常に弱っており、オルテシアとユリウスは研究者の両親が持っていた武装を持ち出し彼女たちを保護した。保護したはいいものの、魔力を正確に扱える技量を持っていなかった二人には、彼女たちを回復させる手段がなく、途方に暮れていた。
そんな時に手を差し伸べてくれたのが、若かりし頃のベム・ロウだった。しかしベム・ロウが彼女たちに魔素を与えたわけではない。手を差し伸べると言っても、本人が本当の本当にこれ以上打つ手がない、どうしようもないという事態に陥らない限り、何もしない。
だからベム・ロウはユリウスに武装の操り方を教えた。
これは非常に危険な行為であると同時に、幼いユリウスに覚悟と責任を背負う覚悟があるかどうかの試験でもあった
武装とは魔素を魔力に変換する端末である。が、ただ変換するだけでは終わらない。変換した魔力は武器となって現れる。武装が実体化させる武器は、己の体内に存在している魔素、それが自身の深層心理を読み取り、形を与えたもの。
例えば、剣・斧・槍であったり、弓・杖・盾などなど姿形は様々。
これは心身ともに成長していく中で形が定まるものであり、幼い子供などは曖昧で形を持たない。そんな子供のユリウスに、本当の自分自身を曝け出せと言っているようなものなのだ。
曖昧な形のままそれが表に出てきてしまうと、本当の自分という境界線があやふやになる。これは、普段主人格として振る舞っている顕在意識が潜在意識に呑み込まれ、自分という存在を認識できなくなる。
自己を見失った肉体は、およそ人格と呼べるものが消失し、暴力を振りかざす道具に成り下がる。人格の消失に合わせ、理性までもが失われるため暴走する肉体を幾ら拘束しようとも意味をなさない。
腕が折れようが、足が千切れようが、活動限界を迎えるまで目に映るものすべてを破壊する。
これを止めるには、武装を破壊するか、使用者を殺害するしか方法はないのだが、武装を破壊したところで人格の失われた肉体は、目覚めることなく寿命が尽きるその時まで深い眠りから覚めることはない。
『ユリウス、覚悟は決まったか』
『はい! ――武装・展開‼……なんちって』
「へぇ~、お前そんな命懸けのことやってたんだな。てかお前らも衰弱してたってのによく覚えてるもんだな」
双子は、まあね、と口を揃えて在りし日のユリウスを語って聞かせる。ファムは彼の過去を自分から詮索したことがないため、熱心に聴いているようだ。
「あまり変なことは喋らないでくれよ……ファムは歳も歳だから若者にちょっかい掛けるのが趣味になっちゃってるんだし」
「歳って言うなよ! 確かにヒト族に比べたら相当上だけどよ、これでも妖精族の中ではまだまだ若者なんだから気を遣えって」
ベッドに腰かけていたファムは枕を投げつける。避ける気配のないユリウスは、飛んでくる枕を難なく受け止めると、それを双子の上に被せる。ファムと一緒にさせておくと要らぬことまで喋りそうだ、と双子がもごもごと何かを発言しているが聞こえていないふりで誤魔化した。
「黒蛇竜だったか。そいつらが使役するという魔醒、俺たち二人で戦った場合やはり死ぬか……?」
「ああ、間違いなく死ぬ。俺とお前クラスの戦士があと五人は必要だ。そうでもしないとあいつらは倒せないし、倒せたとしても半分は死ぬだろうな」
「――そうか」
窓際に寄りかかるユリウスは、考える。どうやったらこの街を救えるのか、いや守れるのか。自分一人を犠牲にしたところで勝てる相手ではないと宣告された時点で、最早どうしようもない事であるとは分かっているつもりだった。
二か月前に獣人の国バルトラ帝国を襲撃した盗賊団・黒蛇竜。どこからともなく現れた黒蛇竜は、魔醒と呼ばれる未知の魔物を使役してゲリラ戦を仕掛ける謎の組織。
当時バルトラ帝国に赴いていたファムはこの事態を目撃し、彼らの行動を監視していたが、そこで次はサクソン市を襲撃するという計画を知ってしまった。なぜサクソン市を狙っているのか理由は定かではないが、屈強な戦士が集うバルトラ帝国ですら苦戦を強いられた敵を、ただの街ひとつがどうこうできるはずもないとファムは知っている。
がしかし、アルメリア王国にユリウスという友人が居なければ、恐らく自国に帰還しいずれエーランドにもその手を伸ばさんとする黒蛇竜を迎え撃つ準備を整えていたに違いない。
「まあ、あの市長も何か考えがあるようだし、裏の仕事はあっちに任せて、俺らはやれるだけのことやるだけじゃん。ほら、もう時間だ、行こうぜ」
「おっと」
フードを被り直したファムは机の上に乗っている枕をベッドに戻すと、不機嫌そうな武装をユリウスに投げ渡す。
武装を受け取ったユリウスは両胸にあるホルダーに白十字架を差し込む。とそこでファムは思い出したかのように疑問を投げかけた。
「そういや今更だけどさ、お前の武装ってどういう原理で動いてるんだ? 武装は一人に対して一つなのはどこの国でも同じだが、二つを同時に使用してるのなんお前ぐらいだろう」
「実は俺にも原理が全く分からないんだ。元々この武装は俺とオルテシアの親が共同で造った、デュアルって名前の新型武装だったんだよ。まあ、新型製造計画はお蔵入りになって結局この一組しか造られなかったが」
「へぇ外装は同じなのに中身は別ってことか。なあ、今度お前の親紹介してくれよ」
目をキラキラと輝かせるその姿を見て、誰がこの女性が二百歳を超えていると想像できようか。少年時代にちょっと遠い場所へ冒険する時のような高揚感が伝わってくる。
しかし彼女は妖精族。国の中でも重要機密に関わっているような人物においそれと接触させるわけにはいかない。例え彼女自身その関わりを悪用するつもりがなくとも、彼女を利用しようとする輩は必ずどこかに存在し、好機を伺っているはずだ。
「まあ機会があったらな。よし、行こう」
ユリウスは二つ返事で承諾することはなかったが、いつか必ず両親に最高の友人として紹介しようと決めた。
横に並び思い出話を交えながら集合場所に向かっていたユリウスとファム。しかし正門に近づくに連れ、人がどんどん増えていき、正門前につく頃には完全に人だかりで動くことすらままならない状態にあった
「何事か!!」
ユリウスの声は喧噪の中でもよく響き、辺りは打って変わって静けさに包まれる。ユリウスはヒトの波を掻き分けるように進んでいく。それを追う形でファムが続く。
ようやくヒトの波を抜けると、そこには仰々しくも踏ん反り返る中年の男性貴族と、対立するように睨みを利かせている男性冒険者が三人。一触即発とはまさにこのことだろう。既に貴族の男は武装を展開しており、何かしらの刺激で冒険者たちに刃を振りかざしてもおかしくない。
しかしどうだろう、男性冒険者たちは武装どころか腰に差している剣を抜こうともしていない様子。どころか何かを守るように立っているようにも見える。
やんごとなき事情があると見たユリウスはこれを仲裁するために一歩、また一歩と歩み寄る。
「何をしているか!! そこのお前、武器をしまえ。二度は言わんぞ。――さて冒険者諸君、話してはくれないだろうか。傍から見ても君たちの方が理性的に行動している。何かしらの事情があるのだろう?」
問いかけに一人の男が口を開く。
「実は俺たちあそこの貴族に雇われてある商品の護衛を命ぜられたのですが、道端の溝に車輪が嵌ったところ、荷台の中から手足を鉄鎖で拘束された少女が落ちてきたのです。問いただすとこの少女が商品であったようで、私たちはこの依頼を破棄し、少女を逃がそうとしたのですが……」
男はそう言うと周りにできた人だかりに目を向ける。そう言うことか、と納得したユリウス。徐に貴族の男を見るが、反省の色を浮かべるどころか、未だに下等生物を見下げる表情で彼らに睨みを利かせていた。
「お嬢さん、大丈夫かい? 立てそうならこの冒険者と一緒に、ベム・ロウ市長に会いに行きなさい。きっと悪いことには――」
そこでユリウスは気が付いた。気が付いてしまった。
商品と呼ばれた少女が、妖精族の少女であることに。
しかも重い鉄鎖で自由を奪われ、拘束されている箇所は青紫色に痣ができていた
「――おい待てっファム!!!!」
「貴様ぁぁぁあああああああああああああ!!!!!!!!」
小太刀を抜いたファムが、男の首元に切っ先を突き刺すように異常な瞬発力でその場から消える。武器をしまえと言ってしまった手前、男は丸腰だ。今更武装を展開したところでどうにもならない。
あと一歩踏み込めば小太刀の切っ先が男の首を掻き切ろうとしたその時、何もなかった空間に影のようなものが唐突に現れる。
「そこまでだ」
ガキィィン‼
と耳をつんざく金属同士の激しいぶつかり合いが起きる。激しく散った火花が一瞬の閃光の後に路面に落ちる。
眩暈を引き起こすほどの閃光で視界が霞むが、徐々にファムの刀を受け止めた人物のシルエットが視えてくる。
「おいおっさん、なんのつもりだ。そこを退け!!」
怒りを露わにするファムの前に立っていた人物は、口の周りに髭を蓄えた小太りの男だった。なぜ、とここにいる者たちは何処からともなく現れたベム・ロウ市長の姿に戸惑っていた。
「聞こえなかったかな、そこまでだ、と言ったのだ。ユリウス風に言うなら……三度目はないぞ」
「チッ、命拾いしたな」
唾を吐き捨てると、ファムは小太刀を収め少女の下に歩み寄る。それと同じくベム・ロウも剣を消す。するといきなり振りかぶったかと思えば、貴族の男を殴り飛ばし、本当の意味で土を舐めさせる。
「なっ! おっさん俺を止めたくせに何やってんだよ!?」
「私はこの街のルールそのものだからな。私はいいのだよ、この腐った男は簀巻きにして王都に送りつける。その前に私の愛する街で奴隷商を行おうとした罰は受けてもらわんとな。少し待つとよい、この男はじきに首の塩漬けになって君の本国へ送られることだろう」
ベム・ロウの一撃に沈んだ貴族の男は、騎士団によって身柄を拘束され、そのまま姿を現すことはなかった。そのままになっている荷馬車は三人の冒険者たちに譲渡されることとなった。
「てか、あのおっさんマジで何者だよ。いきなり何もないところに涌いた気がしたんだが」
「気がしたんじゃなくて、本当に涌いたんだよ。あの人は市内であれば王国騎士長すら圧倒するほどだからね」
「はぁ!? うっそだろ……」
そんなこと聞いてないと、今までいい気になっていた自分の態度がいかにまずいものだったのかファムはだらだらと汗を流す。しかし、市内であればという言葉に引っかかる、なにか特殊な条件が必要なのだろかと考えているとベム・ロウはにこやかな笑みを浮かべてこちらへ飛んでくる。
「ちょ、なんで飛んでんだよ? あんた絶対ヒト族じゃないだろ」
明らかに地面から浮いている。足下に手を潜らせてみるが、やはり浮いている。
ファムはあまりの気味悪さに後ずさりで距離を取った。
「やだな、そんなに怖がらないでよ。私は。少し他のヒトとは違う体質というだけで基本は同じ作りをしているよ。そもそもこれ、私自身ではなく武装だしね。あっそうだ、花畑への案内役を一人向かわせたからよろしく」
と言い残すと、ベム・ロウの形をしていたものは影の塊となり地面に吸い込まれるように消えていく。
一件落着(?)となり見物していた市民が散り散りにそれぞれの持ち場に戻っていくと、三人の冒険者はユリウスたちに頭を下げ、妖精族の少女を連れて市庁舎へ向かった。その姿を見送ったファムは、彼らが武器を前に相手と同じ土俵に立たなかった精神力を見習おうと心に決めた。
「ところで、案内役って誰だろうな。話を聞いたっていう花屋の店員とかか?」
「いや彼女は看板娘だから店から離れるのは難しいだろう。恐らく市長が道を尋ねて、それを部下の一人に持たせたとかじゃないかな」
「おーい! 二人ともー!」
正門の警備に当たっていたメルケルの隣で手を振る聞き慣れた声の女性にユリウスは目を奪われる。普段は見ることもない鮮やかな青色の私服姿、化粧も地を活かしたナチュラルでまとめ、髪は清潔感溢れるポニーテール。胸が締め付けられるような感動を味わっていた彼だったが、となりでニタニタとほくそ笑む悪友を見て現実に引き戻される。
「おいおい、あのおっさんも隅に置けねえな? これは行くとこまで行くしかねえわな、クシシ」
「からかうなって。ほら、行こう。あいつもいろんな視線浴びて参っているようだし」
歩く速度が若干早くなっていることに彼は気づいていない。青少年時代に味わうことのできなかった恋を、今十年越しに感じている。『恋、か』と小さくつぶやいた妖精の乙女は、オルテシアの姿にいつか自分もあんな風に、と恋への憧れを募らせる。
「すまんな、ひと悶着あって」
「知っているわ。大事にならずに済んだのならよかったじゃない。ほら、これ持って。どうせ二階に籠った後なにも食べてないんでしょう? ファムも一緒にどうぞ」
オルテシアがユリウスに渡した籠の中には、街一番の人気店ロエイのクラブサンドが並んでいる。朝から並んでも入手できないなんて当たり前の行列ができる店なのだが、どうやってかオルテシア四つも手に入れていた。
「おお~うっまそー! んじゃ遠慮なく、と言ってももう時間だ。荷馬車の上で頂くよ」
「そうだな、そろそろ出発しないと帰りが夕暮れ時を過ぎてしまうかもしれん。ところで小さな依頼人はどこへ?」
「もう荷馬車に乗っているわ。と言ってもぐっすりお昼寝中。よっぽど組合探険が楽しかったみたいね」
メルケルが開けた通用門を潜り外に出る。いってらっしゃいと声を掛けてもらい、扉を閉めた。荷馬車には重武装の騎士が二人ほどおり、どうやら御者として付いて来るようだ。これもベム・ロウの粋な計らいというものだろう。
「では皆さん、出発しますよ。しばらく掛かりますので、どうぞおくつろぎを。ハァッ!」
騎士は掛け声と同時に鞭を撓らせる。軽快に回りだした車輪はゴトゴト、と石畳の上を一定のリズムを刻んでいく。毛布で体を覆った子供たちは寄り添うように眠り、それを見守るオルテシア。うまいうまいと昼食を食べているファムは初めて口にした味覚に心躍らせる。
秋空は雲一つない快晴で、今日だけは何も起きずに過ぎてくれたらいいなと、ユリウスは爽やかな風を肌に感じつつオルテシアと視線を交わらせた。
次回 第五話 『盗賊団・黒蛇竜 後編』